「貴様、何者だ」
黒髪ロングの少女が尋ねる。
「狩人」
私はそう答えた。
「狩人? 聞いたことない名前だ。マダムはどうした」
「マダム? それがあの上位者の名前か。それなら狩った」
「狩った?」
少女たちがにわかに騒がしくなった。私はただ事実を言っただけだが、何か驚くようなことでもあったのだろうか。彼女たちに用はない。瞳も十分な量集めた。さっさと帰ろう。これでどんなダンジョンが生成されるか楽しみだ。
「待て」
私が夢に帰ろうとすると、彼女が呼び止めた。少女ら三人はなぜか臨戦態勢に入っている。後ろの二人はそれぞれ違う大砲のようなものを向けていた。やれやれ、ここは大砲の種類が多い。欲しくなるではないか。
「単刀直入に問うが、貴様は敵なのか」
「さあ。私は獣ではない。狩る相手は選ぶ。貴公らが私を敵と言うのであれば、無論私は貴公らの敵だ」
「目的はなんだ。なぜバシリカにいる」
「言っただろう。上位者がいたから狩ったのみ」
「どうやってここにたどり着いたか聞いている。ここは限られた者しか知らない場所のはずだ」
「彷徨っていたら見つけたのだ」
「そんな戯言を誰が信じる?」
「はぁ……貴公、人は疑う生き物であるが疑いすぎるのも考え物だぞ。目覚めたらこの町にいたのだ。紛れもない事実だ」
「説教を垂れるならまず自分の姿を見ることだな。そんな姿で言われても理性は感じられない」
彼女に言われて私は自身を振り返った。装束は血にまみれ、未だ血が滴っている。意識するとむせかえるほどの濃厚な血の匂いが鼻孔に漂う。
「ああ……そうだな。貴公の方が一理ある」
「じゃあ本当の理由を教えてもらおうか」
「本当の理由? 言ったじゃないか。彷徨っていたら偶然見つけたのだと」
「そんな姿で言われても――」
「貴公――」
私は少々強引に彼女の言葉を遮った。加減が分からず、少し大声が過ぎてしまったせいか、彼女は押し黙ってしまった。
「質問ばかりではないか。少しはこちらの質問にも答えていただきたい」
彼女は少しの間沈黙した。仲間が彼女の顔を心配そうに見つめる。やがて彼女は重苦しそうに口を開いた。
「いいだろう」
「何、難しい質問ではない。貴公らこそここに何用なのだ? 貴公らも上位者狩りに赴いたのか」
「私たちは姫を探しに来た」
「姫? それはまた、なんとも大層な探し物だ」
「貴様の後ろで磔にされているのがその探し物なのだが、貴様何か変なことをしていないだろうな?」
「ああ、そうか、そうかそうか。あれが姫……何心配することはない。あの死体には何もしていない。貴公らで好きにするといい」
私はそう言って夢に帰ろうとした。どうにも彼女は人の話を信じようとしない節がある。私の血濡れの姿もあるだろう。とにかく私は夢に帰ることにした。
しかし、灯りに手を伸ばした次の瞬間私の目の前を何かが横切った。姿は見えなかったが、音と僅かな風を感じた。私は彼女へ顔を向けた。
「貴公、何のつもりだ?」
「貴様今何と言った?」
彼女の顔はさっきと比べて険しくなっている。見れば他の三人も同様だ。
「あの死体を好きにすればいいと。私は既に満足している。あれは貴公らに譲ろう」
「貴様、姫を手にかけたのか! ヒヨリ! ミサキ!」
「待て、何か齟齬が――」
言い終わる前に私は宙を舞っていた。額に感じる激痛と、高い天井が見えた。そう思った次には、私は背中から墜落していた。背中と額の激痛に私は呻く。赤黒い血が私の眉間を流れた。
額を押さえながら立ち上がると既に何かが私めがけて飛んできている。それは彼方へ呼びかけた際の光弾に似ていて、直感的に私はそれが危険だと察知した。しかし光弾よりも圧倒的に速い速度に近づくそれに回避は間に合わず、私の懐に飛び込んできた。爆発により私は吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられ転がった。
全身の痛みに悶え、杖を突き立て立ち上がる。輸血液を二本刺した。更にそこへ追い討ちのように何かが撃ち込まれる。先程の攻撃よりも早く威力が高い。腹を貫通しそうなほど速いそれは、私を軽々と吹き飛ばした。体は地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がる。
よろよろと立ち上がると、まだ銃口を向けられているのが見えた。意趣返しに私も一発撃ったが、当たったはずなのに何の反応も示してくれなかった。代わりに何十倍にもなって銃弾が帰って来た。私はまた地面に這うことになる。
杖を杖として使ったのは久しぶりだ。もはや膝をつくことしかできない。輸血液を取り出すと、すぐに撃ち抜かれ、血は全て地面に流れた。まるで何もさせてもらえなかった。彼女たちが一体何者なのか、先に聞いておけばよかった。敵対するべきではなかったな。どうせ死ぬだろうから、目覚めたらすぐに夢へ帰ろう。
私の視界に脚が映り、顔を上げるとあの少女が銃口を私の頭に突き付けて立っていた。彼女の眼は非常に鋭く、殺意しか見えなかった。
「私を殺すのか」
私は彼女に尋ねた。しかし彼女は何も答えなかった。それどころか銃口を額にぴったりとくっつけた。
「貴公、美しい瞳を持っているな。透き通った素晴らしい瞳だ」
「面白いことを言う。命乞いのつもりか」
「いいや、事実を言っただけだ。貴公、人を殺したことが無いな」
私がそう言うと、彼女の目が僅かに揺れた気がした。しかしより一層目を細め、引き金を引いた。数多の弾丸が額を割らんばかりに撃ちつける。苦痛に悶えることもできず、衝撃で首だけ飛んでいきそうだ。
頭上で何かが割れる音がした。それと同時に私の視界は途端にぼやけ、力が入らなくなった。私は力なく地面に突っ伏す。まだわずかに意識があるが、物を識別する視力は無く耳も遠い。
「サオリ、それ以上は!」
「止めないでくれ先生。これは私がやらなければならないんだ」
「でもこのままサオリが殺人犯になるのを見ているわけにはいかない」
「いいんだ先生。私、いや私たちアリウススクワッドは人殺しの訓練をされてきた。これが本来の私だ」
「でもだからって……もう君はそんなことをする必要は無い! 君をそんな風にした奴ももういないんだ。サオリ、いやミサキやヒヨリだって普通の女の子として生きていいんだ! 君たちは僕の大切な生徒なんだから」
「優しいな、先生は。もっと早くあなたに会いたかった」
銃声が鳴ったかと思うと、私の意識は一瞬の痛みと共に消えてしまった。
まるでそれは目覚めるような感覚だ。全身を撃ちつけた痛みや、額に喰らった大量の弾丸の痛み、それら全てが嘘のように消えている。さながらリアルな夢から覚めたようだ。
目覚めると目の前に彼女達が立っていた。涼しい目をしている私に対して彼女達は信じられない物を見た目をしている。私は一瞬身構えたが彼女達は固まったまま動かない。なので私は一度夢に帰ることにした。灯りに手をかざし、意識が微睡むまで彼女達は固まったままだった。
夢に帰った私はすぐに家に入った。今の武器では彼女達に手も足も出ない。私の知っている銃は威力も無く、パリィや相手の気を引き付けるために使う物だ。威力重視の銃と言えばエヴェリンだろうか。しかしエヴェリンは単発だ。彼女達の銃のように連射は出来ない。となると……ガトリングだろうか。
そんなことを考えながら工房に入ると数本の触手が仕掛け武器を掴んで振り回していた。触手の持ち主は紛れもなく上位者となった私であり、人形に抱えられたまま触手を伸ばしているのである。
「お帰りなさいませ、狩人様」
「何を、している?」
「狩人様が仕掛け武器を触りたいと仰ったので」
「分かるのか? 私が言うのもなんだが、言葉を話すようには思えないが」
「口が無いので言葉は発しません。ですがなんとなく分かるのです。狩人様の仰ることが」
「それは……すごいな」
私がそう言うと、人形が僅かにほほ笑んだような気がした。
私は触手の間を通り抜け、作業台の前に立った。壁には多くの仕掛け武器が吊り下げられている。しかしガトリングは吊り下げられるような重さではない。よって作業台の横に立てかけられている。使ったのは精々取得した時に試し撃ちをした時だ。自分のスタイルに合わなかったため、それ以降放置している。
持ってみると見た目相応の重量を感じた。試しに工房内を歩き回ってみたが、機動力は多少落ちるものの杖片手でも十分動き回れる。強化は必要だろうか。いや、これで倒すわけでは無いから不要か。近づくまでの時間稼ぎをしてもらえればそれでいい。後はカレル文字を入れようか。今の私はカレル文字が付いていない。
祭壇に近づくと、一つの道具が置かれていた。秘文字の工房道具、カレル文字のついた焼印に似たそれは、額に押し付けることで脳裏に文字を焼き入れるための道具である。
私は爪痕のカレル文字を二回焼き入れた。そして姿なきオドンを一つ。さらに契約のカレル文字、狩りを焼き入れた。熱して焼き入れるわけでは無いので物理的な痛みは無いが、脳裏に焼きつけられる独特の感覚があった。
「形が変わるのですね」
私がカレル文字を付け加えると、人形は私を見ながら言った。私は何のことか分からず、首を傾げた。
「何がだ」
「頭上の模様です」
「頭? 私の頭に何かついているのか」
「気づいていらっしゃらなかったのですか」
「自分の頭上なぞ鏡が無ければ見えるはずもあるまい」
私がそう言うと、人形は引き出しから手鏡を取り出し、私に見せてくれた。鏡の中に映る自分を見ると、確かに頭上に何かが浮かんでいた。二重になったそれはよく見れば先ほど自分が焼き入れたカレル文字であり、一つの円の中に二つの爪痕と姿無きオドンが並び、その上に狩りのカレル文字が大きく浮かんでいるのである。
「カレル文字を入れたから出てきたのか」
「そうでしょう。先ほどまではただの円でしたから」
「ただの円……ああ、だから天使か。まあいい、一つ試し撃ちにでも行くか」
私は振り返り、立てかけたガトリングと杖を手に取って工房を後にしようとした。
「行ってらっしゃいませ」
去り行く私の背中に人形が声をかける。私は右手を上げて返事をした。
やって来たのは教室棟、悪夢に囚われた場所だ。獣狩りが終わり、夜が明けようともこの悪夢が覚めることは無い。
とある学派は上位者の夢の中に住まうことで永遠の命を手に入れようとした。ここはつまりそういう所なのだ。一部を除いて彼らは目覚めることが出来なくなった。果たしてそれが良いことなのか、狩人である私には全く分からない。ただ一つ言えるのは、試し撃ちにもってこいだという事だ。
とある教室に入ると、大勢の学徒が私を出迎える。もはや人間を逸脱するほどの時間を過ごした彼らは今も教授を待っているのか。少なくとも私は歓迎されていない。
銃口を向け、引き金を押し込む。銃身が回転を始め、間もなく大量の水銀弾がばらまかれた。彼らは弾が当たるたび、身をよじった。何もできず、後ろに下がり続け、それよりも早く私が彼らの目の前にやって来た。
全ての水銀弾を使い切るには長いようで短い時間だった。お世辞にもガトリングが彼らに効いているようには見えない。元々そういう使い方をする予定だった。しかしいざ使ってみると、どうにも物足りない。あの圧倒的な弾幕をもってして全くダメージを与えられないなんてもったいない。
「やはり強化するか。ガトリングがこの程度ではな」
私は杖を振りながら呟いた。装束に水銀が飛び散り、彼らは溶けて消えた。残ったのは僅かに凝固して残った水銀弾だけだった。
夢に戻った私は真っ直ぐ家を目指し、階段を登った。中に入ろうとすると眼前にメスが飛んできた。既のところで避けた私は、木の幹に突き刺さった数本のメスを見てから正面に向きなおした。
「おかえりなさいませ狩人様。お怪我はございませんか?」
「ああ、避けたからな。一体何をしている」
「狩人様がメスでダーツをしたいと」
「ダーツ。自分がそんなものに興味を持つとは思いもしなかった」
触手は数本のメスを持ち、今にも投げそうだ。私は射線からずれて作業台と相対した。幸い素材は十分に揃っている。
ダーツの音を聞きながら作業をする事十数分。私の前には最大強化されたガトリングが置かれていた。私はそれを手に取り、ダーツの的にならないようもう一つの出口から出た。
「行ってらっしゃいませ、狩人様」
律儀に言葉を贈る人形に私は何の返しもしなかった。既に互いの姿は見えなかった。