目覚めたのはまたあのベッド、のそばだ。灯りが立てられており、周囲に使者が屯っている。数刻ぶりのこの部屋、埃の匂いを堪能する間もなく私は外に出た。見覚えのある知らない町、つまりここがアリウス自治区である。
私は町模様を一瞥して、すぐにあの教会に向かった。最初はただ適当に歩いていただけなので道順は全く覚えていない。ただよく見てみれば、建物群の隙間から僅かにあの教会らしい建物が見える。あれを目印にすれば着きそうだ。
遠くの教会を目印にしながら歩いていると、突然横から音が聞こえたかと思うと、横っ腹に何かが当たった。一瞬の痛み、慌てて後ろへ退いた。バルバラのガトリングと同じような痛みだった。陰からこっそり見て見ると聖職者が三人銃を持ってこちらに近づいている。あの銃、銃のくせに威力が高い。
聖職者はこちらを警戒もせずに近づいてくる。一人ならともかく、数人いると少し厄介だ。幸い三人とも近づいているので、遠くから撃たれる危険性はないだろう。うまく三人同時にやらねばならない。
私は杖の刃を露出させた。そして聖職者の一人が顔を見せた瞬間、私は飛び出した。聖職者が銃を構えるがそれよりも先に私の仕込み杖がしなる。二人の首を捉え、銃口の向きが変わった。しかし後ろにいた一人は依然として私を狙っている。しまったと思ったが、その時点で引き金が引かれた。
鈍痛が襲うが存外耐えられる。この体、思ったより頑丈だ。気合でそのまま杖を戻しながら残った一人に突き刺した。が、杖は聖職者の体に突き刺さらず、後ろへ飛ばしたに過ぎなかった。
「刺さらない?」
予想外のことに目を丸くしたが、突き飛ばした衝撃で銃を手放した。
二人が再び銃口を向ける。私は咄嗟に前へステップし、突き飛ばした聖職者を盾にした。二人分の銃弾を全て盾が受け止める。まるでガトリングのような発射レートに、早々に盾が消えようとしている。仕方がないので消えかけの盾を二人にぶつけた。かろうじて質量を持っていたおかげで相手がよろけた。
再び杖を変形させ、二人にスタミナが続く限り鞭を振るい続けた。しかしダメージが通っているようには見えない。やはりモツ抜きしかないか。
最後の一振りを行った瞬間に、左側にいた聖職者に飛び乗った。頭を銃口で押さえつけ、右手で腹を抉る。霞のようなモツを抜かれた聖職者はすぐに消えていった。
残りの一人は銃を離していた。しかしそれでもこちらに殴り掛かってくる。拳を振るおうとした瞬間、私は銃の引き金を引いた。聖職者はひるみ、前のめりに倒れかけた。私は銃を手放し、首根っこを掴んだ。そして右手でモツを抜いた。
落とした銃と杖を拾い、なんとなく装束を手で払った。銃弾が当たったところを見てみたが、服が破れているものの、その下の肌には一切傷が無かった。さっきも感じたが、この体、あまりにも丈夫過ぎる。相対的にバルバラの持っていた銃器の火力が目立つ。
さっきの戦闘で分かったが、ただの聖職者相手でも結構手こずる。戦闘は避けて、見つかったのなら逃げるのが最善策だろう。そうやって私は逃げ隠れしながら教会にたどり着いた。どういう訳か最初にここを回った時より聖職者の数が増えていた。最初の時はたまたま会わなかったのだろうか。
再びあの階段を下りる。今度は松明をつけて幾分か早く駆け下りた。
階段を下りた先、あのまるで祭壇のような大広間には上位者の彼女、そしてバルバラが待機していた。
「また侵入者ですか? 部外者には一切この場所を知らせていないはずなのですが……ん? その格好、そのヘイロー……あなた死んだのではないのですか? 私、この眼であなたのヘイローが砕け散ったのを見たはずなのですが。なぜ生きているのです?」
私はその質問に答えることはなかった。それよりもあのバルバラをどうやって倒すかだ。ガトリングと大砲、遠距離特化の装備である。どちらもタイミングを見計らえば避けることはできるだろう。この体だ、痛みはあれど多少なら被弾しても問題ない。さて、上位者狩りといこう。
「まあいいでしょう。死んでいないのであればもう一度殺すまで。バルバラ、あの者を始末なさい」
バルバラが動き出した。銃身の動きを見て私と重なった瞬間……ここだ。
右斜め前にステップすると、多数の銃弾が横を掠めた。一度避けただけでは安心できない。バルバラはすぐに狙いを修正してくる。それよりも早く駆けるのだ。
私が一歩前にいたところに大量の銃弾が襲い掛かる。少しでも足を止めればあの大きな銃弾の雨に打たれてしまう。恐ろしい、ああ恐ろしい、が、醜い獣に比べればまだいい。
バルバラのガトリングが途切れた。かと思うと右手の大砲が動き出した。前回の時に感付いていたが、やはり両手の武器を同時に使うことはできないらしい。
バルバラが腰を落として、撃つ体勢に入った。砲弾がどれくらいの速さで飛んでくるか分からないが、多分見てから回避できるはずだ。そうしてバルバラが大砲を撃つ瞬間をじっと見つめた。しかし、撃った瞬間に分かった。速い。私の知る大砲と全然違う。避けきれない。しかし体はもがき、少しでも避けようと後ろへ飛びのいた。爆発が目の前で起こり、咄嗟に腕で防御した。爆風でバランスを崩し、背中から地面に落ちた。着地の衝撃で息を吐き、全身に痛みが走る。爆発の影響で瓦礫が飛び散り、私の体に傷をつけた。それと火傷も広範囲に負った。
私は輸血液の入った注射器を取り出し、太ももに突き刺した。体内に血が入る感覚とともに、全身の出血が止まり、傷も治っていった。
大砲はダメだ。タイミングも分かりにくいし、範囲も広すぎる。
バルバラが再びガトリングを撃つ。この隙に私はバルバラとの距離を詰めた。バルバラはガトリングで仕留めようとしているのか中々大砲を使ってこない。私としては幸いだ。
「さあ、私の間合いだ」
バルバラに向かって飛びつき、仕込み杖を振り下げた。確かに彼女の脳天を捉えたはずだが、刃は彼女の頭を滑っただけで裂傷を作ることはなかった。ただ鞭としては効果があり、彼女の頭は激しく揺れ、ガトリングで自身の足元を大きく抉った。
杖をたたきつけ、刃を戻すと、そのまま彼女をひたすらに殴り続けた。行動させない。このまま削り切ってやる。
しかし彼女はひるまない。それどころかガトリングで殴って来た。反射的に私は発砲した。弾は彼女の脳天を貫かなかったが頭を揺らし、跪かせた。私はすぐに右手でバルバラの腹を貫いた。やはり感触は薄く、拳と共に出てきた霞と共にバルバラは霧散した。
一つ息を吐き、体勢を整える。
「次は貴公だ」
私は上位者の彼女に視線を向けた。彼女は目に見えて焦っている。余裕そうに口元を隠していたが、今は両腕を下げて明らかに私を警戒していた。
「あ、ありえない……バルバラがこんな簡単に負けるなんて。あなた本当に何者ですか」
「狩人。貴公、上位者だな。狩らせていただく」
「子供風情が私を狩ると? 戯言も程々にしなさい!」
彼女は激高し、多くの聖職者を呼び出した。一人一人相手するにはとても厄介だ。向こうが数で対抗するのであれば私も数で対抗しよう。
私は懐から一匹のナメクジを取り出し、両手で叩き潰す様に宙へ呼びかけた。宇宙が現れ、私の呼びかけに呼応したものが周囲に顕現する。それは光弾となり飛んでいく。彼女たちと接触した瞬間、光弾は大爆発を起こした。爆発の後に残ったものは誰一人いなかった。
彼女は絶句した。そして初めて私に恐怖したのである。私が一歩踏み出すと、彼女は一歩引いた。彼女が腕を出す。
「ユスティナ聖徒会、私を守りな――」
それはあの聖職者を呼び出す行為だ。やらせはしない。
私は杖を変形させ、彼女の腕めがけて振るった。無数の刃は彼女の腕を引き裂き、落とした。
「あ、がぁぁぁぁああ!?」
彼女は無くなった腕を胸に抱き、残った腕で庇う。その間に彼女の懐へ潜り込むにはあまりにも容易かった。彼女が気づいた時には既に私は彼女の腹に手を差し込んでいる。中のモツを掴み、外へ引きずり出す。右手に掴まれたモツと大量の返り血が私を濡らす。素晴らしい、実に素晴らしい。これでこそ狩りと言える。しかしこの上位者、血が赤いな。
「こ、子供風情が……許しません。絶対に許しません! あなたなぞ、高位の存在になった私であれば容易く捻りつぶしてやりましょう」
「貴公まだ上位者ではなかったのか? ではぜひともその姿を見せていただきたい」
私は右手を開いた。モツが地面に落ち、床を赤く染め上げる。
「さあ見なさい! これこそが高位の存在となった私の姿です!」
彼女はそう言ってその姿を変え始めた。全身から骨を折るような音が鳴り響く。身長はさらに高くなり、引き伸ばされた体躯からは再生した腕と共に一対の羽のようなものが生えた。頭は開き、まるで花の様だ。全体を通してみれば正に一輪の花と言えよう。
素晴らしい、実に素晴らしい。これでこそ上位者だ。人が見ればそのおぞましい姿は、それでこそ神秘の果てにいる存在の象徴である。俄然狩らねばなるまい。
彼女が私を手で払い、私はそれを避ける。第二ラウンドの始まりと行こう。
やっと上位者となった彼女の攻撃は実に多彩だった。私を狙った爆発に、広範囲を狙った爆発、そして巨大なビーム。実に多彩、高火力だ。しかしそれだけだ。多彩で火力が高いだけで、当たるかと言えばそんなことはない。巨大な腕を使った振り払いも、あまりにも大ぶりで避けやすい。
避けては杖を振り、避けては杖を振り、それの繰り返し。正直言って興ざめだ。もう少し狩りごたえを求めたのが間違いだろうか。上位者と言うのは全く、総じてなんというか、狩りやすい。神秘の象徴となった結果、
何か致命的なダメージが入ったのか、彼女は呻き頭を垂れた。花のように開いた頭はしぼみ、枯れた花の様だ。私は歩いて彼女の頭に近づいた。花弁の目は私に向けられている。その表情は一体なんだろうか。憤怒、疑問、困惑、恐怖。私は花弁の中心に右手を刺しこむ。そしてその頭ごと花を引きちぎってやった。
首からは大量の鮮血が噴き出し、それが雨のように降り注ぐ。それから勢いを失くし、ただだらだらと断面から血を流し続けた。その様子をじっと見つめていると、ふと後ろに何かがあるのに気づいた。十字架らしい。上部にはなんと人が括り付けられていた。聖職者に似て変な仮面をつけている。一度見るとあまりにも強烈だが、狩りに集中していて全く気付かなかった。全然動かないし、ただの死体だな。
十字架の前に灯りがあった。私は灯りをつけてそのまま狩人の夢に帰ろうとしたが、上位者の死体を見てふと思いついた。あの瞳、儀式素材に使えないだろうかと。思い立ったが吉日。私は早速、引きちぎった彼女の頭に近づき、瞳を手で引き抜いた。その瞳は血走った目玉よりも、血に酔った狩人の瞳よりも血に染まっていた。すばらしい。これはきっと儀式素材に使える。更にそれが一つ二つではない、ざっと見ても十数個はある。実に素晴らしいではないか。
私は一つ一つ手づかみで瞳を回収した。この素材を使ったらどんな聖杯に行けるのか、今からでも実に楽しみである。
不意に足音が聞こえた。相当急いでいるのか、ここまで響いている。更に足音からして一人ではない。私は瞳の回収を中止して、杖と銃を構えた。対人戦は苦手だし、複数人相手はもっと苦手だが、最悪逃げる。灯りはすぐ横だ。
「姫!」
「姫ちゃ……ん?」
下りてきたのは若干水色髪の少女、それから後ろに黒髪の少女と同じく黒髪ロングの少女。そして男が付いて来ていた。三人の少女の頭上には不思議な模様が浮かんでいる。
「どうかしたの――」
四人は一様にして私を見て固まっている。三人の少女はともかく、あの男はどう見てもただの人間だ。なぜこんなところにいる。獣狩りの夜に一般人がうろついていては危ないだろうに。いやそれ以前にここは廃れた廃虚街では無かったのだろうか。よもや人がいるとは思わなかった。四人と一人は互いに見つめ合ったまましばらくの無言が広がった。