神秘狩りの夜   作:猫又提督

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第1話

 夢はいつか覚める、どれだけ長い夢だろうと。しかしまたすぐに同じ夢を見るのだ。私はそうやって夜を生き続けた。

 

 次に目覚めた時、そこにあったのは見知った診療所の中ではなかった。どこか知らない建物の中、私は起き上がった。

「ここは?」

 思わず久しぶりに声が出てしまったが刹那覚える違和感。さっきの女の声は……私か?

「一体何が」

 その声は明らかに自分自身である。両手を見ると、あの着慣れた狩り装束の袖の代わりにいやに綺麗な肌が見えた。着ている服はよく分からないが、この下に履いているやつは女物だろう。異様に短いドレスのようだ。体を弄ってみるに、どうやら狩り道具は何も持ってないらしい。

 埃の匂いが充満する部屋の中、私は寝ていたらしいベッドから降りて外に出た。

 外は暗く、夜の様だ。目覚めの場所は違うが獣狩りの夜は始まっている。周りの風景はヤーナムに似ているもののあそこと比べると殺風景だ。そして静かである。獣の鳴き声や、市民の声が聞こえない。

 私は誰もいない町を歩き進んだ。しばらく歩いてみて分かったがここはヤーナムでは無さそうだ。殺風景で、獣すら見当たらない。すでに廃退しきった町なのだろうか。人がすべて獣に墜ち、やがて獣も全て姿を消した。そのような場所など見たことが無いが。

 ふと前の十字路を誰かが横切った気がした。追ってみると、確かにそこには聖職者のような恰好をした人がいた。しかし青白い肌に天使の様な輪が浮いている。こんな人間がいるだろうか、いやいない。つまりこいつは敵だ。

 私は慎重に近づき、相手の背後を取った。そして背後から首めがけて拳を振りぬいた。相手はひるみ膝をつく。すかさず背中から腕を入れた。モツの感触がしない。だが、代わりにもやもやしたものを掴んだ。それを引きずり出すと、拳につかんでいた靄はあっという間に霧散し、相手は倒れて消えてしまった。霊の類だった。霊がうろつくとは、やはり既に廃退しきった町なのだろう。

 聖職者はその後も時々見かけた。いちいち倒すには量が多いし、第一私は丸腰だ。拳で狩りを行うなど狂人でもしない。

 聖職者から逃げ隠れするように町を進んでいた私はいつの間にか一際大きな建物にたどり着いた。

 教会のようだが、それにしては建物が大きい。もはや神殿と言っても過言ではないだろう。中は荒れていて、壁のヒビが目立つ。建物の大きさ故か、部屋も多数見受けられるがその殆どがかつての名残を全く感じさせないほどに荒れていた。

 ある部屋のドアを開けると広い室内に均等に机と椅子が一方を向いて等間隔に並べられていた。その先には一回り大きな机が置かれている。この配置はまるで講義を聞くためのもののようだ。もしかしたらここは学舎だったのかもしれない。

 私は反射的に天井を見上げた。幸いそこには無地の天井があるだけで何もへばりついていなかった。しかし、まあ……変なものが落ちてこないうちにさっさと行ってしまおう。

 教会を探検しているうちに私は一層広い場所にやってきた。高い天井に等間隔に立つ太い柱。その天井には大きな穴が空き、柱の何本かは崩れている。しかし天井の穴のおかげで月明かりが明るい。崩れた柱も相まって、それはそれで美しいのである。

 月光が差す真下には不自然な穴が空いていた。劣化で空いた穴ではなく、階段が見えた。地下というのはどういうわけだか魅力的なのだ。潜る理由などそれだけでよい。私は吸い込まれるように階段を下った。

 数分間自分の足音だけを聞いていた。あれだけ明るかった月光は微塵も入ってこない。故に私は壁に手をついて足を踏み外さないよう慎重に下りるしかなかった。だがこの感覚、墓暴きに向かっているようでワクワクする。もしかしたら何かいいものが見つかるかもしれない。そう思うとおのずと下りる足が速くなるものだ。

 やがて階段の終わりを告げるように明かりが見えた。階段を抜けた先は地上よりも広く、教会らしい場所だった。そこが明るいのはきっとたくさんの燭台とシャンデリアの為である。そしてその最奥にとある人物がいた。

「あなた何故ここに。一体何者ですか」

 彼女は人と言うには異形であった。高身長、深紅の肌、純白のドレス、そして多くの瞳を宿したその頭。メンシスが望んでいたのはまさにああいう姿だったのではないだろうか。つまり彼女は上位者である。上位者にしては造形が人間に近いが、獣と言うわけでもあるまい。

「狩人」

「狩人? 何をふざけたことを。私は今忙しいのです。即刻立ち去りなさい――いや、ここで逃がして先生に居場所がばれてもいけません。丁度いいですからあなたには実験台になってもらいましょう」

 彼女はそう言って何かを呼び出した。それは町中で見たような聖職者であるが、左手にガトリングを、右手には良く分からない物を持っている。一目見てヤバい奴だと直感した。

「さあバルバラ。あの小娘を始末なさい」

 彼女が指示を出した瞬間、バルバラと呼ばれた聖職者はガトリングとよく分からない物を私に向かって撃ってきた。避けようとした時には既に私の腹に強い打撃と激痛が走っていた。また強い衝撃が伝わり、たまらず私は後ろにひっくり返ったのである。そして直後に爆発、気づいた時には私は宙を舞っていたのだ。

 ああ、あのよく分からない物は大砲か。だからあんな爆発が起こったのだ。そんなのんきなことを考えながら私は地面に叩きつけられた。あれだけ撃たれて爆発に巻き込まれて、地面に叩きつけられたのに、私はまだ生きている。どういう訳かこの体は丈夫だ。しかし痛みで動きにくい。

 バルバラは容赦が無かった。すでに死に体の私に追い打ちをかけた。もはや避けられはしない。甘んじて攻撃を受けるしかないのだ。苦痛にもがき、悲鳴すら上げられず、そのうち痛みがなくなってくる。知っている感覚だ、死が近づいている感覚。大砲を撃たれるたびに私の体が打ち上げられ、叩きつけられる。五度目だろうか、地面に叩きつけられた時、ガラスが割れるような音がした。はて、ここにガラスなどあっただろうか。

 四肢を放り出し、仰向けに倒れた私にバルバラがガトリングを撃ち込む。ガラスが割れる音がどんどん激しくなる。そうして一際派手に割れる音が鳴ったかと思うと、私の意識はあっという間に手放されてしまったのだ。

 

 体に伝わるごつごつとした感触と、冷たい感触。私にとってそれは何度も経験したものだ。目覚め、未だおぼつかない体を無理やり起こす。するとそこには霧の中にたたずむ一軒の小屋がある。そしてその傍らには打ち捨てられた人形が――

「どなたでしょうか。新しい狩人様が見つかったとは聞いていないのですが」

 人形は軟体生物を持って、私を不思議そうに見ていた。

「どういう――」

 思わず出てきた声は女のもの、姿かたちもあの謎の町の時から変わっていなかった。それにどういう訳か前の夢から繋がっている。人形が抱いている軟体生物は上位者となった私だ。

「私だ、狩人だ」

「狩人様? 狩人様はここにおられますが」

「それは、その……抱いているやつも私なんだ」

「はあ」

 人形は要領を得ない様子だ。突然現れたかと思えば自分を狩人だと言い張り、あまつさえ自分が抱いているのと同一人物だというのだから無理もない。傍から見れば私は狂人だ。すると抱かれていた軟体生物が触手を伸ばして私に近づけた。突然伸びだした触手に私はたじろいでいたが、触手はまるで私を吟味するように彷徨い、やがて私の頭を撫でた。自分に撫でられるのは変な気持ちだ。右手を差し出すと別の触手が私の手に乗った。

「あなたが狩人様だというのはまだ信じられませんが、とりあえず怪しいものではないことは分かりました」

「何を言えば信じてもらえるんだ……あー、えっと……髪飾りを渡しただろう?」

 私がそう言うと僅かに人形が体を硬直させた。気まぐれで渡していてよかった。

「はい、今も大切に持っております。髪飾りのことをご存じという事は本当に狩人様なのですか?」

「最初からそう言っている。信じて貰えてよかった」

「ですがそのお姿は一体? それになぜ狩人様がお二人も?」

「目覚めたらこうなっていた。目覚めた先もヤーナムではないし、獣狩りの夜も始まっていなかった。何もかも分からない」

「獣狩りの夜は終わったのではないですか?」

「あ……いや気にしないでくれ。少し血に酔いすぎたのかもしれない。私が目覚めた先に獣はいなかった。だが代わりに上位者がいた。私はこれから上位者狩りをしてくる」

「そうですか、では行ってらっしゃいませ。どうか狩人様の目覚めが有意義なものでありますように」

「ああ、だがその前に狩りの準備をしないと」

 そこで私はふと気づいた。いつもなら獣狩りの夜が始まる時に既に装束と武器は持っていた。しかし今回は持っていないし、前夜の私は今そこで軟体生物となり果てている。果たしてあの狩り道具たちはどうなったのであろう。

「その私が持っていた狩り道具は落ちていなかったのか?」

「ええ、残っております。工房の中で保管しております」

「そうか、助かった」

「ふふ」

「どうかしたのか?」

「いえ、そのお姿の狩人様はよく話してくださるので」

「そう……か」

 初めての夜は夢に帰るたびによく人形と話していたものだ。それが夢を終えるたびにだんだん言葉を交わさなくなった。それよりも狩りを続けることが目的になった。

『あなた方は私を愛しはしないでしょう? 逆であれば分かります。私はあなたを愛しています』

 遠い昔、一度だけ聞いたその言葉を思い出した。

「それにとてもかわいらしいですから」

「それは……関係ないだろう」

「いえ、天使みたいでとても愛らしいですよ」

「天使……今の私はただの狩人だ。そんな上位者めいた存在じゃない」

 私は工房に入り、保管箱から狩人の装束を取り出した。着ていた服から着替えると、慣れ親しんだ感覚が身を包んだ。しかし、サイズが合わない。袖から手が出てこないし、裾は踏んでしまいそうだ。こんな情けない恰好で狩りに行くわけにもいかない。しょうがないのでまた着替えなおした。

 工房には数多くの仕掛け武器が吊り下げられている。私がヤーナム中をかけめぐって集めた武器だ。中には悪夢の中をさまよって集めたものある。その中で私が取ったのは一本の杖であった。一見して狩りができるとは思えないこの杖は、しかし中に刃を仕込んである。そのまま振り回すこともできるが、中の刃を露出させると鞭のようにしなる。名を仕込み杖と言う。狩りの道具としてはやはり異質で、獣狩り時に会った狩人からはよく変わっていると言われた。よほどのもの好きらしい。私は扱いやすくて好きだ。ある程度リーチもある。

 何度か素振りを行ったが、この体でも難なく扱うことが出来た。

「うん、やっぱりこれだな。さて、じゃあ向かうとするか」

「服、お気になさったのですか?」

 人形は上位者の私を抱きながら尋ねた。

「まさか、サイズが合わないんだ」

「狩人様、すっかり背が小さくなってしまいましたものね」

「は?」

 思わず人形の顔を見上げた。その時に気づいたが普段より人形の背が高く感じた。いや、彼女の言う通り、私の視界が低い。道理でサイズが合わないわけだ。

「どうなってるんだこの体は。まあ問題なく動くからいいか」

 私は工房横に連なる墓に目を向けた。全てに使者が屯している。ここから様々な場所で目覚めることできる。そうか、あれから夢が続いているから全ての灯りを灯した後だ。工房はいつの間にか鎮火していたらしい。

 さっきいたあの場所は……どこだ? あそこは確実にヤーナムではない。かといって旧市街でもヤハグルでもなさそうだ。ということは悪夢の中だろうか。

「困ったな」

「どうされましたか?」

「私が目覚めた場所が分からない。見たことのない風景だったから予測するのも――」

 私が困り果てていると、軟体生物がまるで道案内をするように触手を伸ばし始めた。それは道に沿うように伸びている。私と人形は顔を見合わせ、そして触手について行った。

 彼が案内したのは、花畑にある木の真下だった。獣狩りの夜の最後、ゲールマンが私を待っていた場所には車いすではなく一つの墓標が立っていた。

「ここ、なのか?」

「狩人様はここを指しているようです」

 私は墓標に跪き、墓標に刻まれた場所の名を呼んだ。アリウス自治区。果たして知らない名前であるが、だからこそここのはずだ。私は墓標に手をかざす。自身の感覚が曖昧になり、次第に意識が薄れていった。

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