「皆も気付いているようだがお客さんが一人増えた。彼女もアリウス生でありサオリの追手――というよりはただの偵察だったようだ」
なのでこの子一人しか派遣されていなかった。ベアトリーチェは未だ私の存在に気付いておらず、先生がトリニティに居る事は知っていた。サオリの失踪の原因であろうアズサと先生の動向を裏から探るように言われて派遣されたらしい。
「それで送られてきたのがまさか、スバルとはな」
「――貴女の尻拭いをさせられたはずが、まさかこんな事になるとは露にも思いませんでした」
「という事は、スバルもアレを受けたのか。なら――これからは同士だな」
「は?同士?――貴女と?」
連れてきた彼女の名前は梯スバル。同じアリウスだけあってサオリとスバルは顔見知りだ。尋問の際にサオリの名前を出した時にあまりいい顔をしなかったので仲が良いという感じではないかもしれない。
「あぁ……やっぱり尋問はもう終わってるんだね……」
先生達は既にスバルの身に何が起きたか察したようで、様々な反応を示している。セイアは当然の様に頷き、ナギサは不満そうな顔を隠そうともしていない。ミカは少し顔を赤くしながらこちらをジト目で睨んでいる。――私が居ない間にどんな事を話していたのかは分からないが、やはりミカにはこちらから話しかけないようにしておこう。何を言われるか分かったものではない。
「尋問、ですか。気配もなく近寄ってきて突然吊るされた挙句に訳の分からないものを飲まされて何故か卵を産まされ、質問に答えなかったら鞭で叩かれ卵を産まされ、媚薬を投げられて乳を出させられたあの行為を尋問と呼ぶのであれば、そうですね」
「ナギちゃんナギちゃん。今からでも考えなおそ?関わっちゃだめだよこんな人。どう見ても女の子の敵だよ?」
スバルの言葉を受けてミカはナギサを諭そうとしている。ナギサは普通にペットにしたいから余計な事言わないでもらえないかな。
「聖園ミカさん、でしたか。この人の悪口を言うのはやめてもらえますか?」
「え、えぇ!?これ私が間違ってるの……?貴女被害者だよね……?」
スバルがミカの様子を見かねて釘を刺してくれた。最初のサオリ達の口の堅さを考慮して初手から遠慮なく調教をした成果が良く出ている。
「まぁともかく、スバルはカタコンベの道を知っている。おかげで電子レンジを使ったカタコンベの爆破解体はせずに済みそうだ。手間が省けて助かるな」
「――待って?電子レンジで爆破解体ってどういう事?」
「うん?電子レンジで温泉卵を作ろうとすると爆発が起こるだろう?」
「え、うん。そうだね」
「その爆発を利用して建物や壁を解体するんだ。よくやるだろう?」
「やらないけど?というか普通はそんな大きな爆発は起こらないよ?」
????????
どうやらキヴォトスでは爆発する事はあれど、レンジの中にある卵が破裂する程度のものでしかないらしい。意味が分からんなキヴォトス。法則はどうなっているんだ。
「こっちの台詞だけどね……。ともかく、初めましてスバル。私は――」
「シャーレの先生、ですよね。マダムから話は聞いています。初めまして」
二人が軽く自己紹介を済ませたところで、皆に今日は解散するように言い渡す。
「もう既に日付が変わってしばらく経つ。これ以上の夜更かしは明日に差し支える」
「そうだね。それじゃあ皆そろそろ今日は寝ようか」
私と先生の言葉を皮切りに全員がそれぞれ用意された部屋へと戻る。スバルに関しては今日のところはサオリ達と同じ部屋で眠ってもらう。スバルの精神衛生上良くないかもしれないが、一日だけだから我慢してもらおう。それに二人共私のペットなのだから無理にとは言わないが出来る事なら仲良くしてもらいたい。
私は引き続き追手や偵察が来ないか警戒するために外へ出て見張りを続ける。途中でハナコが外へ出ようとしており声を掛けたのだが、ハナコはハナコでカタコンベの道を解明しようとしてくれており、これからトリニティで人手を頼ろうとしていたとの事。こちらで既にスバルという手段を見つけてはいるのだが、情報は多ければ多い程良いと思いそのまま引き続きハナコには動いてもらう事にした。一応単独行動で危険もあるので透明化の魔法をかけておいた。
――魔法をかけるときに何故か服を脱いで水着姿になったのは意味不明だったが。
それ以降はアリウスの追手も来ることはなく、無事に夜明けを迎えた。
追手が来ない事を確認した私は一度拠点へと戻り、エスプレッソマシーンでエスプレッソを作り飲んでおき、念の為に眠気を飛ばしておく。そしてこれからの準備を整えトリニティへと戻った。
ベアトリーチェも流石にこちらがアリウスの動きを見抜いている事は気付いているだろう。更なる人員を送り込まなかったのは迎撃する用意をしているからか、何か他に考えがあるのか……それは分からないが、ようやくここまで来れた。決着をつけるとしよう。
**********
全員が目を覚まし程なくしてナギサが動き始める。トリニティの各派閥のトップを集め今回の情報を共有し、これからの事を話し合う事にしたようだ。そうして集められたのはシスターフッド、救護騎士団、正義実現委員会、そしてティーパーティー。それぞれの派閥の数人が補習授業部の建物へと集まった。今この場にいるのは上記の者と補習授業部、アリウススクワッドとスバル、そして先生と私だ。
シスターフッドからは歌住サクラコ、若葉ヒナタ、伊落マリーの三人が。救護騎士団からは蒼森ミネ、鷲見セリナ、朝顔ハナエが。正義実現委員会からは剣先ツルギ、羽川ハスミ、仲正イチカというイチカ以外は初めましての状況だ。――いや、ハスミとは一応顔を合わせた事があった気がしなくもないが、どうだったかな。
見慣れないアリウスの生徒への視線もそうなのだが、先生と同じ大人である私に対する視線が物凄い刺さる。しかしハスミに関しては私の素性も知っているようで疑惑の籠った目でこちらを見ている。ゲヘナのステータスってすごいなぁ。
イチカも私がここに居る事に驚きを隠せないようで私をしばらく見ていた。さすがに無反応を貫くのも彼女に悪いので軽く目を合わせて手を振っておく。イチカは疑問を浮かべながらも手を振り返してくれたが、ハスミからの視線が更に強くなってしまった。ゲヘナ凄い。
「皆さん朝早くからお集まりいただきありがとうございます」
ナギサが最初に声を掛け、周囲の意識をナギサへ向ける。
「各々気にかかる事があるかと思いますが、それらも含めてお話させて頂きます」
「エデン条約も近い中、これだけの方々を集められたという事は――それ程の緊急事態という事ですね?」
「サクラコさんの認識で間違いありません。少し長くなりますが、まずはこちらの話す事を全てお聞きください」
そうしてナギサが今までの私達の得た情報を全て話す。
「結論から言いますと、エデン条約の調印式の日に他校からの襲撃が予見されました」
『――えっ!?』
「ど、どういう事ですかナギサ様!?」
「確かに緊急事態ですね……」
「やはりゲヘナですか!?」
「落ち着いてくださいっすハスミ先輩……それならあの人がここにいるわけないっすよ」
ナギサが情報を一つ話したところでいきなりこの反応だ。これは情報共有に時間がかかりそうだなぁ。まぁ情報が情報だから仕方ないとは思うが、私にとってはトリニティで飽きるほど繰り返してきた情報共有のお時間なのでさっさと済ませて欲しい。――そんな私の願いも虚しくすんなりとはいかなかったが、何とか済ませる事が出来た。
ゲヘナである私がここに居る理由、補習授業部の裏の目的、ナギサの乱心、アリウスの目的、ナギサへの襲撃、セイアとミネの行方不明の真相、ベアトリーチェによるアリウスの支配、調印式の日に飛んで来る巡航ミサイル、ユスティナ聖徒会の複製、儀式の生贄たるアツコ、ベアトリーチェの打倒、そして、ミカの犯した罪。
それらを話す度にどよめきが起こったり疑問を呈する者達が現れるものだからナギサは統制するのも一苦労のようだった。とはいえ私にとって良い事がなかったわけでもない。ゲヘナに対し、アリウスからの協力の打診があった際に私の存在がマコトの抑止力として協力を阻止したというカバーストーリーを話した際には、ハスミから「へぇ、やるやん」みたいな目で見られた。あれから少し敵意が減ったのでまるっきり無駄な時間でもなかったと思いたい。
『――――』
そうして全員が情報を咀嚼し、それらを飲み込む為に考え込み部屋が静寂に包まれる。しばらく沈黙が続いていたが、最初に沈黙を破ったのはイチカだった。
「――なんというか、朝一に摂取するカロリーじゃないっすね。胃もたれするっすよ」
全くもってその通りだな。しかしこれからベアトリーチェの始末をする為にもトリニティの意思は纏めておきたい。どうにか頑張って飲み込んで欲しい。
「そこにいらっしゃるのが、アリウスの生徒との事でしたね」
そうしてサクラコがアリウスの子達を見やる。アリウスの原動力はベアトリーチェに植え付けられたものではあっても、紛れもなくトリニティへの憎悪からきているものだ。
「であればこれは、起こるべくして起こった出来事――という事ですね」
「それはどういう意味ですか?サクラコさん」
「アリウスの生徒がここにいらっしゃる中でこれを話すのは本人にとってもいい気分はしないと思うので、簡潔に話しますが――」
ハスミがサクラコに問いかけ、サクラコがアリウスとトリニティの確執について話してくれた。昔、トリニティがこうして派閥を連ねる以前のこと。第一回公会議により様々な分派を統合しようとしていた時、それに反対していたのがアリウスだった。そして、連合を作ったトリニティによってアリウスは弾圧され、歴史の片隅へと追いやられる事になった。シスターフッドの前身であるユスティナ聖徒会もその弾圧に参加していたそうだ。――なるほど、確執とはそういう事だったのか。
「そうした事があり、アリウスはあれからもトリニティに対して復讐の機会を窺っていたのでしょうね」
「――そうだ」
サオリが控えめながら肯定する。今もサオリ達にその気持ちがあるかは定かではない。価値観を破壊してはいるが、憎しみの感情までは媚薬ではどうにも出来ない。出来るとすれば、アリウスの子達に私の方からトリニティと和解してほしいと頼めば、その内心がどうであれ努力をしてくれるだろう。――まぁ私がそんなしちめんどくさい事言う訳はないが。恨みたければ恨めばいいし、復讐したいのならすればいいと思っている。トリニティにはセイアやナギサが居るので手伝う事は出来ないが、憎しみ自体を否定するつもりは個人的にはない。私もかつてノースティリスで強敵に殺され、その恨みをバネに己を鍛え上げ復讐を果たしている。殺した時はとても気持ちが良かったのをよく覚えている。とはいえこんな出来事とサオリ達の感情を同列に扱うのも良くないか。
肯定したサオリの様子を見てトリニティの子達は表情を暗くしたり気まずさを覚えている様子だ。自分たちの過去が招いた出来事である事に何か思うところがあるのだろう。
「その、一ついいっすか?貴方になんすけど」
「なんだ?」
「どうやってアリウスの生徒をこちらに引き入れたんすか?聞いた限りだとどう考えても私達に協力してくれるとは思えないんっすけど……」
その言葉を聞いた私の調教話を知っている、もしくは受けた事のあるサオリ、アズサ、セイア以外が一斉に顔を逸らす。中には顔を赤くしている者もいる。まぁ、言えないよな。だがそんな事を一切気にしない者もいる。
「それは――」
余計な事を言おうとしたセイアを慌てたミカが口を塞いで止める。流石のセイアも自分が調教されたなどとはこんな場面で言わないだろうが、最近の元気が有り余ってるセイアだと絶対に大丈夫とは言い切れないのがな。
「えっと、聞いちゃまずかったっすか?」
「えーっと、どうしても気になるようでしたら、後でアリウスの方々に直接聞いてみてください」
そしてナギサが私の代わりに質問を返答し、アリウスへ質問の回答権をぶん投げた。サオリは特に気にして無さそうだが、スバルを含めた他の者は恨めしそうにナギサを見ている。絶対に答えないという強い意志を感じる。
「さて、他にも考える事があるぞ。ティーパーティー、いやナギサとミカの起こした問題行動に関してだな」
アリウスとトリニティの関係に関しては今ここで答えを出せるようなものでもないのであえて話題をそらす。するとそちらもトリニティにとっては頭の痛い問題のようで考え込むように悩みだす。
「ナギサさんもミカさんも既にどちらも解決済みであり、本人とも和解済みとはいえ――」
「はいそうですかで済む問題ではありませんね……。特にミカさんに関しては」
サクラコとミネがそのように今回の問題を纏める。確かにナギサの方はちょっとしたオイタ程度のものであり、既に謝罪済みで退学になる事も無くなったので問題は無い。次から気を付けてねで終わらせられる。しかしミカの方はそうもいかない。他国のスパイを自国に招待し、内部の破壊工作をさせたのだ。ノースティリスであればどんな懲罰を受けるか想像もつかない重罪だろう。実行犯が命令を放棄したから大事にはならなかったものの、アズサ以外が実行犯であれば確実にセイアの命は無かったものと思われる。
「エデン条約が近い今、今回の事を公表すれば混乱は免れませんね」
「しかし私達だけで留めて良い問題なのでしょうか」
「それは……」
サクラコ、ミネ、ハスミはああでもないこうでもないと議論を交わす。ティーパーティーはそれに参加せず成り行きを見守っている。ミカ本人もどんな答えを出そうとも受け入れる姿勢でいるようだ。しかし――
「一つ良いだろうか?これに口出しするのは内政干渉と言われてしまえばそれまでなので口を閉ざす他無いが」
「今回の話によれば、既に私達トリニティは貴方に少なくない恩があります。是非仰ってください。お二人はいかがですか?」
「私も構いません。独特ではありますがこの方の成す事を私は見てきましたので信用出来ると考えます」
「二人がそう言うのであれば構いません」
許可をくれて助かった。正直私にとってミカの罪など些事だ。そしてセイアとナギサの友人なのだからもう少しお節介を焼いてもいいだろう。いい感じに有耶無耶にしてやろう。
「まず一つ目。この後はアリウスへ私達は赴く事になるが、トリニティがアリウスへ侵攻をかける名目はどうする?」
「侵攻という言い方には悪意を感じますが、名目――なるほど。確かに、アリウスへ赴くのであればアリウスはトリニティの分校になるので、それこそ内政干渉にあたる可能性がありますね……」
「シャーレであればその特権を使う事で回避出来ますが――」
そう。シャーレとして赴くのであれば名目は問題なく作れる。連邦捜査部の名の通り、その特権を使えばアリウスへ強制的に入り込むのは難しくない。これはまだ先生にも共有していない事だが、ベアトリーチェはアリウスの生徒会長を名乗っている。世襲制であるアリウスの生徒会長を僭称し、尚且つ学生でもない大人がその座に座っているのだ。シャーレとしては動かない理由を探す方が難しい案件だ。しかしトリニティはそうもいかない。
「トリニティがいくらシャーレの名を借りてアリウスへ赴こうと、それを知った一般生徒は裏の事情を読み取ろうとするだろう。そしてミカの罪が明らかになった時、侵攻をかけたという情報が入ったらどう感じるだろうか」
「――!」
「なるほど、侵攻とは言い得て妙ですね……ほぼ確実に報復と捉えられるでしょう」
一般生徒はアリウスの存在を知らない者の方が今となっては多い。そんな名も知らないアリウスへシャーレと共にトリニティが向かえば、確実にアリウスがどんなところか調べる。そしてミカの罪状も明らかになれば――アリウスに歴史上二度目の弾圧が訪れる事になる。晴れてアリウスは今度こそ地図上から姿を消す事になるだろう。
「ま、君達トリニティにとってはそちらの方が都合が良いだろう。仮想敵を今の内に潰せるまたとないチャンスだ」
『…………』
私の露悪的な言葉に、トリニティとサオリ達が黙り込む。実際に先生もトリニティも、アリウスを潰すつもりは無いだろう。しかし、周囲がそれをどう捉えるかは別だ。タイミングの悪い事に、ミカの罪状がこれからアリウスへ赴く私達と紐づいてしまっている。
そして私はわざとサオリ達の居る前でこの話題を出した。サオリ達がいずれどのようにしてトリニティと関わるかは定かではない。なので、今のトリニティがどんな判断を下すかを見て欲しかった。ミカは和解を求め、サオリもベアトリーチェに却下されたとはいえ、その為にアズサを用意した。ミサキやヒヨリ、そしてスバルがどう思っているかは分からないが、これを今後の判断材料の一つにして欲しい。
和解するにしてもベアトリーチェを始末すれば問題なく出来るのかと問われれば、時期尚早と言わざるを得ない。アリウスはトリニティを受け入れる土台をベアトリーチェに破壊されてしまっているのだ。教育も思想も、何もかもが歪んでいるか不足している。恐らく、今この場面を見たサオリ達は今回トリニティの出す答えの意味を半分も理解出来ないだろう。それを理解する為の知識を得られないまま生きてきている。しかし、この先アリウスにも普通の生徒のような生き方が出来るようになり、他の事に目を向けられる余裕が出来た時、今回の事を思い出す事になる。その時になって初めて今回の出来事に意味が生まれると思っている。
頼むからこのまま報復するなどとは言わないでくれよ。私の努力が水の泡だ。というかそうなったら私はどっちの味方をすればいいんだろうか。
「残り二つ、選択肢がある」
私の言葉に全員が顔をこちらに向ける。
「ミカの罪状を伏せ、シャーレと共にアリウスへ赴く。本来は世襲制であり、現状生徒会長になれる者は秤アツコのみ。にも拘わらず現生徒会長を僭称しているベアトリーチェを排しに行く。この名目であればアリウスへ君達が一緒に向かっても問題は無い。アリウスは分校扱いだ。トリニティが身動きの取れないアリウスの代わりに、サオリ達から救援要請を受けたという事にして動けるだろう」
そして最後の選択肢。
「そもそもシャーレと共にアリウスに行かない。そしてミカの罪を公表し、然るべき罰を与える。これならばあらぬ深読みをされずに済む」
「どれを選ぶかは自由だ。好きに考えてくれ。ただし手短にな」
キリが良いのでここで切ったけど、まだアリウスへ行けないってまじぃ?