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platea/プラテア

『ゲキxシネ五右衛門ロック』『The Musical AIDA』など、ミュージカルの話題作に出演の青山航士さんについて。

まるでジンジャーのように

2006-05-18 | ビューティフル・ゲーム
 『テネシー・ワルツ』への青山さんの出演予定がわかったため、ここに書くのを少し遅らせましたが、元IRA幹部のスパイ殺害事件に続き、わずか15才のカトリックの少年マイケル・マッカイルヴィーン君がピザを買いに外出した際に、やはり10代のプロテスタントの少年達に暴行され亡くなるという事件が、5月8日、アイルランドのバリミーナで起きてしまいました。
 『ビューティフル・ゲーム』のジンジャーと同様、何も政治的な活動はしていないのに、ただ「カトリックである」ということだけで暴行の対象にされたのです。
 葬儀では遺族の希望により、フットボールチームのセルティック(カトリック)とレンジャーズ(プロテスタント)のユニフォームを着た少年達が力を合わせて彼の棺を運びました。作品中「決勝戦」のシーンで私たちが目にしたような、グリーンとブルーのユニフォームです。1000人以上の参列者があり、町全体がこの少年の死を悼んでいたということですが、残念なことに参列者の車への投石もあったそうです。

BBCニュース
 
 マッカイルヴィーン君のお父さんは、「もしも息子の死がバリミーナの町の新しい未来像を導く事が出来たら、彼の死は無駄ではない」と話されたそうです。
 青山航士さんも『ビューティフル・ゲーム』公演パンフレットの出演者コメント欄で、自分たちが演じ伝えることで犠牲になった人たちの救いになれば、と語っておられますが、亡くなられた方たちが語りかけていることに耳を傾けていれば、今は出口のない不幸のように思えても、何かしら未来を築く事ができるのではないかと私も思います。投石をしたという人の心が、どこかでそんな想いと出会うことを願わずにはいられません。
 

あやさん、初めまして!

2006-04-28 | ビューティフル・ゲーム
 昨日の「『ビューティフルゲーム』千穐楽も終わり・・・」に櫻井翔さんファンのあやさんよりコメントいただきました。私がこのブログを始めたのは、舞台で青山航士さんのダンスに眼を留めた方に出会いたかったからなので、こんなコメント頂くと、とっても嬉しくてはしゃいでおります。本当に有難うございました
 私も青山さんが出演されるということで『ウエストサイドストーリー/夏・冬版』『ボーイ フロム オズ』『ビューティフルゲーム』と、4本のフジTV+ジャニーズの舞台を見たことになりますが、作品のセレクトがいいですよね。それから例の盗み聞きによると観客の関心が、歌とダンスのどちらかというとダンスにあるのも私には嬉しいです。
 今月号の「ダンスマガジン」の連載<ダンスと私>には、元アイドル歌手、今は劇団四季でベテランとして活躍中の荒川務さんがご登場です。また今年1月の『グランドホテル』で、舞台を引き締める素晴らしい演技を見せてくれた藤木孝さんにもアイドル時代があったといいます。演じる側も見る側も、人は変わっていくものだし、舞台ってテレビよりもその変化が実感しやすいような・・・。櫻井さんはちゃんと周りの見える方のようなので、将来、ジャニーズ事務所のミュージカル部門の顧問なんかになってくれたら面白いんじゃないかと思ってるんですよ。(その時の演出・振付はもちろん青山さんで)
 『うたっておどろんぱ! プラス』は今年度から残念ながら5分番組になってしまったのですが、明日土曜日午後5時40分~午後5時45分の放映分では「三忍者」が見ごたえあると思います。是非ご覧になってください~。この番組の青山さんは、歌と踊りのお兄さんとしてまた違った面を見せてくれます。それと・・・『ビューティフルゲーム』のアンサンブル、野島直人さんのブログ(お名前でグーグル検索するとすぐ表示されます)、今日は櫻井さんについての記事でした。ご存知かな、とは思いましたがお知らせまでまたいらして下さいね! 

『ビューティフルゲーム』千穐楽も終わり・・・

2006-04-27 | ビューティフル・ゲーム
 まだ興奮冷めやらない、とはいえ、昨日よりは多少冷静になりました(・・・と自分では思います)。
 今回の大阪公演、照明が良かったです。スタッフの方が調節なさったのか、あるいはNHKホールは録画を前提としているせいでしょうか、殆どハレーションが起きていませんでした。
 多少のハレーションはお芝居だとそんなに気にならないんですが、ダンスだと、立体感は抑えられる、どうしても皮膚の露出したところに起きやすいので手・指の表情もなくなる、プロポーションも変わって見える、とす~ごく嫌なんですね。青山劇場で見たときも、パーティー/"The Craic"では腕がかなり膨張して見える感じでした。『ボーイ フロム オズ』の時も同じで、ハレーションは青山劇場に限った事ではないのですが、少し不満の残ったところです。その点NHK大阪ホールは輪郭の鮮明な照明だったので、青山さん達のシャープでセクシーな動きが際立って、また惚れ直しダンスの照明はいつもこうであってほしい! 東京でご覧になった方、青山さん「もっと」カッコ良かったですよ~。
 メインキャストではダニエル役の黒田勇樹さんの演技が、何気ないようでキャラクターがじんわりと伝わってきて魅力的だなと思いました。ジョンの赤ちゃんを抱く手にも、女性陣の誰よりも優しさが感じられたりして、台詞のないときもアイルランドの一青年の気持ちがよく出ていたと思います。パンフレットの黒田さんのコメントにも背景みたいに目立たないような演技を、とありますが、自然なたたずまいがあんなに若いのにさまになって・・・と思ったら6才で大河ドラマデビューしておられるのですね、納得です。
 それからバーナデット役の遠藤麻綸さんの歌、劇団四季のファンの方が太鼓判を押すわけだ・・・とこれも納得でした。台詞を語るように歌う方で、これなら「突然歌いだすから」ミュージカルが嫌い、な方もOKなのでは。直接のモデルではないとウェバー&ベン・エルトンは言っていますが、ハンガーストライキでなくなったIRA兵士のボビー・サンズの妹の名がバーナデットです。彼女の兄の死に接した時の涙もこんな風だったかと思うくらい、深い痛みの感じられる歌でした。
 反対に惜しまれるのはやはり「監獄」のシーンが思っていたよりインパクトが弱く単調だったことです。歌舞伎みたいに看守の制服を引き抜いて悪魔の姿に・・・とは言いませんが、看守の皆さん、「合法的な範囲」というかあんまり怖くない。事実そのままにする必要はなくても、観客が怖くて泣き出すくらいでちょうどいい場面なのではないでしょうか。歌舞伎って「恐怖」「暴力」の演出はものすごく優れていると思うので是非マクニーリーさんにも日本でご覧になってほしいです。
 もっと本音をいうと、ここでは恐怖と暴力によってジョンの中に起きる精神的変化を青山さんの振付で見てみたいです。エディンバラ国際フェスティバル参加作品『森羅』で精神世界の闇の部分を踊っておられますが、劇場の温度が下がったんじゃないかと錯覚したぐらいに、凍てつく深海のように厳しく、苛酷な精神の営みを描き出してくれました。あの時の心を揺さぶるような厳然とした美しさは今でも忘れられません。「いつかまた」、そう思っています。

BG青の11番=WSS青のタンクトップ=青山航士

2006-04-27 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフルゲーム』千穐楽、行ってまいりました。
 カーテンコールのあと、"The Beautiful Game"が流れるとオールスタンディング状態の観客が全曲手拍子、とても暖かい客席でした。ラストの"Wow~~~~!!!"で盛り上がったところに「本日の公演はすべて終了しました」のアナウンスが・・・。でもここで帰る観客はわずかで、拍手は鳴り止まず、再び櫻井翔さんが舞台に。
 日本でマクニーリーとともに一から創りあげた作品、という話に続いて、他のキャストを舞台に呼ぶ際に、「ビューティフルゲーム日本版、初演・オリジナルキャストです」と紹介しておられたのが印象的でした。くどいようですが「決勝戦」は世界のどこにもっていっても通じる内容だと思います。以前、日本で世界プレミアとしてアダム・クーパーの『危険な関係』が製作・上演されましたが、今後もさまざまな形で日本から発信するものが増えるかも、と思うと嬉しいですね。
 
 さて観客のおしゃべりの盗み聞き(ははは)。東京の劇場って本当に静かだといつも思いますが、やはりここは大阪、幕間も終了後の化粧室もマシンガントークがあちこちで炸裂していました。製作の方、問題はあるかとは思いますが、化粧室に集音マイクなど設置されてはいかがでしょうか、とお勧めしたくなるくらい観客の本音が渦巻いておりました。櫻井さんのファンの方ってWSSの時もそうだったんですけど正直で屈託なくて、私好きですね~。カーテンコールでのマナーもよく、バレエ公演なんかでも舞台上にこんもりと山が出来るほどの、握手と引き換え・花束攻撃があることを思えば皆さんお若いのに自制心が強い。
 で、東京も含めて本当に毎回、「ダンスが少ない」、「サッカーの試合の場面が一番面白い」、そして「一人ものすごくジャンプの高い人がいる」という声が聞こえてきました。皆さん想像以上に舞台に対して客観的で、かならずしも櫻井さんの見せ場でなくてもいいものはいい、と素直に楽しんでいる印象をうけます。このあたり製作側の読みと現実が少しくい違ってるのではないでしょうか。
 
 「ものすごくジャンプの高い人」は青の背番号11、彼女達の記憶のどこかに今はそっとしまわれているのかもしれないけれど、あの人は『ウエストサイドストーリー』の「青いタンクトップの人」でもあります。あの素晴らしい「決勝戦」のシーンは、日本がパフォーミングアートの発信地としてひとつステップアップした記念碑のようなシーンだと思います。その目撃者達と青山航士さんの再びの出逢いがありますように。『うたっておどろんぱ! プラス』も見てね。 

青山航士は万人受けするのか玄人受けするのか

2006-04-24 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフルゲーム』大阪公演真っ最中、さっさと更新するべきなんですが、あの「青の背番号11」を見た後では何を書いてももどかしいというか、あの素晴らしさを言葉で伝えられるわけない~、と浸っていたら、「水底のポール・ド・ブラ」にあゆあゆさんからコメントいただき、あゆあゆさんも漂っていたとのこと。そりゃ、あんなもの何回も見たら骨抜きにされますよね~。
 で、いつものごとくあゆあゆさんに触発されて書きますと(ホントに書けるかな~)、この「決勝戦」が色々な方から「面白い」と評されているのが、私はとても嬉しく、日本のダンスに新しい時代が来たんだな、とワクワクします。技術的にはバレエコンクールなどで披露される伝統的なものもたくさん使われているのですが、全体として見た時にはフィールドの興奮を写し取ったようで、エンターティンメントとして文句なしに楽しめます。ダンスやバレエファンでない人、とくに男性が見ても「面白い」といえる、バレエの技術を使ったダンスは本当にわずかしかありません。バレエファンとしては・・・あの大鷲が羽ばたき、急旋回するようなジュッテ・アントルラセは忘れられないです。
 NHK教育『うたっておどろんぱ! プラス』で現在放映されているシリーズ「三忍者」も、モダンバレエで使われているような技術が次々と披露されていますが、自然に、格好よく忍者の動きとして昇華されているので、いわゆる「バレエ」には拒否反応のあるお父さん達も楽しんでおられるのではないでしょうか。
 
 ・・・では青山航士は「素人受け」するダンサーなのか、というとそうではありません。ブロードウェイの演出家が『ウエストサイドストーリー』の難所を委ねることだけとっても充分かと思いますが、アカデミックな経歴がありありと読み取れる端正な動きには、口うるさいダンスファンでも眼を留めるでしょう。
 ヨーロッパやアメリカへ亡命したロシアのヌレエフ、バリシニコフら天才ダンサーは、新天地でバレエのファンを増やし、裾野自体を広げたといいます。もちろん青山さんは21世紀の日本に暮らすダンサーで、亡命などとは無縁ですが、日本にとっては全くの異文化であるはずのダンスをこれほど鮮明に、アイドルのファンにも「面白く」見せ、母子ばかりか父親/男性の視線も引き寄せる、それはやはり新時代を作っている、ということだと思います。

 青山さんの舞台に接するたび感じる、一回一回に傾けられる集中力・気迫と、観客の視線を読みきったようなクールな緻密さ-。一部の人以外には「愛されている」とは思えないバレエをここまで切り開いてみせるセンスは青山さんにしかないものだと思います。万人/素人だ、玄人だと「分ける」のではなくて、すべてを取り込まんばかりの表現者としての逞しさ、この人の「今」を見る機会を積み重ねていく観客は幸運ですよね。千穐楽、楽しみです

明日から『ビューティフルゲーム』大阪公演

2006-04-22 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフルゲーム』東京公演中の4月4日に、20年にわたりイギリスのスパイだった元IRA幹部、デニス・ドナルドソンが殺害されました。彼の経歴を読むと、まさに『ビューティフルゲーム』の登場人物たちの世代、特に作品中でスパイであることが発覚するトーマスの人生に重なります。
 1950年、ベルファストのカトリック居住区に生まれ、60年代半ば、アイルランド紛争が激化する少し前にIRAに入り、71年には蒸留酒製造所と庁舎の爆撃未遂で逮捕され、Maze刑務所で4年間服役しました。ハンガーストライキで最初に亡くなったボビー・サンズも同時期に収監されています。『ビューティフルゲーム』の冒頭にも店に爆弾が投げ込まれるシーンがありますが、当時、頻繁な爆弾テロが北アイルランドを脅かしていたようです。
 74年には密かに持ち込まれたカメラによって、獄中の4人のIRA兵士が脱獄したかのようにベルファストの街にたたずむ合成写真が作られていますが、その一人が彼、デニス・ドナルドソンです。ボビー・サンズと獄中で友人であった事が、出所後、IRA内での信望を集めたといいます。
 トーマスの台詞をなぞるように、彼は諸外国のIRA支援組織と接触があり、銃の密輸入にも関わっていました。81年、偽造パスポート所持でフランスのオルリー空港で逮捕されながら、ほどなく釈放されているので、この時点ですでにイギリス警察のスパイだったのではないかという記事もあります。彼自身の供述では、その後、個人的な出来事によりスパイとして報酬を得るようになったということですが・・・。
 94年以降、英政府がIRAに接触していたことは今では明らかで、ドナルドソンも爆撃未遂の前科にも関わらず、クリントン政権下のアメリカのビザを取得しています。スパイであった事実が明るみに出たのも当然かもしれません。『ビューティフルゲーム』では、トーマスだけが警察に捕まらないことをジョンが詰問するシーンがありますが、ドナルドソンも投獄されたのは71年の1回だけなのです。

 偶然、と呼ぶには怖いほど、事実が『ビューティフルゲーム』という作品を浮き上がらせていきます。今月号の「シアターガイド」には、演出・振付のジョーイ・マクニーリーのインタビューが掲載されていましたが、その時点ではこのスパイ殺害のニュースは届いていなかったのでしょうか。アンドリュー・ロイド・ウェバー、ベン・エルトンのコメントも読みたいのですが、まだ見つかりません。ロンドンではこのスパイ殺害事件は「迷宮入りは必須」と言われているそうです。事実が覆い隠されても、この作品が問い続ける、ということになるのでしょうか。

 明日から大阪公演が始まります。いろいろなひとの「伝えたい思い」が、アイルランドからも届くような気がします。

『父の祈りを』とジョン・ケリー

2006-04-20 | ビューティフル・ゲーム
 櫻井翔さんのファンの方のブログで、ラジオ番組の内容をもれなくレポしている(すごいですよね~)ものを読ませていただいたところ、稽古期間中、『ビューティフル・ゲーム』出演者全員で映画『父の祈りを』を見た、と櫻井さんが話しておられたそうです。
 1974年、イギリスでIRAによる爆撃事件が続いていた時期、ロンドンを訪れていたアイルランドの青年たちが無実の罪に問われ、終身刑の判決を受けてしまいます。1か月後、警察は彼らのアリバイを証明する人物の存在を確認しますが、イギリス警察のメンツを保つためにその事実を隠し、彼らは収容されたままになります。逮捕された息子を心配してロンドンにやってきて、同じく無実の罪で服役するはめになる父と、ぎくしゃくしていた父子関係を回復しながら「無実」の訴えに耳を貸した女性弁護士とともに、15年の服役ののち冤罪をはらす、というストーリーです。
 映画の半分ほどは、法的手続きなしに逮捕・一週間の拘留ができるという「テロ防止法」がイギリスで適用されていた時代の監獄が映し出され、囚人服は『ビューティフル・ゲーム』で使用されているものと同じ黄色いポケットのある青いデニムです。
 看守による強制的な身体洗浄のシーンが少し出てきますが、カトリックのアイルランド人の方の回想によると、ベルファストの刑務所では血が脚を伝うまで清掃用ブラシで局所を殴りつけるような酷さだったそうです。また、81年のハンガーストライキで亡くなった方の遺体には、死後つけられた火傷のあとがあったともいいます。ジョン・ケリーのいた監獄もそうだったでしょうか。そして、獄中のIRA兵士に虐待の限りを尽くしていた看守は、のちにIRAの仕掛けた爆弾によって死亡したということです。
 そうした胸の塞がるようなエピソードにあふれた「監獄」を描きながら、この映画には、主人公の父親と看守が、一瞬、同じ父親として会話を交わす場面があり、ジム・シェリダン監督の観衆への語りかけが聞こえてきそうな気がしました。IRAの「制裁」を受けたサディスティックな看守も、家庭では普通の父親であったようで、追悼集会で、娘である女性が父を失ったことを悲しむのを眼にし、信じられない気がした、と前述の回想は続きます。
 戦いの悲痛な歴史を刻んでいるのは、誰かの父親であったり、夫であったり、特別な人間ではない、という怖さの一方で、父と子の絆を強めるうちに、非暴力によって尊厳を勝ち取る青年を描いたこの作品には、日本版ジョン・ケリーの選択に通じるものを感じます。ロンドン版サントラCDでは妻子を残しIRA兵士として旅立つジョンが「息子には僕を誇りに思ってほしい/闘うとすればそれは彼のため」と歌い、それが生涯の別れとなります。・・・私はテロに走らなかった日本版のほうが共感できますが、皆さんいかがでしょうか。
 ただ、いろいろな回想文を読めば読むほど、当時の監獄のあまりの酷さに、脱獄が可能だったとは考えられなくなっています。だから日本版の演出の、脱獄から後の場面は、ハンガーストライキの苛酷な営みの間に、衰弱し、もうろうとした意識の中で、父であり夫であるジョン・ケリーが見た長い夢なのではないか、と勝手な想像をしています。

桜と『ビューティフル・ゲーム』

2006-04-15 | ビューティフル・ゲーム
 今年の大阪は4月になってからも肌寒い日が続いたので、桜がまだ咲いていて、小雨ふるなか今日も殆どの花は残りました。例年になく長い開花で、桜の木は、風や雨で花を散らしはしても、一本の木としては最後の花が咲くまで散るのを待っている、と知り合いの方が教えてくれたことを思い出します。パッと咲いてパッと散るのは気候がよく、どの花も順調に生育した場合だけなのだそうです。
 
 不幸なめぐり合わせですが、『ビューティフルゲーム』東京公演中に、20年ものあいだ英国のスパイだったシン・フェイン党の元幹部が惨殺され、この問題がいまも過去のものでないことを思い知りました。IRAの武装解除宣言、英国-アイルランド間の和平プロセスの進行など、ついに長い悲劇が終わるのかと、最後の花が咲くのをじっと待っていた木が切り倒されてしまったような気がしてしまいます。
 ウェバーもベン・エルトンもこんな形で『ビューティフルゲーム』という作品の重要性を知らしめることになったのは遺憾なのではないでしょうか。作品中ではトーマスがスパイであると知りながら、ジョンにはかつての友人を撃つことが出来ませんでした。今回、現実となったスパイへの情け容赦ない報復は、極東の島国でこの物語が「ミュージカル」として表現される際に、ライトの当たらないところに寄せておかれた事実が悲鳴を上げたようにも思えました。
 ただ、私を含め、いまは戦争のない遠い国の住人である日本の観客も、「決勝戦」のシーンに、エネルギー溢れる肢体の美しさ、輝くような生命力を感じたことで、その全てを無にしてしまう「殺戮」を否定する気持ちも知らず知らずのうちに強くなっているのではないか、と思います。あのシーンが力強く「美しい戦い」であればあるほど、銃で人を痛めつける武力闘争の虚しさ、法で人を貶めることの愚かさがよくわかります。
 ロンドン、ベルギーに続いて上演されたこの『ビューティフルゲーム』という作品は、いったん幕を下ろしても、観客のひとりひとりが平和を望むことを、桜の木が最後の花を待つようにじっと待っているような気がしてなりません。今日は東京千穐楽でした。出演者、スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。

 追記:So-net blogとあわせた閲覧数が、12日に80000pvを越えました。ご覧くださる皆さん、本当に有難うございます。    

監獄 ~Dead Zone~

2006-04-13 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフル・ゲーム』を見る前に、この曲はダンスで見せるのかと期待していたのですが、その期待は残念ながら外れてしまいました。「決勝戦」とはまったく異なる、青山さんの表現の幅の広さが発揮されるところを見たかったのですが・・・。あちこち感想を覗かせていただいてると櫻井さんのファンにも「ミュージカルってもっと踊るのかと思っていた」と思う方が多いよう(私も)。歌ももちろん大切とは思うのですが、やはり舞台では「立体」が「動く」のを楽しみたいですよね。
 
 1971年、アイルランドでは、警察の判断により逮捕状なしで逮捕・拘留できるインターンメントと呼ばれる制度がはじまり、その後の4年でなんと2000人ものカトリック信者が投獄され、数百人は拷問をうけたということです。2001年の時点でも、警察官の9割はプロテスタントという数字がありますから、事実上の「法的差別」としか言いようはないでしょう。
 
 81年のハンガーストライキによって獄中で殉死したIRA兵士のドキュメンタリーにインスパイアされて、ウェバーとベン・エルトンは『ビューティフルゲーム』を創ったといいます。その若きIRA兵士達が服役していたMaze刑務所では、看守による暴力、侮辱が日常茶飯事であったようです。
 GettyimagesのWeb siteで壁一面がタール状のもので塗られている79年撮影の写真を目にしました。それはカトリックの囚人達が待遇のあまりの惨さ、シャワー室やトイレでの侮辱に対する抗議として囚人服を拒否し、一切身体を洗わず、自分たちの排泄物で壁を塗ったものなのです。『ビューティフルゲーム』でも屈託のない青年であったジョンが精神を蝕まれ、別人のようになりましたが、それも当時の事実を伝えているのでしょう。
 
 前に触れた故デニス・ドナルドソン氏は、文書の持ち出しに関して取調べは受けても、英国のスパイであったことに関して法的に問われたり、投獄されたりしたことはなかったようです。が、自宅で発見された彼の遺体は右手が切り落とされ、正式発表ではないにせよ、拷問されたと推測されています。
 ブレア英首相、アイルランド首相のアハーンは、この事件によって現在アイルランドで進められている和平プロセスを中断しないことを確認していますが、すでにプロテスタント系政党はIRAに、カトリック系政党は英情報局に疑いの目を向けています。殆どの人が平和を望んでいるだろうに・・・。日本版のメアリーはロンドン版と違って、夫の手がテロに染まるのを防ぐ事が出来ましたが、それは舞台上の夢でしかないのでしょうか。 

アイルランド人はダンス中毒

2006-04-11 | ビューティフル・ゲーム
 ・・・17、8世紀のイギリス人のアイルランド旅行記に、タイトルのような記録がいくつか残されているのだそうです。
 『ビューティフル・ゲーム』のデル(安倍康律さん)の台詞に「ジェームズ二世だ、オレンジ公ウィリアムだって何百年も前のことを・・・」とありましたが(うろ覚えですみません)、それは17世紀末。カトリック信者であるそのジェームズ王がイングランドからアイルランドに来たときには、リンカ・ファダと呼ばれるダンスでアイルランド国民は歓迎したということです。
 1367年、英政府によってアイルランド固有のダンス・音楽を禁止するキルケニー法が施行されて以来、音楽家が投獄・処刑されることもあったというとんでもない時代が続いたのですが、18世紀になって文化規制は緩和され、アイルランドの人々は生活の中でダンスを楽しんだそうです。
 フランスやイギリスでは上流階級のたしなみとしてのダンスが発達した時代の話で、庶民が熱中するのは、珍しいことだったのかもしれません。その大衆性は今もうけつがれ、プロダンサーの踊りを鑑賞するというよりは、ひとりひとりが踊って楽しむのがアイルランドではもっとも自然なダンスのあり方のようです。
 
 「ダンス中毒」のアイルランド人を描いたにしてはちょっと少なかったけれど、『ビューティフルゲーム』でも、優勝パーティーと、ジョンとメアリーの結婚式の場面で「劇中ダンス」が登場します。
 優勝パーティーの"The Craic"のようにパブで踊る、というのは今も全く同じで、観光案内所で「アイリッシュ・ダンスが見たい」と聞くと、大抵は「どこそこのパブでやっています」と応対されるようです。とくに予告もせず、始まってしまうらしいのですが、面白いのは「ほうきダンス」というのがあって、ほうきを使って脚捌きを披露するそうです。昨年度『うたっておどろんぱ!』の「ピュアピュアダンス」を思い出しますよね~。青山さんみたいなダンサーがいたら(いるわけないか)アルコールなしでも酔えそうです。
 また、日本ではアイリッシュ・ダンスというと[リヴァー・ダンス]を思い浮かべますが、あれはあくまでも「ショー」としてアレンジされたもの、というのがアイルランドのダンス愛好者の意見のようです。『ビューティフル・ゲーム』の時代のカトリック住民は、民族意識のたかまりの中で、アイルランド固有の文化のひとつである、ホップし足で蹴りながら踊るケーリー・ダンスを大切にしていたといいます。そういえば、結婚式のあとのダンス、ホップしてました。何気ないけれど、あの場面にも当時のアイルランド人の想いが息づいているようです。
 

今もアイルランドで

2006-04-09 | ビューティフル・ゲーム
 『うたっておどろんぱ!プラス』のスタートをお祝いしてすぐ、の話題にしてはふさわしくないかもしれませんが・・・。
 独立派シン・フェイン党の幹部の1人でありながら、実は20年ものあいだ英国のスパイだったことを告白し、昨年12月にシン・フェイン党を除名になったデニス・ドナルドソンが、4月4日、アイルランド共和国北西部Donegalの自宅で4発の銃弾を浴びて殺害されました。IRAもシン・フェイン党も関与を否定しており、まだ何も解明されていないようです。・・・が、IRAの武装解除は偽りだったのか、という憶測・批判を匂わせている記事もみかけます。

 『ビューティフルゲーム』でもIRAの一員であるジョンの友人トーマス(山崎裕太さん)が警察とのつながりを告白したり、ロシアからの武器供給、アメリカの資本家からの資金援助を暴露するシーンがありました。ジョン・レノンも、IRAへの資金援助を疑われていた時期があるそうです。800年にも及ぶ英国のアイルランド支配の歴史は、それ自体が不幸と生き物のように複雑にからまって、断ち切りようのない繁殖力を持ってしまったのでしょうか。
 日本版のエンディングは、ドラマとしての説得力・盛り上がりにかける、という印象を持った方も多いようなのですが、こんな現実と重ねると、「終わり」がないのも無理はない、と思えてきます。また、政治犯に対する、残虐なまでに厳重な当時の刑務所の管理体制を思うと、何らかの組織が手を貸しでもしなければ、脱獄はありえないとも考えられます。そしてその目的なり代償であろうトーマス殺害に失敗し、「ロンドンへ人を殺しに」も行かなかったジョンがすんなりと妻子との生活に帰っていけたとはとても思えません。
 日本版のラストは、彼が「テロを拒絶し、妻と子の所に帰る」という決断をした、その美しい一日を切り取り、ほんの一瞬、夢を抱きしめたところで幕を下ろした、ということのように思えます。それはあるいは「殺される前に」という決断かもしれないし、当時のベルファストは、その後のこの家族に何が起きても不思議ではない危険な状況だったようです(2月12日付けの「1969年ベルファストの子ども達」をご覧ください)。
 櫻井翔さんのお顔は、こんな人相の人が殺人を犯したら世も末だ、というくらい無邪気な優しい顔ですよね。かつての友人の額に銃弾を放つことを拒否する、ロンドンへも行かない、それは父であり夫である日本版ジョン・ケリーの戦いのはじまりだったのかもしれません。

手袋のなかには何がある/The Craic~Don't Like You(Reprise)

2006-04-06 | ビューティフル・ゲーム
 "決勝戦/The Final"で、舞台が最高のテンションに達したその後に拡がるのは、櫻井翔さん演じるジョンのサッカーチームのロッカー室、若さがはじけるような楽しい場です。作詞のベン・エルトンはハチャメチャな(青山航士さんのファンページ、という手前「ご想像におまかせします」としか書けないような)シーンを書いたけれど、ウェバー卿がカットしたと語っていますが、このあたりのことなんでしょうか。
 優勝パーティーへ、と屈託なくはしゃぐメンバーは、大人たちが瓦礫を幾重にも積み上げた社会の上空を自由に飛ぶ鳥、わずかな日差しにも花を咲かせる野草のように見えてきます。この場面を見ていると、いわゆる「上手な」役者さんだからといって出せないものがあるのを実感しました。いっそウェバー卿に内緒でベン・エルトンの案のままやってしまったら良かったんじゃないでしょうか~。
 さて、続く"パーティー/The Craic"、あれだけハードな"決勝戦/The Final"を踊った後なのに、その興奮は嘘のように消えて、ロシアン・ブルーみたいにクールでしなやかで艶やかな青山さんのダンスが(青山さんの踊る"CATS"が見てみたいせいか、どうしても猫のたとえに)・・・。この曲みたいにリズムが単一だと、青山さんの人間パーカッションぶりがますます際立ちますよね。ほんの少し脇をしめて、両腕を肩の高さまでパァッと広げた瞬間のポーズがまたカッコイイのよ~~。ジョンとメアリーも恋人らしい時間を楽しむ場面で、大人たちが蓄積させてしまった憎しみの渦巻く街にも、若い生命はこんなふうに輝いていたんだろうな、としみじみと思います。
 この若さに満ちた、幸せな場面から一転して、次の場面ではジョンのチームメイト、ジンジャー(脇知弘さん)がIRAの関係者と決め付けられて殺害され、物語は悲劇の歴史に引きずり込まれていきます。ウェバー卿は若い人たちの内側のエネルギーが宗教的争いに巻き込まれ、暴発する怖さを伝えたい、と語っていました。今もフランスで若い人たちが就職困難を助長する法律に反対する運動を盛んに行っていますが、やはり毎回何人かは暴徒化し、警察も警戒を強めていく一方と聞きます。これは宗教がらみではないけれど、ここに何らかの組織が忍び寄ったら、この『ビューティフルゲーム』のような悲劇がいつ起きても不思議ではない、という気がします。
 "The Craic"の次の曲"Don't Like You(Reprise)"では、バーナデット(遠藤麻綸さん)とジンジャーがお互いの気持ちを確かめ、デートの約束を交わし、バーナデットは彼に手袋を渡します。仲間に「手袋なんかもらってどーすんだよ!」と言われてもジンジャーは「わかんねえ~~~!!」と幸せそうです。曲の後のやりとりはサントラCDに収められておらず、ロンドン版でどうなっていたのか分らないのですが、『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロルのなぞなぞ、「手袋(GLOVES)のなかには何がある? - 愛(LOVE)がある」にちなんだものなのでしょうか。
 ロンドン版と比較すると日本版では強調されているという「愛」、私の勝手な思い込みかも知れないけれど、そんなわけで、この2人のはかない恋のエピソードが、私にはひときわ愛すべきもののように思えました。

青いグリフィンと四次元のフーガ

2006-04-03 | ビューティフル・ゲーム
 大阪に『ビューティフル・ゲーム』が来るまで初日から4週間・・・。2回の『ウエストサイドストーリー』で待つ間の長かったこと、またあんなに待つのは身体に悪く性格もどんどん曲がってくるので、青山劇場に行ってきました。今日はまだ作品全体について書く心の余裕はありませんが・・・
 あゆあゆさんのレポの通り、とにかく「決勝戦/The Final」のシーンが素晴らしいです! 躍動する身体の中の靭帯や筋肉の動きが透けて見えるような、スローモーションの見事さは是非いちど見てください、としか言いようがありません。
 バレエのコンクールで、実力のある出場者はひとつひとつの動きの完成度をアピールするため、あえて曲のテンポを遅くすることがあると聞きます。「決勝戦」で披露されるのは、純粋にフットボールのダイナミックスを表現するためのスローモーションですが、青山航士さんの完璧ぶりは、比較や競争のためでない本当の芸術としての迫力に満ちていて、圧倒されました。
 まるで時間にブレーキをかけるような、大きなバロンある跳躍も数種類をとび、本当にコンクールの演目のように緊密な振付だったのですが、「技術」であることを忘れるくらいに自然にフットボールの動きとして組み込まれていて、跳ぶたびに想像の翼が一瞬開き、アイルランドの空・大地が見えるような気がします。
 このミュージカル初心者のダンスファンが『ビューティフル・ゲーム』を見る前に見たウェバー作品の映像から受けた印象は、「主役は誰でもなく、ウェバーの曲」というものでした。実際に舞台に接しても、つい眼を閉じて聞き込みたくなるようなフレーズが多く、いつもは瞬きも惜しんでいる、耳が節穴の私はこういう舞台鑑賞の仕方があるのかと驚きましたが、この「決勝戦」は違います。
 曲とダンスが大胆なセッションを奏でるように見事に融合し、スローモーションは四次元のフーガのよう。眼も耳も心地よい緊張に満たされ、ロビンズとバーンスタインが紡ぎ、分かち難く織り成した『ウエストサイドストーリー』の「あの世界」と同じものを感じました。そして私がミュージカルに求めているものは「これ」だという気がします。「これ」ならブロードウェイでも多くの人を魅了するに違いありません。

 タイトルにした「グリフィン」は鷲の頭と翼、ライオンの脚と爪を持つギリシア神話に出てくる動物で、アイルランドでは比較的よく耳にする苗字のひとつでもあるようです。現に北アイルランドの代表チームにもこの名前を見かけました。
 背番号11の青いユニフォームを着た青山さんの力強い両の脚、空が近くなるような跳躍、大気を捉え支配するようなスローモーションを見ていると、思わずこの獣を思い出しました。グリフィンの役割は黄金の宝を守ること、ますます青山さんに重なります。
 

レノン&マッカートニーのルーツはアイルランド

2006-04-01 | ビューティフル・ゲーム
 昨日、とつぜん思い出したジョン・レノンの"Sunday Bloody Sunday"について、もう少しネット巡りをしてみました。昔はコドモだったので何も分らずに聞いていましたが、『ビューティフルゲーム』を知ったことで、この曲の言おうとしていた事がようやくわかったような気がします。
 
 ビートルズのメンバーとして活動していた頃には表立って発言することはなかったものの、レノンとポール・マッカートニーは祖父母のうち2人がアイルランド人で、グループ解散後は2人とも自分のルーツにかかわる創作を残しています。ビートルズの解散は1970年、北アイルランドの市民権運動とそれに対する武力制圧の衝突が激しかった時期で、『ビューティフルゲーム』の時間にぴったりとはまります。
 72年のBloody Sunday事件後わずかひと月ほどで、マッカートニーはレノンよりも早く、ビートルズ解散後に結成したウィングスで"Give Ireland Back to the Irish"/「アイルランド人にアイルランドを返せ」を発表。この曲はすぐにBBCでの放送が禁止され、コンサートには英軍の監視がついたそうです。ウィングスのギタリストの兄弟が英国帰属派(プロテスタント)に襲撃される事件まで起きました。
 レノンは自分自身をイギリス人ではなくアイルランド人だと認識していた、のだそうです。祖父Jackは前にも書いた1840年代の飢饉のときにリヴァプールに移民、そこでアイルランド人女性と結婚したそうです。両親の離婚のために父親Alfredと5才の時に別れたジョン・レノンは、ウェールズ人である母方の家族のなかで育ち、アイルランド的なものにあまり縁のない少年時代を過ごしたのですが、ビートルズとして華々しい成功を手にしてから、自分のルーツを意識するようになったようです。75年に生まれた次男に、自分の名前のアイルランド名Seànをつけたこともその一つでしょう。また姓のレノンLennonは、アイルランド名O'Leannainを英語風にしたものということです。
 そして、ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコは事実誤認としているそうですが、FBIの調書にはレノンとアイルランド共和国に関するさまざまの情報が残され、イギリス諜報機関のMI6もその関係には注意を払っていたそうです。
 
 20世紀にレノン&マッカートニーが世界に、若い人たちに語りかけたことを、21世紀には、ミュージカルの大ヒットメーカー、アンドリュー・ロイド・ウェバーが舞台空間で見せて聞かせてくれる・・・とかく「難しい」という言葉で迎えられてしまう『ビューティフル・ゲーム』ですが、何年か先に、自分にフィットする形で、もう一度語りかけてくるかもしれませんよ。それとも、こんなに間の抜けた思い出し方するのは私だけかな・・・

Sunday Bloody Sunday

2006-03-31 | ビューティフル・ゲーム
 時間つぶしに入ったスターバックスでストーンズの曲がかかっていました。私には、一畳半ほどもあるポスターを宝物にしていたストーンズフリーク時代もあるのです。通学カバンにもあのマークをつけて皆から嫌がられていました。懐かしいわ~、あれはどこに行ったのかしら・・・などと考えていると、どこからともなく「ジョン・レノンがアイルランドについて歌った歌がある」という記憶が湧いてきました。ストーンズを聞いてレノンを思い出す・・・早くも認知症かもしれませんがそれはさておき、『ビューティフル・ゲーム』のことを知ってから今日まで一度も思い出さなかったこの記憶、間違ってはいませんでした。
 1972年の"Sunday Bloody Sunday"、同年1月、デリーの街で、英国軍への投石からはじまった混乱のなか、少年を含むアイルランドの一般市民13名が軍によって射殺されたことを知ったレノンが創った曲です。今歌詞を改めて読むとひたひたと悲しみと怒りが迫ってくるようです。『ビューティフル・ゲーム』の時代を歌っていたとは・・・著作権にふれると思いますので、このページでは歌詞をご紹介できませんが、どうぞ"John Lennon, Sunday Bloody Sunday"で検索して全文をお読みください。
 現在のベルファストは近代的に整備され安全になってはいるそうですが、爆弾テロを防止するため街にはコインロッカーがないのだそうです。南のアイルランド共和国にはたくさんあるアイルランドの名産品のお店も殆どなく、英国旗のユニオン・ジャツクがはためき、装甲車も時折通るといいます。びっくりするのは「カトリック地区」のツアーがあり、その一角は街の近代化に取り残されたような雑多な雰囲気なのだそうです。IRAを賞賛する壁絵=住民の意思、ではないにせよ、長い差別の歴史に比べれば、IRAが起こす報復のテロ行為はわずかに過ぎない、という住民感情もあるようです。
 U2は、テロ行為を全面的に否定し、それを公言したために暗殺リストのトップに上げられていたこともあると聞きます。嘆きが暴力に変わる、それを止める力を持つ創作を、ウェバーもレノンもU2も望み、私たち聴衆に投げかけている気がします。