「そこまで言うなら、材料の残り分だけね」 お荷物商品で一度終売した「ブラックサンダー」。《50円以下チョコ》市場で王者になれた深い経緯

2025/05/27 5:50
ブラックサンダー
ブラックサンダー。言わずと知れた大人気商品だが、実は過去に一度、終売になったことがある(筆者撮影)
この記事の画像を見る(10枚)
目次

「チョコレート市場全体での売上個数No.1」のブラックサンダーは、50円以下で買える「小物チョコ」カテゴリの絶対的王者でもある。

この価格帯では、チロルチョコ、セコイヤチョコレート、ブラックサンダーといった3強体制が長らく続いた。その中で、最後発の「ブラックサンダー」は、1994年の発売後、まったく売れずに1年で販売を終了。復活したものの、平成の中ごろまで売れない状態が続いていた。

ブラックサンダーはなぜ「会社のお荷物」から、10年がかりでブレイクを果たし、年間2億本を売り上げる業界トップランナーにのし上がれたのか。

製造元の有楽製菓・河合辰信社長にお話を伺いながら、成長の軌跡と、小物チョコ各社の現状・今後を探ってみよう。

広告の下に本文が続きます

コンビニが「ブラックサンダーを超・売りたい!」理由

河合辰信社長
ブラックサンダーは、工場がある豊橋市の「とよはしアンバサンダー」に就任した。写真は有楽製菓・河合辰信社長(筆者撮影)

50円以下の「小物チョコ」は横幅数センチのスペースで販売できるとあって、コンビニではレジ横に置かれることも多い。単価こそ安いものの、高確率で“ついで買い”を誘発させるアイテムとして、単価アップ・実販アップを狙うコンビニには欠かせない存在だ。

広告の下に次ページが続きます

2/6PAGES

このカテゴリの中で、1個40円少々の「ブラックサンダー」は年間2億本を売り上げ、「チョコレート市場売上個数No.1」に君臨している(インテージSRI+ チョコレート市場 期間:2021年4月~2022年3月 推計販売規模(個数))。

ブラックサンダーを製造・販売する「有楽製菓」も、約20年で売り上げ3倍。コロナ禍前の2019年(111億2000万円)から、2024年には165億円に売り上げを伸ばすなど、直近の成長が目覚ましい。

ブラックサンダーが人気・売り上げともに好調な理由は「駄菓子価格なのに、オトナ支持がある」こと。いまの顧客層は30代~40代の男性に支えられている。

約7000万人の購買データから算出した「1歳刻み!約7,000万人の購買商品ランキング」(2023年)で見ても、ブラックサンダーは総合ランキングで1位、男性1位・女性4位を獲得しており、従来の子供人気だけでなく「メインの顧客層はオトナ」といえるだろう。

年表
「ブラックサンダー」工場に掲載されている年表。年表にはないが、いちど終売している(筆者撮影)

広告の下に本文が続きます

自信をもって「ブラックサンダー」開発…なぜ1年で生産終了?

チロルチョコ
チロルチョコ。各種ラインナップや限定商品の発売も頻繁だ(筆者撮影)

「ブラックサンダー」開発以前の有楽製菓は、パフとピーナッツが入った子供向けチョコバー「チョコナッツスリー」以外にめぼしい自社商品がなく、下請け・OEM商品の製造が多かったという。

ここに、製菓会社としての技術を総結集した自社ブランド「ブラックサンダー」を開発、1994年に発売に至った。

広告の下に次ページが続きます

3/6PAGES

しかし、当時の子供向け・小物チョコの主力はチロルチョコ、「ごえんがあるよ」やチョコナッツスリーなど、いずれも20円以下。

さらに50円を出せば「ビックリマンチョコ」(ロッテ)が買えたこともあり、ザクザク感があって美味しいとはいえ、30円のブラックサンダーは子供に敬遠された。「1日分のライン1本の生産量が、1カ月の受注量を下回る」という、極度の販売不振が続く。

かつ工場でも、製造時に材料が飛び散ることから、生産ライン清掃の手間がかかり、社内には終売を願う向きまであったという。販売・製造ともに音を上げる状況ではどうにもならず、ブラックサンダーはたった1年で生産終了。消え去る……はずであった。

広告の下に本文が続きます

なぜか九州で人気、生き残った結果

しかし、ブラックサンダーはなぜか九州で評判がよく、問屋からも「なぜ生産終了するのか?」との問い合わせが相次ぐ。なぜ、ブラックサンダーは九州でだけ好評だったのか? 九州出身の方々に話を聞いたところ、「『ブラックモンブラン(1969年発売・竹下製菓)』の影響では?」という回答が複数返ってきた。

アイスながらクランチチョコの食感が楽しめるブラックモンブランは九州で熱烈な支持を得ており、名前も食べ応えも似ているブラックサンダーが好まれたのでは?とのこと。

九州エリアでの好評を受けた営業社員が1人でブラックサンダーの販売継続を主張したこともあり、根負けした幹部が「そこまで言うなら、材料の残り分だけ」と再販が決定。ただ、河合社長いわく「九州で売れたというより、生き残っていた」状態で、ブラックサンダーは知る人ぞ知る存在として、細々と生産が続けられていた。

おやつ各種
おやつ業界の競争は激しい(筆者撮影)

その間にも、小物チョコ界隈の市況は変わりゆく。

2000年に入り、フルタ製菓が「チョコエッグ」の大ヒットを足掛かりに販路を拡大、当時は30円だったセコイヤチョコレートが「ハイエイトチョコ」「ドレミソングチョコ」など他のフルタ勢とともに、前年比10%~20%増を記録している。(2003年9月26日 日本食糧新聞より)

広告の下に次ページが続きます

4/6PAGES

しかし、小物チョコはカカオを使用するために「うまい棒」「タラタラしてんじゃねーよ」など”甘くない勢”に価格で勝てない。

子供向けの「スーパーBIGチョコ」「パラソルチョコ」などが値上げによって50円ラインを越えていき、大手のチョコ菓子メーカーは諸事情あって、このカテゴリに入ってこない(そのあたりの理由や推測、河合社長の見解は、前編記事「豊橋に爆誕『ブラックサンダー』施設に驚愕した訳」へ)。

50円以下カテゴリで、残るは「チロル・松尾製菓(2004年に販売・製造を「チロルチョコ株式会社」に分社化)勢vsセコイヤ・フルタ製菓勢」にブラックサンダー・「チョコケーキ」を擁する有楽製菓が加わり、中小企業どうしが闘う独自の市場が形成されていった。

広告の下に本文が続きます

ブラックサンダーの転機「白石さん」「北京五輪」顧客はオトナへ

製造工程
ブラックサンダーの製造工程。毎分864個がカットされ、ラインを流れていく(筆者撮影)

あくまでも駄菓子カテゴリの中にあった50円以下・小物チョコ市場で、ブラックサンダーは「オトナ需要」を切り拓いたからこそ、トップに躍り出ることができた。成功の背景には「2度の奇跡、1度の“マーケティング勝ち”」がある。

最初の奇跡は、2006年1月のこと。東京農工大の売店の「お客様カード」で人気を博していた「生協の白石さん」(白石昌則さん)が、「お菓子好きの間で密かに人気を博している」「知名度はないが、味はイナズマ級!」と、ブラックサンダーをブログなどで紹介したのだ。

子供だと躊躇する「30円」も、大学生にはたやすく出せこともあり、学生生協の一部では人気商品であったという。売店の店員でありながら、今でいうインフルエンサーであった白石さんの拡散は、ブラックサンダーが駄菓子を超えて「オトナのチョコ市場」の扉を開くきっかけにもなったのだ。

広告の下に次ページが続きます

5/6PAGES

そして2008年、北京オリンピックに出場した体操・内村航平選手が「ブラックサンダーが大好物」「現地に持っていく」と公言。商品の知名度向上だけでなく、たった30円のブラックサンダー(当時)が、銀メダルを2個も獲得したアスリートすら満足させる「オトナの糖分補給アイテム」であることに、多くの人々が気づいたのだ。

この頃には、コンビニの「ついで買い」誘発アイテムとしてレジ横でブラックサンダーを見かけるようになる。それまで同ポジションにあったチロルチョコより大人の購入を誘導できて、かつ単価を獲れるとあっては、販売店としても目立つ場所に置かざるを得ない。

広告の下に本文が続きます

バレンタインをめぐる販促施策で一気にバズる

B級バレンタイン未来博
2023年のバレンタイン向け販促「B級バレンタイン未来博」。恋人同士以外、あらゆるシーンにバレンタインを開放した(有楽製菓プレスリリースより)

そして2013年、就任したばかりの河合辰信取締役(2018年に社長就任)が手掛けた「ブラックバレンタイン」が、とてつもない大当たりを記録した。

河合取締役の就任当時、売り上げは12月がピークで、2月に売り上げの変化はなかったという。「チョコ菓子メーカーの最大の商機であるバレンタイン商戦で、なぜ有楽製菓だけ売れていないのか?」という疑問に始まり、駄菓子価格のブラックサンダーを、チョコの中でも「渡しても本命と勘違いされない、でも美味しい」ポジションにあると設定。

たまたま飛び込みで営業に来た広告会社からの「一目で義理とわかるチョコ」というコンセプト提案に全力で乗り、地下鉄駅での巨大広告掲示や、自動販売機「義理チョコマシーン」などを展開した。

もともとSNSと相性の良かったブラックサンダーが、「義理チョコ」というフックで“大バズり”と実販の獲得に成功した。就任前はシスコシステムズでシステム畑を歩んできた河合社長が商機をつかめたのは「チョコ市場におけるブラックサンダーの立ち位置を掴み、振り切って行動した」こと。運も味方したとはいえ、マーケティングの勝利といっていいだろう。

広告の下に次ページが続きます

6/6PAGES

このキャンペーン以降、2025年には「金額で前年比31.6%増、数量で同26.7%増」を記録するなど、バレンタイン商戦でしっかり爪痕を残すようになった。

かつ、義理チョコ戦略は「いいオトナが駄菓子を、ブラックサンダーを食べていいんだ!」という肯定にも繋がり、オフィスやデスクの引き出しの中などで、当たり前のようにブラックサンダーを見かけるようになった。

広告の下に本文が続きます

ラーメンは「1000円の壁」小物チョコは「50円の壁」?3強の戦略

ブラックサンダーのラインナップ
ブラックサンダーのラインナップ(筆者撮影)

いま、小物チョコに限らず製菓会社は、原料となるカカオ豆や、包装紙の高騰で「高くなったモノを高くなったモノで包んで売る」状態に陥っている。各社の対策は「値上げ」「容量減」に分かれるが、50円以下の小物チョコでコストを価格に転嫁すると「安価だから」と支持していた顧客層・ファン層を失いかねない。

苦しい環境の中で、2022年にチロルチョコが「20円→23円」へ値上げ、その後も値上げや「ごえんがあるよ」などの容量減が実施されている。チロルチョコ・松尾裕二社長は値上げ当時のインタビューで「来年あたりの値上げを考えていたが、「遅い気がする』と感じて決断した」と答えており、コストの高騰が抗えないスピードであることをうかがわせる。

現地の人たちとの集合写真
カカオ原料のすべてを「スマイルカカオ」に変更。河合社長も生産地を訪問した(有楽製菓資料より)

ブラックサンダーも、2023年3月には「30円→35円」2024年9月には「35円→40円」と、相次いで値上げを余儀なくされ、ミニバー・ひとくちサイズも、価格を据え置いたまま容量減に踏み切った。しかし消費者は「今までよく頑張った」「値上げも仕方ない」といった反応が大半であった。

ブラックサンダーは発売から30年近く「30円」という価格を維持しており、カカオ産地で問題となっている児童労働に配慮した「スマイルカカオ」使用(2024年に全商品で100%達成)などの取り組みも、価格に転嫁せず行ってきた。長年の価格へのこだわりや社会的な取り組みなど、「企業として意外と真面目だな?」と思わせるストーリーが見えたからこそ、値上げへの逆風が和らいだといえるだろう。

セコイヤチョコレート
フルタ製菓・セコイヤチョコレート。最近あまり見なくなった…と感じる人も少なくないのでは?(筆者撮影)

一方でセコイヤチョコレートは、1976年の発売以来・初となるフルモデルチェンジを実施。これまでのウエハースからパフ・焙煎アーモンドへの変更や、高級感があるパッケージで、長らく踏みとどまった50円以下の価格帯から脱出した(希望小売価格54円)。

いまのフルタ製菓は「チョコエッグ」や、プリキュアシリーズ・クレヨンしんちゃんなどのお菓子が主力で、長らくフルタを支えたセコイヤチョコレートの構成比は、さほど高くないという。リニューアルは、商品力をワンランク上げたうえで、競争が激しい「50円以下・小物チョコ市場」から脱出するという、生き残りを懸けた真っ向勝負の戦略といえるだろう。

今後も原材料・製造のコスト上昇は続き、いずれブラックサンダーもチロルチョコも、50円以下をキープできなくなるかもしれない。低価格の消耗戦になる前に消費者を納得させる、「値上げは仕方ない」というストーリーや、バリエーション豊かな商品提供は、ことさら必要とされるだろう。

たったひと口で消費者の幸せを呼ぶ「小物チョコ」市場での各社の動向から、目が離せない。

【もっと読む】「毎分“最大864個”のブラックサンダー」が生まれる光景は圧巻! 豊橋に爆誕した工場見学施設に潜入、「300億を目指す」社長の戦略も聞いた では、ブラックサンダーの新工場にライターの宮武和多哉が潜入。驚きの実態を豊富な写真とともにレポートしている。
宮武 和多哉 ライター

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

みやたけ わたや / Wataya Miyatake

バス・鉄道・クルマ・駅そば・高速道路・都市計画・MaaSなど、「動いて乗れるモノ、ヒトが動く場所」を多岐にわたって追うライター。政令指定都市20市・中核市62市の“朝渋滞・ラッシュアワー”体験など、現地に足を運んで体験してから書く。3世代・8人家族で、高齢化とともに生じる交通問題・介護にリアルに対処中。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅(既刊2巻・イカロス出版)など

この著者の記事一覧はこちら
この記事をシェア・ブックマーク
ブックマーク

記事をマイページに保存できます。
無料会員登録はこちら はこちら

関連記事
注目の特集
新着あり
すごいベンチャー100 2025年最新版
すごいベンチャー100 2025年最新版
資金調達の二極化に加え、東証グロース改革の荒波にもまれる日本のベンチャー。イグジットの長期化を見据えた競争力強化は待ったなしだ。激変環境を切り拓く「ネクストユニコーン」はどこか。
新着あり
25年版SDGs企業ランキング
25年版SDGs企業ランキング
SDGsの各目標に取り組み、実績にも優れた企業を100の項目で評価したランキング。
レアアースショック
レアアースショック
米中対立の大きな火種になっているレアアース。中国の輸出規制に激怒したアメリカ・トランプ大統領は100%の追加関税を課すと脅した。日本の産業界も、レアアース調達の不安定化に戦々恐々だ。何が起きているのか、どういう対策が取れるのか、前線を追った。
伝説のマンション王国・大京
伝説のマンション王国・大京
29年の長きにわたってマンション発売戸数で首位であり続けた大京。その歴史を描くことで日本のマンションブームの核心に迫る。
防衛産業の熱波
防衛産業の熱波
防衛費の拡大を背景に防衛市場が活況だ。関連企業の売り上げや利益は急伸し、株価は高騰している。熱波の最前線をリポートする。
大解剖 新章NTT
大解剖 新章NTT
NTTのグループ大規模再編が最終章を迎えた。何がどう変わり、これからどのような会社を目指すのか。キーパーソンへのインタビューや業界関係者への徹底取材で、知られざるNTTグループの行方を大解剖する。
特集一覧はこちら
有料会員限定記事
おすすめ記事
人気記事
ビジネス
過去1時間のアクセスランキング
1
2025年10月21日関口 威人
2
国立競技場「ONE OK ROCK公演」に見る改革本気度 2025年10月21日石井 徹
3
〈独自〉保険代理店クリイトに金融庁が検査入る 2025年10月21日中村 正毅
4
2025年10月21日徳田 菜月
5
2025年10月20日伊藤 嘉孝
6
職人の猛反発でも「老舗改革」に挑む3代目の覚悟 2025年10月19日野内 菜々
7
2025年10月15日倉沢 美左
8
2025年10月20日緒方 欽一
9
2025年10月20日田口 遥
10
2025年10月22日遠山 綾乃
過去1時間のアクセスランキング
» 11位〜30位はこちら