「チョコレート市場全体での売上個数No.1」のブラックサンダーは、50円以下で買える「小物チョコ」カテゴリの絶対的王者でもある。
この価格帯では、チロルチョコ、セコイヤチョコレート、ブラックサンダーといった3強体制が長らく続いた。その中で、最後発の「ブラックサンダー」は、1994年の発売後、まったく売れずに1年で販売を終了。復活したものの、平成の中ごろまで売れない状態が続いていた。
ブラックサンダーはなぜ「会社のお荷物」から、10年がかりでブレイクを果たし、年間2億本を売り上げる業界トップランナーにのし上がれたのか。
製造元の有楽製菓・河合辰信社長にお話を伺いながら、成長の軌跡と、小物チョコ各社の現状・今後を探ってみよう。
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コンビニが「ブラックサンダーを超・売りたい!」理由
50円以下の「小物チョコ」は横幅数センチのスペースで販売できるとあって、コンビニではレジ横に置かれることも多い。単価こそ安いものの、高確率で“ついで買い”を誘発させるアイテムとして、単価アップ・実販アップを狙うコンビニには欠かせない存在だ。
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このカテゴリの中で、1個40円少々の「ブラックサンダー」は年間2億本を売り上げ、「チョコレート市場売上個数No.1」に君臨している(インテージSRI+ チョコレート市場 期間:2021年4月~2022年3月 推計販売規模(個数))。
ブラックサンダーを製造・販売する「有楽製菓」も、約20年で売り上げ3倍。コロナ禍前の2019年(111億2000万円)から、2024年には165億円に売り上げを伸ばすなど、直近の成長が目覚ましい。
ブラックサンダーが人気・売り上げともに好調な理由は「駄菓子価格なのに、オトナ支持がある」こと。いまの顧客層は30代~40代の男性に支えられている。
約7000万人の購買データから算出した「1歳刻み!約7,000万人の購買商品ランキング」(2023年)で見ても、ブラックサンダーは総合ランキングで1位、男性1位・女性4位を獲得しており、従来の子供人気だけでなく「メインの顧客層はオトナ」といえるだろう。
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自信をもって「ブラックサンダー」開発…なぜ1年で生産終了?
「ブラックサンダー」開発以前の有楽製菓は、パフとピーナッツが入った子供向けチョコバー「チョコナッツスリー」以外にめぼしい自社商品がなく、下請け・OEM商品の製造が多かったという。
ここに、製菓会社としての技術を総結集した自社ブランド「ブラックサンダー」を開発、1994年に発売に至った。
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しかし、当時の子供向け・小物チョコの主力はチロルチョコ、「ごえんがあるよ」やチョコナッツスリーなど、いずれも20円以下。
さらに50円を出せば「ビックリマンチョコ」(ロッテ)が買えたこともあり、ザクザク感があって美味しいとはいえ、30円のブラックサンダーは子供に敬遠された。「1日分のライン1本の生産量が、1カ月の受注量を下回る」という、極度の販売不振が続く。
かつ工場でも、製造時に材料が飛び散ることから、生産ライン清掃の手間がかかり、社内には終売を願う向きまであったという。販売・製造ともに音を上げる状況ではどうにもならず、ブラックサンダーはたった1年で生産終了。消え去る……はずであった。
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なぜか九州で人気、生き残った結果
しかし、ブラックサンダーはなぜか九州で評判がよく、問屋からも「なぜ生産終了するのか?」との問い合わせが相次ぐ。なぜ、ブラックサンダーは九州でだけ好評だったのか? 九州出身の方々に話を聞いたところ、「『ブラックモンブラン(1969年発売・竹下製菓)』の影響では?」という回答が複数返ってきた。
アイスながらクランチチョコの食感が楽しめるブラックモンブランは九州で熱烈な支持を得ており、名前も食べ応えも似ているブラックサンダーが好まれたのでは?とのこと。
九州エリアでの好評を受けた営業社員が1人でブラックサンダーの販売継続を主張したこともあり、根負けした幹部が「そこまで言うなら、材料の残り分だけ」と再販が決定。ただ、河合社長いわく「九州で売れたというより、生き残っていた」状態で、ブラックサンダーは知る人ぞ知る存在として、細々と生産が続けられていた。
その間にも、小物チョコ界隈の市況は変わりゆく。
2000年に入り、フルタ製菓が「チョコエッグ」の大ヒットを足掛かりに販路を拡大、当時は30円だったセコイヤチョコレートが「ハイエイトチョコ」「ドレミソングチョコ」など他のフルタ勢とともに、前年比10%~20%増を記録している。(2003年9月26日 日本食糧新聞より)
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しかし、小物チョコはカカオを使用するために「うまい棒」「タラタラしてんじゃねーよ」など”甘くない勢”に価格で勝てない。
子供向けの「スーパーBIGチョコ」「パラソルチョコ」などが値上げによって50円ラインを越えていき、大手のチョコ菓子メーカーは諸事情あって、このカテゴリに入ってこない(そのあたりの理由や推測、河合社長の見解は、前編記事「豊橋に爆誕『ブラックサンダー』施設に驚愕した訳」へ)。
50円以下カテゴリで、残るは「チロル・松尾製菓(2004年に販売・製造を「チロルチョコ株式会社」に分社化)勢vsセコイヤ・フルタ製菓勢」にブラックサンダー・「チョコケーキ」を擁する有楽製菓が加わり、中小企業どうしが闘う独自の市場が形成されていった。
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ブラックサンダーの転機「白石さん」「北京五輪」顧客はオトナへ
あくまでも駄菓子カテゴリの中にあった50円以下・小物チョコ市場で、ブラックサンダーは「オトナ需要」を切り拓いたからこそ、トップに躍り出ることができた。成功の背景には「2度の奇跡、1度の“マーケティング勝ち”」がある。
最初の奇跡は、2006年1月のこと。東京農工大の売店の「お客様カード」で人気を博していた「生協の白石さん」(白石昌則さん)が、「お菓子好きの間で密かに人気を博している」「知名度はないが、味はイナズマ級!」と、ブラックサンダーをブログなどで紹介したのだ。
子供だと躊躇する「30円」も、大学生にはたやすく出せこともあり、学生生協の一部では人気商品であったという。売店の店員でありながら、今でいうインフルエンサーであった白石さんの拡散は、ブラックサンダーが駄菓子を超えて「オトナのチョコ市場」の扉を開くきっかけにもなったのだ。
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そして2008年、北京オリンピックに出場した体操・内村航平選手が「ブラックサンダーが大好物」「現地に持っていく」と公言。商品の知名度向上だけでなく、たった30円のブラックサンダー(当時)が、銀メダルを2個も獲得したアスリートすら満足させる「オトナの糖分補給アイテム」であることに、多くの人々が気づいたのだ。
この頃には、コンビニの「ついで買い」誘発アイテムとしてレジ横でブラックサンダーを見かけるようになる。それまで同ポジションにあったチロルチョコより大人の購入を誘導できて、かつ単価を獲れるとあっては、販売店としても目立つ場所に置かざるを得ない。
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バレンタインをめぐる販促施策で一気にバズる
そして2013年、就任したばかりの河合辰信取締役(2018年に社長就任)が手掛けた「ブラックバレンタイン」が、とてつもない大当たりを記録した。
河合取締役の就任当時、売り上げは12月がピークで、2月に売り上げの変化はなかったという。「チョコ菓子メーカーの最大の商機であるバレンタイン商戦で、なぜ有楽製菓だけ売れていないのか?」という疑問に始まり、駄菓子価格のブラックサンダーを、チョコの中でも「渡しても本命と勘違いされない、でも美味しい」ポジションにあると設定。
たまたま飛び込みで営業に来た広告会社からの「一目で義理とわかるチョコ」というコンセプト提案に全力で乗り、地下鉄駅での巨大広告掲示や、自動販売機「義理チョコマシーン」などを展開した。
もともとSNSと相性の良かったブラックサンダーが、「義理チョコ」というフックで“大バズり”と実販の獲得に成功した。就任前はシスコシステムズでシステム畑を歩んできた河合社長が商機をつかめたのは「チョコ市場におけるブラックサンダーの立ち位置を掴み、振り切って行動した」こと。運も味方したとはいえ、マーケティングの勝利といっていいだろう。
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このキャンペーン以降、2025年には「金額で前年比31.6%増、数量で同26.7%増」を記録するなど、バレンタイン商戦でしっかり爪痕を残すようになった。
かつ、義理チョコ戦略は「いいオトナが駄菓子を、ブラックサンダーを食べていいんだ!」という肯定にも繋がり、オフィスやデスクの引き出しの中などで、当たり前のようにブラックサンダーを見かけるようになった。
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ラーメンは「1000円の壁」小物チョコは「50円の壁」?3強の戦略
いま、小物チョコに限らず製菓会社は、原料となるカカオ豆や、包装紙の高騰で「高くなったモノを高くなったモノで包んで売る」状態に陥っている。各社の対策は「値上げ」「容量減」に分かれるが、50円以下の小物チョコでコストを価格に転嫁すると「安価だから」と支持していた顧客層・ファン層を失いかねない。
苦しい環境の中で、2022年にチロルチョコが「20円→23円」へ値上げ、その後も値上げや「ごえんがあるよ」などの容量減が実施されている。チロルチョコ・松尾裕二社長は値上げ当時のインタビューで「来年あたりの値上げを考えていたが、「遅い気がする』と感じて決断した」と答えており、コストの高騰が抗えないスピードであることをうかがわせる。
ブラックサンダーも、2023年3月には「30円→35円」2024年9月には「35円→40円」と、相次いで値上げを余儀なくされ、ミニバー・ひとくちサイズも、価格を据え置いたまま容量減に踏み切った。しかし消費者は「今までよく頑張った」「値上げも仕方ない」といった反応が大半であった。
ブラックサンダーは発売から30年近く「30円」という価格を維持しており、カカオ産地で問題となっている児童労働に配慮した「スマイルカカオ」使用(2024年に全商品で100%達成)などの取り組みも、価格に転嫁せず行ってきた。長年の価格へのこだわりや社会的な取り組みなど、「企業として意外と真面目だな?」と思わせるストーリーが見えたからこそ、値上げへの逆風が和らいだといえるだろう。
一方でセコイヤチョコレートは、1976年の発売以来・初となるフルモデルチェンジを実施。これまでのウエハースからパフ・焙煎アーモンドへの変更や、高級感があるパッケージで、長らく踏みとどまった50円以下の価格帯から脱出した(希望小売価格54円)。
いまのフルタ製菓は「チョコエッグ」や、プリキュアシリーズ・クレヨンしんちゃんなどのお菓子が主力で、長らくフルタを支えたセコイヤチョコレートの構成比は、さほど高くないという。リニューアルは、商品力をワンランク上げたうえで、競争が激しい「50円以下・小物チョコ市場」から脱出するという、生き残りを懸けた真っ向勝負の戦略といえるだろう。
今後も原材料・製造のコスト上昇は続き、いずれブラックサンダーもチロルチョコも、50円以下をキープできなくなるかもしれない。低価格の消耗戦になる前に消費者を納得させる、「値上げは仕方ない」というストーリーや、バリエーション豊かな商品提供は、ことさら必要とされるだろう。
たったひと口で消費者の幸せを呼ぶ「小物チョコ」市場での各社の動向から、目が離せない。
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