2025-10-21

親が死んで


保育園に行く道を肩車をして歩いてくれたなとか

その時にヨーグレットを一粒だけくれたなとか

実家がある町にかつてあったドラッグストアは店先に象のキャラクター人形を置いていて

その頬にキスをした幼い私の思い出を

ドラッグストアの跡地の前を通るたびに話していたこ

病気をして県外で大きな手術をしたとき私はもうとっくに大人だったけど、車で迎えに来てくれたこ

携帯の待受がいつまでも成人式着物を着た私の写真だったこ

遺品整理で出てきたかつての私が贈った絵や手紙

かつて家族みんなで冷蔵庫に貼ったシールを、冷蔵庫を買い替えるタイミングで1枚1枚剥がして保存したクリアファイル

そういう思い出全部、こんなことがあったねと共有できる他者がいなくなってしまった

私の記憶時間をかけて消えていく

実家のある駅に立ち寄って、ドラッグストアの跡地の前を通っても、何も感じなくなるだろう


はいくつで死ぬんだろう

そのときどうなってるんだろう

どんな私でも、また車で迎えにきて欲しい

そのとき私は今の私に戻ってくる

家族みんなが乗った車は、実家がある町を走るだろう

懐かしい道を通って、あんなことがあったねと話すだろう

そのとき、思い出がもたらす悲しみとか寂しさはなくなって、ただ穏やかに全てを振り返ることができるだろう

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