【概要】
本記事は、本来謝罪すべき立場の者が、自身の非を認めないまま衆人の賛同を得られるように倫理的言説を展開し、恰も「道徳的観察者」として倫理を客観視して傍観者を振る舞うことを《自己免罪的倫理転回》として定義するものである。
この手法は責任回避、認知操作、倫理的優位の演出という三層構造となるレトリックを包含するものでもある。
① 倫理的転回 (Ethical Displacement)
自らの倫理的責任を他者一般に転嫁し、道徳的立場を入れ替える修辞操作。 本来謝罪すべき側が《倫理を語る側》に回る点に特徴がある。
② 免罪的一般化 (Absolving Generalization)
自身の特異的過失を社会的・普遍的問題に置き換え、自身の特異的責任を曖昧化する。
例として「謝ることのできない大人がなんと多いことか」といった発話は、この類型に属する。曖昧化は同時に、衆人の忘却を俟つ或いは衆人の興味を逸らす、という状況を生むことに繋がる。斯様にして本来謝罪すべき側は一定の賛同を得られると同時に自身の立場を煙に巻く事で利する事にも繋がる。
③ 被害者ポジション化 (Victim Positioning)
過誤の指摘を受けた当人が、逆に被害者の立場を取ることで衆人の同情を誘い、 批判を緩和する心理的・言説的戦略。
④ 修辞学的側面:自己免罪的倫理訴求
古典修辞学の観点では、ethos(人格的信用)を装い、自己の誤りを覆い隠す。 すなわち、道徳的発話によって自己正当化を図る形式。何かのテーマの連関として発言をするのではなく、自身が謝罪すべきテーマとは全く別に、それも唐突に衆人の良心・理念に作用する様に訴えかける事で、自身の立場を隠蔽する事に繋がる。
⑤ 総合的定義
自己免罪的倫理転回とは、 「加害的または誤謬的立場を放棄し(☜これが一番の狙い)、一般論的倫理主張によって自らの非を覆い隠す《修辞的操作》」である。
【関連概念】 ・Red Herring(論点すり替え) ・Moral Subject Shift(道徳的主語転回) ・Gaslighting(心理的/言説的操作)
【結語】 本レトリックは現代の公共言説、SNS上の発話、政治的修辞などにおいて頻繁 に観察される。 先日のYouTubeに於て作曲家を名乗る冨田悠暉(=トイドラ)の動画配信およびSNSでの態度のそれは、倫理の装いを纏った自己免罪の言語戦略であり、批判的読解を要する。以降の記事で彼の動画の10の誤りについても述べる。