『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』


そして、現代の教会が直面しているサタンの誘惑とは、17、18章に描かれる「大淫婦」、「大バビロン」ではないでしょうか。ヨハネは、「ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた」(17:3、4)という幻を見ました。


「七つの頭」とは、「七つの山」(17:9)のことですが、これはローマ市が七つの丘の上に立っているからだと言われます。ローマ帝国の支配下の安定の下で、ヨーロッパからアフリカ北部、中東がひとつの市場のようになり、自由な交易が発展しましたが、それに伴って、商人たちが大きな力を持ち、政治権力さえもお金で左右される事態が生まれました。


これは現代のグローバル市場経済の先駆けのようなものです。そして、現代、その流れはインターネットの普及とともに世界に広がっています。物もお金も、民族や国語の相違を超えて取引され、富裕な人は、もう国境や文化の枠を越えて活動しています。そして、貧富の格差はどんどん広がり、政治もお金に左右されます。しかも、多国籍企業には、国の規制も効果がないばかりか、本社移転がないように国がご機嫌をとらなければならないほどです。


そのような中では、ひとりひとりの価値が、「どれだけお金を稼ぐことができるか」という基準によって図られるようになります。そして、お金にたましいを売ってしまった「銭(ぜに)ゲバ」のような人が力を持ってしまいます。


そして、この「大淫婦」の姿が、「その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た」(17:5、6)と描かれます。


これは、グローバリゼージョンの波の中で、誠実な仕事をしている信仰者たちが時代の変化に乗り遅れ、職を失って血を流すような事態を指しています。お金持ちは、自分が育ててもいない会社を買収し、自分に忠誠を誓わない社員を辞めさせることだってできるのです。


ところが、そのような中で、不思議な展開も起きます。それが、「あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります」(17:15、16)という記述です。


いつの世にも、お金に支配された権力は、やがて貧しい大衆の支持を取り付けた新しい権力者によって滅ぼされてきました。つまり、暴力の支配が富の支配を打ち砕くということがあるのです。富と暴力は、どこかでぶつかり合い、自滅してゆきます。私たちは、その背後に、傲慢な者をさばく、目に見えない神のご支配を見ることができます。


そして、この大淫婦があっけなく滅びさるときに、「彼女から富を得ていた商人たちは・・・泣き悲しんで」、「わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった」と言います(18:16,17)。


また、「すべての船長、すべての船客、水夫、海で働く者たちも、遠く離れて立っていて、彼女が焼かれる煙を見て・・頭にちりをかぶって、泣き悲しみ、『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。海に舟を持つ者はみな、この都のおごりによって富を得ていたのに、それが一瞬のうちに荒れすたれるとは』と叫んで言う」と描かれます(18:18、19)。これはこの大淫婦により頼んでいた多くの小金持ちの嘆きを表現した姿です。


日本でも、この二十年間のうちにバブルがはじける姿を二度も体験しました。そのたびごとに、安易に金儲けに走っていた人たちが、大損をし、嘆きに沈んで行きました。


ただし、「お金は大事だよ・・」と言われることも真実です。最近は、「市場原理主義」などと、市場経済が軽蔑されるような論調も聞かれますが、人類は、自由市場経済にまさる効率的な資源の配分と商品の分配システムを発見することはできていません。


今から250年近く前の英国で、アダム・スミスが「国富論」という書を記し、その発想は今も多くの人々に示唆を与え続けています。そこで彼は、自由な市場経済のもとでは、ひとりひとりが自分自身の利益を追求することによって、結果的に社会全体の利益をもたらす一方で、公共の利益のために仕事をするなどと気取っている人々が、社会全体の大きな利益をもたらしたなどという例を見たことがない、自由市場の中では、まじめに利潤追求を考えている人が、(神の)見えない手に導かれて、結果的に社会全体の資源配分が効率化されると言っています。


権力は時とともに必ず腐敗します。人民を自由にするはずの共産主義が、どれほど多くの人々を死に追いやり、環境破壊をもたらしたかを見れば、市場原理を軽蔑することの危険性がよくわかります。


お金も市場経済も、本当に役に立つからこそ、偶像になってしまうのです。知らないうちに、人も自分も、その価値を市場原理で計ってしまうようになるというのが、大バビロンの誘惑です。そのとき、人はお金の奴隷になっているのです。


お金は使うものであって、お金にあなたの人生の方向を決めさせては決してなりません。これは、教会にも言えることです。お金があれば教会堂もすぐに建ちます。しかし、その会堂建設のための予算が一人歩きするときに、教会は堕落を始めます。「新しい天と新しい地」のビジョンがお金の影にかすんではなりません。


【抜粋引用終わり】




(1)大淫婦と不品行


①旧約聖書では、「淫婦」は「偽の宗教」を象徴する言葉である。


②「淫行」は、偶像礼拝を象徴する言葉である。霊的姦淫である。


*通常は、真の神を信じると告白しながら、偶像を拝む行為を指す。



*獣はまだ政治的権威を掌握していない。


*今は、女が反キリストを支配している段階にある。




難しくて理解出来ませんが、簡単に言うと

金と権力の終わりが訪れる…でしょうか?

その象徴が紫の服と真珠?


違っていたらすみません💦


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