ここ数年の春季労使交渉(春闘)は、積極的な賃上げ傾向にある。物価上昇に対応するためには当然の流れだ。しかし、30年間もの経済停滞を抜け出すために必要なのは、継続的かつ「合理的な賃上げ」だ。労働組合も経営層も漠然と5%の賃上げ目標を設定するのではなく、合理的に賃上げ率を導き出す必要がある。

 合理的な賃上げ率は3つの要素で計算できる。「インフレ率」と「労働生産性」「労働分配率」の伸びだ。まずはこの構成要素の理解が欠かせない。

 次に「将来を見据える視座」も必要だ。これまでは「過去」に基づいて賃上げを計算することが多かった。「今年の生産性が上がったから」「今年の物価上昇に基づいてこれだけ賃上げしてほしい」――。そうではなく、将来を基準に要求水準を固めた方がいい。

合理的な賃上げ率は3つの要素で計算できる
合理的な賃上げ率は3つの要素で計算できる
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 将来のインフレ率はどう予想すればいいのか。選択肢は2つある。1つは、日銀の情報を用いることだ。2027年度は現時点で2%程度と予想されている。しかし、これはより平均的な数値だ。自社の社員の実情に合った数字に調整するためには、生計費調査を復活させる必要がある。以前は労組が組合員に1世帯における1カ月の支出を家計簿に付けてもらって調査していた。その支出に基づいて、経営層と賃上げ交渉をしていたのだ。

 歴史を振り返ると、次第に交渉の根拠は「生産性原理」へと移行している。「生産性が上がって、これだけ稼いだのだから、賃金もこれだけ上げてほしい」と要求するようになったわけだ。その結果、ほとんどの労組は面倒な生計費調査をやめてしまった。

 インフレの影響が少なくて生産性の上昇率が高いときは、生産性原理だけでも実質賃金は上昇した。しかし、今は違う。生計費調査を復活させて、社員一人ひとりの生活水準とインフレの影響をしっかりと把握した上で賃上げ率を考えるべきだ。

低下する労働分配率、上げる努力を

 生産性の向上によって発生する賃上げも、過去ではなく、将来を軸に考える必要がある。上がった生産性に加えて、投資計画にある生産性向上の見込みを確認して、上乗せ分を計算することが望ましい。

 インフレ対応と生産性の向上による利益は別物であり、混同してはならない。どちらかだけ対応すればいいというものでもない。

 業績が悪くて賃上げできないという声も聞くが、例えばインフレ率が2%であれば、論理的には売り上げも2%上がっているはずだ。それだけ上がっていないということは、実質的に業績が悪化しているということになる。経営のあり方を再考する余地があるのではないだろうか。

 最後に労働分配率だ。

付加価値を加えた商品の値上げが相次いでいる(写真=smile/stock.adobe.com)
付加価値を加えた商品の値上げが相次いでいる(写真=smile/stock.adobe.com)

 日本の労働分配率は10年代以降、低下傾向にある。様々な理由が指摘されているが、これは企業の利益を賃上げや福利厚生といった人件費に還元していないことを示す。労働分配率を元の水準に戻すべきだという前提に立ち、過去との差分を埋め合わせることを考えた方がいい。

 年功賃金である日本の場合、労働者の数を一定に保っているだけで労働分配率は下がりやすくなる。退職者の賃金は高く、入職者の賃金は低い傾向にあるからだ。今は団塊ジュニアが50代半ばに差し掛かり、人件費がピークを迎えようとしているが、10年後にこの層が定年を迎えたらまた下がるだろう。企業は利益を社員にしっかりと還元する機会だと捉えたらどうだろうか。

 特に中小企業の場合、価格転嫁が難しいとよくいうが、本当に価格転嫁をできないのか。経営として重視すべきことを考えてみてほしい。業績が悪い企業でも、労働分配率を下げて収益を維持しているケースがあるはずだ。そうであれば、労働分配率を上げることで賃上げの余地はまだあるのではないだろうか。

「平均賃上げ率」のわな

 春闘では「平均賃上げ率」をよく目にするが、これは注意した方がいい。会社の平均賃上げ率が3%だったとしても、全員が3%上がっているわけではない。8%上がった人もいれば、1%未満の人もいる。

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