千草

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千草
@tigusa_3
また明日の中に君がいますように
Joined April 2024

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人を救えるのは救われたことがある人、そして自分自身を救ったことがある人だけだと思う。だからあなたが誰かを救ったときは、その優しさは巡り巡って、きっとまた誰かを救う力になるよ。
この人の感性や考え方、素敵だな〜って思ったら、その人を形作った音楽、本、映画、経験など全部知りたくなる。
「貴方が好きです」って言えない代わりに、文章が好きとか、話し方が優しいとか、こういうところが素敵だとか、何度も言ってしまう。本当は全部まとめて好きなのに
「この人がいないと生きていけない」なんて大げさなことは思わないけれど、「この人がいるなら、この世界で生きていくのも悪くないかも」って思える人がひとり欲しい。できることなら自分もその人の、そんなふうな存在になりたい
米津玄師の「アイネクライネ」を聴くたびに思うのだけど、名前を呼ぶ、呼ばれるってすごく愛だよね。存在を見つけて、あなたはここにいていいんだよって伝える行為だと思う
朝井リョウの正欲を読んでいたら「この世界で生きていくために、手を組みませんか?」っていう台詞があって、こういう関係が本当に理想だなって思った
一度でもこの人に救われたって思う瞬間があると、その人のことをずっと忘れられなくなる。何気ない一言やほんの少しの優しさ、ちょっとしたことで誰かの人生に痕を残せるんだなって思う。
『言の葉の庭』の「どうせ人間なんて、みんなどっかちょっとずつおかしいんだから」ってセリフ、諦めみたいな優しさがあって好き
自己肯定感が低すぎて、私と話してくれる人はみんな優しい人に見える
一緒に上を目指す人もいいけど、一緒に下を見てくれる人が好き。弱さを笑わないでほしいし、落ちたときに隣にいてほしい
すごいな、そういうところが好きだなと思ったら、素直に伝えるようにしてる。あなたは素敵な人なんだよって、少しでも気づいてほしいから。もし自分には何もないって思ってしまうような時があったら、少なくとも1人はこう思っている人もいるんだって、思い出してくれたら嬉しい。
似た趣味や考えの人に会うと、今の自分を認められた気がして嬉しくて、相手に激重感情を抱いてしまう
通話に誘うときって、ただ話したいだけじゃなくて同じ時間を過ごしたいとか、相手の時間をちょっとだけ独り占めしたくなる気持ちもあると思う。だから、くだらない話でもどんなことでも、声が聞けるだけですごく嬉しい
優しさって、与える側じゃなくて受け取る側の感じ方で決まると思う。あなたのためと思ってやったことで相手が負担に感じたら、お節介かもしれないけれど、相手が嬉しいとか救われたって感じてくれたなら、それは優しさ。押しつけるのではなく、相手がどう感じるかを想うことが優しさなんだと思う。
誰かと話すたびに、少しずつ自分のだめなところばかり見せてしまってる気がして、いつか失望されるんじゃないかって怖くなる
感性を好きになったらもう戻れないよね 忘れるには、深く触れすぎてる
もう会えない人に縋ってしまう。ほんとうに辛いのはその人の喪失そのものだけじゃなくて、生きてきたのはこのためだったんだって思うぐらいの出会いに生きる意味を見出してしまっていて、それが急に揺らいだからだと思う。出会えてきみを知れたことで、十分嬉しかったはずなのに
自分とよく似た人と話していると、「わかってほしい」と「わかりすぎないでほしい」が同時に湧いてくる。安心する反面、何もかも見透かされているみたいで少しだけ怖くなる
嫌われたわけでもないのに、「嫌われてるかも」って思った瞬間、全部自分が悪い気がしてしまう。相手の声や表情、言葉の温度さえ勝手に悪く解釈して、何度も思い返す。安心したいのか、傷つきたいのか、自分でもわからなくなる
縁なんて簡単に切れるって建前では割り切ってるけど、本音はずっと、離れるくらいなら最初から関わらないでって思ってる
関係を続けるのってすごく難しいけど、わかりあえない瞬間や距離を置く時間があっても、そこで終わらずにやっぱりそばにいたいってお互いが思えるかどうかだと思う
自己肯定感が低すぎて、誰かに自分を好きになってほしいと思えない。自分の底を知られて失望されるのが怖いから、好きな人や尊敬する人とは距離を置いて、密かに見守るだけで満足するふりをしてる
言葉にできない“好き”って、いいなぁって思う。理由を語れてしまう“好き”は、きっと他のもので代わりがきいてしまう気がするから
「生まれてきてくれてありがとう」って言うにはまだ関係が浅くても、それでもせめて、「出会ってくれてありがとう」って素直に伝えられる人でいたいな
嫌われることよりも、興味をなくされたり飽きられることのほうが怖い
この人なら分かってくれるって思える安心感って、たぶん愛なんだと思う
距離を置くのは冷たさではなく、自分の心を守るためのあたたかい選択肢なんだよね
好きな人だったら、嬉しかったことや楽しかったことだけじゃなく、苦しかったことや悲しかったことも聞きたい。あなたからこぼれ落ちるものは、宝石のように拾い上げて大切に知りたいです
たとえば今までの全部が伏線みたいに繋がっていって、このためにあったんだって心から思える瞬間に出会えたらいいのにね
ほんとの気持ちって、“分かってほしい”と“知られたくない”の間でいつも揺れ動いてる
“この人なら分かってくれるだろう”と思える信頼も愛だし、“分からなくても一緒にいてくれる、この人なら受け入れてくれるかも”も、特大の愛だね
聞き上手な人って、“自分の言葉で誰かを救える”なんて思っていなくて、むしろ、言葉の限界とその影響力をちゃんと知ってる人だと思う
好きな人がどう変わろうと、そのたびに変わったその人を許容して好きでいたいと思うのなら、一体どこを好きになってるんだろう。他の人では駄目で、変わっていくあなたをそれでも好きでいられたら、生き方ごと好きってことなのかな
性格悪いねって笑い飛ばしてくれる友達が欲しい。「素敵だね」「優しいね」って言われるのも嬉しいけど、そういう自分でいなきゃって思って、ちょっとだけ苦しくなる。
子どもの頃に戻りたいって思うけど、小学校に行きたいとか、当時の友達と遊びたいとかじゃなくて、ただそこにいるだけでよかった時間に帰りたいんだと思う。純粋で、何も知らなくて、それでもちゃんと許されてた頃。
「大丈夫?」って聞かれると、本当は平気じゃないのに「大丈夫だよ」って返してしまう。でも心配してくれたことが嬉しくて、その瞬間だけは、ほんとに大丈夫になれた気がする。
理由が説明できる“好き”は、きっと代わりがきくけれど、言葉にできない“好き”はたぶん唯一無二で、それじゃないとだめなんだと思う
運命の人って最初から決まってるものではなくて、これまでの選択や出来事の積み重ねの先に、人は出会うべきときに出会うべき人と出会う。その出会いを運命にしていくのは、これからのふたり次第なんだと思う
考えすぎて疲れることもあるけど、何も考えずに誰かを傷つけてしまうより、悩んででも丁寧に向き合う自分でいたい。
近づきすぎると誰かを傷つけてしまいそうで、離れすぎると今度は想いが届かなくなってしまう。だから、無理せず安心していられるくらいの距離でそっと繋がっていたい
「またね」っていう小さな約束が、まだ諦めきれない理由になる
好きだったものが好きじゃなくなったとき、大切なものが消えたみたいで悲しくなる。でも救ってくれたものなら、ちゃんと心に染み込んで形を変えて残っていて、また必要なときにそっと助けてくれるんだと思う
完璧な人より、ちょっと抜けてたりめんどくさいくらいの人が落ち着くし、性格がいい人より少し悪いくらいの方が好きだったりする
誰かを好きになって、受け入れてもらって、自分のことも好きになりたかっただけなのかもしれない
素直とわがままの境界って、相手の気持ちを無視して押しつけたときだと思ってるのだけど、わたしは素直な気持ちを伝えてるつもりでも、実は相手は無理して応えてくれてたり、感情の押し付けになっていたりしたらどうしようと思う
人の考え方が垣間見える瞬間が好き。自分と同じなら「わかる!」って嬉しくなるし、違ってても「なるほど、こう考える人もいるんだ」って興味深い。人それぞれの世界があって、人間って面白い〜〜!!って思える
「優しい人が好き」ってよく聞くけど、それは、優しさの裏にある傷ついた経験や寂しさを抱えながらも、誰かを思いやる強さに惹かれている人もいるんじゃないかなって思う
明るくて強く見える人ほど、そう振る舞わなきゃいけなかった時間がきっと誰より長かったんだと思う。だからその光の影に何があるのか知らずに、簡単に「明るい人だね」なんて言えない
悩みを打ち明けてもらえるのって、その人が自分の弱さを「わたしなら受けとめてくれる」と信じて預けてくれてるってことだと思う。だからこそちゃんと受けとめて、まっすぐ向き合いたい
思考って誰にも見えないし、その瞬間の考えをまるごと覚えておくことなんてできないけど、だからこそ、思考って誰にも奪われずお金でも買えない自分だけの財産だと思う。価値観や感性、経験もきっと同じ。
すきな人たちには、いっぱい笑っていてほしいし、いっぱいおいしいごはんを食べてほしい。あたたかいお布団で幸せな夢を見てほしい。信号機でちょうどよく青に変わってほしい。しあわせが降り注いで、毎日がすこしでもやわらかくありますように
「この人のそばにいたい」って思うとき、大抵は、私が「この人にそばにいてほしい」って思ってる。相手のためじゃなく、自分の寂しさを埋めたかっただけだった
自分では受け入れたと思っていることを、他人に諦めていると言われて驚いた。私は前に進もうとしていただけなのに、人の目にはそう映るんだな、と思った
貴方の全部は知らないし、知ることもできないけれどそれでも、私が知っている貴方は確かに貴方の一部なのだから、やっぱり貴方のことが好きだなって思う
嫌われるってあくまで好みや価値観の違いで、自分の価値が下がるわけじゃないってわかっているつもりだけど、それでも一度受け入れてくれた人に嫌われるのはやっぱり怖い
この人苦手だなって思っても一つの要素だけで決めつけないように、なるべく好きなところを探すようにしている。その人の別の一面が見えてくることもあるし、知らないのに嫌いになりたくない
「もし人生をやり直しても、同じ選択をする」と言い切れる人ってかっこいいな。後悔がないわけじゃなくて、選んできた道をちゃんと受け止めてる強さに惹かれる
「またね」とか「いつか」って曖昧だけど、それがあるから、もし会えなくなっても諦めきれなくて、次を信じたくなるんだよね。それが生きる理由になることもあるのかも
「そばにいて」と言えないから 「ひとりが好き」と言い張る強がり、わたしは好きだよ
くだらないことにもちゃんと考えを返してくれる人が好き。なんだそれ、で終わらせずに、わからないねって笑いながら一緒に考えてくれるような人
本棚やプレイリストを他人に見せるのって、自分の価値観や好きなもの、考え方を覗かれるようで少しだけ恥ずかしくなる。でも、相手の好きなものを教えてくれたときはすっごく嬉しい
私が知らないジャンルのことをすごく熱く話してくれた友達に「こんなに話してごめんね」って言われたんだけど、むしろあなたの好きなものを教えてくれるのが嬉しいし、好きなものを話してくれるあなたが好きだから大丈夫だよって思った。自分の知らないことについて知れるのも素直に嬉しい
1人で生きていく自信なんてないから、一緒にいてくれる人がほしいけど、そんな人はいないし、誰かとうまくやっていける気もしない
ほんとうはいてもいなくても生きていけるけれど、それでも私がいないと困るくらいに、必要とされたい
人と全部をわかり合うことはできないからこそ、相手のすべてを理解しようとするんじゃなくて、理解したいっていう気持ちをちゃんと見せなきゃいけないなって思ってる
“好き”って言葉で伝えるのももちろん大事なんだけど、きみに有限の時間を使い続けることが、きみを好きだっていう1番の証明になるんじゃないかな
人に期待するのをやめたほうがきっと楽に生きられると思っているけど、結局期待しないふりしかできない
「大丈夫だよ」だけじゃなくて、「それでもここにいていいよ」って言葉が欲しい
これを言ったらこう思われるかもしれない、を考えすぎて結局なにも言えなくなってしまう。傷つけたくない、迷惑をかけたくないって関係を諦めるくらいなら、迷惑をかける覚悟だったり、そのあときちんと自覚して向き合う勇気を持たないと、と思う。
人におすすめされたものを見たり聴いたりするとき、その人のことを自然と思い出してしまう。ここ好きかな、とかどう感じたかな、とか。逆に私がおすすめしたものをきっかけに、少しでも私のことを思い出してもらえていたら嬉しいなって思ってる
忘れたくない声を思い出そうとしたり、名前の文字列を見るだけで愛おしくなったら、もうだいぶ好きなんだと思う
許したくないって思う気持ちがあるのは、それだけ傷ついた自分をちゃんと守れてるってことだと思う。許すのは急がなくていいよ、無理するものでもないよ
優しい人になりたいけれど、優しいだけの人にはなりたくない
変化って急に別人みたいになるんじゃなくて、少しずつグラデーションみたいに滲んでいくものだから、近くにいる人ほど気づけないんだと思う。だからこそ、いつか振り返ったときに「あの頃から私はちゃんと変われてたんだな」って思えるように、今は良いほうへ向かってるって信じたい
無理して変わろうとしなくても、意外とこのままでも生きていけるかもって思えたときに、少しだけ力を抜いて生きられるんだと思う
あなたと食べるご飯が1番美味しいって、ほぼ告白だと思う。1人で食べる時は、料理が美味しい、けど、好きな人や一緒にいて楽しいと思える人と食べるご飯は、心も満たしてくれて、料理以上に美味しく感じる
「きみも悪い人でよかった」っていう曲が大好きで、考えや価値観の一致を「君もぼくと同じくらい悪い人でよかった」って表現するのが素敵だし、お互いに理解しあえて同じ歪みを持ってるっていう安心感と、他とはズレてる自分でもいいんだっていう肯定が一言に詰まってるから好き。
くだらない話でも一緒に笑える人が好き。 ふとした瞬間に笑うタイミングが重なるって、それだけで特別に感じる
自己嫌悪で泣くと情けなくてさらに落ち込んでしまうから、物語とか音楽に触れて別の理由に逃げて号泣してる
合わないと思うなら離れてくれて構わないけれど、離れるくらいなら最初から近づかないでほしい、って思うのも本音
分かり合おうとする気持ちは優しい人だし、分かり合えないこともあるって知ってて、それでも相手を責めない人はもっと優しい人。
誰にも知られたくない部分があって、それは透明の箱にしまってある。箱は箱のままで扱ってほしいし、無理に開けようとしないでほしい
会話が苦手すぎて、「これ言っても面白くないだろうな」「反応に困らせてしまうかも」を考えすぎて、話題を出すのが難しくなる。もっとくだらない話をしてもいいんですか
話さなくても、ふと相手のことを考えてしまう時間が増えたとき、これが愛なんだなと思う
好きな人間の全部を好きにならなくてもいいし、嫌いな人間の全部を嫌わなくてもいい。どっちにも、好きなところと嫌いなところがあってもいいんだよ
常に優しい自分でいたいけれど、いつもよりちょっと言葉が荒くなったり冷たくなっちゃったときに「どうしたの?」とか「いつもと違うね」って聞かれるのってちょっときつい。そういう一面もあるんだな、くらいに思ってもらえたら嬉しいのにな
自分のことをちゃんと好きでいようとしてる人や自分に自信を持ってる人が好き
「みんなそうだよ」って言わないでほしい。 私は、貴方の言う“みんな”になりたくて生きてるわけじゃない
分からないことを丁寧に教えてくれるのも、もちろん優しさなんだけど「自分も分かってないんだよね」って同じ目線で悩んでくれる人がそばにいると、ちょっと安心できたりもする。全部を分かっている誰かに導かれるよりより、一緒に迷っている人がいてくれるほうが心強いときもあるんだよね
わたしの好きは、相手にとっては多分要らないものだろうから、それならこのままでいいやって思う
人と関わると、自分に足りないところばかりが目について、勝手に比べて落ち込んじゃう。誰かを好きになるには自分を嫌いすぎていたらうまくいかないし、誰かに愛されるには自分を少しでも肯定できるようにならないとって思っているけど難しい
すきって言葉で伝えることもちろん大事だけど、その積み重ねとか、有限の時間を使うことが一番の「すき」の証明だと思う。そこから信頼も生まれるんじゃないかな
全肯定って優しさなのかな?その都度ちゃんと向き合ってくれたり、隣に立ってくれるような、優しさの中に芯が通っている人のほうが信頼できると思ってる。でも、ただ頷いてほしいときだってあるよね
死にたいと思ったことがある人としか、ちゃんと仲良くなれない気がしてしまう。そういう気持ちをわかってくれる人だと、安心できるんだと思う。だから、一瞬でも「生きるのつらいな」「消えてしまいたいな」って思ったことがある人、みんな友達だよ。