2025年10月20日

中国大使と公明党斎藤鉄夫代表

中国大使と公明党斎藤鉄夫代表

共産シナから何を命令されたのか?

哀れなスパイ公明の今後の末路


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2025/10/7 -公明党斉藤鉄夫代表中国の呉江浩駐日大使と面談した後、高市早苗氏と会談して「靖国を外交問題にすべきではない」と参拝見送りを進言した事が波紋。

以上、ヤフーより

更に詳しく報じるサイトからも引用

公明党を訪れた「珍客」

それでは、公明党の方はどうかと言えば、高市新総裁が誕生した週明けの6日月曜日、「珍客」が、国会の斎藤公明党代表のもとを訪れた。それは、呉江浩駐日本中国大使である。

その目的は、どちら側も公表していないので不明である。だが、想像を膨らますことはできる。

そもそも公明党は、いまから60年前の1965年に国政に進出した際、「平和・大衆福祉・クリーン」をスローガンに掲げたが、実はもう一つの重要方針があった。それは「日中友好」である。当時の日本は、中華民国(台湾)としか国交がなく、与党・自民党は中華民国と良好な関係を築いていた。国交のない中華人民共和国(中国)との友好を掲げることは、当時の日本では奇異だった。

ところが、1971年7月、リチャード・ニクソン米大統領が突然、中国訪問を宣言し、翌1972年2月に訪中を果たした。この「米中友好のニクソンショック」によって、日本外交も大転換を迫られた。同年7月に田中角栄内閣が発足すると、2ヵ月後の9月に訪中して、日中国交正常化を果たした。

その際、日中間の「橋渡し役」を担ったのが、公明党だったのだ。中国からすれば、「井戸を掘った党」ということになる。

日中国交正常化の橋渡しをした「竹入義勝公明党訪中団」
イメージギャラリーで見る

以後、現在に至るまで、公明党はどんな時でも「日中友好の党」であり続けた。今年4月にも、斎藤代表が訪中し、中国共産党の劉建超中央対外連絡部長(共産党の「外相」)とがっちり握手を交わしている。

ちなみに劉部長はその後、失脚した。斉藤代表は、6日に面会した呉江浩中国大使に、この失脚劇について質したが、「知らない」と回答されたという(11日にアップされた動画サイト「リハック」のインタビューより)。

ともあれ、中国からすれば、公明党は「絶対に裏切らない相手」なのだ。頼もしい存在だが、欠点は、日本国内で強い権力を持っていないことだった。


以上

もう創価学会も池田大作が死去したのだから、この中国との関係

を断ち切るべきだ、いくら頑張ってもシナ大陸で布教活動などは

認められない、西欧ではカルトとされ、布教できないブラジルなどで

かろうじて日本人が信者となっている。

旧統一教会とは南米での規模が違い過ぎる

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※おしらせ日本国民党の鈴木信行さんの選挙が11月2に開始、9日

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Posted by the_radical_right at 06:50│Comments(0)

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