世にも珍しい“真面目”な権力者

【小泉】FSB報告書を提出したのが、FSB第5局長のセルゲイ・べセダです。FSBは本来は国内治安機関なのですが、旧ソ連は「国内」扱いでFSBも管轄しています。彼はその後、失脚したと言われていたのですが、ウクライナとの交渉の場にFSB顧問として出てきている。プーチンは、自分が任命した男を切るのは沽券に関わると考えているのでしょうね。

【黒井】ベセダの間違った報告を真に受けて自分が判断ミスをしたという論理は絶対に認めないです。なので、そもそものベセダの報告自体をなかったことにしたのでしょう。プーチンは、自ら公開の場に出てきて、自分の言葉で自分の決断の正しさを語る。その几帳面きちょうめんさは大きな特徴です。ソ連共産党の文化で育った原点みたいなものかと思います。

小泉悠、黒井文太郎『国際情勢を読み解く技術』(宝島社)
小泉悠、黒井文太郎『国際情勢を読み解く技術』(宝島社)

【小泉】変な方向の几帳面さは、ロシア人全体から感じますよね。

【黒井】そこはアラブにはないですね。アラブの独裁者もいちおう自己正当化を語りますが、雑ですし、誰も気にしません。「親分は好き勝手に決めて動くのが当然」「親分の考え? それは利益でしょ」くらいにみんな思っています。

【小泉】ただ、プーチンはけっこう、表向きには人情味があるようなことも言うのですね。ソ連時代の指導者にはなかったことです。2000年代のロシア人からすると、ソ連時代とは違うという印象になったでしょうね。

【黒井】褒めるわけではないのですが、プーチンは悪い意味で真面目です。自ら公の場に出てきて自分の言葉で話す。世界を見渡しても、人々を散々弾圧し、殺傷している権力者としては珍しいです。自分が出てきて、欺瞞と詭弁ではありますが、それなりに自分の選択、行動の辻褄つじつまを合わせようとします。

プーチンとヒトラーの共通点

【小泉】本心っぽい面が垣間見えることもよくありますね。国民対話(編注:プーチン大統領が国民の質問に直接答えるイベント)も、8時間とかかけてカメラの前でやります。けっこうアドリブの質問もあって、プーチンもアドリブで対応しています。

【黒井】やっぱり悪い意味で、真面目で自分の言葉に責任を持つ。そういうところもヒトラーに似ていると思うのですよね。ヒトラーもきわめて悪い意味で、真面目ではありました。

でも、そういう性格ならなおのこと、自分で自分の非を認めませんから、戦争を自分からやめることは考えにくいです。ヒトラーもそうでしたが、そこが今回の“プーチンが始めた侵略戦争”が終わらない最大の原因だと思います。

アドルフ・ヒトラーのポートレート
アドルフ・ヒトラーのポートレート(写真=Bundesarchiv、Bild 183-H1216-0500-002/CC-BY-SA-3.0-DE/Wikimedia Commons

【小泉】軍事的に見ても、ロシアは戦場では優位なんだけどウクライナという国を滅ぼせるような勝ち方はしていない。この点はそう変わらないでしょう。とすると、やはり双方の継戦能力が尽きて、より膠着の様相が強まるまで、なかなか戦闘は収束しないだろうという気がします。

変化を持たせられるとすれば政治の力ですが、トランプ政権はロシアに強力な制裁をかけてでも停戦を強要することを避けている。長期化の見通しがこの点からも予想されてしまうように思います。

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