上田啓太……
2009年の「宇宙の歴史を一年であらわすと」という記事がオモコロ初期の大ヒット記事となり、その後もインターネットで文章を書いたり書かなかったりしたオモコロライター。2022年には初の著作「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」が出版された。今回は久しぶりの生存確認がてら、オモコロに文章を寄稿してくれた。
人は2000連休を与えられるとどうなるのか?
- 上田啓太
- 河出書房新社
- 価格¥1,465(2025/10/21 10:20時点)
- 発売日2022/04/26
- 商品ランキング185,531位
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オモコロは巨大になった。
これはシンプルに事実だと思う。あの頃とは比べものにならない。すごく大きい。知らないサイズ感になっている。
先日、親類の結婚式に出たのだが、相手方の出席者にオモコロを見ている人がいた。ふいうちのように雑談の中でオモコロの四文字が出てきた。あわてた。こんなことは20年前にはありえなかった。この20年間の、オモコロに関わった人々の努力と継続を思う。
私がオモコロに書いていたのはもう15年以上前のことで、当時、バーグハンバーグバーグという会社はまだ存在していなかった。オモコロはなんだかよく分からないウェブサイトだった。よく分からないな、と思いながら書いていた。本当に、よく分からなかった。ただ、ネットの大半がよく分からないもので占められていたから、特に違和感もなかった。
今回、編集長の原宿さんに声をかけていただいたのだが、原宿さんは当時から現在まで原宿を名乗っているのがすごいと思う。考えてみると、オモコロがはじまるよりもさらに前、個人サイトを通して原宿さんの存在を知ったが、その頃から原宿さんは原宿さんだった。
私は現在、本名の上田啓太で書いているが、オモコロに加入した時は松岡だった。これはシンプルに偽名だった。実生活とネットを区別したかった。学校のクラスメイトやバイト先の同僚、あるいは両親、そのような関係性とは別のところにネットの活動を置きたかった。日常の自分と切り離された場所で書いてみたかった。いや、はっきりと言えば、ネットをしていることはなんだか恥ずかしく、後ろめたいことだったのである。
ただ、松岡という名前でさえ最初のものではなくて、本当にネットをはじめた最初の最初はマダムという名前で活動していた。これは偽名どうこうではなく、一種のアホらしさである。悪い冗談であり、若さの爆発である。
マダムと名乗ることで日常を切り離そうとしていたわけでもない。そんな自意識さえない。ただただ私はマダムで、マダムは私だった。あちこちの掲示板やチャットに行って、「こんばんは、マダムです!よろしくお願いします!」と元気よくあいさつしていた。感嘆符が多くてテンションの高い、体育会系の貴婦人だった。ふりかえって黒歴史とさえ思えない。この記憶は黒くない。真夏の汗のように馬鹿馬鹿しい。
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マダムと名乗っていた頃、私は高校生だった。とくに奇抜なネーミングを狙ったわけでもなく、当時のネットの雰囲気に合わせて自分の名前を決めるとマダムになったのだった。
よく覚えているが、当時通っていた掲示板に「うんこ」「江戸っ子」「インカ帝国」みたいな名前が並んでいて、その投げやりなセンスが自分のネットの原初の感覚になっている。実際に書き込んでいるのがインカ帝国なはずはないし、江戸っ子はもちろん、うんこなど論外だが、そんなへんな名前たちが、普通に人名として機能していた。そのことに不思議とぞくぞくした。
そのへんに落ちていた単語を拾ってきて、とりあえず自分の名前にしてみる。そんな感覚で結びつくのが当時のネットで、だから私はマダムだった。実際の自分は男子高校生で、まったく貴婦人ではないからこそ。
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オフ会のことを思い出す。オフ会のことは常に、きのう見た不可解な夢のように思い出す。ネットで知り合った人々がその関係性を微妙に引きずりながら、オフラインではじめて顔を合わせる。それがオフ会だったが、自分にとっては何よりも、オフ会とは奇妙な名前が乱舞する空間のことだった。
当時の参加者の名前を、記憶をたよりに再現してみると、ヘルカイザー、モーリス提督、シャケおにぎり、マダムみたいな感じで、世界観はぐだぐだだった。ファンタジーとしての統一感さえ取れていなかった。ヘルカイザーとモーリス提督だけならば、まだ許せそうだが、そこにシャケおにぎりが入ってくるとファンタジーでさえない。世界はどんな像も結ばない。
ただ、それでも、ヘルカイザーとモーリス提督とシャケおにぎりの中に上田啓太が入りこむよりは、マダムが入りこむほうが自然だった。人名らしくないことだけが、人名の条件だった。
オフ会では、幹事が店を予約する。さすがに幹事は本名で予約している。だから、ヘルカイザーを名乗った人が、たとえば田中という名前で店を予約していて、その時に見せるヘルカイザーさんの照れくさそうな笑顔がある。
「ぼく、じつは田中なんだ……」
頭をかきながら言われる。
そりゃあ、どう見てもヘルカイザーよりは田中が似合う外見ではあるし、そんなことは待ち合わせ場所で一目見た瞬間に分かっているのだが、それでもネット上のやりとりで作り上げてきたヘルカイザーさんのイメージが田中の二文字で揺らぐ。だが、それですぐに田中さんと呼びはじめるわけでもない。ヘルカイザーさんは田中さんではなく、ヘルカイザーさんである。だから私は言う。
「ヘルカイザーさんは、栃木県にお住まいなんですよね」
言いながら思うのは、そもそもヘルカイザーが栃木に住むなよ、ということで、ヘルカイザーと栃木県の関係において許されるのは「支配する」か「滅ぼす」くらいだろう。
「ヘルカイザーさんは、栃木県をお滅ぼしになられたんですよね?」
そんなふうに切り出したほうが、まだしっくりくる。
とにかく、細かいことを気にすれば、オフ会では会話のひとつひとつに引っかかった。へんな名前というだけで、日常会話のすべてがいびつにゆがんだ。
高校生の私は、ヘルカイザーやモーリス提督やシャケおにぎりに囲まれて、「マダムくん」という聞いたことのない日本語で呼ばれながら、はじめての言語体験にぞくぞくしていた。
***
自分にとって、インターネットの原体験はこのあたりにある。投げやりで、奇妙で、ちぐはぐで、よく分からないものだった。
あまりに昔のことを思い出して、何の話だか分からなくなってしまったが、オモコロ20周年だ。素晴らしいことだと思う。あの頃のインターネットの雰囲気を保ちながら、今後も末長く続けてほしい。オモコロ20周年おめでとうございます。このまま2000年くらい続けてください。