中国着ぐるみコスプレ最前線①:世界最大級イベントのレポ
この記事を起点に、中国で盛り上がりを見せつつある「着ぐるみコスプレ文化」と新ビジネスを紹介します。
筆者はよく中国の二次元系スポットを訪れるのですが、そのたびに感じるのが「着ぐるみ姿の人が増えた」ということです。
着ぐるみコスプレには大きく分けて、「美少女着ぐるみ」、「ケモノ着ぐるみ」、「特撮系」の3種類があります。
なかでも、ここ数年で目に見えて増えてきたのが「美少女着ぐるみ」と「ケモノ着ぐるみ」です。
この記事では中国で行われた世界最大級の着ぐるみコスプレイベントの紹介記事を取り上げます。そして次回以降の記事で「なぜ着ぐるみを着るのか」、「着ぐるみビジネスの広がり」を紹介していきます。
私の「外殻」を通じて、私を知ってください
先月初め、広東省仏山市で開催された Doll Weekend 10 に参加しました。これはKigurumi(着ぐるみ)界の歴史の中で最大規模のオフラインイベントであり、世界十数か国から300人以上の参加者が集まりました。
正午から深夜0時までの12時間、参加者たちは「ぬいぐるみ(娃娃)」になる喜びを思う存分楽しむことができました。そこでは本来の姿はすべて隠され、国籍・年齢・性別は問われず、ただ「可愛いぬいぐるみ」や「二次元キャラクター」になるためだけに存在していたのです。
「Kigurumi(日本語:着ぐるみ)」とは、「ぬいぐるみを着ること」と理解することができます。この言葉には現在、標準的な中国語訳はなく、多くの人はローマ字そのままに「Kigurumi」または「Kig」と呼んでいます。
そして、そのKigを演じる人は「Kigurumier」と呼ばれますが、より一般的には「Kiger」と呼ばれています。この「ぬいぐるみを着る(穿娃)」行為は「変娃(ビエンワー)」と呼ばれます。
時間を100年前にさかのぼれば、Kigurumiとはディズニーランドでミッキーマウスの着ぐるみを着た人を指しました。30年前にさかのぼれば、日本の特撮作品に登場するウルトラマンのようなスーツアクターを指すこともできます。そして現代でも、Googleで「kigurumi」と検索すると、上位に出てくるのは仮装パジャマを販売するサイト「kigurumi.com」であることが多いでしょう。
しかし、「Kigurumi」という言葉を中国や日本を中心とするサブカルチャーの文脈に置くと、それは全身タイツを着て、二次元的なキャラクターや人物に扮するオタク的変装スタイルを指す言葉になります。
“変娃”は、コスプレの領域の中でも特にフェティッシュな性向を持つニッチな分野といえます。通常のコスプレに必要なウィッグや衣装のほかに、特有の二つの基本要素がある。それが「皮」と「頭」です。
「皮」とは「zentai」のこと。この言葉は日本語の「全身タイツ」から来た言葉で、ナイロンや様々な材料を混紡した全身うスーツです。見た目はストッキングに似ていますが、実際には水着に近い素材で作られています。
個人の好みやキャラクターの設定によっては、ラテックス製のボディスーツに置き換えることもあります。ただし、どの素材であっても最も基本的なルールは「本来の肌を一切見せないこと」。頭からつま先まで、「皮」によって完全に覆われていなければいけません。
「頭」とは頭殻のこと、つまり文字通り頭にかぶる硬質の殻です。これは「変娃」において最も重要な道具であり、通常は合成樹脂を3Dプリンターで成形して作られます。
形状には、フルヘッドタイプ、3/4ヘッドタイプ、ハーフヘッドタイプの3種類があり、製作コストは非常に高く、価格はおよそ2000元から2万元(約4万円〜40万円)まで幅があります。
自分専用の頭殻を持つことこそが、この「娃圈(ぬいぐるみサークル)」に参加するための最も基本的な入門条件とされているのです。
頭殻は高価で、しかも重い。ウィッグを装着すると、重さは時におよそ3〜4キログラムにも達します。頭殻をかぶると呼吸はしづらく、視界も極めて狭いです。わずかに眉と目のあいだにある小さな開口部から外を見ることしかできません。
さらに重要なのは、キャラクターのイメージを壊さないために、変娃(ぬいぐるみ化)した後は一切話してはいけないというルールです。
人間としてのあらゆる主体性
― 外見、性別、年齢、髪の量、表情、肌、匂い、声、言葉 ―
これら全ては「可愛いぬいぐるみ(娃)」の外観の下に完全に隠されます。
こうした変娃の諸要素は、多くの人にとって息苦しく不自由に感じられるかもしれない。ですが、それらはKigerたちにとって、最大限の自由を与えるものなのです。
— かわいくなる自由
— 身体から魂まで、好きなキャラクターに限りなく近づく自由
— 一定の時間「自分」を消し去る自由
「ある人にとって、Kigurumiは『かわいく』、『魅力的』になれる唯一の方法なんです」。会場で出会ったひとりのKigerは、私にそう語りました。
「自信がない」。この言葉は、Kigerたちとの会話の中で何度も出てきました。私が初めて頭殻をつけて撮影してみたとき、レンズの中に映る「かわいいけれど自分とは違う私」を見た瞬間、私は理解しました。
この「自由」は、確かに中毒性があるのだと。
Kigerに性別や年齢を尋ねるのはとても失礼なこととされています。しかし、身長や体格から判断する限りでは、このイベントは男性が中心の場であることが分かります。
女性プレイヤーは多くても全体の10%ほどで、年齢層は10代後半から20代前半が中心。この世界に10年ほど関わっている30代の参加者は、すでに「古参」と見なされています。
「まあ、みんな『90後(90年代生まれ)』ってことにしておいてください」
年齢について尋ねた際、Doll Weekend(以下DW)の主催者の一人であるopは、少し照れくさそうにそう答えました。
DWで「着ぐるみ」をしていたopとmochiは、このイベントの中核的な運営メンバーです。彼らはともに深圳に住み、本業を持ちながら、他の全スタッフと同じく週末や休日を使ってボランティアでこのイベントを企画・運営しています。
彼らはこのイベントを営利目的にするつもりはまったくなく、その姿勢は一貫しています。
実際、今回会場となったホテルのスタッフも不思議に思ったそう。このイベントの参加者とスタッフが週末2日間の客室をほぼ全て借り切ってしまい、近隣の民宿まで満室になったほどの盛況ぶりでした。
それにもかかわらず、なぜか一括で団体予約をしなかったのです。
通常なら団体で予約することで宿泊費を安くし、運営側が差額で利益を得ることもできます。しかし、opとmochiは断固として「そのお金は受け取らない」と主張したのです。
「私たちはただの愛好者の集まりであって、いわば素人集団のようなものです。お金を稼ぐつもりはありません。商業化してしまえば、この純粋な趣味が歪んでしまう」
「今の規模で商業路線に進めば、投資と収益のバランスは確実に赤字になります。そうなれば、DW自体が成立しなくなるでしょう。だからこそ、私は『商業化しないことこそがDWを存続させる唯一の方法』だと思っているんです」
opは、自分たちが主催するDWを、祖母が広場で組織していた「広場舞」にたとえた。「私の祖母は、広場で踊る人たちのために毎日ラジカセを持っていき、重たい機械を運んで仲間を集めて踊っていました。彼女は多くのことをしていましたが、それはお金のためではありませんよね?」
opとmochiも同じです。彼らは今回のイベントのために十数本の企画書(総文字数万字)を書き、数十個のチャットグループを立ち上げ、まるで本業のように動いていました。
ただし、「愛と情熱だけで動く」スタイルを貫いています。もし赤字になっても2人で折半して負担し、できるだけ損を出さないようにするのです。
DWの開催地は、広州の「恒大金沙洲ホテル」。ホテルのロビーには2つの大ホールがあり、そのうち1つは「着ぐるみ」の会場に、もう1つは結婚式場として使われていました。
ホテルの宿泊客や通りすがりの人々も興味を惹かれ、着ぐるみ姿の参加者たちと写真を撮る姿が見られました。
opが10年前にこの世界に入ったころ、Kigurumiの百度掲示板にはわずか数百人しかおらず、参加者の9割を彼が知っていたといいます。しかし今では、中国国内の参加者は1万人を超え、DWの参加者もかつてはほとんどが顔見知りだったのに、いまや9割が初対面の人たちになりました。
それでも彼らはよく理解しています。たとえここ数年、インターネットやアニメイベントの影響でプレイヤー数が急増しているとはいえ、Kigurumiはいまだに極めて小規模でアンダーグラウンドな文化であることを。
発祥地の日本でさえ、5年前に日本の公式コミュニティが発表したプレイヤー数はわずか2,000〜3,000人程度で、主力層は30〜40代の中年層。新規参入する若いプレイヤーは少ないです。
今年、日本で開催された最大規模のKigurumiイベントには250人以上が参加し、それがDW10以前の「史上最大」記録だったといいます。
日本のKigurumi文化は、一般的には6〜7人の仲間がホテルの部屋を借りて、ポーズをとって写真を撮る程度で終わることが多い。DWを訪れた日本の参加者はこう教えてくれました。
「日本では、Kigの活動は限られたエリアでしか許可されていません。撮影が終わったら、すぐに元の服に着替えなければならない。Kigを着たまま公共の場所に出るのは、許されない行為なんです」
会場で、私はオーストラリアから来た頭殻メーカー WYU の出展者と話をした。
彼は指を折りながらしばらく真剣に数えたあと、こう言った。「オーストラリア全体でもプレイヤーはせいぜい35〜40人しかいません。そのうちの8〜9割は東アジア系なんですよ。」
彼らが前回オーストラリアで開いたオフラインの集まりには、7人しか来ませんでしたが、それでも「奇跡的に多かった」と笑っていました。
opとmochiは、2年前にDWを始めたときからすでに、「DWを世界最大のKigurumiイベントにしたい」という野心を持っていました。モントリオールの Fetish Weekend のように、Kigurumiを愛する人たちが、自分の好きな姿に変身して、街を歩き、人々の中に入り、太陽の下で堂々と姿を見せられるようにしたい。それが彼らの理想です。
そのために、運営側は非常に厳格なドレスコードを設けています。たとえZentai(全身タイツ)を着ていても、敏感な部位が露出している場合は一切許可されません。もし発見された場合、その人物は即座に会場から退場処分となるのです。
注目すべきなのは、中国国内の Kigurumiコミュニティが明らかに若年化している という点です。私がランダムに取材したKigerの中には、成人したばかりの学生も少なくありませんでした。
彼らは日本の愛好家のように、幼少期から特撮番組を通じてKigurumiの存在を知っていたわけではありません。
それでも、私が取材した参加者の大半(古参の30代参加者を含む)は、学生時代からこの文化、フェティシズムから派生した新しい二次元文化に触れていました。
その夜、イベントが終わり、午前1時を過ぎたホテルのロビーは閑散していましたが、ふと見ると、20歳にも満たない少年が一人、ソファに座ってすすり泣いていました。
話を聞くと、彼は香港からわざわざこのイベントのためにやって来たという。一年以上アルバイトをして旅費と装備費を貯め、この日を心待ちにしていたのです。
しかし「夢のような一日」が終わると、彼は大量の装備を抱えたまま、突然どこに行けばいいのか分からなくなったといいます。孤独な三次元(現実)生活から、同好の士に囲まれた空間に飛び込んだ反動で、抑え込んできた孤独が、一日の終わりにいっそう残酷な形で襲ってきたのです。
彼は、同好の仲間を見つけたい一心で、性的な要素を含む混沌としたコミュニティの中で、自分の望まない行為にまで手を出した過去を語ってくれました。
そして今、こうして大勢の「かわいいぬいぐるみ(娃)」たちが集まり、誰にも指をさされずに笑い合う光景を見られたことが、どれほど幸せだったかを涙ながらに話してくれたのです。
私はその瞬間、「サブカルチャーを発信することの重さ」を痛感しました。そこで私は、この責任をイベント主催者の op と mochi にぶつけ、未成年者への向き合い方を問いただしたのです。
DWの主催者である二人は、Kigurumi文化に含まれる問題点を隠そうとはしませんでした。たとえば、男性が可愛い女の子の姿に変わること。あるいは、文化の中に一定の性フェティッシュ性が含まれていること。そして、非常にコストのかかる趣味であること。
しかし彼らは、こうも語りました。
「結局、悪いのは文化じゃなくて『人』なんです。Kigurumiは、美しい服を着るようなもの。でも『美しいもの』を前にした人間の想像を完全にコントロールすることはできないんです」
そしてこう続けました。
「このコミュニティをどう変えられるかなんて、私たちには保証できません。その責任はあまりにも重すぎる。私たちは『コミュニティを背負う』ことはできないけれど、ただ『より良くあってほしい』と願っています」
「人間には暗い部分があることは認めます。でも、ネガティブな側面を文化そのものと結びつけないでほしい。私たちがDWを大きくしたい理由の一つは、この閉じたニッチな文化を、より開かれた、包容力のある形に導くためなんです」
二人の創設者は、静かに、しかし確固たる口調でそう語りました。
DWが本当に開催されるまでは、op と mochi の二人も、自分たちが「世界最大のKigurumiイベント」を実現できるとは夢にも思っていませんでした。
もちろん、数十万人規模のアニメフェスに比べれば、その規模はまだ小さい。それでも、今回の参加者数はこれまでの倍以上に膨れ上がり、彼らにとっては歴史的な一歩でした。
参加者の中には、mochiがKigurumi界に入る前から憧れていた日本の大御所もいました。このイベントをきっかけに、彼らはオフラインで初めて顔を合わせ、その後、日本の参加者はQQ(メールアプリ)をダウンロードして中国語で会話するようになったのです。
翻訳アプリを使うため、会話はぎこちなく、時には笑い話になることもあったが、それを通じて opとmochiは思いがけない事実を知りました。
彼らが以前から尊敬していた日本の大御所は、なんとこのDWに触発されて、日本で自らオフラインイベントを開催したというのです。
さらに、参加していた日本の着ぐるみマスクメーカー「RINS」の代表は、中国DWへの参加記録と感想を 20ページにまとめたPDF にして、感謝の気持ちを込めて二人に送ってくれました。
こうしてDWは「部屋の中の趣味」だったKigurumiを、国際的に交流できる「文化の源」へと変化させた、まさにその象徴となったのです。
初めてKigurumiの姿を目にしたとき、その大きな頭部を見て、思わず「不気味の谷現象」を感じました。
けれど同時に、どうしようもなく「かわいい」と思ってしまったのです。
現実の人間として見れば圧迫感を覚えるような体格なのに、彼らの仕草や振る舞いはまるで漫画の中から抜け出してきた女の子たちのようでした。
そして何より「話してはいけない」という設定は、本当に天才的だと思った。
明るい照明に包まれた会場の中で、大きなぬいぐるみたちは静かに集まり、身振りや小さなカードを使ってお互いのキャラクター情報を交換し、一緒に写真を撮り、そっと抱き合い、静かに別れを告げる。
まるでそれは、子どもの頃に夢見た幻想的な光景が、私たちが大人になった今になって、ようやく現実に再現されたかのようでした。
そうして見つめているうちに、あの「不気味の谷」の感覚はいつの間にか消えていて、ふと気づくと私は思い出していました。
私もかつて「お姫様になりたい」、少なくとも「こんなふうにかわいくなりたい」と思っていたということを。
以上が、世界最大級の着ぐるみイベントを通して見た「中国における着ぐるみ文化の現在」でした。
次回からはシリーズとして
① 若者がなぜ着ぐるみに惹かれるのか
② 着ぐるみビジネスの発展
これらのテーマを軸に、さらに深く掘り下げていきます。
いいなと思ったら応援しよう!
チップのご検討をいただき、ありがとうございます。
いただいたチップは全て記事を書くための費用として使わせていただきます。


とても興味深く読ませて頂きました。 kigはコスプレの一種と言えるのでしょうが、かなり独特な雰囲気と文化を持っているという印象を受けました。 参加していた未成年の男性に関する部分は胸を打たれてしまいました。一人の人間の心をそこまで惹きつけてるということはすごいことです。 自分もオ…
熱いなー。 問題もあるみたいですが、ここまで没入出来ることがあるのは幸せなことですね。 私はここら辺の界隈には縁がないけど、それでも「がんばれ」と応援したくなりました。