美しい日本の仏像
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美しい日本の仏像
@j_butsuzo
日本の美しい仏像・神像をつぶやきます。2時間に1回ゆるりと配信しております。なむなむ。
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【京都・平等院/雲中供養菩薩像(1053年)】鳳凰堂中堂母屋内側の壁上に架けられた、52体の菩薩像。仏師定朝と工房仏師100名以上により造立。鳳凰堂は現世で栄華を極めた藤原氏が来世での幸福を願い建築した阿弥陀堂である。
【京都・広隆寺/弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)(飛鳥)】昭和35年に拝観した大学生が像に触れ、右手薬指破損。断片をつないで修復済み。肉眼では破損の判別不可。ドイツの哲学者、ヤスパースに「人類が作り上げた最高の美」と絶賛された像。
【京都・広隆寺/弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)(飛鳥)】教科書にも「弥勒菩薩半跏思惟像」として必ず掲載される、国宝彫刻の第一号。制作の詳細は不明だが、当初は金箔の貼られた像であったようです。147cm。
【京都・六波羅蜜寺/空也上人像(鎌倉)】運慶の四男康勝の作。胸に金鼓、右手に撞木、左手に鹿の杖をつき、膝を露に草鞋の姿。「南・無・阿・弥・陀・仏」と念仏を唱えた所、念仏に応じて六体阿弥陀が現れた伝承を具現化した写実彫刻の傑作
【奈良・東大寺/不空羂索観音立像(747年)】法華堂本尊。乾漆造。不空羂索観音像としては現存最古。厳格で男性的。頭上の宝冠は銀製の化仏を配し、数多くの宝石や透かし彫りで飾る舟形の豪華なもの。民衆を救うための羂索を左手に持つ。
【京都・三十三間堂/千体千手観音(平安~鎌倉)】千体立像が揃ってみられるのは特別イベント時のみ。常に数体修復か美術館貸し出しで外出しており、不在観音の場所には看板が掲げられる。坐像の裏に千二体目の室町に作成された観音像あり。
【大阪・葛井寺/千手観音坐像(天平)】葛井寺の本尊。毎月18日しか公開されていない秘仏。像高は144.2cm、現存する千手観音像の中では最古のものの1つ。手の数は1039本にも及ぶ。
【京都・六波羅蜜寺/空也上人像(鎌倉)】運慶の四男康勝の作。胸に金鼓、右手に撞木、左手に鹿の杖をつき、膝を露に草鞋の姿。「南・無・阿・弥・陀・仏」と念仏を唱えた所、念仏に応じて六体阿弥陀が現れた伝承を具現化した写実彫刻の傑作
【大阪・葛井寺/千手観音坐像(天平)】葛井寺の本尊。毎月18日しか公開されていない秘仏。像高は144.2cm、現存する千手観音像の中では最古のものの1つ。手の数は1039本にも及ぶ。
【京都・六波羅蜜寺/空也上人像(鎌倉)】運慶の四男康勝の作。胸に金鼓、右手に撞木、左手に鹿の杖をつき、膝を露に草鞋の姿。「南・無・阿・弥・陀・仏」と念仏を唱えた所、念仏に応じて六体阿弥陀が現れた伝承を具現化した写実彫刻の傑作
【大阪・葛井寺/千手観音坐像(天平)】葛井寺の本尊。毎月18日しか公開されていない秘仏。像高は144.2cm、現存する千手観音像の中では最古のものの1つ。手の数は1039本にも及ぶ。
【奈良・中宮寺/菩薩半跏像(飛鳥)】双髷を結い、左足は踏み蓮華の上に載せる。丸みを帯びた体躯は女性的。瞳は彫られておらず、上瞼の下にできる影によって伏目がちに見せる。口元の両端はぼかされ、頬に自然につながるような表現技法をとる。
【京都・広隆寺/弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)(飛鳥)】昭和35年に拝観した大学生が像に触れ、右手薬指破損。断片をつないで修復済み。肉眼では破損の判別不可。ドイツの哲学者、ヤスパースに「人類が作り上げた最高の美」と絶賛された像。
【奈良・中宮寺/菩薩半跏像(飛鳥)】中宮寺本尊。像高132.0cm。寺伝では如意輪観音だが、当初は弥勒菩薩像として造立されたと考えられており、現在は「菩薩半跏像」とだけ呼ばれる。
【京都・三十三間堂/千体千手観音(平安~鎌倉)】千体立像が揃ってみられるのは特別イベント時のみ。常に数体修復か美術館貸し出しで外出しており、不在観音の場所には看板が掲げられる。坐像の裏に千二体目の室町に作成された観音像あり。
【京都・三十三間堂/千体千手観音(平安~鎌倉)】千体立像が揃ってみられるのは特別イベント時のみ。常に数体修復か美術館貸し出しで外出しており、不在観音の場所には看板が掲げられる。坐像の裏に千二体目の室町に作成された観音像あり。
【奈良・中宮寺/菩薩半跏像(飛鳥)】双髷を結い、左足は踏み蓮華の上に載せる。丸みを帯びた体躯は女性的。瞳は彫られておらず、上瞼の下にできる影によって伏目がちに見せる。口元の両端はぼかされ、頬に自然につながるような表現技法をとる。
【京都・広隆寺/弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)(飛鳥)】教科書にも「弥勒菩薩半跏思惟像」として必ず掲載される、国宝彫刻の第一号。制作の詳細は不明だが、当初は金箔の貼られた像であったようです。147cm。
【京都・三十三間堂/千手観音坐像(鎌倉初期)】平安時代の大仏師、湛慶の作。左右を千体の観音立像に囲まれ、およそ3mの美しい金色の姿をみせている。鎌倉期の再建時に84才で亡くなる湛慶が、その2年前に完成させた大作。
【奈良・興福寺/八部衆立像(734年)】乾漆造、彩色。鎌倉時代に補彩。十代弟子像と同一工房作とみられる。戦闘神の阿修羅が少年のような風貌で憂いを帯びた静かな表情なのは、懺悔し、仏法に帰依した姿を表現したためと解釈されている。
【奈良・興福寺/八部衆立像(734年)】西金堂に安置された群像の一部。各像150cm前後。通常の八部衆とは一部像名が異なり、五部浄、沙羯羅、鳩槃荼、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、畢婆伽羅の8躯。五部浄は大破し、上半身のみ。
【奈良・中宮寺/菩薩半跏像(飛鳥)】中宮寺本尊。像高132.0cm。寺伝では如意輪観音だが、当初は弥勒菩薩像として造立されたと考えられており、現在は「菩薩半跏像」とだけ呼ばれる。