そんな訳でナギサを迎えに行く事になったので透明化の魔法と加速の魔法を唱え、全速力でナギサの元へと向かう。まさか先生がこんなに動こうとするとは思わなかったので仕方ないが、こんな事になるのならナギサも補習授業部のところで寝泊りさせておけば良かったな。まぁナギサのセーフハウスを警備していた生徒を寝かせっぱなしにしていたので、ナギサを帰さないわけにもいかなかったのが一因ではあるのだが。
そんな小さな後悔を胸に秘めながらナギサの居るセーフハウスまで辿り着く。ナギサは既に外で待機しており、玄関前で待っていた。私は透明化しているのでまだナギサはこちらに気付いていない。
「――ナギサ、待たせたな」
「ひゃあっ!?――び、びっくりさせないでください。あ、あれ……?どこからお声をかけていらっしゃるのですか?」
「目の前にいるぞ。ほら」
そう言ってナギサの肩を叩くと、ナギサ視点からでは何も見えていないのに肩に感触があった事でビクっと体が強張るが、私だと分かると次第に力が抜けていった。なんだか警戒する小動物みたいでかわいらしいな。
「ほ、本当に目の前にいらっしゃるのですね……それも貴方の魔法なのでしょうか?」
「そうだ。今からナギサにも同じ透明化の魔法をかける」
お互いに透明になった事で位置を確認出来るようになり、ナギサも私の姿を捉えられるようになった。
「私の存在はまだアリウスや他のトリニティ生徒にバレる訳にはいかないからな。外で活動する時はこうしているんだ」
「そういう事でしたか。――これから、ミカさんとお会いするのですよね」
「不安か?」
「正直、少しだけ……」
モモトークの返事もすぐに来ていたし、深く考えすぎて寝付けなかったのだろう。
「先ほどアリウスの者をこちらに引き込んだ。こちらへ来る少し前に知った事なんだが、その子がミカと直接内通していてな」
サオリから聞いたミカの様子をナギサにも伝える。ミカの行動の始まりはアリウスの和解だったことを知ったナギサは複雑そうな表情を浮かべた。
「ミカさんは本気でアリウスと和解したがっていたのですね……。もう少しミカさんのお話を聞くべきだったのかもしれません」
「セイアも同じ事を言っていたな。――しかし、ミカの想いを否定するわけではないが、ナギサの視点から見てアリウスとの和解の話はそう簡単に頷けるものではない。そこに関しては仕方のない事だと私は思うよ」
そもそもアリウスは既に歴史の片隅に追いやられた学校であり、トリニティの一般生徒は既にその名を知らない者の方が多い。今もその名を知っているのは歴史に詳しい者だったり、派閥のトップやシスターフッドくらいのものだという。言ってしまえばトリニティにとってアリウスと和解するメリットは非常に少ない。エデン条約であれば、怨敵であるゲヘナと無用な争いを止められるというメリットがある。だからこそお互い憎み合いつつも、トリニティ内においては反対意見こそあれど、条約の締結まで漕ぎつけられる程度に納得している者が多いという証左でもあるだろう。
「それに、手遅れという状況でもない。これからゆっくり対話してもう一度お互いに歩み寄れば済む話だ。ナギサならきっと出来る」
「――はい。ありがとうございます」
「ではそろそろ向かうとしよう。向こうはもうミカをセイアの携帯から呼んでいるはずだ。死んだはずの人間から連絡が来て今頃ミカは大慌てだろうからな」
「確かにミカさんなら真っ先に確認しに行きそうですね」
そもそも今回の問題の発端も彼女の独断専行。つまり直情的に行動した結果引き起こされた悲劇だ。そんな性格の彼女がセイアから連絡を貰えば内心はどうあれ一に二もなくすっ飛んで来るはずだ。
「では抱えるぞ。私が君を運んだ方が早いからな」
「は、はいっ」
ナギサの許可を得て横抱きにする。しっかり捕まるように言い、そのまま全速力でセイアの元まで急行する。
「は、はやっ!早すぎます――!」
「喋るな、舌を噛むぞ。今の私達は透明状態なのだから、何もない所から声を聞かれたりすればここら一帯が心霊スポットになってしまうぞ」
私の言葉を聞いてナギサは声を抑えながら必死に私の首にしがみついている。そんなに怖いのだろうか?以前ヒナをアビドスに運んだ時もこれくらいの速度だったが、ヒナは順応していた。だから大丈夫かと思っていたのだが、この辺りは個人差か。
そんな事を考えながらミカを呼び寄せた場所の近くまで辿り着いたので、一旦立ち止まりナギサの様子を窺う。
「ほら、着いたぞ。大丈夫だったか?」
「――セ、セイアさんの運転を思い出しました。初めてのお姫様抱っこがこのような思い出になるなんて……」
セイアは運転が出来るのか?羨ましいな。私も車が欲しいと思っているが、未だにそのような機会には恵まれていない。
「それは悪かった。――そろそろ降ろすぞ」
「お待ちください。お詫びとしてもう少しこのままでお願いします。あ、ですが走らないでくださいね?」
それは構わないが、以前ヒナを横抱きにした時にはこの状態のまま合流してしまったせいでヒナに思わぬ羞恥を与えてしまった。なのでそうなる前に降ろそうと思っていたが……。
「……今、他の女性の事を考えましたか?」
「い、いや、前に似たような状況があってヒナを横抱きにして運んだんだが――」
ナギサの雰囲気が少し冷たいものに変わりかけていたので、その時の事を正直に話す事にした。すると最初は不満そうな顔だったのだが、横抱きのまま合流するのは自分も恥ずかしいようで最後には納得してくれた。
「で、ではみなさんとお会いする直前に降ろして頂けると……」
「了解した。私も今のタイミングでミカと会うつもりは無いからな」
せめてミカの状態が落ち着いてからにしなければ話が拗れてしまう可能性がある。なので暫くの間はミカに気取られないように裏から様子を見るつもりだ。
「というわけだからナギサもミカに会っても私の存在は秘密にしておいてくれ」
「分かりました」
そうしてナギサを抱えながらセイア達の元へ向かう。しばらく歩いていると、何やら喧騒が聞こえてくる。というより、誰かが叫んでいるようだが、聞き覚えの無い声だ。
「この声は――ミカさん?ですがいつもより甲高いような……」
「既にミカはこちらに来ていたか。本当にすっ飛んで来たんだな」
少しナギサと話して時間を食ったとはいえ、出発してから十分程度しか経っていない。声が高いのは感情が昂ぶっている証拠だろう。今はナギサも姿を見せず一旦様子見に徹した方が良いかもしれない。そう考えて先ほどより慎重に歩を進めようとしたその時――
「セ、セイアちゃん!も、もうゆるして――あっ♡」
「「――」」
「だ、だめっ!もう産みたくな――あぁっ♡」
なるほど。そういう事か。
「一人で納得しないでください!も、もしかして――」
「あぁ。セイアに出発の間際に鞭を貸して欲しいと言われてな。折角なら自分でもやってみたくなったらしい」
私が調教するより遥かにマシなのでは?と思って快諾したのだ。ついでに絞首台も貸してある。役に立ったようでなによりだ。
「ミ、ミカさんまで――!い、いえ、よく考えたら貴方があのような事をして更に他の女性を増やされても嫌ですし……セイアさんが行うのであれば問題はない、でしょうか……?」
媚薬は渡していないのでミカがセイアに好意を持つ事も無いだろう。悟りを開いた場合にはその限りでは無いかもしれないが。
「しかしよくもまぁミカをこんな短時間で拘束出来たものだな。先生の指揮の賜物か?」
「どうなんでしょう……。ともかく、ミカさんの元へ参りましょう。今のセイアさんはちょっとお元気すぎてミカさんも過剰に被害を受けているかもしれません」
まぁ確かに。ミカに仕返し出来る日を待ち侘びていたみたいだからな。テンションが上がりすぎてやりすぎている可能性はある。とはいえこれで罪の清算が出来ると考えれば安いものだろう。卵を産むだけなのだから。
そうしてナギサを降ろして念の為透明化の魔法を自分にだけかけてセイアの元へ向かった。そこでは先生がなんとも言えない微妙な顔立ちをして成り行きを見守り、ミネもまた似たような顔をしてミカの痴態を見届けていた。サオリは真剣な表情でミカを見守っている。
「セイアさん!そのくらいにしてあげてください。ミカさんが泣いていますよ」
「え――?ナ、ナギ……ちゃん?」
「ミ、ミカさん!ご無事ですか!?」
「ナギちゃん……私、もうお嫁にいけない……」
「よそ見とは余裕だねミカ。それともまだ足りなかったかい?」
「ま、まってセイアちゃ――んあっ!♡も、もうゆるしてぇ……」
「そろそろ勘弁してあげようか。しかし、有精卵を産まなかったね。これでは彼に喜んでもらえないじゃないか」
いや別に有精卵は絶対に欲しいものではないぞ。記念になるかと思って何となく取っておいてあるだけだ。変な勘違いをしないで欲しい。
「うぅ……ごめんなさいセイアちゃん……産めなくてごめんなさい……」
「ふむ、反省はしたかね?」
「しました……ごめんなさい……」
「君を赦そう、ミカ。これで君の禊は終わりだ」
一件落着のようだ。何事もなく終わって良かった良かった。
**********
「さぁミカ。絞首台から降ろすからじっとしていてくれたまえ」
「う、うん。あの、セイアちゃ――」
「焦る必要は無いよ。君の聞きたい事は分かっているつもりだ。しっかりと言葉を交わそうじゃないか。お互いに、三人でゆっくりとね」
「――うん。ありがとうセイアちゃん。ごめんね」
「赦すよ。何度でも赦すさ。――ふふっ、これが調教なのだね。中々気持ちが良いじゃないか。しかし、やはり私は彼にしてもらう方が好きだね」
「さっきから言ってる彼って、もしかして先生の事?――え、せ、先生って、こ、こういう趣味だったの?ちょ、ちょっと予想外、かも……」
マジかよ先生最低だな。やっぱり生徒の脚を舐める人は考える事が違うな。
「違うよ!?私じゃないからね!?ほ、本当に違うからね!?」
「セイアさん。あの方はまだ存在は伏せておいて欲しいって言ってましたよ?」
「……すまない。すっかり失念していたよ。これはお仕置きをもらってしまうだろうか」
期待するような顔で言うな。トキと同じタイプなんだからお仕置きにならんだろうに。まぁミカの様子を見るに私の存在を出しても問題ないかもしれない。ミカもまたナギサと同じくセイアの死亡報告から精神状態が崩れてきていた。であればセイアの無事を確認出来た時点でミカの中で心の支えとなるものが出来たのかもしれない。内通していたサオリが一緒に居たというのに何故か絞首台に捕まっていたところから見ても、セイアの事で頭が一杯になっていたのではないだろうか。既に正気に戻り始めているのでそろそろサオリへの言及も来る頃だろう。
「ナギサがここに居るのなら、姿は見えないがどこかにいるのだろう?」
「あぁ、居るぞ」
透明化の魔法を解きながら姿を現す。素直に出てくるとは思わなかったのかセイアは少し驚いている。
「――ぇ?この人、ゲヘナの――ま、待って、そこにいるのって――錠前、サオリ?ど、どういう状況?」
「やはり気付いていなかったか。久しぶり、という程でもないな。だが、こちらも色々あったんだ」
「え?それって――つまり」
「私達の計画はとっくにバレていた。そして、この人によって今私達は集められている」
「――はぁ、そっかぁ。という事は先生が呼んだんだ?流石に今の時期にゲヘナを呼ぶわけないと思って油断しちゃってたなぁ。……あれ?でも――」
どうしてこのゲヘナの人が私達の計画を知ってたの?と当然の疑問を口にするミカ。まーたこの辺りの情報共有を一からしなければならないのか。私がもう一度説明するのも面倒だし先生にでもぶん投げるとしよう。
「とりあえず、説明は先生に一通り任せるぞ。私は私でこれからやらなければならない事があるから今日は席を外す」
「それは構わないけど、何をするの?」
あれから少し考えていたのだが、もしサオリに追手を差し向けてくるのなら、今の深夜帯に人を動かすのが最も隠密に適している。であればサオリが行方不明になった原因の一番の容疑者であるアズサに接触を図る可能性があるので、それらに警戒する為に夜明けまで見張りをする事にしたのだ。そしてもしバカ正直に追手を差し向けてきたのなら、その追手はカタコンベの道順を知っているという事になるので情報も手に入る。
「そういう事なら私にも手伝わせてくれ。徹夜なら私も慣れている」
「必要ない。それに、まだサオリのやりたい事も出来ていないのだろう?そっちを優先しろ。そして今日はゆっくり休め。明日はアリウスが大きく動く事になるのだからな」
私であれば戦争依頼で数日戦い続けられる程度には体力が有り余っている。今日一日見張りをしたくらいでは何の支障もない。
「――分かった」
「ミサキとヒヨリにもよく休むように伝えておいてくれ。ナギサとセイアも、ミカと話したい事は色々あるだろうが、徹夜する程の長話はしないようにな」
「気を付けるよ。それじゃあ鞭と絞首台、それとミカの産んだ卵を渡しておくよ。数は少ないし有精卵も無いのが心苦しいところだが」
「えっ」
「私も今日はこちらで睡眠を取らせて頂きます。セーフハウスの警戒網は既に解いてありますので」
「分かった。ではお先に、おやすみ」
「えっ、私の卵……えぇ!?」
別れる前に先生にどんな過程を辿ってセイアが調教するに至ったのか聞いてみたところ、ミカはセイアが連絡して数分でこちらへすれ違った者全てを轢殺するかの勢いでやってきたらしい。そしてセイアの顔を見た途端に力が抜けたのか手に持っていた銃を落とし、そのままへたり込んで「良かったぁ……」と呟いていたとの事。その様子を見たセイアはミカにゆっくりと近付き、優しく彼女の名を呼びミカがセイアと目を合わせたところで容赦なく顔を一発ぶん殴った。大変すばらしいですね。
ミカは状況に理解が追い付かぬまま顔を白黒させていたところでセイアは絞首台を用意しそのまま容赦なく拘束し、ミカを鞭でしばき上げたらしい。ミカも最初は自分が絞首台に吊るされた時に状況を理解したようで、抵抗する素振りを見せる事は無く、むしろこれからセイアから受けるであろう報復を受け入れる姿勢だったようだが、鞭でしばかれ卵を産んでしまった事に気付いてからは雰囲気が一変し、セイアに許しを乞う様になっていたという。
流石に卵を産まされるのは予想外だったか。ならば普通に殴るよりも効果はあったわけだな。ほんの出来心で貸してみただけだったが、聞いていた限りただ殴るだけではミカはそれを受け入れて終わっていただろう。そうなればセイアもすっきりしなかった可能性が高いので、私の判断は間違っていなかったようだ。やはり調教――調教は全てを解決する。
**********
ティリス民がセイア達の元を離れ警邏に移った後、残された者達は先生が使っている部屋まで戻っていた。ここに居る者達の表情は様々だ。セイアは自分の目的を達した事で満足したようで顔がツヤツヤとしており、非常に満足そうな顔をしている。ナギサは気づかわしげにミカの様子を探っているが、ナギサはまだミカとロクに和解出来ていない。その不安が残っているのか表情は少し暗い。サオリの表情はマスクをしているので確証は持てないがどこか硬く、緊張している様子だ。ミネは自分がここに来てから何も出来ておらず、その事を気にかけているようで、少し気落ちしている。そしてミカは自分を心配してくれているナギサの様子を見て気まずそうにしている。先生は各々の生徒の様子を見ながら何から話すべきか慎重に心の中で吟味する。
「とりあえず……ミカ、大丈夫かい?」
「う、うん……先生にあんな姿見られたのはすっごい恥ずかしかったけど……」
その言葉に先生も些か居心地が悪くなってしまうが、セイアに鞭を貸していたとはさしもの先生でも予想だにしていなかった。ティリス民が居ないあの状況であれば調教などされるはずがないと油断してしまっていた。しかし先生はティリス民と関わってから一度も彼の行動を予測できたことはなかったなと思い直し、ミカに言葉を返す。
「ごめんね?私もあんな事になるとは思わなくて」
口から出てきたのは言い訳にもならない言葉だったが、これもまた本心なので取り繕う事も出来ない。ミカは先生の言葉を信用してくれたらしく、そのままミカは質問を返す。
「えっと、とりあえず状況を教えて貰っても良いかな?私が黒幕でしたーっていうのはもう先生達にバレちゃってるみたいだけど……」
「そうだね。じゃあまずは一から説明する事から始めようか。――ナギサもそれで良いかい?」
「はい、構いません」
ナギサがミカと話したそうにしてはいるが、かける言葉を見つける事が出来ていない様子が見て取れる。そんなナギサを見たミカもまた気まずさ故にあえてナギサに声を掛けない様にしている。先ほど調教を受けていた時にはお互い平常心と言えなかったのでちょっとした会話は出来ていたが、今はそれも難しい。それならばまずは事情を説明している間に二人に心の準備をさせようと考え、先生はミカに今までの自分たちの行動と、ティリス民が裏で動いて手に入れた情報を順番にゆっくりと話した。
「アリウスが学ぶ事すら出来ない環境だっていうのは分かってた……でも、ベアトリーチェなんて存在が居たなんて知らなかったな……」
「……ミカ。私は――」
「あ、ごめんねサオリ。責めてるわけじゃないの。私にそんな事をする資格なんてない」
「だが、ミカがこうなったのは紛れもなく私のせいだ。すまない」
「ううん。私が身勝手に動いたせい。セイアちゃんに危害を加えようとしたりしたのも、ナギちゃんに同じ事をしようとしたのも、紛れもない私の意思だから――巻き込んでごめんね」
「二人共、あまり自分を責めすぎないで」
「「先生……」」
「サオリはベアトリーチェという存在によって心も、思想も全部捻じ曲げられた上にアツコを盾に言いなりにさせられていただけ。それは他のアリウスの生徒も同じ」
「ミカは――うん、ちゃんと反省はしようね。それに、まだ取り返しがつく範疇だよ。ミカの隣を見てごらん?二人が君を責めるように見えるかい?」
先生に促されるままミカは両隣に居るナギサとセイアを見る。ナギサはぎこちないながらもミカに微笑みかけ、セイアは謎のどや顔をかましている。ティリス民であればどや顔の意図を汲み取れたかもしれないが、先生とミカにはその意図が分からず若干困惑する。
「ま、まぁセイアは置いておいて、まずはナギサと話をしてごらん?」
暫し二人が顔を合わせ、お互いにどちらから声をかけるか探り合う事少し――。狙ったかのようにナギサとミカが全く同じタイミングで名前を呼び合い、互いに顔を赤くしながら慌てふためいてしまう。
「そ、その――ミカさんからどうぞ?」
「いやいや、ナギちゃんからどうぞ……!」
お互いしばらく譲り合う展開が続き、先生はそれを生暖かい目で見守っていたのだが、セイアはしびれを切らしてしまったらしく、その会話にメスを入れた。
「コントでもしているのかい?さっさとミカから動機を語りたまえ」
「「うっ……」」
そうして落ち着きを取り戻したミカは今回の件を振り返るように話す。
「最初はね、本当にアリウスと和解がしたかったの。それでついでにセイアちゃんに嫌がらせをしてやろうって思って――そこから全部ずれちゃった」
そこをきっかけとしてミカはおかしくなってしまった。犯してしまった罪の正当化を図ろうとしてゲヘナへの憎しみを盾にエデン条約を締結しようとしているナギサをも手をかけようとしていた。そうして歪んだ自己の正当化をしなければ罪の意識に耐え切れなかったのだろうと先生は察する。
「ごめんね、ナギちゃん。大好きな幼馴染なはずなのにこんなくだらない事で傷つけようとしちゃって」
「はい、赦します。ですが、くだらないなんて仰らないでください。私もミカさんの話をもっと沢山聞いておくべきでした。ごめんなさいミカさん」
「その点については私も謝罪すべきだろうね。もっと私達が君の話に耳を傾けていれば、今回の事は防げたのだから。すまなかった、ミカ」
「二人が謝る事なんて――ううん、ありがとう二人共。大好きっ」
「それに私は既にミカをぶん殴って卵も産ませたからね。すっきり爽快さ」
雰囲気を壊すかのようなセイアの発言にミカは先程やられた事を思い返し微妙な顔をする。
「セイアちゃんってこんなんだったっけ……?もっと前は陰湿な感じだったのに、今はなんだかおかしくなってない?まっ、今も昔もムカつくのは変わりないけど☆」
「ははっ、まさか敗者の言葉がここまで響かないものとは思わなかったね。実に気分が良いよ。どうだい?憎きゲヘナの彼にしてやられた気分は?」
「そうだよ!なんなのあの人!?私の計画全部バレてるし卵は持っていかれちゃうし!」
「ミカさん、落ち着いてください」
「ナギちゃんもセイアちゃんもなんだかおかしいよ!あのゲヘナの人が来てからそうなっちゃったの!?」
そう聞かれたナギサは顔を赤くしながら顔を背け、セイアは誇らしげにその言葉を肯定する。そんな様子を見たミカは愕然とする他ない。
「う、うそでしょ――?セイアちゃんはどうでもいいけど、ナギちゃんまで――やっぱりゲヘナはきらい!ナギちゃんは渡さないんだから!」
「おや?彼も君のゲヘナ嫌いを察していたからこそ裏で動き、今もこうして姿を見せない様にしながら私達をサポートしてくれているというのに、随分と恩知らずなものだ。君の事も心配してくれていたのに、彼も報われないね」
「うぅ~~~!でもそれとこれとは別!ナギちゃんに相応しい人かどうか見定めなきゃ!」
「はぁ……。君も彼に堕とされたとて文句は言わないことだね」
「そ、それは困ります。ミカさん、お会いする必要はありませんからね。お付き合いする方は自分で決めますので」
「ナギちゃん本気!?ゲヘナだよ!?ゲヘナなんだよ!?私の卵持ち帰っちゃうような人なんだよ!?心配とか言ってたけど卵産ませるような事を容認する人だよ!?というか卵を産むって意味が分からないよね!?」
ここに居るメンツはゲヘナに対する憎しみはそれほど強くないか、そのような価値観を破壊された者しかいないのでそこを引き合いに出しても意味は無い。卵どうこうに関しては誰も何も言い返せない。あの先生ですら卵の話題が出れば苦笑いを浮かべる事しか出来ない。未だにここに居る誰もがティリス民の持つ不可思議なアイテムを理解しきれている者は居ない。
「それは君の心配よりも私の事を優先してくれているからだね。愛されふぉっくすですまない」
「もー!これなら小難しい事ばっか言ってたセイアちゃんの方がマシだよ!」
「言葉よりも力の方が大切だと悟ったまでさ。彼のおかげでね」
「退化してるじゃん……それもう野蛮人だよセイアちゃん……」
その後もしばらく三人は姦しく会話を繰り広げていた。先生は普段の彼女達の雰囲気を知らないのでこれで元通りなのかは分からないが、それでも三人に笑顔が戻ったのを見て一先ずの安心を覚える。
「――――」
「サオリ?どうかした?」
サオリが感慨深そうに三人を見ており、その様子に気付いた先生が尋ねる。
「いや、アリウスにもいずれこうして笑える日が来るのだろうかと考えていただけだ」
「――そうだね。すぐには難しいかもしれない。でも、きっと心から笑えるようになる日が来るよ。そうなれるように私達が居るからね」
価値観を破壊されたとはいえ前を真っ直ぐ向いて歩けるようになるには時間がかかるだろう。未だサオリ達を取り巻く状況は変わっていない。全てはこれからなのだから。
「あっ!サオリちゃんとミネ団長は大丈夫だよね!?あのゲヘナの人に変な事されてない!?」
いつの間にやら更にヒートアップしていたミカが一縷の望みをかけてミネとサオリに声を掛ける。
「は、はい。彼の手段は中々独特で果たして容認すべきなのか迷う事もありますが、救護の意思は感じますので」
「ちゃん……?いや、私も問題ない。あの人には感謝している」
二人が否定しないを確認するとミカは「なんで私だけこんな目に……」と悲嘆に暮れるが、セイアがそれをフォローするかのように自らは彼の手によって調教され、サオリもまた彼の調教を受けた事を話す。聞かされたミカはまさに宇宙猫の表情をして固まっている。何故あのような仕打ちを受けてそこまで真っ直ぐな好意を向けられるのか理解が及ばなかったのである。
「意味が分からないよ……」
先生は表情に出さないが心の中でミカに対して同意を強く示した。ティリス民には感謝しているし生徒に対して絶対に害を与える事は無いと信じてもいる。結果的に生徒の為にもなる事をしているのは百も承知なのだがそれでも抗議したい事は山のようにある。過程に些かの問題があるのだ……!それでも上手い事理論武装を重ねられて言うに言えない状況にされるので先生としては困りものだ。そのような事を考える内にサオリとミネも三人の会話に参加していた。これもまたティリス民の尽力によるものなのでとりあえずは考えるのをやめ、先生は彼の協力に感謝する事にした。
「そういえば彼は結局カタコンベをどうやって攻略するつもりなんだろうね」
先生も会話に参加し暫く経った頃、ふと思いついたように疑問を呈する先生。やはり知り合って間もない生徒が多いせいか心当たりはなさそうで皆考える仕草を取る。――セイア以外は。
「順当に考えるならば、メテオでも降らせるのではないだろうか?」
まさか――と先生は思うが、確かにあれなら超広範囲に対して爆撃出来るし迷宮だろうが関係なく破壊し尽くせる。しかし万が一生徒に巻き込めばタダでは済まない。
「メ、メテオ……?メテオって、隕石的な――?そんな事出来るのあの人?」
ミカが信じられないような表情をしているが、彼の魔法をまともに見たことの無い先生とセイア以外の者も同じ表情をしている。そこでセイアと先生はどの程度ティリス民が戦えるのかカイザーとの争いを掻い摘んで聞かせる。
「ヒフミさんから聞いてはいましたが、本当だったのですね。信じていなかったわけではありませんが、信じがたいものではありましたので……」
「驚嘆すべきはあれで彼は未だ本気ですら無い事だね」
「わーお……本当に意味が分かんないね」
「君も似たような事は出来そうだがね」
「セイアちゃんは私の事なんだと思ってるの?」
またも二人のじゃれ合いが始まるが、もう既にこの短時間で他の者は慣れたのか二人を余所に会話を続ける。
「今はあの方が警邏してくださっておりますので、もしそこでアリウスの生徒が捕まればメテオが放たれる事は無くなるのですが――」
カタコンベはトリニティ的には歴史的価値があるものなので、出来れば破壊されたくはないと言うのが本音だ。しかしナギサの乙女心的には、アリウスの生徒が捕まり情報を得る=彼に寄り添う女性が増えるという事になってしまうのでそれも避けたいと思ってしまう。
「ふむ、ハナコが今アズサ達からカタコンベの今までの正解のパターンを聞き出して法則性を見出そうとしているところだ。彼女の成果が今日中に出る事があれば何とかなるかもしれないね」
それでもベアトリーチェがアリウスの生徒を差し向けていれば他の女が増えるのは変わらないが、と付け加えるセイア。ナギサと先生は増えないで欲しいと願う。前者はライバルを増やさない為に。後者は被害者を増やさない為に。そんな願いも虚しく――
「ただいま戻った。雰囲気が明るくなったように感じるな。気のせいでなければいいが」
先生以外の男性の声が聞こえ全員がそちらへと振り向く。そこには普段と変わらぬ佇まいでいるティリス民ともう一人――黒髪のショートの生徒が隣に立っていた。一見はミサキと見紛うほどに表情や髪型は近いが、服装や携えている銃が違う。ミサキはミサイルを持っているが、彼女が持つ銃はARだ。そこから導き出される結論は一つ。
――増えた。
全員の心が一致した瞬間であった。
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ティリス民に連れられて来た子は一体誰なんだ……!?