3-3-6.恐怖を無化する無が、有る。
死は、普通には大きな恐怖となるが、自殺者は恐怖の死が平気となる。絶望して、もう守るものなど何もないと見なせば、死も恐怖ではなくなる。人間は、「本来無一物」で、なに一つ執着し守るべきものはないのだと心底から納得できれば、守るべきものへの危険はなくなり、危険がなければ、恐怖もなくなる。
仏教では、執着するエゴを脱した「無我」を求める。さらに対象世界も、自分の作り出した妄想からなり、これも本来、「空無」だと見る。確かに、音や色彩からなる世界は、耳や眼の内側の主観のうちで自分の作り出したものなのに、客観世界にあたかもそれらがあるかのように見なしている。危険にしても禍いにしても、自分の作り出した妄想、杞憂であることが少なくない。自己を無にし世界を無と観じれば、こころにひっかかるものはなくなり、危険も恐怖も無化していくことであろう。『般若心経』に、「心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖(心にひっかかりさまたげるものが無く、ひっかかりさまたげるものが無いが故に、恐怖の有ることが無い)・・」と教える通りであろう。
戦いで「捨て身」をいう。身を捨て、守るべきものをなくすれば、守るべきものへの危険がなくなり、恐怖がなくなって、大胆・果敢に戦えると。中国の兵法に「死地」をいう。死ぬ以外ないという絶望的状況の「死地」にたつと、実は果敢に戦えるのだと。「背水の陣」で有名な韓信は、これで勝利を得た。韓信の漢の軍勢は2万、敵の趙は20万の大軍で、勝ち目はなかった。韓信は、兵を「死地」に立たせることにし、川を背にして布陣した。漢軍は、後ろは大河で水死があるのみ、前は趙の大軍で戦死を覚悟する以外ない状況におかれて、捨て身になり壮烈な戦いを展開することになって、なんと勝利したのだという。
日本の軍人は、勇敢だったとの定評がある。その要因には、軍人への社会的な高い評価と自らの大きな使命感とともに、こころのうちに「死地」を叩き込まれていたことがあった。「生きて虜囚の辱めを受けず」ということである。捕虜になって生き延びて帰っても、スパイや非国民扱いで自決が迫られたりしたようで、背後が死や死以上の屈辱なら、敵と大いに戦って名誉の死をという覚悟である。「背水の陣」「死地」を各兵士が心にもっていた訳である。太平洋戦争の末期、日本軍は米軍の圧倒的な物量の前で南の島々で悲惨な戦いを繰返したが、日本軍の勇敢さに米軍は大いに恐怖していたと言われる。「犬死」でもよい、敵に勇ましく挑み、砕け散ることができれば本望と、『葉隠』の「死狂ひ」を地でいった。「虜囚の辱め」とともに、かれらは、さらに別の「死地」に置かれていた。後方からの支援が一切なくなり、砲弾もなく飢え死にする以外ない状況になっていたのである。むざむざと勇士たちを飢え死になどという情けない死地に追い込んでしまった軍首脳部の無謀・無策は、万死に値するものであったといわねばならない。
12/02/06
カテゴリー:勇気について