声量もバッチリだった
予定と予定の間に、目についた街中華に入った。
街の外れにある、人通りの少ない路地にあるお店。
軒先に原チャリが1台停まっている。荷台に岡持ちの揺れを軽減するための空気ポンプが付いている、使い込まれたホンダのスーパーカブ。東京フレンドパークでしか見たことのない、どう見ても出前用の原チャリ。
店前のショウウィンドウには、同じく使い込まれた食品サンプルが並んでいる。青みがかったラーメンと、全体的に赤茶けているがためにグリンピースの緑が必要以上に映えているチャーハン。
持ち手部分がものすごく小さい引き戸をグッと力を込めながら三度にわたって段階的に引き開けて、店の中に入った。
完全にイメージ通りの街中華。
天井の隅にテレビがめり込んだように置かれていて、何万円の壁がどうのというワイドショーがのどかに流れている。4人掛けテーブルがさいころの4の目と同じ位置関係で並んでいて、厨房前にはカウンターが3席。どの島にもザ・街中華の調味料盆(赤いフタの醤油瓶、目が詰まっているに違いないコショウ瓶、おそらくソースのボトル、その他)が置かれている。年季の入ったテーブルのふもとは電車の網棚のようになっていて雑誌が敷き詰められている。ピークタイムを過ぎたからか、お客さんはカウンターにおじいさんが1人だけ。
入店して少しだけ様子をうかがっていると、厨房を向いて座っていたカウンターのおじいさんが、極めてゆっくりとこちらを振り返り始める。振り返っている最中の時間が永遠にも感じられる。僕はその間、直立不動でその様を眺めている。こういう時は、お店のリズムに合わせるのが筋というもの。
振り返り終わった後、もう一度同じスピードで厨房を向き直し始めながら、「お客さんだよ」と厨房にいる誰かに言った。
おそらくこの方は常連さんで、僕が1人で来店してまごついているところを助けてくれたんだ。
常連のおじいさんはわざわざ立ち上がって、手でゆっくりとテーブルを指してくれたので、僕はテレビが一番観やすいテーブル席に座ることにした。
カウンターの隅に、コップごと押し付けて直接水を出すタイプのウォーターサーバーがあり、おじいさんはゆっくりとサーバーに向かって歩みを始めた。おそらく、僕に水を出そうとしてくれている。
常連さんの心遣いが胸に響いたが、そこまでやっていただくのをただ見守るわけにもいかない。
「あ、すみません大丈夫ですよ」と笑顔で言いながら、僕は彼より何倍も無駄なスピードでサーバーに闊歩し、自分で水を注いだ。
「悪いね」
と言いながら、おじいさんはまたゆっくりと席に戻った。見ると、特に何かを食べている様子はなく、スポーツ新聞を読んでいる最中のようだった。
席配置の関係で、厨房の奥がよく見えない。
声を張れば、注文は届くだろうか。それとも、待っていれば注文を取りに来てくれるから待つのが良いだろうか。初めて入るお店では、作法を探るのに一定の時間を要する。作法を崩してぐずぐずするか、もしくは店の空気を壊す行動を取ってしまったら申し訳ない。
店の奥には、どうやら女将さんがいるようだった。
こちらに来る気配はないので、僕は厨房に向かって「すみません」と言おうとした。
その時、カウンターのおじいさんがまたゆっくりと立ち上がって、僕の方を振り向き始めた。振り向き始めたというのは「振り向いた」という結果があってこそ言えるものなので後付けではあるのだが、当時の僕にもリアルタイムで「おじいさんは僕の方を向こうとしている」ということが第六感で分かった。
瞬時に、入店時のおじいさんの一連の行動が、フラッシュバックのように僕の頭を駆け巡った。こちらを向いて、「お客さんだよ」と厨房に伝えて、わざわざ立ち上がって、水を注ごうとした。そして今、僕の方をわざわざ再び振り向こうとしている。
このおじいさん、店員ではないか?
確証はない。そもそもなぜ彼のことを「お客さん」だと思っていたのかもわからなくなってきた。しかし、今となっては「店員」と「お客さん」のどちらの可能性も等しく感じられるし、1秒ごとに店員派とお客さん派で揺れ動いている。
もし間違っていたら、仮に彼が実際はお客さんだとして、僕が店員さんだと思って注文を伝えてしまったら、彼が僕の注文を代わりに店員さんに伝えてくれるかもしれない。嬉しいが、そんな厚意に何度も甘えるわけにもいかない。僕も、媒介者なしで、この店のリズムにちゃんと当事者として加わりたい。
おじいさんは、カウンターから完全に立ち上がり、今やハッキリと僕の方を向いている。店員さんだとしたら「ご注文は?」という合図にも見えるし、お客さんだとしたら「注文したら?」という促しにも見える。どっちにも取れる。答えがない。
唯一都合の良いことに、僕-おじいさん-厨房は一直線上に並んでいた。グランドスラムである。これなら、僕が厨房「の方角」に向かって注文を伝えれば、おじいさんに伝えたとも、厨房に直接伝えたとも取れる。仮におじいさんが店員ならおじいさんにすんなり注文を聞いてもらえるし、店員じゃなかったとしても厨房「に向かって」注文を伝えたという事実でギリギリ生還できる余地がある。
しかし、注意点がいくつかある。まず視線。おじいさんを直視してしまうと、おじいさんが店員ではない場合に詰む。かといって、完全に視線が合っていないと今度は、目も合わせずに注文する横柄な客になってしまう。見たとも見ていないとも取れるギリギリのポイント一点を見つめる必要がある。
さらに、声量にも注意だ。厨房に届く程度の大きさ、かつおじいさんが店員だった場合に不審ではない程度の小ささ、絶妙な声量が要求される。
チャンスは一度きり。
僕は意を決して、おじいさんのシャツの襟の中心部、のどぼとけのやや下のあたりを凝視しながらチャーシューメンを注文した。
声量もバッチリだった。
「あいよ」
おじいさんは店員さんだった。というか、おじいさんがラーメンを作ってくれた。先ほどとは打って変わって熟成された素早い手つきで、あっという間にチャーシューメンが出てきた。
緊張が抜けて、急に別のことが気になり始めた。テーブル下に置いてある雑誌は、果たしてどれくらい古い雑誌なのだろうか。井上和香が表紙だろうか。いやもっと前かもしれない。
興味を持ち始めると止まらず、試しに一つ引っ張り上げてみると、全然、先週号の「モーニング」だった。
僕はまだまだ、このお店のことを何もわかっていない。
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