マグカップ片手に深夜散歩

家の玄関に、小銭がぎっしり詰まったマグカップを置いてある。

特にこれといった理由があるわけではないが、なぜか以前から玄関の下駄箱の上、ちょうど目線の高さくらいの場所に陶器のマグカップをずっと置いていた。うすめの藍色で、赤や緑など少々目立つ色の波模様があしわられている。持ち手は小さく、指が1本入る程度。
最初のうち、マグカップの中身は空っぽだった。いつしか、外から帰ってきてポケットの中に溜まっている小銭をマグカップにチャリチャリ入れるようになって、気づいたらこんもりと銭が貯まっていた。
同じ小銭でも、ポケットの中だと「溜まる」なのに、貯金箱だと「貯まる」のは面白い。そしてマグカップはギリギリ「貯まる」の側に含まれる気がする。

こんもりと銭が貯まっている、といってもほとんどは10円玉で、ポツポツと50円玉・100円玉が混じっている程度。額は少ないがズッシリと重い。
金額ではなく小銭の量で財産の感覚を味わう気持ちが、どこか懐かしい。


夜中に、どうしてもコーラが飲みたくなった。コカ・コーラが飲みたい。
いつもは「家を出る面倒くささ」が上回って結局買いに行くことはないのだが、その日は「飲みたさ」が上回ってしまった。既にお風呂に入ってしまって、僕は縞々のパジャマ姿なのだが、こうなってしまうともう止められない。
今回のように「深夜にやむを得ず家を出て小さめの買い物をする」時、僕はできる限り最小限の装備で外に出たがる。どれだけ寒くても、靴下を履きたくないから便所サンダルで行きたい。財布を持ちたくないから小銭だけ握りしめていたい。できれば上着も着たくない。家を出るという選択をした時点で「面倒くささ」を考慮する意味はもうないはずなのに、それでも尚、少しでも装備を軽くして面倒くささを軽減したがってしまう。
流石に上着を着ないという選択は気温的にもパジャマの縞具合的にも諦め、上着は着ることにした。しかし、財布は持ちたくなかった。なんの合理的な理由もない。上着のポケットに財布は入る。でも僕は、財布を持ちたくなかった。かといって財布から小銭だけ取り出すのも、わざわざ別な「面倒」を呼び寄せているようで納得がいかない。

ということで、僕は玄関脇のマグカップを片手に、便所サンダルで近所の自動販売機へ向かうことにした。
自販機は普段あまり利用していないが、どこにあるかくらいは大方アテがつく。さすがに、コンビニ(徒歩5分)よりは近い。コンビニまで歩くのは抵抗感があるが、自販機くらいであれば許せる。
そしてお金。本来であればマグカップから100円玉を2枚くらい探し当ててポケットに滑り込ませれば良いはずなのだが、その準備行動すらも僕の中の「面倒」センサーに引っかかってしまった。深夜に自販機の前に辿り着いてから、暗がりの中でマグカップから使える小銭をほじくり出す方がはるかに「面倒」なのに、僕はマグカップを「ごと」ひっつかんで家を発った。

深夜の片田舎を、マグカップを持った男が徘徊している。
よりにもよって、カップの小さい持ち手を親指と人差し指で輪っかを作って持っている、英国紳士スタイルで歩き始めてしまった。せめてカップの尻を下から持ち上げる形の方がまだマシだった気がするが、今更持ち方を変えるのすらも「面倒」。
紳士が紅茶を飲みながら優雅に歩くかのように、小銭の重みでやや傾いたマグカップを左手でおしゃれに持ちながら、右手は冷気をかわすようにポケットに突っ込んでいる。そのポケットに、カップの中身をしまえば良いものを。
いや、そうはいっても自動販売機は家のすぐ裏手にある。誰にもすれ違うことなく、すぐ自販機の前に辿り着いて、さっさとコーラを買って帰る予定なので、持ち方がどうとか、気にする必要がそもそもない。

自販機の前に立って、コーラが売っていないことを認識した。
厳密に言うと「コカ・コーラみたいなやつ」がなかった。やたらと安くウソっぽく「コーラ」と書いてある缶はあったが、これは「コーラ」とラベルに書いてあるだけであって、コーラではない。この自販機ではコーラが売っていなかった。

僕はマグカップを優雅に持って、現在地から家を挟んで反対側にある、少し離れた別の自販機まで歩くことにした。この時点で、便所サンダルで歩くには若干の不便さを感じるレベルの距離を歩くことが確定した。家の前を通るので、一度戻って靴を履き替え、ついでにマグカップから小銭を出しても良いはずだったが、そんな二度手間を許せるはずもない。このままいくしかない。

2軒目の自販機にも、「コーラ」しかなく、コーラは売ってなかった。
3軒目は、もう一度家の前を通り過ぎて、1軒目の自販機の更に先へ今以上の距離を歩く必要がある。もしくは、今いる2軒目の自販機の先にあるコンビニへ向かうか。
つまり位置関係としては、コンビニ==2軒目自販機====家=1軒目自販機=====3軒目自販機、という具合である。もう、コンビニに行くしかない。深夜に。パジャマで。便所サンダルで。マグカップを持って。

僕はできる限り「当たり前」という顔でコンビニに入店し、まっすぐ冷蔵棚へ向かい、右手で棚を開けてそのまま右手でスムーズにコカ・コーラを取り出し、かといってレジに直行はせず、スイーツやポテチも気になる素振りを無意味に見せ、不審ではない客としての振る舞いを一生懸命演った後、コーラをレジ台に置いた。165円。レジ台のふもと、一段下にある荷物置き場に、左手に持っていたマグカップをスッと置き、できる限り素早く165円を取り出す。ダメだ、10円玉が無限に出てくる。さっきまで100円玉が見えていたのに。数秒ほど格闘した後、ようやく見つけた50円玉1枚をレジに置き、次に10円玉をありったけわしづかみにして左手に載せ、1枚ずつせっせと数えた。結果、50円玉1枚+10円玉12枚でお会計。


左手にマグカップ、右手にコカ・コーラを持ってコンビニを後にする。
便所サンダルからはみ出たくるぶしが、痛みを主張し始めていた。




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