言葉のない詩、喫煙所にて
18時。近所のコンビニ前の喫煙所。
夜に都心で人と会う予定があったので、これから電車に乗る。
電車に乗る前に、最寄り駅近くのコンビニ前で一服をしていた。
灰皿の近くにいると、いろんな人を見かける。
缶チューハイを空けながらタバコを吸うおじいさんもいる。右手にコンビニで買ったサンドイッチを握りしめて食べながら左手でタバコを吸うサラリーマンもいる。いろんな人がいる。
中でも特によく見かけるのは、身体中のポケットを手で叩きまわっている人。ズボンの両ポケット、ケツのポケット、上着のポケット、胸ポケット、の順に何度も繰り返し叩きまわっている人。マッスルミュージカルみたいに、リズミカルに。
もちろん、筋肉で音を奏でているわけではない。彼らは高確率でライターを探している。ライターをどこにやったかな、このポケットかな、それともこっちかな。あれ、どこにもないな。おかしいな。最初は焦っているような細かい動作だが、次第に叩きまわる動作が大ぶりになっていく。
大ぶりになっていく理由は、身体を叩きまわる目的が「確認」から「表明」へと変化していくから。自分はタバコに火を点けたいのにライターがない人間なので、そろそろ喫煙所にいらっしゃるあなた方のうちのどなたかに「火を借りる」お願いをする可能性が高いです、という無言の表明。この予備動作を挟むことによって、喫煙所にいる人たちが「火を貸す」ための心の準備をすることができる。基本的に喫煙所において人は"無"なので、いきなり「火を貸してください」と言われると虚を衝かれてスムーズに貸すことができない。しかし、隣にいるこの人はおそらくライターを忘れたんだなということが事前にわかっていれば、一声かけられたらすぐに無駄のない動作でスッと火を点けて彼の鼻先に向けることができる。厳密に言うと、他の人はわからないが少なくとも僕はそういう予備動作をしてから火を恵んでもらうようにしている。喫煙所にはこのような、言葉のない詩が流れる瞬間がある。
この日も、灰皿のそばで、身体中のポケットをパンパン小気味よいリズムで叩き始める人がいた。皆まで言わずとも、ライターを忘れたことがすぐにわかる。
喫煙所にいたのは彼と僕のみ。おそらく、あと5秒もしないうちに僕に声をかけるだろう。僕は右手でタバコを持ちながら左手をポケットに突っ込み、中でライターを握りしめた。声を掛けられたらすぐに、「うぃっす」と声にすらならないほとんど摩擦音だけのそっけない返事をして、左ポケットからライターを出しながら火を点けて、彼の鼻先に辿り着くころにはもう火が点いた状態にできる。彼がお礼を言いながら無事タバコに火を点け終わったら、左手は往路とまったく同じルートでポケットに滑り込ませ、同時に一瞬だけくわえタバコをしながらスッと右手を無言で上げながら合図して、また"無"に戻る。わずか数秒の間に、僕は頭の中で2-3度シミュレーションができた。淀みない。心の準備もできた。いつでも来てほしい。任せてほしい。
予想通り、数秒後に男は声をかけてきた。
「すみません」
すかさず左手からライターを繰り出そうとした。その時、
「このあたりでAirpodsを落としたんですけど」
まんまと虚を衝かれた。これは喫煙所の詩ではない。
「音が聞こえませんか?」
彼はタバコも吸わず、左手にスマートフォンを握りしめていた。僕はAirpodsを持っていないので仕組みを知らないが、おそらくiPhoneを探す的な機能でAirpodsが自ら居場所を知らせる音を発しているということだろう。
そのまま僕は、タバコの火を消して耳を澄ませることにした。幸いにも駅そばとは言っても片田舎なので騒音はなく、少し意識を向ければかすかにピピッ、ピピッという信号音が聞こえてきた。音の出どころを求めて、灰皿の裏、駐車場の脇、室外機のあみあみなどをぐるりと目で追った。僕は音の出どころを探すのが苦手で、救急車がどっちの方角からやってくるのかすらわからないことがある。探しているようで、音は頼りにせず当てずっぽうにAirpodsが落ちていそうな隙間をさらった。見つからない。
「確かに音はするんですけどね」
彼は、申し訳なさそうにしながらも堂々としていた。タバコを吸っている人にタバコ以外の用事で声をかけるのはなかなかすごいこと。しかも探し物を手伝って欲しいということだったので、僕はタバコの火を途中で消すことになっている。人を選んだ方が良い頼みだと思ったが、結果として僕は一点の曇りもなく探し物を手伝っているので、彼はちゃんと人を選んだのだとも思う。
僕はタバコの時間を見越して家を発っていたので余裕はあるものの、そうは言ってもあと数分で駅に歩き始める必要がある。
そろそろ本腰を入れて探した方が良いと思い、先ほど以上に耳を澄ませてみると、どうもコンビニではなく彼そのものから音が聞こえる気がする。
そのまま逃げようとしている人だと思われないようにさりげなく、僕は彼を中心にして円状に動き回ってみる。やはり、角度を変えても彼から音が聞こえる気がする。
「ポケットとかは見たんですよね?」
僕は、先ほど身体中のポケットを叩いている姿については目撃していないことにして、探し物時の常套句を口にした。ポケットはもう十分探した、と即答される。それはそうだ。でも、君から音がするんだ。
「上着とか、カバンとか」
消え入りそうな声で、もう少しポケットを確認しても良いんじゃないかというサインを送ってみた。彼もハッとしたようで、再び身体中を叩きまわり始めた。僕にはさっきと同じ動作にしか見えなかったが、彼にはどうやらアテがあったようで、周回の最後にケツのポケットを「トドメだ!」とばかりにターンと強めに叩いた。Airpodsはケツポケから発見された。
「ああ、良かった!すみませんありがとうございます!」
とても殊勝な感謝をされ、僕もほんの数分とはいえ仲間意識を持ち始める直前くらいまでいったので、笑顔で返した。ただ、こういう時に使える気の利いた一言をまったく準備していないことに気づいた。火を貸した後のスッと右手を上げる動作は何度もイメトレしたのに。
「じゃあ、また!」
じゃあ、また?
おそらくもう会うことはない彼に爽やかに伝えて、僕は小走りで駅に去って行った。
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