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あの銅像は泣いていた

街には、ワケのわからない銅像がたくさんある。

たとえばやや小さめの駅に降り立つと、同じくやや小さめのバスターミナルのど真ん中、徒歩ではたどり着けない謎に孤立した島に、大きな翼を生やした全裸の女性像が立っている。
大してバスも走ってないので、道路を跨いで近づいてみると、台座に「●●駅設立●周年記念事業」というサブタイトルとともに、おそらくこの銅像の名称と思われる『希望』という筆文字が書かれている。

周年事業で銅像を建てよう!と言い出した人がいて、コンセプトを考えた人がいて、予算を通した人がいて、像を彫り出した人がいる。銅像の完成時にテープカットをした人もいるかもしれない。
そうした様々なオトナのバトンリレーの果てに、この『希望』がある。

こういうのは、どこにでもある。
街のちょっと外れた場所にある大きな橋のたもとには、地元の名士の胸像が寂しげに佇んでいる。
ビルの公開空地には、名もなき子どもたちが遊んでいる群像がある。
学校には二宮金次郎の銅像がある。
どれもこれも、我々一般市民にはなんのための銅像なのかわからない。誰の銅像なのかすらわからないこともある。地元の名士と言われても。

やや理由がわかる銅像もある。
アトムの銅像、ルフィの銅像、たびたび一本毛が引っこ抜かれて小事件になる磯野波平の像。亀有にはもちろん両さんの銅像がある。
どれも記念撮影スポットになっているし、地方であればちょっとした観光地になる。銅像がゴール地点にされた「まち歩きマップ」なるものが配られ、道中にあるモナカ屋とか茶屋とかの案内がマップ内にギューギューに詰め込まれている。

銅像はみな、当然のことながら無感情だ。
両さんは「∞」みたいな口の形で張りついた笑顔を観光客に振りまいているが、それでも尚、彼の感情は伝わってこない。

バトンリレーをしてきたオトナの気持ちはすごい伝わってくる。
たぶんこち亀どころかジャンプすら読んだこともなかった人たちが、街の顔としての彼の知名度を認め、予算を通し、コンセプトを作り、置く場所を決め、区長か誰かがテープカットをしたのだろう。そこに至るまでの苦労、街の将来への小さな希望、銅像の脇で記念撮影をする老若男女に対する喜びと慈しみのちょうど間の感情。色々な気持ちが想像できる。

しかし、肝心の銅像本人からは何の感情も伝わらない。そりゃそうだ。銅なんだから。
歓迎の気持ちももちろんないし、喜怒哀楽、動けない自分を呪う気持ち、ここから出たいというラプンツェル心、それでも決して動くことができない現世の理への諦め。何もない。
ただそこに、張りついた笑顔で鎮座している。晴れの日も雨の日も。正月もクリスマスも。一本しかない毛を悪童に引っこ抜かれても。

銅像なんて、そんなもんなのだろう。
たとえ翼を生やしてもらっても、見る人に『希望』を与える力があっても、彼女自身はどこかに飛んでいきたいわけではないということなのだろう。


大きめの公園を散歩していると、僕の背丈くらいあるかなり高い台座の上で、首から上だけ空を向いたまま佇んでいる女性の像があった。
銅像によくある、両腕が造形されていない像。髪型も顔も体格も、どれも抽象的に造形されていて、ざっくりと雰囲気を掴むしかない像。今思えば銅像じゃなくて石像だったかもしれないが、まあ銅像ということで話を進めよう。

屋外の、特に公園に置かれている銅像はなぜか、鳥のフンを食らいやすい。ひどいものだと元々灰色の銅像だったのかと勘違いできるくらい、身体中で白いフンの爆撃を受け止めている。
それでも普通の銅像だったら、なんの感情も持たずに全てのフンを受け止めてくれている。そういうものだ。

しかし、その銅像は泣いていた。
顔のパーツは鼻以外は明確に造形されていないので、おそらくここらへんが眼にあたる部位だろうという具合でしか表情はわからない。台座もかなり高いので、近づいて顔をマジマジと見ることもできない。

でも、泣いていた。なぜなら、その眼にあたるであろう部位から顎下にかけて、鳥のフンが一本の筋として伝っていたから。

彼女の表情から伝わってくるものは、フンを顔に当てられて泣いている、という単純な感情ではなかった。
天を仰いで、遥か大きな空に向かって、もっと抽象的なことで泣いているように見えた。
その目線の先には、冬にふさわしい、突き抜けるほど真っ青な空が無限に広がっていた。生まれて初めて、銅像と感情を共有できた気がした。

台座のふもとには、『彼方に』と書いてあった。

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