『昔話(北へ。編)』
漫画を描きつつ、コミケに参加しつつ、ゲーム会社への就職活動を始めました。
まずは無謀にもスクエアに応募しますがなんの反応もなし。そこで次の候補だった地元のアイレムに就職しようと試験を受けました。面接では何度も「下積みからだよ?大丈夫?」みたいなことを聞かれたので、「これは採用されたな!」って思っていたのですがダメでした。(今にしてみれば生意気そうな、扱いづらいガキの雰囲気あったんだろうな~…)
なので今度は当時世の中に出始めたばかりのインターネットで自分のホームページを作り(ブラウザはNetscape、当時は絵描きのHP自体が数えるほどしかありませんでした。)、「ゲーム会社の方拾って下さい」と冗談半分に宣伝しつつ、同人活動と商業漫画を続けました。
そうして1年ほどし、20歳になったころでしょうか。僕は石川県から上京する計画をたてていました。とくに理由はなかったのですが、作家が多くいる場所で刺激を受けたい、という漠然とした思いがありました。
そんな折、あるメールが届きます。それはREDカンパニーという会社のスタッフからのメールで、一度会社を見に来ないか?というものでした。
僕は上京を決め、その足でREDカンパニーを訪れました。そこで広井さんに紹介され、はじめまして~みたいな挨拶をしてちょっと小話をしたのですが、急に「で、明日から来れる?」みたいな話に。――え?面接だったのこれ!?履歴書も出してないんですけど!?
そんなノリの会社でした。凄いなあ。
結局僕は入社したものの、特に決まった仕事があるわけでもなかったので休みがちになり、そのうちまったく出社しなくなりました。が、それでも給料は支払われ続けました。「会社って凄いな…」と思いましたが今考えても相当異常だと思います。
たまに出社すると先輩に「真面目にやる気あるの?」と説教されましたが、当然のことですね。僕自身、なんでクビにならないのかまったくわかりませんでしたから。
ちなみに漫画連載と同人活動はやってました。当時出会った作家さんからは大いに刺激を貰い、僕の創作姿勢にかなり影響を及ぼしていると思います。
1年ほどたったころでしょうか。REDから電話がかかってきて、「明日は絶対出社しろ」と。僕はいよいよクビを切られるのだなと覚悟して出社しました。浅草の会社に着くと早速会議室に呼び出されます。僕は人生初のクビ宣告にちょっとだけわくわくしつつ会議室へ行きました。
そこにはHUDSONの面々と広井さんがおり、僕を呼んでこう言いました。
「これがうちの秘密兵器です」(本当にこのまま)
――――は?
まったく状況が分からず、僕が会議の成り行きを見守っているとどうやら新しいゲームの企画立ち上げの会議らしく、僕はそのキャラクターデザイナーとして抜擢されたということらしいのです。
まってまって!そんな急に言われても!!(出社しない僕が悪い)もうクビだと思って、来月の漫画の予告雑誌に載っちゃってるよ!!(どう考えても僕が悪い)
とはいえ、1年も何にもしない僕に給料を払ってくれた広井さんに何か言えるわけもなく、念願のゲーム製作にかかわれるなら他のものは全部キャンセルでいいやという腹積もりで僕はそのゲーム制作にかかわることになりました。
北海道を舞台としたそのゲームのタイトルは「北へ。」といいました。
当然次の日からはゲームの仕事の嵐が吹き荒れることになり、僕の新雑誌でのデビューは予告だけ載ってめでたく落ちることになりました。本当にすみません…。ちなみにその予告漫画のタイトルは「黒姫」
そこから1年ほどかけて「北へ。」は製作され、僕は取材と打合せの為に何度も北海道を訪れました。僕も最初のちゃんとしたゲーム制作だったので勝手がわからず、キャラクターイラストだけでなく、いろんなことに口を出し、見学させてもらいました。すごく良い経験になりました。
ゲームが出る直前から、ドリームキャストの初期タイトルというポジションにREDの営業パワーが加わり、ド新人なのにゲーム雑誌の表紙イラストやアニメ雑誌での連載等、いろんな仕事をどんどんやらせてもらいました。これまた大きな経験値になりました。
そしてその後もう一本、犬が踊るゲームを作り、その後REDを退社しました。プライベートで非常に辛いことがあったことがきっかけでしたが、逆にずっとREDにいたらどうなっていたのだろうと思うこともあります。
(つづく)