一ヵ月半かけて漸く完成した『恋姫†無双SS』ですが、アホみたいに大変でした。まあ、採用される可能性は極めて低いのでブログにコッソリ上げときましょう。もし読んでみて感想があるようでしたら宜しくお願いします。もう、ネタがあっても話しをまとめるのが難しいです。シナリオライターは大変だなぁと関心するばかりの一ヵ月半でしたorz
さて次は、エロいバージョンでも書いてみるか。書けませんでしたorz気になっていた部分をなんとなく修正。(2008年12月6日)
<<悪戦苦闘意気消沈七転八倒賈駆のあの日>>
「……ご……さま……」
誰だろう?誰かを呼ぶ声が聞こえる。
「……ご主……さま」
ご主人様?……あいつだ。ボク達の主人。女ったらしの天の御遣い。
「……ご主人さま」
心地よく暖かな綿毛の花畑に寄り添う二人が見える。甘く蕩けた声で囁く女の子と、その華奢な肩を抱くあいつ。
「ご主人さま……」
意外に逞しい胸に、鼻先を摺り寄せるように頬を寄せながら呟く。これは誰なの?……月?あの子らしい甘え方に思える。これはボクには真似出来ないこと。
「ご主人さまぁ……」
胸の奥から湧き上がる気持ち……嫉妬?ううん、似ているけど別の気持ち……子猫が喉を鳴らすように笑いながら、女の子が囁く……ボクじゃない女の子、だから月が囁く。
「……愛してます……ご主人さま」
なんでボクには……ボクは……胸がモヤモヤする。あいつは月の頬に手をあてると、瞳を覗き込むように見つめて応える。
「俺も愛しているよ、詠。だからもう一度言ってごらん?……愛してるって」
はぁ?……月を抱きながら、いけしゃあしゃあとボクにそーゆうことを言う訳!?
「……愛してます……だからもっとボクを見て、ご主人さま」
ボクっ!?あ、あっ?……ええ!?……ボク?なんで、なんでぇ~~っ!?
「あ・い・し・て・るよ、詠。俺の可愛いメイドさん」
微笑みながらゆっくりと近づく唇。ご主人様の瞳にはボクが映る……な、なんでボクなの!?混乱している、頭を抱えたいくらいに。
「うそーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
短い悲鳴と痛み、そして何かが落ちて広がる感触。
「つっつ、つめたーーーーーーーーーーーーーひぃっ!!あわわわっ、なに、な、んがっ!?」
………気が付いたら寝台から落ちていた。額とお尻が物凄く痛い。涙でますますボンヤリした視界の横には、たぶん目を丸くしてる月が座り込んでいる。
「……おはよう、月……ゴメン、驚かしちゃった?」
オシリが痛むけど身を起こして月に挨拶。
「へぅ……うん、ちょっとだけ。詠ちゃん、おはよう……」
「うん、おはよ。転んだときに怪我とかしてない?腰は打ってない?足は痛くない?」
「……う、うん。私は大丈夫だよ」
月が立ち上がってスカートを直す。……うん。大丈夫そう、良かった。
「詠ちゃん、大丈夫?落ちたとき凄い音したよ……」
月の心配そうな声がする。よっぽどヒドイ落ち方したみたい。
「大丈夫だから心配しないの」
ううっ、まさか痣になってるんじゃないわよね。
「無理しちゃダメ……座ってて、眼鏡はわたしが取ってあげる」
月はいつも可愛くて優しい、気遣いに心が温かくなる。
「もうっ、月は心配性なんだからぁ。これくらいどうってことないわよっ!」
嬉しくなって腕を振り回し“がっつぽーず”というやつを決めてしまう。
「詠ちゃん!もう、無理しちゃダメっていってるのに……」
「だ・か・らぁ、怪我もないし、ほらっ!ちゃんと、たっ!?痛た…………っ」
痛いっ!オシリに鈍く芯まで響く痛み。慌てて口を押さえるが遅かった。
「詠ちゃんはすぐ無理をしたり、意地を張るから……」
「……うん。でも、ホントだいじょ……」
「わたし、詠ちゃんのこと大好きだけど…………自分を大事にしてくれない詠ちゃんは、キライだよ」
キライっ!?……その言葉のに意地も矜持も一瞬でへし折られる。
「っ!?……………ううっ、ごめんなさぃ。嫌いにならないでぇ、月ぇ~~~~っ」
ぷっと膨れた可愛い顔で怒る月。でもボクにそんな顔を眺める余裕はない。敗北、白旗、開城……誠心誠意を込めてゴメンなさいをする。
「詠ちゃん、はい眼鏡……」
ようやく機嫌を直してくれた月が眼鏡を渡してくれる。
「うん……ぐしゅっ」
「詠ちゃん?……お顔拭いてあげるね」
月が水を絞った布で丁寧に顔を拭いてくれる。額の傷がちょっとだけしみるけど、高ぶった気持ちが落ち着いていく。それから渡してもらった眼鏡をかけて、月の手を借りて立ち上がる。
「うう、下穿きぐちょぐちょ……布団もビショビショ……はぁ」
ズキズキと痛み始めた額を撫でながら、いつものように惨状の確認をする。ボクの寝巻きの洗濯と布団干しを仕事に追加。この濡れ方って、まるでオネショしたみたい。人目につかないところに干さないと……最悪あいつバレないように。
「あっ、あの……詠ちゃん、わたし……ゴメンなさい……」
さっきと打って変わって、しょんぼりと消え入りそうな声で謝る月。げっ、目も潤んでるじゃない!?余計な考えに気を取られ過ぎてたわ。
「水のこと?仕方ないわよ。いきなり飛び起きるなんて予測出来ないもの」
「でも、わたしがお水を机に置かなかったから……」
「う~ん。でも、ボクが顔を洗うのに用意してくれた水でしょ?それに、こ、この……くちんっ!!」
うう、何て嫌味なクシャミ。ボクってば月に意地悪してるみたいじゃない。
「詠ちゃん!早く脱がないと風邪引いちゃうよ」
ボクの葛藤に気付かないのか、躊躇なく下着ごと下穿きを脱がそうとする月。……てっ、それはイロイロと不味いっ!
「ちょっ!待って、脱ぐ、自分で脱ぐからっ!」
振りほどくように離れると、床に落ちていた手桶に狙ったように足がはまる。
「あっ……え、詠ちゃんっ!?」
驚いた月の顔が遠のき、天井が見えたとたん……暗闇に星が散った。
天蓋付き寝台の柱に打ち付けた額と、オシリにベッタリと膏薬を貼る。怪我の手当ての間にタンコブも冷やす。その後着替えをしたボク達は、布団を抱えて部屋をでる。
「ねぇ、詠ちゃん。さっきのお人形さんは何?」
「えっ!?……な、なな何のこと?」
……目敏い、何気なく胸元に仕舞い込んだのに。“めいど”服の着替えを取り出した時に、気付いたのだろうか?寝台の収納の奥に入れて忘れていた人形。ボクが粘土をこねて作ったもので、ぱっと見いびつな長方形に6つの突起……お世辞でも人形には見えないはず。一番小さな突起には紐が巻いてある。あの露天の親父め何がお買い得よ。全く、これっぽちも、役に立たなかったわよっ!まあ今となっては何もなくて良かったけど。
「…………」
「…………たっ、ただのガラクタよっ?そ、そうっ!邪魔だったから処分しようと思って」
月の問いたげな視線に耐えかねて言い訳をしてみる。今となっては用もないから処分しないと……あいつに何かあったら月が泣くし。
「……そうなんだ。でも……」
「なっ、なに?」
「……ううん。なんでもないよ、詠ちゃん」
納得はしていないようだけど……気を使ってくれたのかな?ごめんね、月。そうこうしている内に勝手口に着く。いつものように足で戸を押し開ける。
「詠ちゃん、お行儀悪いよ」
「手が空いてないから仕方ないじゃない。うんっしょ!」
布団を抱えなおして裏庭へ出たとたんに何かを踏む。うわっ、またウ●コ!?
「きゃいんっ!」
足元から聞こえる鳴き声はワンコの方。
「ひゃっ!?ととと、あっ!」
「ぎゃんっ!!きゃいんっ、きゃいんっ、きゃいんっ」
慌てて足をどけるけど、たたらを踏む足は逆に止めをさしたらしい。どちらかと言えば、いっつぅー!だった鳴き声が、悲痛な鳴き声に早変わり。ボクもそのまま尻餅をつく。
「ーーーーーーーーーーーーっ!!」
「セキトちゃん!?詠ちゃんっ!」
割れちゃう、オシリが割れちゃうっ!悲鳴も出せずに悶絶。布団を抱えていたのが悪かった。受身も取れずに今朝と同じ場所を強打。
「つぅ~~~っ。なんでこんなトコにいるのよっ、この馬鹿犬っ!」
「詠ちゃんっ!怒鳴ったらセキトちゃんが可哀想だよ……よしよし、痛かったね」
「ぴす、ぴす、ぴす……」
月の胸に鼻を突っ込み、憐れっぽく鼻を鳴らすセキト。股に挟んだ尻尾が痛そう。
「……くぅ~~ん」
こっちをチラリと見て悲しそうに鼻を鳴らす。
「うっ……そ、そんな顔したってダメなんだからねっ!あんただって悪いんだから……」
自分で言ってて自己嫌悪……でもボクだって痛い思いしてるんだし、月を独り占めするセキトが悪いんだからねっ!
「駄目だよ、詠ちゃん!ちゃんとセキトちゃんに謝らないと」
「ぐぅっ、ぐぅっ、う゛~~~」
そうだそうだ、と言わんばかりに変な唸り方をするセキト。芸の細かいヤツ。
「……むっ、あんたなんかに謝らないわよっ!」
「う゛~~~~っ、わんっ!」
「あっ、セキトちゃん……」
月の腕をすり抜けて、怒ったように一声吠えると、短い足をちょこちょこ動かし距離を置く。
「詠ちゃん、セキトちゃんコッチ見てるよ」
う、こっちを恨めしそうに見てる。自責の念は感じたけど、反射的に出た声は真逆だった。
「……ふ、ふんっ!」
「くぅ~~ん……」
耳を伏せションボリすると走り出すセキト。
「「あっ……セキト!」ちゃんっ!」
思わず月と協和して名前を呼んだけど、時既に遅し。セキトは茂みの中に見えなくなっていた。
「……詠ちゃん?」
あっ、怒ってる……月が物凄く怒ってる。見た目は華奢で可憐でも元武将の董仲穎、一軍の将に相応しい気概を持っている。そして、その眼力がボクに遺憾無く発揮される。
「行きます。仕事が終わり次第、セキトに謝りに行きますっ!……だからそんな目でボクを見ないでぇ~~~っ!」
この後ボクはセキトに謝る事を真名で誓約し、ようやく月の許しを得ることができた。
「朝から“とらぶる”続きで嫌になるわ」
“とらぶる”天界の言葉で災難とか厄介ごとの意味らしい……天界の言葉の響きって面白い……続きで遅れてた本日の仕事に取り掛かる。月には洗濯物を集めて貰い、その間に布団を目立たないところに干す。ボクの寝巻きとかは、よんどころない理由で先に洗った。
「詠ちゃん、今日も好い天気だよね」
そよそよと風に揺れる洗濯物を見て嬉しそうな月。水仕事なんて手が荒れるのに、あの子はいつも楽しそう。光の中で微笑むこの子は、まるで天女か桃の精。ううん、あいつが言っていた“えんじぇる”に見える……西域の天女なんて見たこと無いけどね。“えぷろんどれす”を初めて着た時にみたいに、ふわっとスカートをまわしてくれないかなぁ。
「……そうね。布団も洗濯物も良く乾きそうだわ」
「………うん。……詠ちゃん、ゴメンね……」
あ゛っ、しまった……月に見蕩れてたら受け答えがぞんざいに。それとも額の膏薬を撫でながら見てたからかな?
「べ、別に痛くて触ってたんじゃないのよ?もう大丈夫……き、気にしたら負けよ?」
「でも、私がお水を持ったまま、近くに行ったから……」
「ボクの夢見が悪いのは、月のせいじゃないのにぃ……もう謝るの禁止!」
「……うん」
なんだろう?いつもより気にしてるみたい。あのぐらい何時もの事だし、気にしても仕方ないのに。また謝られても困るので、しばらく無言で歩く。目的地はあいつの部屋。仕事は掃除に敷布の交換、布団干し等等。洗濯はいつも念入りに洗う。他の女の匂いが嫌なのかと思って聞いてみたら、自分も含めてみんなの為だって。お人好しが過ぎるにも程があるわよ……月のそんなところも大好きだけど、ちょっと複雑。
「……あ、あのね……えと、詠ちゃんが見た夢って怖い夢?」
沈黙に耐えかねたのか、おずおずとそんな事を聞いてくる月。
「えっ?……ああ、夢ね。それが思い出せないのよ。怖くは無かったんだけど」
「怖くなかったの?……でも、びっくりして起きたみたいだったよ?」
「う~ん、変な夢だったような気はするけどぉ……良く覚えてないわ」
無難な返事にしておく。誰かが抱き合ってる夢を見たなんて……欲求不満みたいで恥ずかしいもの、言えるわけないじゃない。
「……詠ちゃん、お顔赤い?」
「あ、赤くなんてなってないわよっ!?」
「もしかして、ご主人様が出てる夢?」
「な……!?な、ななななんでっ!ここであいつが出てくるわけ!?」
「だって詠ちゃん、幸せそうにご主人様って言ってたよ?」
「はぁっ!?…………ゆっ、月ぇ~。まさか、ボクの寝言聞いていたの?」
手桶を持ったままで寝言を聞いていれば、確かにああなるわね。さっきから謝ってばかりな理由が分かったわ。でも、よりにもよって、そんな寝言を聞かれるなんて……恥ずかし過ぎるってばぁ~~っ!頬を押さえて足をバタバタしてしまう。
「あっ……えと。…………あぅ……ゴメンなさい」
足を止め横目で月を見る。そうね、謝ろうと思わないように罰をあげるのも良い策ね。
「そう、なら罰を受けてもらわないとね……」
「う、うん……」
「それじゃ遠慮なく……100、いや200くすぐりの罰を申し付ける、覚悟なさいっ!」
「ええっ!?」
「ふふふ。いくら月でも、許してあげないわよ?」
ボクは指をワキワキさせて身構える。月は慌てて逃げようとするけど、捕まえて問答無用でくすぐりまくる。
「こちょこちょこちょこちょっ!」
「きゃっ!……!!…あ、あはっ!…………っ!……きゃはっ!だっ!!……」
くすぐりが苦手な月を、これでもか、これでもかと、くすぐりまくる。効果覿面。子供の頃は良くこうやって月と戯れたわね。楽しかったなぁ♪……月は違う意見を持っていたようだけど。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょっ!」
「あ、あっ……きゅ……あ、あはっ、あははははは!ダメっ!……や、ん!詠ちゃんっ!」
笑いすぎて顔を真っ赤にした月は、予想外の強い力で必死に抵抗する。あっ、あれ?月ってこんな力あった!?でも弱点を知り尽くしてるボクに掛かれば赤子も同然。楽しくなり過ぎて、声にならない揉み合いを力の限り続けた。
「……え、詠ちゃん……」
「……な、なに?月……」
汗だくになった上に息を切らして、身動きの出来ない“めいど”が二人。月が逃げるのを止めようと、腰の帯を解いて手足を拘束しようとしたのが不味かった。なにがどうなったか分からない内に、身動きが取れなくなっていた。
「……………え、詠ちゃん………ご、ごめん……っね………」
四つん這いでボクの上にいる月。ボクの頭はスカートの中にスッポリ入ってるから、月の声と下着しか見えないし、聞こえない。
「……い、良いわっ、もう……き……気も済んだし……」
今ここにあいつが来たら……伸ばす、鼻の下を絶対伸ばす。ボクのスカートは丈がやけに短いもの、どうなってる事やら。切れ切れの息を必死に整えつつ打開策を練るが、息苦しい。腕は有り得ないぐらいにきつく縛られ動かせない。
「月、スカートを持ち上げられる?……息が詰まりそう」
「へぅ!?……えっ、ええ?」
月が慌てて腰を上げようとした途端、ボクの頭が月のオシリを押すように引っ張られる。
「むぎゅっ!」
「ひゃんっ!」
最悪。月が倒れたことで遊びが無くなったのか、がっちり拘束されて身動きが出来ない。ただでさえ息苦しくなっていたのに、鼻と口まで密着する。
「もふっ!ふぉへ、ろうむっへんろおっ!!」
「くっ……くふんっ。詠ちゃん、だ、ダメっ!ん!……あぅぅ」
衣服に焚き染めた茉莉香の香りと月の匂い、息苦しさで頭がクラクラする。なんとか自由になろうと試みるが緩みもしない。そのうち上に乗っている月がくたりと動かなくなる……あれ?
「ひゅ、ふゅえ……も゛ぅひはの?」
「……あぅぅ………んっ!…………詠ちゃんのばかぁ……」
……うっ、なんだかあの時みたいな声。感触からすると、えらい場所に口や鼻があたってるみたいね……あ~、どうしよう。
「ん~~~~っ?お二人さんこんなところでナニしてんの?」
「……ふぇ?……」
「んむっ!?」
うわっ、誰か来た!あわわわわわっ。
「……って、あんた董っ、ととと。ちゅ、仲穎ちゃんやあらへんのっ!?」
「むぐっ!?ふむむむむむっ」
「あっ!ん……っん、くぅっ!…………へぅ……」
しかも月を知ってるっ!?あいつの庇護があるけど、月の安全の為にも正体は明かしたくない。あああ、こんな事してる場合じゃないのに。足をバタつかせるけど状況は改善されない。逆に月の体から力が抜けきって、いっ、息が出来ないっ!!
「っ!…………………」
暗いスカートの中が白く染まってく…………あはっ、蝶ちょ飛んでる……あれは、お花畑?。
「おっ?なんや、痙攣しとるな……。よっ」
軽いけど、重く圧し掛かっていた月の体が浮く。
「ぜぇひっ!、ぜぇ~~~~、はぁ~~~はぁ、はぁ……」
しっ、死ぬかと思った。空気を胸いっぱいに吸い込む。さっきから聞こえる声の主、この妙な訛りは……はぁ、また助けて貰ったわけね。
「お~い、生きとるか?……う~ん、あんた顔見えへんけど、文和やろ?」
「誰だか知らないけど、ボク達の名前を知ってるみたいね……でも今更ボク達を捕まえても、何の旨みも無いわよ」
「うわっ!ウチの事忘れてんの?こん薄情もんっ!」
「冗談よ。ふふっ、忘れるわけないじゃない。張将軍」
「……………分かってんなら早くそう言い。賈駆っちのいけず」
「悪かったわ。こんな格好で悪いんだけど、助けてくれてありがとう張遼。それと動けないのよ、手を貸して貰える?」
「ええけど、これ解かなあかんでぇ?うわぁー、めっちゃややこしい。しゃーない、待って~なぁ」
ようやく体が自由になる。月のスカートから頭を抜いたら、塗れた布が顔にぶつかる。
「わぷっ!?ちょっ、なにすんのよっ!」
「ちょい待ちっ!それ取ってコッチ見たらアカン。賈駆っち、あんた今日あの日やろ」
「う゛……やっぱりそう思う?」
ううっ、やっぱりかな。思い当たることは幾らでもあるけど……。
「董卓ちゃんも巻き込まれてるし、あの日やておかしないで。ウチは巻き込まれとうないでぇ……まぁ出合ったんは後悔しーひんけど、確実に不幸になるんはいやや」
「ま、巻き込まれたっ!?月が怪我でもした、うぐっ!?」
「はぁっ?……そんなわけないやん。危なかったんは今のも、あんただけ」
見当違いの方向に詰め寄ったらしいボクの襟首を捕まえて、呆れた口調で否定する張遼。
「でも今まで月がボクの不幸に、巻き込まれるなんて無かったから……」
「董卓ちゃんはちょい茹で上がってるだけや。ええから汗拭いて頭も冷やし」
「……ええ、そうさせてもらうわ」
それから月の汗と自分の汗を拭って、手拭いを目隠しにする。眼鏡は邪魔になるから“えぷろん”に引っ掛ける。
「そうそう、ウチのことは霞でええで。あんたも賈駆や文和じゃ困るんちゃう?」
「そうね、分かったわ霞。ボクは詠、よろしくね」
「おろっ!?……へぇ……賈駆やない、詠っち、あんた感じ変わったなぁ」
妙に感心した声でそんなことを言う霞。まじまじと顔を見られている感じがする。
「こんな格好してればそう思うのは当たり前よ。それとも顔に何かついてるとでもいうの?」
「……せやな、鼻と口。多分目も付いてる思う」
「ちょっ、当たり前でしょっ!あんたもあいつと同じような事いうの?ボクを馬鹿にしてるっ!?」
「いややわ。軽い、軽い冗談や。そんな怒らんといてぇ~なぁ」
「冗談だって不愉快だわ……じゃあ、なにが変わったっての?霞」
「それや、まずはそれ」
「え?」
「あんた昔だったら真名で呼び合うなんて、取り付くしまなく断ってん……例外は話しを聞かん呂布ちんだけや」
「うん、そうね。呂布は真名を聞いてからは、恋て呼ばないと返事もしなかったわ」
確かにその通りだ。親を除いたらボクが真名で呼び合うのは月と恋だけだった。傀儡だったとき、恋が連れてくる子達は月の唯一の息抜きだった。ボクも一緒にいる内に、いつの間にか呼び合うようになってた……だからかな、裏切られたと思ったときは酷いことを言ってしまった。それなのに今も変わらずにボク達に接してくれる……変な子よね。
「それとな。自分の事やから分かってへん思うけど、可愛いで今のあんた」
「なっ!?……あ、あんた。いきなりなにを言うのよっ!」
ボクが可愛いっ!?あいつもたまに言うけど、ボクのしかめっ面は可愛いに程遠い。
「うわっ!い、いきなり怒らんでもええやん」
「霞が変な事を言うからよっ!大体手拭いで隠してるのになんで分かるのよ」
「いや、口元とか見れば、そのぐらい分かるやん。詠っち、かわ」
「う゛~~~っ」
「分かった。もう言わへんから、手拭い取らんといてぇ~なぁ。ところで“あいつ”って誰?」
恩があるけど、これ以上言った不幸にしてやる。そう心の中で誓ったところでの質問。この時は手拭いで顔が隠れている事に感謝した。
「大好きなご主人様のことだよね、詠ちゃん」
「「おわぁっ!?」」
いきなり聞こえた月の声に、素っ頓狂な声を飛び上がってしまう。もう、霞につられて変な声を出しちゃったじゃない。
「……あ゛~っ、びっくりした。いきなり声かけるなんて人が悪いで、董卓ちゃん」
「へぅ……ごめんなさい。張遼さん、お久しぶりです」
「おひさぁ~。そや、董卓ちゃんもウチのことは霞って呼んでーな。“さん”は抜きやで、こそばゆうてかなわん」
「はい、霞さん。わたしのことも月って呼んでください」
「おおきに。でも“さん”は余計や、痒うなる」
「気にしないで霞。もう部下でもなんでもないんだから」
「さよか?いや、そーゆー話しちゃうんやけど…………まあ、ええわ。よろしゅーな、月ちゃん」
「はい」
「お?………………」
「なによ急に黙って。まあ月の可愛さには、見蕩れても仕方ないとは思うけど?」
「え、詠ちゃん……もうっ」
この声の感じだと、ほんのりと頬を染めて照れてるわね。ふふふ……見えなくても伝わってくる、この愛らしさ。月の可愛さは罪ね。
「なによ。ほんとうに可愛いんだから照れなくても良いじゃない」
「詠ちゃんだって可愛いよ?ご主人様と仲直りしてから、笑顔が素敵になったと思う」
「そ、そそそ、そんなことないわよっ?あ、あいつなんか、なんか……」
「大好きだよね、詠ちゃん」
「う゛~~~っ……」
月ってばズルイ。そんな言い方されたら、なにも言えなくなるじゃない。
「ほほぉ~~、なるほどなぁ♪二人の変わりようはご主人様のせいってことかいな。うっしっし、なんやご主人様も隅に置けへんなぁ~」
「うっ…………また、からかうつもり?」
「そやな、もう少し遊ぶんもえ~なぁ。せやけど話ししたんは、それが目的や無いしー…………詠っちと月ちゃん元気でホッとしたわ」
「霞……うん。ありがとう」
心が痛む。ボクはこんな人を、人達を自分の為に利用した……それなのに霞は。なんとか言葉を出せたけど、ボクの軍師の舌はこんなとき何の役にも立たない。悔しい。
「……霞さん。わたし……」
「月ちゃん、なんも言わんでもえーでぇ。分かっとる。あんたはあんたの出来る事をがんばりや」
「はいっ!わたし頑張ります」
「ええ返事や。なんや、嬉しなってくるなぁ」
「わたし、霞さんとお話しできて嬉しいです」
「いややわ、そんなん言われたらテレるやん。さて、仲良うなれて、話しもぎょーさんあるとこやが、二人とも仕事あるんやろ?そろそろ終いにしとくわ」
「「あっ!!」」
すっかり忘れてたっ!慌てて床に落ちた掃除道具を、月と一緒に拾い集める。
「後でうっとこ来たってぇーな。ウチ、時間あまっとんねん。一杯やりながら積もる話しでもしよ」
「暇なら仕事手伝いなさいよ」
こんな憎まれ口ならいくらでも言える。自分のことだけど呆れてしまう。
「ウチ捕虜やしー、そんなんよーせんわ。ほなな、あんじょうがんばりぃ~」
ニヤリと笑い颯爽と踵を返して去る……そんな光景が目に浮かびそうな台詞ね。
「ねえ、詠ちゃん。その目隠しは?」
「これ?霞が付けとけって……一応、用心の為に」
「あの日?」
「間違いないわね」
前回の教訓からか、あの日になるとボクは月と一緒に軟禁という名のお休みが貰える。一日中あいつの部屋に篭る事になるんだけど……何もしないのは正直ツライし間が持たない。あいつの仕事を邪魔するのも、一応。そう、一応は気が引けるんだけど仕方ない。
「なにっ!?そっ、そうか……分かった。皆には私から伝えておく」
ああ、裏返った声が聞こえる。ボクは愛紗の部屋の前で待機中。どうやら前回のアレが効きすぎたらしい。でもボクのあの日を分かってもらうには、アレが一番手っ取り早い方法だから仕方ない。いつもの事。そう、いつもの事なのに今日は少し…………少しだけ昔を思い出す。月と二人だけだった子供の頃。
「詠ちゃん、お話し終わったよ。それから、ご主人様がまだ起きてないみたい」
「……ん?そう。それじゃ早く起こさないとね」
月と手を繋いで廊下を歩く。前が見えないからと言うのもあるけど、繋ぎたかったから……。
「ご……様…………かなぁ?ねえ、詠ちゃん?」
「……あっ、な、なに?ゴメン聞いてなかった」
どうかしてる、月の声を聞き漏らすなんて。
「えと、ご主人様が起きてこない理由」
「あいつのことだから夜更かしでしょ?どうせ女よ。まったく弛んでるんだから」
「あ……えと、そ、そうかな」
「そう決まってるわよっ!それにアレよね。誰とナニをしていても構わないけど……あ、後始末ぐらいはキチンとしなさいってのっ!」
「あっ、うん。あの時は大変だったよね。詠ちゃんのお鼻に……ご主人様の……その、えと……せっ、せい……が」
「精液ね。月、無理に言わなくて良いから」
「詠ちゃん、いきなり泣いちゃうからビックリしちゃった」
「なっ!?な、泣いてなんかないわよっ!?涙目になっただけっ!あれは、そ、その……拭った指を振ったら机にぶつかって、指が痛くて」
「思わずお口に入れちゃったんだよね」
「ーーーーーーっ!?……ううっ、ひょっとして見てた?」
「ううん、見てないよ?」
ボクがあいつを“ち●こ”と呼ぶようになった不運な出来事……他愛なく誘導尋問にひっかかって、バラしてしまう自分が情けない。幾ら相手が月とはいえ、軍師としてどうよ?
「…………もうっ!それも秘密だかんね」
「分かってる。二人だけの秘密だよ」
歩き始めたところで、手拭いの目隠しを直す振りをして盗み見る。ホッとしたように胸に手を当てている月。元気付けてくれたのね……この子ってば、ボクよりボクのことが分かってるみたい。まったく月にはかなわない。
「な、なんにしても“めいど”なんて、ワケの分からない仕事をさせられるわ。乙女に枕事の後始末させるわ。あいつはホント、最低のち●こ野郎なんだからっ!」
「詠ちゃん、それは幾らなんでも酷いよ」
「良いのよ。ボク達や愛紗だって働いてるのに、まだ起きてないなんて言語道断なんだから」
「でも、病気かもしれないよ?……わたし、心配だな」
本当に心配そうな声。昨日だってあんなに元気だったんだから、それは無いと思うけど。
「大丈夫だってば、知らないの?あいつは風邪をひかないのよ」
「ふぇ?……えと、ご主人様が天の御遣いだから?」
「馬鹿だから」
「詠ちゃんっ!」
「あははっ!冗談よ、冗談。どうせ単なる寝坊、心配するだけ無駄よ?」
寝坊に決まってる、心配するだけ無駄なんだから……。
「……詠ちゃん」
「なに?」
「歩くの速いよ」
「う゛っ…………」
クスクス笑う月……見透かされてる。
コン、コン、月が扉を叩く。天界では“のっく”という“まなー”らしい。最初はあいつが落ち着かないとかで始めた事だけど、結構便利なので皆が使う天界の作法だ。本当の理由は女の子とイチャイチャしてる時に、扉越しに大声で呼ばれたくないってトコロだろうけど。2回叩く理由を聞いてみたけど、知らないだって……正式な作法か怪しいものだわ。
「詠ちゃん、返事ないよ?」
「えっ?……部屋の中を見ればいいじゃない」
「ううん。扉が開かないから……どうしよう?」
心底不安そうな月の声。まさかとは思うけど……胸がきゅっとする。
「ちょっと、あんたっ!聞こえてるんでしょっ?悪ふざけが過ぎるわよっ!?」
目隠しを剥ぎ取り、ドンドンと扉を叩くが返事は無い。
「早く開けるか、返事をなさいっ!ふぬぬぬぬっ」
「詠ちゃん、無理は駄目だよ。詠ちゃんっ!」
力任せに扉を押すっ!ゴッ、勢いで胸元の人形が音を立てて扉にぶつかる。胸にも当たって痛かったけど、扉がわずかに開く。
「ふぉっ!?ほぉ~~っ」
妙ちくりんな空気の抜けるような声?が聞こえたけど、もう一度突貫!
「どりゃ~っ、とっ……あ、れっ!?」
さっきと違い、扉はなんの抵抗もなく開く……勢いがつき過ぎたまま部屋に飛び込む事になった。
「詠ちゃんっ!?」
「うぐっ!」
床に倒れこむ衝撃と痛みを予想して身を硬くする。でも予想外に痛みは無く、顔に堅い棒の様なものが当たっただけ。ぶつかった時、なんとなく澄んだ金属音がしたような???
「ほふぅ、ん…………」
「あれ?」
再び何かが抜けるような声。倒れたのに余り痛くない。体の下に太ももの様な何かがある御蔭みたい。
「太もも?……誰の」
「詠ちゃんっ!下にいるのご主人様だよっ!?」
「うそっ!?」
倒れたままだけど、慌てて眼鏡をかける……眼鏡が無事で良かった……が、目の前に見えるのは円錐形をした白い布。
「なによ、コレ?……うわっ!?」
「ひゃっ!?」
無造作に目の前の布を払いのけると、飛び出す赤黒い肉色の凶器。太さや大きさが二回りは違う……いつもが青龍偃月刀なら、いまのコレは恋の方天画戟だ。あまりの迫力に尻餅の体勢のまま後退る。後ろで月が息を呑むのが聞こえる。
「あわわわっ、な、なに?なにがどうしてっ!?」
「え、ええ詠ちゃん。ま、まずはご主人様、大丈夫か確かめよう?」
とりあえず肉色の凶器を布で隠してから様子をみる。不幸中の幸いか、後頭部を強く打ってはいなそう。床に落ちていた布団と枕が守ってくれたみたい。
「ううっ……あ、あれ?俺どうしたんだ?」
「あっ……だ、大丈夫ですか?ご主人様」
月が水差しの水で顔を拭っていたら目を覚ましてくれた……ホッとする。
「……大丈夫そうね。立てそう?」
「ん、大丈夫だよ。ありがとう月、詠……あれ?今日は膝枕してくれないのか?」
「う、うっさいっ!ひ、膝枕なんてするワケないでしょっ!」
こいつ、目を覚ましたと思ったら直ぐにコレ?……なによ、心配し甲斐が無いわね。
「詠ちゃん、ご主人様にゴメンなさいは?」
「えーっ!だってこうなったのは、元はと言えばこいつが返事しなかったせいよ?」
「あっ、そうか!俺、詠に押し倒され……痛たたた」
「詠ちゃんっ!」
「わっ!待って月。ボク、まだ何もしてないっ!?」
「まだって、何かする気だったのかよ……違う違う、痛かったのは、詠に熱烈な歓迎をされたトコロだよ」
「熱烈歓迎って……あんた、へ、変なこと言うんじゃないわよっ!」
「ご主人様。詠ちゃんをからかってないで、どうしてそうなったか、ちゃんと説明してください」
「あー、でもなぁ……いや……うん。分かった」
困ったよな顔で思案してたと思ったら、いきなり立ち上がる。
「答えるから、じっくり良く見て、何でも聞いてくれ」
「へぅ!?!あ、あの……その……あぅあぅ……」
妙に嬉しそうに、月の目の前で腰に巻いた布の結び目を解こうとする。とうぜん頬に手を当ててうろたえる月。
「のべつ幕無しに“せくはら”してるんじゃないっ!この変態ち●こ親父っ!!」
最近覚えた天界の言葉とともに、容赦なく踏みつけてやった。
「…………まあ、そういうワケなんだよ」
再び気絶から目を覚ましたち●こ太守に話しを聞いてみると、朝起きたらこうなってたらしい。“おなにー”……新しく聞く天界の言葉だ……で処理しようとしたが、パンパンに腫れ上がって痛くて無理だったこと。これが露見してウワサになったりしたら嫌なので、寝たふりをしようとしたがボク達に踏み込まれた……ことを聞き出せた。扉の前に居たのは、閂をしようと扉を押さえていたとのこと。
「ふぅん、そーゆうことだったのね。早く言いなさいよ」
「はい、だからもう踏まないで下さい。もう気絶したくないです」
尋問……ちょっと拷問じみたかも?……で、洗いざらい吐かせたから、すっかり従順になってるわね。素直に話せば良いのに馬鹿なんだから。
「ご主人様……かわいそう。詠ちゃん、やり過ぎだよ」
「だって、こいつ、ふざけた事ばかり言うんだもん」
少しはお灸を据えてやった方が、こいつの為だと思うのだけど。
「ねえ、詠ちゃん。やっぱりご主人様のもう一度良く見てみよう?」
「えっ?な、なんでよ。診察なら朱里に頼めば良いじゃない」
「わたし達だったら痛くないかもしれないし」
「えーっ、そっちを試すのぉ~?」
まあ確かめてから朱里に連絡しても遅くはないけど……仕方ないので、まずは観察をしてみようと思い屈み込む。胸元の人形が落ちそうになったので、無造作に押し込む。
「うおっ!」
いきなり股間を押さえて声を上げるち●こ太守。
「ご主人様っ!?」
「なっ!?いったいどうしたのよっ!」
「ご、ごめん。いきなり強く擦られた気がして……痛たた、根元が千切れそう……」
「ご主人様。どうしよう?詠ちゃん」
優しくあいつの背中をさすりながら、不安そうにこちらを見る月。月の不安を取り除いてあげたいところだけど……こいつ、今なんて言った?
「根元……擦れて?」
根元って……そういえば、この人形……ま、まさかね。胸元の人形を服越しに触れながら、自分の考えを否定する。
「さ、さっきもさ。詠にタックルされる前に、何かが強くぶつかったように痛かったんだよな」
「っ!?」
「ふぉっ!」
“たっくる”天界の言葉の意味は分からなかったけど、文脈から連想する意味に、思わず人形を強握り締める。同時に悶絶するち●こ太守。ま、まま不味いわっ!全身の毛穴と言う毛穴から嫌な汗が吹き出る。この人形の一番短い突起には、紐がキツク縛り付けてある……月に手出しが出来ないようにするために。の、呪いの効果が出てるっ!?どっどうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしようっ!!
「あっ、あわ……むっむむぅっ……」
余計な事を口走らないように、必死に手で押さえて考えをまとめようとする。そう、コレは呪いの人形。こいつのバッチイ毛を拾って練り込んで作った呪いの人形。なんで今、今日になって呪いが?もう、呪いなんかに用はないのに……。
「え……ちゃ……いちゃん……詠ちゃんっ!」
「いてて……おい、詠、大丈夫か?」
焦りで周りが見えなくなっていたらしい。月とち●この呼びかけにやっと気付く。
「あ、うん。だ、大丈夫よ」
「詠ちゃん、顔色真っ青だよ……」
「ありがと月。心配しなくても大丈夫。それから、あんたはボクのことより自分を心配なさい」
月に微笑んでから、お人よしの馬鹿に“でこぴん”をくれる。
「あだっ、痛いって」
「……詠ちゃん。もしかして、ご主人様のことでなにか分かった?」
「えっ!?……あ、あ……ん、ちょ、ちょっとね」
努めて冷静な声を装おう。コレが呪いの人形なんて言えない。言えるワケがない。口が裂けようが、火に焼かれようが言えない。ばれたら月は一生口を利いてくれなくなるかも。それどころか太守に呪いをかけた咎で、処刑されるかも知れない。あまりに暗い未来の展望に眩暈がする。
「と、とりあえず、紐を解けば少しはマシになるはず……」
「紐?確かに縛られてるみたいな痛みはあるけど……」
「…………詠ちゃん、紐なんてどこにもないよ?」
「わっ!近い、月、顔が近すぎるってっ!……うう、生殺しだぞ、この状態」
「あ゛っ……ひ、紐が解けるように、痛みが取れる方法に心当たりがあるかも?」
「……ちょっと様子が変じゃないか?」
「はい。変です」
「変じゃないっ!!い、いま覚え書きを調べるからそこで待ってなさい」
こ、これ以上怪しまれない内に紐を解かなくちゃ。開け放った窓辺により、二人に見えないように背を向ける。そして胸元に忍ばせた人形を取り出し紐をほど……んっ、よっ!……ぐぬぬぬぬぬっ!…………どうしよう?解けない。
「うお~~ぃ。まだ分からないのか?早くなんとかしてくれぇ~」
「うっさいっ!気が散るでしょ、しずあっ!?あ゛~~~~~~~~~~~~っ!?」
堪え性のないお子様を怒鳴りつけたら紐が解けた。でもボクの手には紐だけ、人形は屋根を転がり落ちてゆく。
「ほぅっ!?ぐっ、がっ、ひっ!?はぅっ!」
「ご、ご主人様っ!ご主人様っ!?」
人形が屋根を転がるたび、股間を押さえおかしな悲鳴を上げるあいつ。それを見て悲痛な声を上げる月……気が付くとボクは窓枠を乗り越え、人形に飛びついていた。
「え、詠ちゃんっ!?」
月の悲鳴に似た呼び声を背に、辛くも人形を胸に抱くことに成功する。でもホッとした瞬間、背中から瓦の感触が消える……そしてボクは当たり前のように落ちた。
「ひゃーーーーーーーーーっ!!」
ああ……丸い空が蒼い。雲一つない好い天気だわ。こんな日は洗濯物が良く乾くから、月が喜ぶ。あいつの布団も干して…………って、ここ何処っ!?ボンヤリしていた意識がはっきりすると、同時に崩れる周りの壁。濃密な草の香りに窒息しそう。メチャクチャに手を振り回し、足を蹴るとポッカリと穴が開き外が見える。外に出ると微かに馬の臭い、手入れが行き届いた厩舎が見える。
「……厩舎……」
そういえばここ数日、この前の嵐で濡れた敷き藁が庭に干してあったわね。乾いた藁が積んであった荷馬車に落ちたってトコかしら?気絶してる間に運ばれたのね。そうだ早く呪いをなんとか、なんとか、なんとか?……ふと、違和感を感じて、じっと手を見る。
「ぎゃーーーーーーーーーっ!?なっ、ない。人形がないっ!?」
慌てて荷馬車に飛び込み探すが見つからない。それどころか勢い余って反対側に突き抜けてしまう。でも、そこにはビックリした顔で人形を咥えるセキトがいた。良かった……これで何とか。緊張で引きつり気味の頬を力技で微笑みに変えて、セキトに優しく声を掛ける。
「セ、セキトぉ?……さ、さっきはボクが悪かったわ?良い子だから、その人形をボクに頂戴」
なけなしの愛嬌を精一杯振りまいてみる。
「う゛ーーーーーーっ!」
何故か耳を伏せ唸り声を上げるセキト。今にも逃げ出しそう……こ、このままじゃ駄目だわ。こうなったら強攻策よっ!この賈文和の神策鬼謀を見せてやるわ。そこを動くんじゃないわよ?(ごそごそごそごそ)うっ、ワラ屑が入ってチクチクする。(ごそごそごそ、パチン)……ふっふっふ、所詮は犬畜生。同時に二つのものは咥えられないはずっ!
「セキトくぅ~ん。そんな人形より好いものをあ・げ・るっ♪」
「……う゛~っ」
ちょっと、なんで尻尾を丸めて後退りするの?……まあ良いわ。でもね、セキト。これを見て冷静でいられるかしら?
「これ、な~んだ♪」
「わう゛っ!」
ボクの手には脱ぎたての縞々パンツ。それを見て、堪えきれないように吠えるセキト。人形を取り落としそうになる……あと一押し、これを投げてセキトの気を引き、その隙に人形を“げっと”。完璧すぎる策だわ……自惚れても良いぐらいね。ちょっと恥ずかしいけど。
「いくわよ、セキト。取ってこーいっ!」
「わんっ!わうわうわう」
宙を舞うパンツを、放たれた矢のように追い飛び跳ねる。そしてそのまま二つの穴に短い前足を通す。次の瞬間セキトは背嚢のように縞々パンツを背負っていた。なんて器用なのっ!?アレなら人形も咥えられるだろう……でも、もう遅いっ!ボクは藁の中から人形に飛びつく。
「もらったぁ!……ふべっ!?」
確実に届いたはずの手は空をきり、ボクは地面と危うく“きす”をしそうになった。荷台から半分身の乗り出して地面に手を着いた格好。スカートの裾が荷台の板の隙間に引っかかってる!?ちょ、この体勢ストッキングあってもオシリ丸出しじゃないっ!慌てて姿勢を正しスカートを外す。後ろを振り向いたとき、セキトは悠々と人形を咥えていた。
「………………くぅ?」
得意げに尻尾を振るセキト。もうお終い?とでも言いたげに首をかしげる。こっちは遊びでこんな事してるんじゃないのに……頭にきた。
「ふ、ふっふっふ……この馬鹿犬。もう、許さないんだからっ!」
ボクが立ち上がると同時に逃げ始めるセキト。必ず捕まえてお仕置きしてやる!
短い足をちょこまか動かして、走るセキトは意外に速い。茂みや小さな穴を潜り抜け追跡を妨害する。真っ当に追いかけてはとても捕まらないけど、ボクは有り余る智謀を持って先回り、待ち伏せなどを駆使して追い込んでいく。“いざ”という時の秘密の退路と、時間稼ぎの罠が役に立った。最初はボクが追いかけてくるのを確認しながら余裕で逃げていたけど、今は跳ぶ兎のように必死で駆けてゆく。
「はぁはぁはぁ、お、往生際の悪いワンコね。でも、どこに逃げても捕まえてやるんだから」
何度かの機会に取り付けた目印……そのまま逃げられた回数だけど……色とりどりの紐と結び付けた重り(鼎や鈴、鍋や蓋)が盛大な音を立てている。隠れる事も出来ないセキトは、徒に走り回り体力を浪費するだけ……後はボクの体力が何処までもつかね。服はボロボロ、手に持った鉤付きの竹竿は戟のように重く感じる。
「はっはっはっはっは……くーん、ぴすぴす」
「はぁー、はぁー、はぁー……セキト、いい加減捕まりなさいよぉ」
徐々にセキトを城壁の角に追い詰めてく。セキトは助けを求めるように鼻を鳴らす……恋に助けを求めてるのかしら?そう言えば、どうして恋が来ないのよ。こんな苦労をしないですんだのに……あの日のせいだとしたら、セキトとボクのどっちの不幸なんだろう?……駄目、今はセキトを捕まえることに集中しないと。
「お、お願いだから逃げないでよ?セキト」
「う゛ーーーーーーーーっ!」
ついに城壁の角に追い詰め、セキトの退路を断つ。狙うは涎掛け(?)、力任せに振る竹竿に確かな手応え。狙い通り引っ掛け吊り上げる!
「きゃんっ!?」
「畜将セキト、召し捕ったりぃ~