RIP SLYMEに憧れているchelmico
一度だけchelmico (チェルミコ)のライブを観たことがある。
良いライブだった。めちゃくちゃ楽しかった。他のヒップホップアーティストのライブでは感じることの少ない多幸感溢れたライブだった。
ライブ中に「私たちはRIP SLYMEに憧れていヒップホップをやっている」と言っていた。その話に納得した。多幸感溢れた雰囲気はRIP SLYMEのライブに近いと思ったからだ。
ステージでの立ち振る舞いはRIP SLYMEに近い。少しだけ緩い雰囲気で煽りラップしているところなど。RIP SLYMEと同じように、メンバーがお揃いのステージ衣装を着ていることも影響を受けているのかもしれない。
ラッパーはアングラで少し危険な匂いを感じる人が多いかもしれない。しかしchelmicoポップアイコンになりえるキャラクターや音楽に思った。かつてのRIP SLYMEと同じように。
曲からもRIP SLYMEから影響を感じる。
テレビアニメ『映像研には手を出すな!』の主題歌になった『Easy Breezy』を聴いた時にもそう思った。
しかしchelmico個性もしっかり感じる。それに凄みを感じた。『Easy Breezy』はchelmicoだから生まれた名曲に思った。
この曲を聴いて改めてchelmicoは日本の音楽シーンのド真ん中に食い込むグループになれると思った。
アングラな存在ではなく、メジャーのド真ん中で通用するヒップホップをやれると思った。
RIP SLYMEに自分が惹かれた理由
RIP SLYMEは様々な音楽を取り入れていた。
代表曲の『楽園ベイベー』ではボサノバを取り入れていたし『Fankastic』ではファンクを取り入れていた。
トラックもヒップホップでありながら、最初から最後までメロディをつけて歌にできそうなキャッチーさがあった。
YO-KINGやくるりと楽曲を制作したり布袋寅泰とコラボレーションもしていた。
ヒップホップとは違うジャンルのミュージシャンと作品を作ることで音楽性の幅を広げ「日本のヒプホップシーン」に爪痕を残すのではなく「日本の音楽シーン」に爪痕を残そうとしているように感じた。
RIP SLYMEはラップでディスをするわけではない。
『ONE』では「君は世界に1人だけ」と『世界にひとつだけの花』と共通する普遍的なメッセージを伝えてはいたが、社会派なメッセージも政治的なメッセージもラップしない。
その代わりキャッチーなトラックにキャッチーなリリックを乗せることで、とことん楽しませて明るい気持ちにさせてくれる。ラップやヒップホップの楽しさや魅力を、ヒップホップを知らなかった人や興味がなかった人にまで伝えてくれた。
歌のメロディにこだわっていたグループにも思う。
RIP SLYMEのサビは音階が大きく上下する歌メロが多い。J-POPの王道とも言えるメロディだ。
歌部分も韻を踏んだリリック。そのため覚えやすいし、他のJ-POPとは違う新鮮さが生まれる。そのメロディをついつい口ずさんでしまう。
常夏の楽園ベイベー
ココナッツとサンシャイン・クレイジー
持ってく 明日の朝まで summer day
罠はまるワンタイム たまんねぇな
Oh Yeah! Oh Yeah! ワンタイム(RIP SLYME / 楽園ベイベー)
メロディは王道JPOPではあるが、これほど韻を踏む歌は珍しかった。それに新しさを感じた。
聴いているうちに、歌部分だけでなくラップ部分にも興味を持つようになる。韻を踏むヒップホップの特徴を面白く感じる。
RIP SLYMEはヒップホップの入口になってくれるアーティストでもあり、ヒップホップの面白さを教えてくれるアーティストでもあった。
chelmicoとRIP SLYMEに近い部分を感じる理由
chelmicoにはRIP SLYMEと近い部分を感じる。
それは音楽的な部分だけでなく、音楽シーンでの存在も含めて近い部分を感じる。
はい、始まった 絡まった
からかったやつらは
どっかに いっちゃった
誰に頼まれたわけでもないのに
止まらね~筆 ここでは誰もが王様なのね
てか長続きする気がしない
とかそんな性格でなにが悪い
ただ好きなもんは好き
外野はお黙り キミ無責任
ここ地球、ゼログラビティ(chelmico / Easy Breezy)
君といたいや
仕事の時間や行かなきゃいけないパーティーもリタイヤ
君といたいや
何か入れたいや からまる足 ふき出す汗はダイヤ
困る いつまでも断ち切れないや
きっかけくれる君こそがダイヤ
バカかもね 色ボケのプレー
温かいや 君のムネで寝る ヘーイ(RIP SLYME / 熱帯夜)
専門用語や過激な言葉を使わずに組み立てられたリリックで、気持ちよく韻を踏み続ける。それでいてユーモアと皮肉を混ぜ合わせたリリック。
この方向性はヒップホップを普段聴かない人にも受け入れられやすいように思う。それがRIP SLYMEがchelmicoに影響を与えた部分だとも思う。
chelmicoはRIP SLYMEからの影響やリスペクトの気持ちについて頻繁に発信している。
『サマータイム』という曲では「楽園ベイベー」という言葉をリリックに入れている。自身の音楽だけでなく、RIP SLYMEの音楽も伝えようとしている。
しかしchelmicoとRIP SLYMEとでは違う部分もある。影響を受けつつも自分たちのスタイルを作っているのだ。
chelmicoとRIP SLYMEの違う部分について
RIP SLYMEのリリックは少しだけオトナな空気感もある。
「今日もオナる」「エロ雑誌よりスウィーティーなポルノ」「エロく萌えろ」など子どもには理解できなかったり、教育上よろしくない言葉も使われている。
しかしその言葉に生々しさは感じない。
RIP SLYMEは自身のパーソナルなことを音楽にしていないように感じるからだ。歌詞の世界はファンタジーに感じるのだ。
そこがchelmicoと違うように思う。
chelmicoは下ネタをリリックにすることはほとんどない。そして自身のパーソナルなことや等身大な目線からのリリックをラップしているように感じる。そこはRIP SLYMEと違う。
ん~起きた おお来た休日
ん~ってもう14時寝すぎ 怒られないラッキー
天気いいしきもちいし 行こどっかたまには
ってまだ おっおー 寝てたいきみ
遠出はなしかな じゃーさ 公園散歩
鳩はぽっぽ ポップなデート とかなんとか
ぽかぽかなりに 行こうスパ 帰りにはスーパー寄って
とことんスパイス入り
ちょっと凝ったカレー 作るって案 どうかね(chelmico / デート)
chelmicoのリリックは等身大でポップ。彼女たちの生活についてや感じたことをリリックにしているように聴こえる。J-POPの歌詞と同じように共感することで感動する人もいるかと思う。
トラックもポップな曲が多いが『BANANA』などドープな曲で「目の前2つのビー玉光る」とオトナの匂いを感じる曲もある。
しかしユーモアが強いリリックになっている。彼女たちのキャラクターによって、それもポップで惹き付けられる曲になっている。
RIP SLYMEから影響を受けてはいるが、chelmicoにしかない個性もあるのだ。
それは新曲『Easy Breezy』からも強く感じる。
Easy Breezyがすごい曲だと思う理由
『Easy Breezy』は色々なジャンルをゴチャマゼに取り入れているように聴こえる。それが新鮮で面白い。
RIP SLYMEも様々な音楽ジャンルを取り入れていた。『SCAR』ではフラメンコやサンバやエレクトロニカなど複数のジャンルの音楽を組み合わせていた。
しかしRIP SLYMEとchelmicoの組み合わせ方は違う。
RIP SLYMEは複数のジャンルを綺麗に組み合わせて1つの曲にしているが、chelmicoは複数のジャンルを混ぜ合わせているように聴こえる。
RIP SLYME『SCAR』は複数のジャンルが曲が進むにつれ順番に変わっていくように聴こえる。それを繰り返すことで1曲にまとまっているように感じる。
chelmico『Easy Breezy』は最初から複数のジャンルの音楽が鳴っている。
ロックを感じるエレキギターから始まると思いきやスカのリズムで弾くギターも聴こえる。ドラムンベースのようなキック音も聴こえる。
それらが同時に鳴っている。その結果おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい音楽になる。不思議とポップなトラックになっている。
そこにchelmicoのしっかりとしたスキルのあるラップと、キャッチーなサビとリリックが加わる。誰にも真似できない「chelmicoの音楽」になる。
『Easy Breezy』はポップで聴きやすい。chelmicoも緩い雰囲気でラップしているようにも感じる。
しかし聴けば聴くほどトラックの作り込みやクセの強さに驚く。ラップも緩いようでスキルはしっかりとある。それでいて唯一無二の個性もある。緩い曲のようで、よく聴くと深みがある曲だ。
『Easy Breezy』は日本語で「簡単な」という意味。
タイトル通り簡単にやっているような雰囲気を感じる曲なのに、実際は全然Easy Breezy(簡単な)曲ではない。
だからこの曲は凄いのだ。だからchelmicoは音楽シーンのド真ん中に食い込む予感がするのだ。