「個人にとっての性的自由」とは?
──でも、例えば「所持品にペンキをかけられた」のとは違って「精液を付けられた」となれば……。
物が使えなくなったというだけではなく、被害者にしてみれば、性的な尊厳も傷つけられたと感じるのは自然なことです。わかりやすく言えば「性的不快感があって気持ち悪い」ことは明らかですから、性犯罪の保護法益が侵害されるような行為ではないか、と言いたくなりますよね。
なので、教員が不同意わいせつ罪で起訴されたこの事件は、所持品に体液を付着させる行為が実務上「わいせつ行為」として扱われるのはどういう場合なのか、一つの参考例になると感じています。物を介してでも、他人に体液を付着させたという事例だから不同意わいせつ罪で起訴されたのかもしれませんが、判決でどのように述べられるのかに関心を持っています。
──現状の法体系で、被害者側の実感に近い刑罰が科されることは容易ではないのですね。
そうですね。身体に直接触れずに行われた性的侮辱行為は、行為の性質としては性暴力だと思いますが、刑事罰を科せる性犯罪として法律が扱うにはハードルがあります。
ただ、「わいせつ行為」の概念も変わり得ます。社会の変化や新しい技術などによって、それまでなかった行為類型が生まれた場合、それを法がどう位置付けるかということは常に議論され、一般的な社会通念によって決まるところもあります。個人にとっての性的自由はどういうものかという根本を踏まえた議論を続けることが重要だと思います。
加害をした子どもに、適切な矯正教育が必要
──一方、学校では教員ではなく、児童・生徒が盗撮などの加害者となるケースも多発しています。
こちらも、被害に遭った子どもへのケアが大事なのは言うまでもありませんが、同時に加害者になってしまった子どもへの対応が非常に重要です。自分が何をしてしまったのか、どのような責任を負うべきなのかを正しく理解させるための教育が、絶対に必要だと思うのです。そうした教育を受けるのも、子どもの「教育を受ける権利」の一環だと言えるのではないでしょうか。
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