発達障害に性別違和 「ふつう」に見せるため、必死に見たロンバケ
自閉スペクトラム症(ASD)の女性は、男性よりも自分の特性を隠す「カモフラージュ」行動を取りがちです。背景には「よい子」や「女の子らしさ」を求めるジェンダー規範がありますが、その精神的負担は大きく、心の不調にもつながります。当事者のストーリーから考えます。
幼い頃、辛島悠(からしまゆう)さん(41)が夢中になっていたのは、「ふつうの女の子」が興味を持たないものばかりだった。
多様な生態を見せる水生生物が好きで、図鑑を飽きずに眺め続けた。相撲の独特な世界観や、力士の風貌(ふうぼう)にもひかれた。
小学校高学年になると、「変わっている子」と言われ、クラスのみんなからいじめられるようになった。学校に行くのがつらく、「暗いやつ」と陰口をたたかれた。
中学校に入学する直前、家庭の事情で引っ越すことになった。「変わり者」を封印し、今度はできるだけ周囲に溶け込もうと決めた。
当時は「ロングバケーション」を始めとするトレンディードラマや、安室奈美恵やglobeといった小室サウンドが人気だった。
本当は、吉田拓郎や南こうせつなど1970年代のフォークソングが好きだった。だがまったく興味がないドラマや音楽番組を見て、「○○がかっこいいよね」と話を合わせた。
自身の性別にも違和感があった。男性は恋愛対象ではなかったが、友達の前では「気になる男子生徒」の話をしてごまかした。
明るく面白いキャラの仮面をかぶり、「お笑い芸人になったら?」と言われるほど仲良しグループに溶け込んだ。
しかし、本当の自分を出せない状況は心身の負担となり、神経性の頻尿や、テスト中のパニックに何度も見舞われた。
大学卒業前に摂食障害を発症
大学に進むと、中高時代のようにグループで活動する必要がなくなったこともあり、一人で過ごすようになった。
2年生のとき、「アスペルガー症候群(現在は自閉スペクトラム症、ASD)」と関連づけられた事件報道をきっかけに、母親から「あなたもそうじゃない?」と言われた。
診断を受けることも考えたが、当時は数年待ちの状況で諦めた。
研究者を志したが挫折した。卒業が近づくにつれ、進路が決まらない不安が募り、摂食障害を発症した。
結局、卒業後はフリーターをしながら、公務員試験の勉強をした。筆記試験は通ったが、面接試験で不採用になった。面接担当者から「本はどういう風に選びますか」と聞かれ「本棚から選びます」と答えるなど、やりとりがかみ合わなかった。
履歴書に空白を作らないため専門学校に入り、在学中にASDの診断を受けた。だが、臨床心理士の言葉に傷ついた。
「あなたの場合、アルバイトもできるし、発達障害とまでは言えないかもね」
社会に適応するために、「こういう時はこういう風に言った方がいい」と必死に学習してきたのに。心理士は励ましたつもりなのかもしれないが、「困り事が少ない」と決めつけられたようで悔しかった。
「女性のくせに無愛想」謝罪文の要求
専門学校を卒業後、書店に採用されたが、職場の環境はよくなかった。上司はことあるごとに怒ってきた。接客も苦手で「態度が気に入らない」と謝罪文を要求されたこともあった。対人コミュニケーションが苦手な特性に加え、「女性のくせに無愛想」というジェンダーバイアスが重なったのだろうと今は思う。
この書店には10年近く勤めたが、35歳を前に、出版社を中心に転職活動を始めた。
その少し前に性同一性障害の診断も受けていた。面接では、自分は男性にも女性にも当てはまらない「ノンバイナリー」だと明かし、明石書店に編集者として採用された。
ある日、一緒に仕事をした医師から「最近、海外では発達障害とカモフラージュが話題になっている」と1冊の本を紹介された。
言いたいことを我慢し、やっとの思いで口に出すとぶっきらぼうな言い方になる、「自閉症っぽくない」と言われる――。「いつも自分が経験していることだ」と気づいた。同じように生きづらさを抱えている人に届けたいと、2023年に「カモフラージュ――自閉症女性の知られざる生活」を出版した。
職場では、発達障害やノンバイナリーであることを公表している。ジェンダー的にはカモフラージュする必要はなくなった。だが、ASDの特性を出さないようにするための努力は続く。
一見「ふつう」に見せるために、水面下では必死に足をばたつかせている。そんな人も少なくないことを、もっと知って欲しいと思う。
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