僕は給食会社の営業部長だ。某市役所の担当者から電話があった。休業中の市役所食堂についての問い合わせだ。すでに何回か電話で対応したことのある案件だ。これまでは条件が悪く収益が見込めない、と理由を挙げて断っている。今回の問い合わせは、条件を見直したので再度検討してくれないか、というもの。なお、先行して話を持ちかけた2社からはいい返事をもらえなかったそうである。そんなことを最初に言われたら身構えてしまう。身構えていれば死神は来ないものだ。
前回の条件は、市役所内の食堂/営業時間は平日ランチタイム/実績1日平均100食50席/厨房機器と食器什器備品と高熱費は業者負担。もちろん各消耗品も/施設使用料(テナント料)を売上に応じた額を支払う/市役所食堂なので価格は上限750~800円に抑えてほしい/であった。これらの条件で試算したら赤字不可避なので断ったのだ。→関連エントリーお役所プロデュースの採算度外視食堂案件に対応しました。 - Everything you've ever Dreamed
「市役所食堂は市民の大切な資産なので活用しなければいけないんです。そこで、皆さんからの助言をもとに条件を見直しました」と担当者。変更点は(1)老朽化してリニューアルが必要な厨房機器は業者負担から市の負担に変更。(2)予想食数は100食から200食に増加。(3)施設使用料はなし。なお、業者による宣伝活動を認めて、食堂存続のために市職員も積極的に利用するらしい。変更点を聞いた第一印象は「頑張ったけれど突っ込みどころが多いな」であった。
まず(1)の厨房機器負担について。「機器(導入)の業者負担はなくなっていますけど、機器の維持費や修繕費や補充の負担はどうなりますか」と確認すると、「そちらが業者さん負担になりまーす」。一応、食器や什器の負担を確認したが、業者さん負担になりまーす、だった。機器の維持費もバカにならないよ…。(2)の食数アップについて。「200食になる見込みはあるのですか。市役所周辺に大規模な施設が出来るとか」と質問すると「環境は変わりませーん」と元気な回答。根拠を求めると「100食では運営が難しいという声を反映して200食を条件にしました」という回答。希望を条件にしたらしい。「休業前は平均1日平均100食ですよね」「そのとおりです」。きつい。きつすぎる。「どうでしょう。施設使用料もありません。200食ならどうでしょう。できますか。できませんか」と希望と幻の200食でぐいぐいと押し出してくるので、その場で試算して伝えた。
【収入】月売上は客単価800円として1日200食、20日間で3,200,000円。【支出】①食材費が1食当たり400円として月1,600,000円。②人件費は200食規模の食堂なので責任者1名とパート4名の直接人件費が860,000円(正社員300,000円/パート4名(1,400円×5時間×20日×4)560,000円)。これに間接人件費をいれてざっくり1,100,000円。③光熱費は過去の実績から200,000円。④食器什器は最低限にして3,000,000円、5年償却として月50,000円⑤その他経費 消耗品代と券売機のリース代で最低100,000円。支出合計が3,050,000円。【収支】売上3,200,000円から支出額3,050,000円を引くと現場利益は月150,000円。売上をかなり多く見積もっているので実際には赤字だろう。つかマックス15万円の利益ならやらない。
担当者に試算を告げて、「実際の食数は100食なのでもっと悪い数字になりますよ。単純に利用者が半分になると売上は半分の1,600,000円、食材費は800,000円、その他経費も食数規模に応じてざっくり半分にして(ならないけど)1,125,000円とすると赤字額は325,000円ですね。実際問題、経費は半分にできないので、赤字額は500,000円くらいでしょう」と教えた。最後通告のつもりだった。「わかりました」と担当者は言った。観念したようだ。「ではこのへんで。また何かご相談があったらお気軽にどうぞ」と僕が話を打ち切ろうとすると、担当者が意外なことを言い始めた。「逆に言えば市から50万円の補助が出せれば食堂運営はできるということですよね」。違う。50万の損失に対して50万の補助では穴埋めにしかならない。企業は利益を生まなければならないのだ。10「50万の補助ですね。わかりました!」と担当者は言って一方的に話を打ち切った。希望に満ちた声だった。身構えていても、死神はやって来るのだ。
公の仕事をしていると、「民間企業は官公庁の仕事を薄利でも受ける」という考えに出くわすことがある。自分たちが利益を追求しない立場だから、利益を追い求める立場がわからないのだ。だから計画(見込み)が甘くなる。今回のケースはおそらく厨房機器の予算を取ってしまったために食堂をやらざるをえなくなっている。次は「月50万円の補助金が出ることになりました」と言い出しそうだ。できないっつーの。地方自治体の事業は、本当にこんなことばかり繰り返している。「市民の資産を寝かしておけない」という考えにとらわれて、より多くの市民の資産をぶち込みかねないからたまらないよね。(所要時間30分)この手のエピソード満載の本を出しました。