ぼっち・ざ・ろっくと「搾取」、そしてポリコレ陰謀論。

 前回の続き。

「ぼっち・ざ・ろっく! #2 また明日」から。
 
 ここから、特定の方のブログエントリの話になります。
 いずれもきちんとした論考なので、ぜひ目を通されると良いと思います。
 

加害性クリエイト論(朱夏論氏)

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 記事の要点としては、
 
・アニメや漫画に描かれた女性がどうなろうと、搾取されるものなんか存在しない。絵は絵である。
・文化(=長年の歴史から生まれた多くのテンプレート的な表現)に対する敬意の欠如
→炎上の原因は「加害性クリエイト」
 
 ということになるかと思います。
 
 まず、「搾取」という表現について。
 
 実のところ、この「搾取」という言い回しは、私もいささか唐突さを感じました。
 
 そして、朱夏論氏はこれを
「性的搾取と見なされたから氷風呂のシーンが水着になった」
 と解釈し、

性的搾取というのは、本来は重たい言葉だ。

擁護者の一部は、「性搾取は重い言葉ではない」などと子どものような言い訳をしているが、いい加減にしろと言いたい。

なんの罪もない作品のファンに向けて、「性的な搾取をしている」などと言いがかりをつけているのだから、そりゃ怒るだろう。

 と、だいぶ怒りに満ちた議論に続きます。
 
 しかし、読み返すと、吉田氏は「性的搾取」とは言っていません。*1
「性的搾取」というのは確かに専門用語であり、重い意味を持ちますが、そう言っていないのです。
ご飯論法のようで気が引けますが)
 
 ちょっと脇道になりますが、id:the_sun_also_rises氏からブコメで教えていただいたヤヤネヒロコ氏の記事。
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 たいへん勉強になりました(皮肉でなく)。
 
 こちらでは、筆者は

 人権の文脈で用いられる「搾取」という言葉は、例えば商業的性搾取のように、弱い立場の人に性行為や労働を強いる行為を指す人権・行政の実務語であり、政策現場に直結する言葉である。

 と述べており、吉田氏が「搾取」とは言ったが「性的搾取」とは言っていないことが認識されています。
 
 人権の文脈では実務語だ、というのも知らなかったので勉強になりました。
 
 しかし、いずれにせよ「搾取」という言葉は、本来は日常語です。
 人権に関わる人々が発明した用語ではありません。*2
 
 日常語をあえて専門用語として解釈して、その用法の不適切さを指摘するのはむしろ不当だと思います。
 
 搾取とは、
「第一義的には動物の乳や草木、果実の汁などをしぼりとることを意味する言葉」
 だそうですが(wikipedia情報)、吉田氏がそういう意味で使っていないのは確かでしょう。
 
 私が「搾取」と聞くとまず連想するのは資本家と労働者なんですが、そういう意味でもないでしょう。
 
 そしてまた、
id:hiroujin 脚本家が顧客に対して「搾取」だと犯罪者扱いした事は、ひたすら無視か。ビジネスやっていれば分かるが、一発アウト案件だぞ、これ
id:lshdagfljhsadfl 原作・原作者・原作ファンを性的搾取だのなんだの侮辱してる
前回の記事のブコメから)
 
 というように、「搾取」を問題視している人は、「顧客を犯罪者扱い」「原作・原作者・原作ファンを侮辱」と、それぞれ微妙に違う意味に解釈しているのがわかります。
(ヤヤネヒロコ氏は「反人身売買の実務語彙」と言っています)
 
 そうなると、己の文脈でてんでに理解して憤る前に、ちょっと吉田氏の文脈を読み取ってみた方がいいように思います。
 
 件の記事で吉田氏が「搾取」と発言しているのは以下の部分(だけ)です。

「ファンの皆さんにはキャラクターをどう捉えてもらっても構いませんし、個人で何を描いても、何を想像しても自由だと思います。ただ公式側が『さぁ搾取してください!』と言わんばかりにばら撒くのは抵抗があるんです」

 確かに意味が取りづらいのですが、最初の文を踏まえると、おそらく「性的に消費されること」、特にこの場合は「性的な二次創作の題材になること」を指しているのではないでしょうか。
「ファンが何を描くかは自由だけど、公式が率先してエロ同人のネタを提供するのには抵抗がある」
 というような趣旨だと私は解釈しました。 



*追記
 なんか、ブコメ
フェミニズム文脈で『搾取』と言った時に性的搾取を念頭に置いてないわけがない」
 というご指摘が多いので補足。
 そうですね、私もそう思います。
 吉田氏は当然「性的搾取」という言葉をご存じでしょうし、念頭にあった上で、術語を避けて「搾取」と言ったのかも知れませんね。
 だから、吉田氏としては
「間接的な性的搾取」
 くらいの意味合いだったのかも知れません。
 以下は、間接的ってどういうことだよ、という話です。*3
*追記ここまで


 それをただちに「搾取」と呼ぶのは、なるほど穏やかでないとは思います。
 
 ただ、一方で、アニメや漫画なら何をどう描いてもいいのか、創作なら加害性はないのか、というと、それも違うと思います。
 
 例えば、もう10年前になりますが、はすみとしこ氏の「そうだ、難民しよう」というイラスト。
 あれに何の加害性もないのか、といえばそんなことはないでしょう。
 あるいは、中国の「抗日ドラマ」に、我々日本人への加害性を見いだすこともできるでしょう。
中国抗日ドラマ読本: 意図せざる反日・愛国コメディ (中国ドラマ読本)
 
 創作であっても、現実世界への繋がりは必ずあります。
 
 してみると、アニメであれ漫画であれ、創作に携わる側の人間が、自分の登場人物の描き方が、現実の誰かの尊厳を軽んじることに繋がっていないかと絶えず振り返ることは、むしろ慎重な創作態度だろうと思います。
 
 アニメのキャラクターを、意味もなく、不必要に、性的にあるいは暴力的に、あるいは愚かに描けば、現実の誰かの尊厳を傷つけかねない。
 それは、合理的な懸念だと私は思います。
 
 朱夏論氏は言います。

氷風呂のシーンに水着を着せずに少女を登場させたとき、あるいは不自然に胸が揺れるシーンが投影されたときに、なにかが「搾取」されているというのが吉田氏の主張である。
 
もちろん、そんなことはありえない。

どれほど性的なシーンを楽しもうと、現実になにかを搾取されたり消費されたり簒奪されたりする女性は一人もいない。

 そう……でしょうか?
 そこまでナイーブな「創作無罪」論は、私には抵抗があります。
 
 確かに、直接的には、誰も何かを「消費されたり簒奪されたり」はしないでしょう。
 
 しかし、例えば、「國民の創生」や「ユダヤ人ズュース」のような作品が広く社会に上映される時、実在の誰かの何かが確かに傷つけられる、と私は思います。
國民の創生 D・W・グリフィス Blu-ray
 
 まあ、繰り返しになりますが、それを一足飛びに
「『さぁ搾取してください!』と言わんばかりにばら撒くのは抵抗がある」
 と表現するのは飛躍があるとは思います。
 
 でも、吉田氏はそういう方向性の懸念をされてるんだな、とは感じました。
 
 アニメ表現が直接的に誰かを搾取することはあり得ないけれども、公式がそういう表現を「ばら撒く」ことは、現実の人間の搾取に……時には性的搾取につながり得る、という。*4
 
 なお、テンプレート的な表現を重んじるべき、という話には全く賛成しません。
 表現の妥当性というのは、社会の変化とともに絶えず移り変わっていくものです。
 むしろ、長年のテンプレートだからこそ見直されるべき、ということもあると思います。
 
 保毛尾田保毛男が問題に……なったのはもう2017年ですが、ああいう表現もかつては一種の「テンプレ」だったわけですからね。


 
 これも時代とともに妥当でなくなった表現(どの程度テンプレかはともかく)

こちら葛飾区亀有公園前派出所「派出所自慢の巻」
 
 面白いからテンプレートになったのだ、というのはその通りでしょうが、むしろそれを打破するのも創作者の手腕ではないでしょうか。
 
 ともあれ、「搾取」という表現が不穏当だった、という点については私も同意します。
 吉田氏の懸念はわかるのですが、それを表現するのにもっと妥当な言葉があったろうと思います。
 

「確固たる信念で差別に抗っている」とはとても思えない(CDB氏)

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 ……正直、私は読解力がないので、氏がこの記事で何を批判したいのか、要点がいまだによくわかってないんですが。無料部分しか読んでないからいかんのでしょうか。
 がんばってまとめてみます(違ったらご指摘ください)。
 
「ぼざろ」については、
・原作ファンから放送当時「入浴シーンが性的に規制された」という声はほとんどなかった。実際原作でもそんなに性的なシーンではないわけですから。
・確かに肌の露出を減らしたとは言えるが、それって今の日本のテレビアニメとしてごくごく平均的な自主規制
・むしろスクール水着を着たことで入浴する主人公のお尻を後ろから描くという(略)むしろ性的表現としては強まっているという見方もできます。
 
そのほかの話。
・(「虐殺は嫌だ」という一方で)具体的に「何が虐殺なのか」を一切言ってないんですね。(略)「パレスチナ」「イスラエル」「ガザ」を検索すると具体的な言及はほとんど見つからない。
・(「虎に翼」への批判に対して)吉田恵里香氏は、この巨大で明白なトランスジェンダーに対する攻撃に対して今にいたるまで一切の言及をしていません。
 
 ……つまり、結局のところ、氏がトークショーで言ったことに具体的な問題は何もない。アニメ脚本家としてもきわめて有能。
 ただ、今の日本では「ごくごく平均的な自主規制」を、特に取り上げて語ったために炎上した、と。
 
 だとしたら……つまりほぼ何の問題もないってことですよね。
 
 あえて言えば、反戦、反差別などの声を上げる一方で、それが不徹底であることが問題だ、ということでしょうか。
 
 しかし、炎上を警戒すること、炎上したら収まるまで黙ってやりすごすことは、それこそ「ごくごく平均的な」対応なのではないでしょうか。
 
 CDB氏ご自身が書いているとおり、
「洋画界隈でポリティカルコレクトやフェミニズムに言及している意識の高いプロの書き手の中には、この数万人の死者を見てもパレスチナのパの字も書いたことがないという人が少なくない」
 中、声を上げるだけでも立派なことです。
 
 そこへさらに行動する人、批判に対して徹底して論陣を張る人はもちろん非常に立派です。
 しかし、だれもがそんな徹底した行動ができるわけではありません。
 
 社会的善のために戦う勇者は尊敬に値しますが、「勇者でない」ことを以て誰かを非難するのは不当です。
 誰もが、例えばグレタ・トゥーンベリ氏のように英雄的に振る舞えるわけではないのですから。
 
 また、どうも奇妙なのですが、CDB氏は吉田氏の「不徹底」を論難する一方で、フェミニズム、ポリティカルコレクトネスに賛同するかというと、全くそうではないようです。
 意地の悪い見方をすると、吉田氏に決定的な失言がないこと、「叩きやすいフェミニスト」でないことが不満なのでは、と思えてしまいます。
 

「敵」は一枚岩に見えるもの。

 さて、吉田氏の話からは離れますが、CDB氏の記事で最も気になるのは、その「ポリコレ陰謀論」とでも呼ぶべき部分です。
 脇道ではあるのですが、CDB氏ご自身が記事中で関連付けて述べてるので。
 
 いささか長くなりますが、正確さのために引用します。

上記の入浴シーンにも言えることですが、現状の学生に増えている膝まであるタイプではなく、旧式の露出の高いスクール水着をあえて描いているともいえます。
 
これらの表現は、「性的搾取」を問題視する人々に一切不問にされています。赤いきつねのCMでうどんを食べている表情が赤らんでいることすら問題とするのに。
『ぼっち・ざ・ろっく』に限りません。中学生と大学生が交際するセーラームーンはいいのか悪いのか?入浴シーンでのヌードや善逸くんのセクハラがある鬼滅の刃は性的搾取なのか?さらに激烈な性描写があるエヴァンゲリオンは配信サービスも含めて「ゾーニング」されるべきなのか?これらについて、フェミニスト、あるいはポリティカルコレクトを重視する人たちは、ある時は「もちろんそれらも問題視している人たちがいる、そんなことも知らないのか」と反論し、またある時は「これは問題ではない、そんなこともわからないのか」と擁護し、また別の人たちは完全に沈黙する、というバラバラな対応を取っています。単にバラバラであるだけではなく、バラバラであることを指摘されただけでも非常に彼らは怒り、攻撃的になります。
 
「どの表現が問題なのか」「どういう表現ならいいのか」という基準の議論を彼らは極端に嫌います。最終的に彼らが求めているのは確かな基準ではなく「何をゾーニングするか、我々の政治的代表者に自由に決定させろ」という権力獲得の運動だからです。
 
表現規制というと「規制する権力」を誰もがイメージしますが、実は「自分たちの味方は規制しない権力」「ゾーニングするかどうかを作家の党派性で決定できる権力」でもあるわけです。そしてそこを掌握してしまえば、今や世界興収800億円というハリウッド超大作級のヒットを生み出した日本のアニメ産業に対して隠然たる影響力を持つことができる。これは左派だけではなく、宗教右派と左派が明らかに連携して狙う動きでもあります。
 
そして今、吉田恵里香氏は、そうした人たちから「意識の高い作家」としてシンボリックに支持されている脚本家でもあります。

 大まかにまとめると、
「氷風呂のシーンではむしろ性的描写が増しているのに、フェミニストからは叩かれていない。これは彼女がフェミニストから支持されている脚本家だからだ。
 
 どんな表現が問題で、何が問題でないのか、ポリコレを主張する人々の基準はバラバラで、そのことを指摘されるのも嫌う。
 
 なぜなら、彼らが求めているのは、「何をゾーニングするかを我々の政治的代表者に自由に決定させろ」という権力だからだ。
 宗教右派と左派は結託して、日本のアニメ産業を陰から掌握しようとしているのだ」

 という……。
 
 まじかー。
 私がポリコレを主張する側なのは、なんか「ポリコレ大首領」みたいな人に権力を握らせるためだったのかー。知らなかったー。
(ところで誰が「代表者」なんですかね?)

 泣く子も黙るポリコレ大首領(AI生成による想像図)
 後方のポリコレ秘密結社幹部のうち、左手の赤い服の集団は左派、右手は宗教右派である。
 
 たいへん意地の悪い言い方になりましたが、こういう「ポリコレ陰謀論」的な物言いは、ポリコレを嫌う人がSNSで言うのは時折目にします。
 しかし、CDB氏のような知的な方が、もっともらしくそれを語ってしまうとは残念です。
 
「基準がバラバラなのは陰謀」
 というお話ですが、ここまで見た通り、吉田氏を批判する人たちは、CDB氏を含め、
 
・「ノイズ」という言い方が問題だよ。
・いいや問題じゃないよ。
・吉田のせいで原作ファンを裏切る内容になったよ。
・いや吉田に影響力なんかなかったよ。
・検閲だよ。
・いいやあんなの今の日本ではごく普通の自主規制だよ。
・吉田は性的表現を削ったよ。
・いやむしろ性的になったよ。
 
 と、まったく言うことがバラバラです。
 
 してみると、吉田氏を批判している人たちにも、どこかに「アンチフェミニズム政治的代表者」がいて、指令を下しているんでしょうか? CDB氏も大首領の指令を受けている?
 
 ……もちろん、正気の人間ならそんなことを信じるはずがありません。
 
 まあ、ある人に言わせると、私は
「被害妄想のレベルに入ってて社会生活が営めているか心配になる」
 んだそうですが、さすがにそんな話を信じるほど正気を失ってはいません。
 
 大勢の人間がいたら、言うことがバラバラになるのは当然です。
 吉田氏を批判する人たちがバラバラなのは、単に「一人一派」だからでしょう。
id:the_sun_also_rises氏は言います
 
「言ってることがバラバラなんてことは炎上の常。対象を非難するという一点でまとまるから炎上するんだよ。これに限ったことじゃない」
 
(よもや、氏の発言を肯定的に引用することがあろうとは)
 
 ともあれ、むしろ、大勢が同じ事を言っている方が「明らかに連携して」いる証拠だと考えるのが当然でしょう。
 その逆を主張するのは陰謀論に過ぎると思います。
 
 また、「ポリコレの基準が統一されていない」という話、それは確かにそうでしょう。
 
 時代とともに「適切な表現」は移り変わってきました。
「これが決定版の『正しい表現』だ!」などというものは、今もこれからも、存在するとは思えません。
 
「こういう表現は不謹慎だよ」
「ええ? それは筋違いでは?」
 といったやりとりの中で少しずつ基準が形成され、また時代に合わなくなって修正され……という営みこそが、ポリティカルコレクトネス、「政治的妥当性」なのだと思います。
 
 成文法ですら、不変ではなく、社会の変化に合わせて毎年少しずつ改廃されています。
 それを、
「ちまちま改廃するのはやめて、決定版の『正しい法律』を作れ」
 というのが無理筋なのは、誰しも理解されると思います。
 まして表現の価値観においてをや。
 
 たぶん、そういう「社会的議論による漸進的な社会改良」という発想が、「保守」的な立場からは理解されがたく、「基準が示されないのは陰謀」だとか、あるいは逆に「弱者リスト」とか言われるのかも知れません。
 
 思うに、基準はそのように曖昧で変化しうるものなのですから、誰かから批判があった時にも、必ずしもそれに従う必要はないのだと思います。
 きちんと筋の通った反論ができるなら、それもよりよい基準を作るための議論の一人になることであり、それもまたポリコレではないでしょうか。
 
 対立する相手は一枚岩に見える、というのは、人間誰しもあることと思います。
 しかし、そこで安易に陰謀論に脳を明け渡すのではなく、相手を理解しようとする姿勢が必要だと思います。
 いや……そういうDEI的な発想がお嫌いなのかも知れませんが。
 

Whataboutism

 ……ところで、フェミニストは批判の基準がバラバラ」と批判なさる立場として、以下のポストについてはどうお考えでしょうか。


 アニメ「名探偵コナン」の監督であるこだま兼嗣氏曰く、

 ショッキングなシーンをまず省くことから始めたんですよ。

 女性である、あるいは母親である人たちがイヤだと思うことを全て排除したんですよね。
 セクハラだとか、女性が意味もなく被害者になるとか、子供が被害者になることを全部、シナリオの段階で取ってしまったんですよ。

 これ、吉田氏と方向性としてほとんど同じ……そしてそれをより一層徹底した形で述べていますよね。
 
 いやまあ、ここでCDB氏に「こだま氏も批判せよ」と迫ることはしません。
 それはワタバウティズム(詭弁の一種)ですから。
(ところで、引用されてるCDB氏のポストも藁人形論法ですね。風刺を意図しているのはわかりますが)
 
 しかし、なにゆえ、こだま氏は「一切不問に」された一方で、吉田氏は炎上したのか? と考えると、炎上に加わっている人たちが本当は何に怒っているのかが見えてくるかな、と思います。
 

まとめ(ブコメを見て追記)

 書いて2日経っても1ブクマしかされなかった(それも、idコールつきで言及したthe_sun_also_rises氏)ので、
「そりゃまあ、他人のブログ記事に言及しただけの記事とか読む人いないよね-、まあ、それはそれで平和でいっかー」
 と思っていたのですが、なんか土曜になったら急にブクマが増えて目を疑いました。
 
 ブコメで物言いがついてるのは、主に
「吉田氏は性的搾取が念頭にあったはずだ」
 という点で*5、その他の主要な論点……
 
・創作無罪ではない。
・テンプレ表現は便利だが、敬意まで払う必要はない。むしろ意識的な見直しが必要。
・「勇者でない」ことを非難するのは不当。
・「意見がバラバラなのは陰謀」説はおかしい。
・「ポリコレ」の基準は社会的議論によって変化するもの。
 
 といった点については異論がないように思います。
(そこまで読まれてないだけかも知れんけど。トップコメを見るに)
 
 すでに書いたとおり、「搾取」という表現については、私も
「言わんとすることはわかるけどもっと違う言い方があったよなあ」
 くらいに思っているので、はてな諸賢と大きな見解の差はないようで幸いです。
 
 頭のいい人の記事にケチをつけたので、そっちの方向の議論でぶん殴られるのではないかとわりとドキドキしていたのですが。
 

補足

 まあ……個人的には、そもそも
「俺を妄想狂呼ばわりしやがったな!」
 という私怨で書き始めた記事なので、そこに反論できた時点で目的は達したのですが。(志が低い)
 
 しかし、前の記事を書いた後、他の記事へのリンクを紹介されて2つほど読んだので、義理を果たすためにそれにも触れておきます。
(あと、一部ブコメへの返信を最後に追記)
 
 まず、上でちょっと触れた、id:the_sun_also_rises氏が紹介してくださった記事。

 

*1:記者が地の文で書いてる。

*2:さらに脇道ですが、類例として連想するのは「けもの」ですね。
けものフレンズ」が始まった時、ケモナー界隈の人が
「全身毛皮に覆われたキャラを愛するのがケモナーなのに、あんなケモノ度が低いキャラクターを“けもの”と呼ぶなんて!」
 と驚いていたそうです。
『けものフレンズ』大ヒットの理由とは? ガチケモナーな東大研究者が語るケモナーの歴史とその深淵
 いやでも、「けもの」って平安時代からある言葉で、ケモナー界隈での限定的な意味づけは、近年になってできたものですよね?

*3: アップした当初から、「創作でも実在の人物を傷つけ得る」という話自体は書いてあるんだから論旨を読み取って欲しい、というのは高望みなのかしら。

*4:この一文も追記。

*5:そうですね。念頭にあって、その言葉の重みを理解しているからこそ、そう言わなかったのかも知れませんね。