かつての墓標 作:完全な文章を夢見る1
巫山の雲を知る者は、それ以外の雲には心惹かれない。
花が咲き乱れる庭を通っても、もう振り返ることはない。
修道への想いと あなたへの想いが、半分ずつ私の心を占めているから。
いつの日からか、わたしに向かって来るモノが増えた。
それは機械のようで、稀に生徒の様な光を湛えたそれもいた。
まるで遠くから探り探り手を伸ばしているようで、わたしの事を捨て駒を用いて調べているように思える。
別に気にする程の存在では無いから適当にあしらって後は無視していたけれど……余り無視を続けていると、いずれ役割の邪魔もしてきそうだ。
相手してあげるのも各地を回っている合間だけしか時間がないからサクッと済ませたい所だけど、幸いにも機械の軍勢はどれも同じような規格で出来ていて特定の一勢力がずっと戦力を送ってきているみたい。
どいつもこいつも同じカラーリングだから、真面目にやる気があるのかも怪しいけど。普通、多少はバラつかせて相手に気付かせないようにしそうなものだけど……
いや、今の情勢でわたしに嗾けられる程機械を使える勢力なんてほとんどいない。
辛うじてミレニアムの残党が「廃墟」の一角に陣取って残骸の修復や部品流用で幾らか扱える程度で、それ以外は軒並み自分達の手で戦うしかない。
そう考えると、そもそも偽装した所で無意味だったかもしれない。それならいっその事あからさまに自己主張した方がマシか。
わたしの居住地の中に居た鳥さん達にお願いして色々調べてもらった結果、北方にかなり大規模な金属質に変化した大陸の様な存在がある事を確認した。
文明の発展度合いからして、此処が相手の本拠地か限りなくそれに近い物に思える。それに、この周辺はあの大陸を中心に一定距離から先に進めないようで、恐らく不可視の結界のようなものを伴っているらしい。
しかも金属質な大地は徐々に無事な大地を侵食しているらしく、遠くない内に人類の生存域まで脅かされる危険性もあるらしい。
果たして誰がこんな事をしているのか……それを確認するとしよう。
鋼鉄大陸から少し離れた所に降り立つ。
……成程、興味深い。極めて高度な技術が用いられた結界……いえ、物理的干渉力も保有していますし、科学技術の産物ですからバリアと言った方がそれらしそうだ。
次元そのものから隔絶する事で外部からの影響を遮断する、ある種最高峰の防御といえるだろう。尤も、それが必ずしも有効であるという根拠はないのだけれど。
手の内で蛇を斬り落とした炎の剣を回し構える。
機械がどこに引き籠ろうが勝手だが……それで増長し、他所にまで迷惑をかけるのは見過ごせない。
そのつもりがないなら、侵食して自分の領域を増やさず引き籠っていれば良い。そうしていないのなら、害する意図有りと見做して攻撃するのも致し方のない事だ。
何人たりとも、死者の安息を揺るがす事は許されないのだから。
炎の剣が一段と強く燃え上がり、半ば棒のようであった其の刀身、鍔が広がりツヴァイヘンダーの様に拡大する。
上段から、袈裟斬りに勢いよく振り下ろす。一瞬の空白の後、その軌跡に沿って莫大な熱量が焔の形を取り、殺到する。
バリアは数瞬の拮抗の後、紙切れの様に破断し鋼鉄大陸の国土をその一閃で両断した。
剣を振り払ったその直線上は地表以下の岩石に至るまでマグマのように融解し、巻き込まれた近辺の建造物も煽られた熱で僅かに融け出している。
炎の剣を元通りの質素なモノに戻した後、悠々と開けた穴から鋼鉄大陸へと侵入する。
突如の襲撃に慌てたのか、多くの兵器が一気に差し向けられたけど……以前差し向けられたモノと程度は変わりない。
一振りで複数体を一気に溶断し、真っ直ぐに中心へと歩いていく。
何やらさっきからキンキンと響く子供の声がやかましいけど、どうでも良いのでスルーし邪魔な建造物は穴を空けて直進する。
何体か多脚の戦車のようなものに遭遇したりしたが、まぁ相手の攻撃はそもそも当たりやしないし当たってもわたしに届かないし、両断すれば停止するし……
正直、戦うという意味で言えば機械よりも人間の方がずっとやりにくい。
これでデータを取っているのかもしれないが、そんな悠長にやっていて間に合うのかとか敵の方が気になる。
侵入から数分、わたしは最奥と思しき空間まで到達した。
「……はじめまして、『守護者』。我の名はマルクト。
この鋼鉄大陸の主です」
「……そうですか。では────」
「少々お待ちください。こちらに戦闘の意思はありません。
貴方がこちらに来る事となった原因さえ教えていただければ是正します」
……はぁ、と軽く息を吐く。
彼女が庇っている子達にヘイローに類するモノは確認できませんが……目の前でマルクトと名乗った存在にはヘイローが存在する。
それに、戦闘の意思がないのだとしたら何故大量の機械をわたしに差し向けたのか。
大方、子供の声がしていた事からしてそこの庇っている子達が何かしていたのでしょうが……
「そちらの鋼鉄大陸とやらの侵食を放っておけば、いずれ現生人類の生存圏は縮小する。
それはわたしの役割に反する。いずれ害を成すのならば、先に排除した方が後の為になる。
それに、今更あれだけ手勢を差し向けておいて戦闘の意思は無い、とは何のつもり?それが通ると思っているのか?」
「それは……我には、この妹達を守るという役割があるからです。
例え無理筋であったとしても、姉としての責務は果たさなければなりません」
…………姉としての責務、か。
姉は、妹を守る為になんだってできるし、最善を尽くすモノだ。それは誰よりも、わたしが知っている。
お姉ちゃんが血縁ですらないわたしにすらそうであったのだから、他の姉が全てお姉ちゃんのような存在ではない事などありえないという事を失念していた。
そして、妹もそれは同じだから……はぁ、機械が人間らしく振舞わないで欲しい。
どう判断すべきか、悩む。仮に侵食が止まったとして、それがまた始まらない保証などどこにあるのか。
「……やはり、駄目でしょうか」
「…………仕方のない事だ。折衷案といこう。
1年に一度、今日と同じ日、同じ時間にわたしは此処に襲撃を掛ける。
わたしの襲撃から今が……ざっと26分か。
そうだな、わたしが鋼鉄大陸のバリアに向けて最初の攻撃を行う。それから鋼鉄大陸を放棄する、鋼鉄大陸から退避するなどといった戦闘を放棄する行為以外のどのような手段を用いても良いから、最初の攻撃から25分の間耐えれば、その1年は見逃す事にする。
当然、これ以上の侵食を確認すればわたしは問答無用で殺しに行く。今回はこれで終いだ」
「……寛大な処置に感謝します」
マルクトが頭を下げる。わたしは襲撃を掛けた側で、そのような事をされるような相手ではない。
その行動に反応をせずにそのまま去る。
そしてそれから、わたしと奴らは長い、長い時を過ごす事になる。
毎年毎年奴らは新たな手段を講じ、わたしの手から逃れる。
当然わたしから逃げきれず何千万体の預言者が殿として消えた事だろう。しかしそれでも、彼女達はその命を残し続けた。
わたしが全ての命に対する墓標を建て終えた後も、ずっと。
21億4748万3647回目でソフを手に掛けて、42億9496万7297回目でアインとやらを斬り殺した。85億8986万9056回目でオウルを狩った。
141億8243万9040回目で完全に全ての預言者を削り切り、それでも残った都市機能とマルクト一人で、ずっと抗い続けた。
そして1374億3869万1328回目の襲撃。
25分が経過し、マルクトは四肢を失い満身創痍といった風体で、わたしは服についた煤を払った。
「……我の負けだ、殺しなさい」
「……もう25分は経過した。既に戦いは終わってる」
「これ以上使えるリソースはありません。後1年あった所で、もう今の様に戦う事も逃げ回る事も出来ない。
……それにもう、戦う気力も……」
……ああ、わたしが奪ったのは、ただの命では無かったんだな
彼女の眼には諦観しかない。
かつてのわたしの様に、全てを失ってしまった者の眼。その眼をさせたのは、わたしだった。
……ああ、わたしは。自分の手で、あの日の自分を生み出してしまったのだ。
そう思った時、わたしは何かを考えるよりも先に、彼女を抱え上げてしまった。
「え?……な、何を…!」
「……気が変わった。一人ぼっちは『空虚』だから。
また、何もなく墓参りを続ける日々に戻ると思うと、わたしは胸が空っぽになる。
それはとても苦しくて、何も考える気力が沸かないものだから。
だから、話し相手になって欲しい。家族を奪っておいて、図々しいお願いだろうけど」
「…………」
彼女は、何も答えなかったけど、抵抗もしなかった。
わたしの住む場所に、わたしにとって最初で最後の完全な同居人が増えた。
手足も質素なものだけれど作り直したみたいで、昔みたいな派手な動きはしなくなったけれど、話し相手や、鳥や花と過ごす時間だけはちゃんとしてくれた。
そうして、いつの日か。此処は世界から閉ざされる。
貴方に、お姉ちゃんを重ねてしまったわたしを、どうか許して