かつての墓標   作:完全な文章を夢見る1

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三,紅の絹衣

──紅い絹の衣は、流行を追いながらも

紗に織り込まれた花々が柔らかに映える。

決して生地が弱いからと嫌わないでほしい。

少しの解れが、却って人を惹きつけるのだから。

 


 

(探索で発見された文書より抜粋)

かの存在が最初に確認されたのは「色彩」の襲撃からおよそ6年前の事である。

正確に表現するならば、事ここに至ってその存在を明確に認識できたというべきか。

6年前、我々はトリニティ自治区の一角で大規模なエネルギー反応が凡そ10~20秒発生した後、突如として消失した現象を観測した。

そのエネルギー量は「色彩」の襲撃時に出現した虚妄のサンクトゥム1つ分に匹敵すると表現すればその規模が予測できるだろう。

しかし後に調査を行った際、該当区域には不自然な程に周囲への影響が少なかった。

被害が無いというわけではない。おおよそ爆心地と推定される土地は文字通り更地と化しており、其処には草木一つすら生えていなかった。

もう一つ特筆すべき点は、「そこに何があったのか」という事実が抹消されているという点だ。

該当区域近辺は高級住宅街と呼ぶべき区画であり、そこに突如空白の区域が出現したというのに、周辺の人間はそれを何も不思議に思っていないのだ。

まるで初めからそうであったかのように。

しかし事実としてトリニティの土地管理に関する資料を閲覧しても、該当区域には「何もなかった」という事実は裏付けされている。

しかし、我々はここに「何もなかった」とは思えない現象が存在する。

 

我々は仮にその現象を「残影」と呼称する事とした。

「残影」とは特定の空間或いは時間、もしくはその両方が影の様に世界へとこびり付いたものでは無いかと推測している。

「残影」の空間内に踏み入れれば踏み入った者達もその残影の空間内に入り込む事が可能であり、その空間内での出来事を第三者の視点で追体験する事が可能である。

ただし、注意するべきは「残影」はその時間の転写であり、映像として見ているわけでは無い点である。

言い換えれば我々と「残影」の中の造物は相互に干渉する事が可能であるという事だ。仮に「残影」の中の人物を殴ろうとすればそれは回避するし、「残影」の中の人物が我々に殴りかかる事もできる。

しかし、「残影」の中の物品を外に持ち出す事は出来ないし、「残影」の造物が外に出る事も出来ない。

話を戻そう。該当する「残影」の空間は内部に設置されている日付を示す物品の数々から「色彩の到来の6年前の7月末」と推定されており、これは大規模なエネルギー反応とその消失現象の日付にほど近い。

つまり、「残影の中で何かが起きた結果大規模な反応が発生したか」、或いは「何かが起きた結果残影が誕生した」のではないか、と我々は推測した。

その後、各地で「残影」と類似した現象が発生し、後者の推測がある程度正鵠を射ている可能性が高まった。

各地の「残影」はほぼ全てが二人の主要な登場人物で構成されているが、その中で攻撃性を持った「残影」は一つしか存在しない。

それが該当区域に残っている「残影」である。その「残影」についての情報をここに示す。

 

・屋敷には豪華な調度品が多く存在する。それらは全てトリニティ内でそれなりの地位を持っている事を示していた。

・トリニティの生徒の特長を持った子供──仮に人物Aとしよう──は屋敷内を徘徊し、目についた存在をあらゆる手段で殺害を試みる。

・人物Aの顔面は不自然にねじれ改竄されており、個人を特定する手段は存在しない。

・外見的特徴の中で比較的個人の特徴足り得る点は、夕日の様な、或いは朝日の様な橙色の髪が腰ほどまで伸びている点である。

・屋敷内の徘徊は限りなくランダムに近いが、物音を立てた方向に向かいやすい習性がある。

・視覚情報や聴覚情報を受け取る力に優れているのか、音を立てないように気を付けなければ容易く聞きつけ相手を殺害しに走るだろう。

・人物Aが狙う人間には優先度があるようであり、残影内の人物の中でも「人物Aと血縁関係にあると思しき人物(対象Aと呼称)」、「屋敷に務めている人物(対象Bと呼称)」、「残影の中に侵入した人物(対象Cと呼称)」の順で狙われる傾向にある。ただし、害を加えた場合は優先度が変わる場合もある。

・「残影」内の対象A、対象Bの全殺害が終了すると、凡そ5分後に「残影」の再構築が行われ殺害した全対象が前回の記憶を消去された状態で蘇生され、人物Aがまた対象の殺害を開始する。

・「残影内で殺害される」、「再構築が行われる前に残影からの脱出に失敗する」などの原因で再構築に巻き込まれると対象Bとして「残影」の中に飲み込まれてしまう。

・上記の理由の為、常に人物Aの動向には気を向けておく必要がある。

 

恐らく、我々は失敗したのだろう。

彼女は我々の命を狙っている。しかしそれは殺意からの理由ではない。

むしろ、ある種の慈悲とすら言えるだろう。彼女は、ただ導くだけの存在だ。

全てを解き明かすには、我々では時間が足りなかった。故に、この文書を残す。

どうかこれを読む者が真実を探求せんと欲すのならば、我々の遺志を継ぎ、この「残影」と、その現象の原因を突き止めて欲しい。

我々には、まだ先へと歩む足があるのだ。

……「残影」。言い得て妙だ。それはまさしく、過去の虚像なのだから。過去に起きた事を周辺環境ごと再演するのが「残影」。より正確に言うなら、「世界から無かった事にされた事実の残滓」だろうか。どうやら、探究者は限りなく正解に近い所まで辿り着いていたらしい。

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