かつての墓標   作:完全な文章を夢見る1

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二,水晶の簾

──山の泉が階段を廻りさらさらと流れ。

桃の花が満開のまま、小さな楼を映し出す。

道書を読もうと思うが、怠くて起きられず

水晶の簾の下で、髪を梳く姿を眺めている。

 


 

懐かしい夢を見た。

暖かい日差しの中、わたしは箱庭の野花を摘み、編み上げた花冠を得意げに見せた後、貴方の頭へと乗せて。

貴方はいつもの様にわたしを撫でている。

貴方に包まれながら貴方の読み聞かせる本を読んで。

貴方と同じ卓を囲んで、貴方が家から持ってきたお弁当を一緒に食べたり、たまに料理して暖かい物を食べたり。

貴方の世界にほんの一コマ居られるだけでわたしは幸せだったと言える。

 

けれど貴方は、その日々が永遠に続く事が私の夢だったと言った。

わたしはそれを受け入れられなかった。わたしはずっと一人のものではいられなかったから。

今になって思うと、わたしはその夢を受け入れて叶えてあげるべきだったのかもしれない。

けれど、それは仕方のない事だ。人は皆、永遠に誰か一人のものではいられないから。

わたしだって、本当はそうしたかった


 

そっと目を開く。

下らない感傷だった、と自嘲して笑おうとしたけれど、上手く笑えた自信がない。

過去を顧みる事を無意味と主張しながら、自分はまだ未練があるかのように、とうの昔に切り捨てた過去ばかり夢に見る。

夢を見る必要すら本来は無いのに、未だに夢を見るわたしは何に縋っているのだろう?

 

植物に水やりはすれど花をまともに見る事はなく、触れる事もしない。

わたしに触れてくれる人もいない。

誰もわたしを慰めてはくれないし、マトモに話してくれる人もいない。

今は食事も必要がないし、お腹も空かない。今のわたしにとって、食事とは単なる儀礼に過ぎない。

味なんて当然分からないし、食欲をそそる必要もない。

眠るという行為だって、該当する生命活動を擬似的に行っているだけで本来はわたしに必要ある行為ではない。

どれだけこの空間が穏やかで優しい空間であったとしても、空白が埋まる事はない。

何故なら、その穏やかな空間を共有する相手はもういないのだから。

一人ぼっちで何もなく過ごす時間程、空虚なものもない。

 

暖かい日差しも、ここまで来るとうんざりする。

変わらない事の悍ましさをこれ程疎ましいと思った事は無い。

きっとここに咲く花々からすれば幸福なのだろう。花々が咲き乱れるのどかな空間を楽園と表現するのならば、ここ程その表現に適している土地もそうないだろうから。

しかしそれはある種の逃避だ。一歩外に出れば、そこは人の命を必死に食い繋ぐ事で何とか永らえるしかない荒野。

酷い所は木の根すら食べ尽くし、餓死寸前まで追い詰められた子までいた事も記憶している。

ああ、何故あそこまで苦しまなければいけないのか?

人がそれ程までに罪深い生物であったとわたしは思えない。確かにこの世界を睥睨すれば非は幾らでもあった事だろう。

私腹を肥やし汚職に走った者、子供を道具の様に扱い消費した者、他人に迷惑をかける事を何とも思わない者。

助けを求める者に手を差し伸べなかった者。

果たしてそれらは、無関係の人間に累を及ぼす程の重罪であったのだろうか。

 

それなら、何故わたしだけが今のうのうと生きる事を許されているのか。

それともこの行為を行う事自体がわたしに課せられた罰なのか?

ならば、わたしは生まれた時から罪を背負わなければいけなかったのか?

それが事実なら、どれ程気が楽になるか。


 

目を閉じる。今日はどうにも、後ろ向きにばかり物事を考えてしまう。

わたしの存在する意義を考える度に、わたしは自分を嫌いになってしまう。

もし罪というものが全てに存在するのならば、それを裁定する存在が罪を犯していないと、一体誰が証明してくれるのだろうか。

自分より上の存在が見当たらない裁定者の中立を、一体誰が保証してくれるのだろう?

わたしには、自分の行いの正当性が分からない。

もしこの世界に誰も知覚できない絶対者がいるのなら、きっとそれは相当悪辣なモノだろう。

 

……こんなにもこの場所は希望に溢れているのに、わたしには絶望しか与えない。

そんな場所にわたしを置いて、きっと今もずっと、掌の上で黙々と役目を果たしているわたしをただ見ているだけなんだろう。

ああ、不愉快だ

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