作者が休んでいる間、限定ガチャに新規シナリオ──両作品で実に色々なイベントが開催されては終了しました。マジで作者は危機感を持て
その間に小説の細かい部分を改訂しようかと考えていたので、本話の投稿にあたりいくつか変更しました。
・マックスの二人称
・ハヅキの所属する部活の名称
作業台の上で発明品と睨み合いをしていると、発明品に差し込んだ窓型の明かりが橙色を帯びてきていたことに気付く。
そうしてようやく、今日という一日が活気付き始めたことを知覚する。
何者かの気配がしたものだから、その方向に首を傾けてみると...
「おはようございます...ゲホッ。
こちらでお会いするのは久々ですね。」
「本当に入れてしまうとは…。」
その先では、二人の顧客が工房の入口に立っていた。
生徒と思わしき二人組は、薄いアウターを着ている。
常連とはいかずとも、今や結構な頻度で訪れてくるようになったハヅキ。
隣には、結んだ髪を後ろに垂らした、淡い表情の少女。
二人してやけに呼吸音が大きく、顔も紅潮した様子だ。怯えや焦燥の感情が見て取れない辺り、外敵から逃げてきた訳ではないらしい。
それにしてはハヅキの方に、単なる運動では説明できない疲労が溜まっているように思えるが...
「いらっしゃい。ハヅキと...見ない顔だな?」
「初めまして、トレーニング部の部長、乙花スミレと申します。隣にいるハヅキのクラスメイトです。」
ミレニアム校のパンフレットで見かけた、トレーニング部の所属だろうか。
肉体改造への熱意が強すぎるあまり、部外の人間にも極めてハードなメニューをお出ししてしまう部員がいるという噂は小耳に挟んでいたが....
目の前の子が本人であると決まった訳ではない。ハヅキがやたら疲れているのは、単に二人の間に体力差があるためだと信じることにした。
「それで...シャッターを
「はい。始めはハヅキの冗談かと思っていたのですが...本当にあのような手順で入れるとは思いませんでした。」
俺の工房は、スケジュール上では定休日だ。従業員には毎週きっちり休みを取らせているし、表の小売も閉まっている。
だからといって、定休日も店の勝手口も間違えて作業場から入ってくる客など、そうそういるものでもない。
この訪問が意味するものは一つ。
目の前の少女達は店の裏にあるこの工房へ、飲食店でいう所謂“裏メニュー”を求めてきたということ。
彼女達は裏口に仕込んだ秘密の認証を通って、作業場に入ってきたのだ。
「待ってな。散らかったままだが、用意してる間眺めていってくれよ。」
「ありがとうございます。...もしよろしければ、待ち時間にストレッチの許可を頂いても?
入店前にクールダウンを行いそびれてしまいまして...」
──まぁ、だからといって特別緊張感のある営業ではないのだが。
準備を進めている間にハヅキが回復したらしく、手伝いを申し出てきた。
うちには秘密が多いものだから、安易に客人を奥まで案内できないと断って戻らせた。タダ働きはさせない主義だし。
──そろそろバイトの募集も検討してみるべきだな。その機会にでも手伝ってもらうとするか。
「それで...何か欲しいのはスミレの方だったよな?銃でなけりゃ、大体の注文は受け付けるぞ。」
「単刀直入に言います。家庭用のトレーニングセットを作っていただけませんか?」
スミレから返ってきた答えは、予想し得る限り最もベタなものであった。
「先程申し上げた通り、私はトレーニング部の所属です。
普段は校内のジム施設を利用しているのですが、自宅でもウェイトトレーニングを行いたくなる場面はあるものでして...
己の筋肉を追い込むためには、継続的なトレーニングが欠かせません。ジム施設に有事が起こった際にも、変わらず己を追い込むことができる環境が大切なのです!
しかし先日、トレーニング器具が負荷に耐えられず破損してしまい...
普段のメニューに必要な機能は、ほとんどが使えなくなってしまいました。
新調するにあたって、高い負荷に対応した器具を求めているのです。」
「把握したよ。
それで、うちの工房まで来た訳は?
特注は高くつくぞ?学生の懐には厳しいと思うが...」
キヴォトスの工業はその多くが工場製。フィクサーによる手作業が主流の都市式では、効率の観点からか必要経費も増えてしまう。
完成品に見合わない法外な金を取るつもりは毛頭ないが、贔屓してマケてやれるほど俺も融通の利く人間ではない。
「問題ありません。この為に日々のアルバイト、そして筋肉に直結しない生活費の節約を決意しましたから。」
...ブレないな。
準備が済んでから、アイスブレイクとして(息を切らしていたハヅキの休息も兼ねて)二人の関係性を話してもらうことにした。
所縁は去年。ハヅキが腰につけたロボットアームを、スミレが矯正サポーターと勘違いして話しかけたのがきっかけらしい。
スミレは身体拡張ギアの重量をトレーニングの側面で評価していた。その反面、ギアに頼り切りでは筋肉量の減る部位が出てきたり、不自然な負荷で疲労が蓄積したりする問題点を見過ごせなかった。
一方、ハヅキがスミレのギア適性を確認してみたところ、全般的に高水準という結果となった。他にも、トレーニング部所属の生徒は適性が平均以上であるケースが多数あった。
以来、神経工学部からはトレーニング器具の提供と点検、トレーニング部からは発明品のテスター、トレーニングメニューの提供と、部活絡みでの協力体制を築くことになったとのことだ。
「神経と筋肉には密接な関係があるが故、我々が出会ったのは必然だったのかもしれませんね。」
「一つだけ、お聞きしたいことがあります。」
「何だ?」
「マックスさんは、依頼での怪我で全身を義体に替えざるを得なかったのですよね?
それまでの肉体を捨て去ることに...抵抗感はなかったのですか?」
義体に抵抗感を示す人間は、都市にもザラにいた。とりわけ14区の辺りでは、義体保持者を悪とする思想も比較的強かったと聞く。
ましてや全身義体の技術が普及していないキヴォトスだ。市民のロボット達のように見えて、中身が自分達と変わらぬ人間であるとあらば...その異質さに気味の悪さを覚える者がいても不自然ではない。
「...いえ、決して義体の存在を毛嫌いしている訳ではないのです!
ただ、それまで積み上げてきた労力の証たる肉体を捨てるだけでなく、新たに積み上げる余地すら放棄してしまう...。私が同じ状況にあったなら、どうしていただろうと考えてしまって...」
「替える前で抵抗感が邪魔してくることはなかったな。鉄の身体の方がよっぽどマシに思える負傷だったし、なりふり構う余裕がなかったから。
ただ...後悔した時が一瞬たりともなかったと言えば、嘘になるな。」
嘘は言っていないが、俺が受けた負傷は言葉に起こすのも憚られるほどに悍ましかった。それこそ、義体にできるなら迷わずしてしまいたいと懇願する程には。
とはいえ、生身の頃とは今以上に変わるものが多かった。当時の義体モデルは鉄箱に手足を取ってつけたようなものばかりだったし、違和感や喪失感を受け入れるのには期間を要した。
「闘うために、稼いで食い繋ぐために施した強化も、その殆どは捨てなけりゃならなかった。
何しろ
けど...それでも生きていく意味は、すぐに見つかった。
義体を売ってた工房の代表が、俺にそこで働く道を示してくれたんだ。
俺には勿体ねぇくらいの機会だったさ。俺が工房に提示できる強みはせいぜい、学生時代から止まったままの半端な学だけだったってのに。」
大学に入って間もなく巣を追い出された俺には、工房専属フィクサーとしての経験も、コネもなかった。エーテル工房は当時からそこらの義体専門工房よりずっと人気が高かったものだから、俺の立場で勧誘されたのは奇跡に近いとさえいえる。
「幸いなことに、俺は工房の一員としてやっていけるだけの経験を積むことができた。あの人は、俺に傭兵以外の生き方を与えてくれた。
俺はエーテル工房を、都市に憚る一大工房に仕立て上げようと決めた。
義体への拒否感なんか、恩義へ報いる為の日々にすぐに消されちまったよ。俺が義体を受け入れることができたのは、道を示してくれた恩人がいたからってワケ。」
「恩人...ですか。」
スミレは何かが思い当たったかのように呟く。
「君にも恩人がいるのか?」
「はい。私にも、道を示して頂いた方がいます。
以前の私は、ヤケになって過度なトレーニングをしてしまう事も多かったのですが...
その人はトレーナーとして、体系的なトレーニングを見守ってくださいました。
“運動は健康を守るためにするもの”だという初心も、お陰様で思い出すことができました。
今でもその人とは、相互的に高め合うための交流を行っています。」
「そりゃ良い。その関係性、大事にしとけ。
ハヅキもな。君にもいるだろ?」
「そうですね。私も神経工学部、それからトレーニング部の皆と支え合ってやってきています。
部活の仲間がいてようやく、私も自分を労わることを覚えましたし。」
「どんな形であれ、苦難を共にできる関係は宝だな。」
一方的な関係でなく、相互に及ぼし合う関係...彼女等は立派だ。
俺は選択を間違えた。あの人の為と決めつけ、身の丈に合わねぇ事をしようとして...
あまり黙り込んでいれば、心配性なハヅキに余計な心労をかけさせてしまう。
こみ上げてくる自責の念を内側に引き戻しつつ、大人の余裕という名の仮面を被り直す。
「仮に生身の肉体に戻れる方法があったとしても、今の俺は迷わず義体のままでいることを選ぶだろう。
修復にも金が要るとはいえ、多少の無茶を身体が許容してくれんのは義体の特権だからな。
...ああ、ハヅキは将来義体にすげ替えようとか考えるのはよせよ?機会があるとすれば、俺のようにどうにもならなくなった場合だけにしとけ。」
「えっ、もしやエスパーですか?機械の身体、中々悪くないと思っていたんですが...」
「マックスさんの仰る通りですよ、ハヅキ。我々には維持するべき血が、骨が...そして筋肉がありますから。そうでしょう?」
スミレの表情は澄み切っていたが、ハヅキは苦笑いを隠し切れずにいた。
それでも二人が信頼し合っている辺り、スミレもハヅキの限界を把握してトレーニングメニューを立てているのだろう。
何はともあれ──生まれ持った資本も、人と築いた信頼も、失わないのが一番だ。
そうしたものの喪失はここじゃ都市よりも重く、取り返しのつかないものだろうから。
その後は設計図を描き上げつつ、
完成品のビジョンが鮮明になるにつれ、スミレが向ける期待の眼差しは次第に強くなっていった。
俺にも矜持がある。その期待以上のものを作り上げる事を約束した。
「マックスは都市の人間にしては良識がありすぎる」という人もいるでしょうが、彼も都市の連鎖に飲み込まれた人間の一人です。
その過去も...そのうち明かされる時が来るでしょう。