約束通り、私達は放課後に噴水で再会した。
あれからマックスさんはこの地区を散策したようだが、イマイチ理解が及んでいないと言った。
彼から話を聞く前に、私はここの常識を説明した。
数千の学園によって自治がなされる「キヴォトス」のこと。
その中でも最先端のテクノロジーを有する新興校「ミレニアムサイエンススクール」のこと。
キヴォトスにおける銃の携帯は、服を着るのと同様に一般的であること。
その他生活する上ですべきこと、そして必需品。
どれもここで生きる人間には常識のものばかりであったが、彼は異界の文化にでも触れたかのように驚きを連発した様子だった。
もちろん、予定通りマックスさんからもいろいろ話をしてもらった。
彼が本来いるはずの「都市」は、26の大企業(「翼」と呼ぶらしい)によって統治されていること。
「翼」のお膝元である「巣」では豊かな暮らしが享受できるが、そうでない「裏路地」の治安は劣悪らしい。
特に裏路地では、殺人が日常茶飯事だと聞いた*1。銃撃戦こそあれど死者が出る前提でないキヴォトスは幾分か平和なのでは...?と思わされる。この人にキヴォトスの常識を伝えていなければどうなっていたことか...想像するのはやめておこう。
都市では銃火器に(もっと言えば銃弾に)多額の税金が課せられており、決して気軽に使えるものではないということ。
銃の価値の認識が異なっていたのも納得だ。
彼はアンドロイドではなく、厳密には全身を義体にした人間であるということ。
かつて「翼」の中でも政府の役割を担う「頭」なる企業によって、人間以外の知性存在は都市の外へと追い出されたそうだ。
マックスさんは「
そして、彼がここにきた原因はおそらく「図書館」という施設であること。
それまでに出てきた都市の固有名詞同様、「図書館」も普通の図書館とは随分様相が違った。本を持ち出すのに司書と闘わなければならないし、負ければ図書館の力で肉体を本へと変えられるとのことだ。
マックスさんが思い出せる最後の記憶は以下の通り。彼の組織が図書館から本を回収する依頼を受けた際、情報を得る過程の試練で敗北。そのまま本となるはずが、意識が戻ったときにはあの路地にいたらしい。
マックスさんはこの場所を都市の外の領域、「外郭」と結論づけていた。
尤も、外郭にここまで発展した場所があるとは聞いていないというが...
あまりにも距離が離れすぎていて、都市が存在を認識できていないのだろう。彼はそう語った。
私としても納得のいく考察だ。
最近キヴォトス中で話題になっている『先生』も、別の領域から来たとされている。
「都市」もまた、キヴォトスの外にある別の領域のひとつなのかもしれない。
「しっかし、聞けば聞くほどに俺の常識が崩れてくよ。」
「私も驚いてばかりです...。都市の技術とか、うちの部員が聞いたら面白いくらいに食いつくと思いますよ。」
「そいつは鼻が高いな。いつかの同僚にも聞かせてやりたいよ。」
「エーテル工房の代表さん、でしたっけ?」
「...今となっちゃ、生きてるって知らせに行くことも叶わなさそうだな。
共に富と栄誉を掴もうって盟約を掲げた仲だったんだが...
こうもあっさり置き去りにしていっては、面目が立たないよ。」
「情報提供に感謝するよ、ハヅキ。」
相変わらずマックスさんの表情は変化しないが、初めて会ったときよりも肩が軽くなっているように感じた。
「こちらこそ、貴重なお話を聞かせて頂きました。
マックスさんはこれからどうされるんですか?」
「都市に戻る手立てもないんだ、ここで第二の人生を始めるとするよ。幸い通貨は同じみたいだから、ひとまず衣食住*2、あと職を調達するところから始めないとな。」
「通貨…待ってください。都市の通貨って何でしたっけ?」
「何って..."眼(アン)"だが?」
「キヴォトスは"円(えん)"です...
もしかして聞き間違えました?」
マックスさんが頭を抱えた。
事実上一文無しが発覚した人間の絶望が、空気を伝ってこちらに流れてくる。
「お金は私が出します。今渡せる分でも数日の宿泊費くらいにはなると思いますよ。」
「恩に着るよ。そんなら...質に出すモンを渡さないとな。」
「質ってそんな...。返してもらうにしても特にそういうのは要りませんよ。」
「嬢ちゃんはお人好しだから問題はないだろうが...対価も契約もなしに恩を受けるってのは、相手に一生返せない借りを作るのと同じだ。タダほど高いもんがないのは、こっちでも同じだろ?」
「...分かりましたよ。受け取ります。」
マックスさんはここだと人目が多すぎると、私を朝のような路地に誘導した。彼から聞いた都市の殺伐具合を考えると…何かとんでもないものを渡される予感がした。
「虹漿は...問題なく起動するな。」
彼が拳を握ると、手甲から眩い光が溢れ出す。
その光は束となって、刃を形づくっていく。
やがてそれと一体化した右腕は、躊躇なく振り下ろされ...
彼のもう片方の腕を、斬り落とした。
「...?マックスさん...?何してるんですか!!」
「こいつを持っていってくれ。」
「嫌な予感はしたけど...腕まるごとはないでしょう!?
たかだか宿泊費に対して対価が重すぎますよ!」
「俺の心配なら無用だ。こんなもん...素材さえあればいくらでも替えは利くさ。
それよりも...ハヅキは、ミレニアムプライズ...?に向けて義体作ってんだろ?こいつはれっきとした実用化モデルだ、参考くらいにはなるだろうよ。」
「だとしても... 軽率に体の一部を手放さないでくださいよ!
受け取りづらいですし、管理にも困ります!」
マックスさんはそれが当然かのように、信号を失った左腕を差し出してくる。
始めから分離する前提なのだろう、腕は無理矢理切断したとは思えないほどに断面が平たかった。肩から先が失われた彼の断面からは、彼の呟いていた「虹漿」らしき奇妙な液体が数滴垂れた。
ミレニアムの血よりも呆れの感情ばかり沸き立ってきたが、今更受け取らない訳にもいかない。
「この腕は責任をもって預かります。
ただ...今度からこんな危ない真似、しないでください。
キヴォトスでも結構争いごとはありますけど、採血感覚で自分の腕を切り離すのは流石に物騒ですよ。」
「ハァ...義体は損傷してナンボって常識も、ここじゃ通用しなさそうだな...。」
ため息をつくように排熱するマックスさんからは、全く反省の色が見えない。
「...とにかく、やりたいことが見つかるといいですね。
宿泊費の件以外にも、何かあった時はぜひミレニアムを訪れてください。その時に連絡手段も交換しましょう。
プライズが終わった後なら私も仕事探し、手伝いますよ。」
「あんがとよ。プライズに向けて頑張ってくれ。
朝に比べて随分と表情に余裕ができたみたいだし...
そのくらい焦りが取れたんなら、作業も捗りそうだな。」
実際、初対面の人と話しているうちに狭まった視野は広がったし、
彼からは既に多大なインスピレーションを与えてもらった。
常套句で感謝を伝えるのはちょっと気恥ずかしかったものだから、
その時の私ができる最大限の感謝として...
「はい!今までにない傑作を完成させてみせます!」
自信がついたと、少し大袈裟にアピールしてみせた。
それからようやく、私は背を向けて帰路についた。
気さくだけど、危なっかしい人だったな...
替えが利くからと自分の身を大切にしない辺り、根本的な部分はやっぱり
殺伐とした場所でも卑劣さに染まらず生きてきた、芯の強い人のように思えた。
次会ったときに話したいことを整理しながら、駅へと差し掛かったあたりで...
私はようやく、ずっと前から空が晴れ渡っていたことに気がついた。