1:空の見えない
その日の雨雲は、随分と重く地表へとのし掛かっていた。
まだ夜の残り香が消え去ってない頃、私は自室を発った。
濡れないよう傘にしがみつき、足元を波打つ波紋の隙間を縫う。
はやる足を抑え、しかし止めることなく。
駅に向かって歩いていく。
私はいち早く校舎へ向かわなければならなかった。
『ミレニアムプライス』。
私の通うミレニアムサイエンススクールにて開催される、部活ごとに出品した発明品を審査するコンテスト。
実力主義の我が校において、ミレニアムプライズでの入賞は確かな実績として残る。
この重大な祭典に向け、神経工学部に所属する私は「料理に特化した外付けアーム」の開発を進めていた。勢いに任せて大まかな設計図までは描き進めてみたものの、どうにもパンチに欠けてしまう。審査員を唸らせる強烈なインパクトが足りない。
アイデアが浮かばない以上、手元を動かしながらインスピレーションが降りてくるのを待つほかない。少しでも作業時間を確保するため、私は校舎開錠時間丁度に登校しようとしている最中なのだ。
本館が近くに見えてきたからだろうか、私は心理的に若干の余裕を取り戻していた。
そのせいだろうか。
ふと目をやった路地裏に、意識が向いてしまった。
そこには一人のロボットが、力なくもたれ掛かっていた。
無機質な外殻に覆われた人工の市民。
なのに、なぜだろう。
この人からは、何か異質なものを感じてならなかった。
本来なら先を急ぐべき状況だったけど...
その異質さに呼応した好奇心と、生まれつきのおせっかいな性分は、
あっさり自制心を打ち負かして…
気が付いた頃には、私の腕はその人へと伸びかけていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「...!」
幸い、その人に意識はあったようだ。肩を揺さぶろうとする寸前、彼は軽快な身のこなしで私から距離を取った。
戦闘向けに洗練された服装を見るに、傭兵でもやっているのだろう。相手の警戒をよそに、私は呑気にも勝手な納得をした。
彼はしばらくこちらを見定めるように一瞥すると...
敵意のないことが伝わったようで、警戒を緩めて返事を返してきた。
「...問題ないよ。ちっと記憶が曖昧なものでね。
それより嬢ちゃん。あんまり知らねぇ輩に無防備な近づき方はするもんじゃないぜ?」
ごもっともな指摘だ。ここに来て、ようやく私は己の無鉄砲な行いに気がついた。穴があったら入りたい。
「ところでなんだが、随分といい銃持ってんじゃないの。警戒心がないとこを見るに、護身用ってとこだろ?」
いい銃...?そこらのコンビニで売ってるこれが...?
突拍子もないことを言われたものだから、私は面食らって返事に困った。
「あの...?これはごく普通に流通しているものですし、
特段珍しい型番でもないはずですが?」
「...おいおい、冗談かますならもうちょい上手くやってくれよ?
銃ってダントツで高価な武器種、常識だろ?」
言葉は通じるのに、国の違う人を相手にしている気分だ。
「いまいち話が噛み合わないようですが、
お兄さん、どこから来られました?」
「24区の裏路地からだよ…端から理解できてねぇって顔だな。
まあ、とりあえず情報交換とでもいくか?
長くなりそうだが、時間余ってるかい?」
彼の言葉で、自分が急いでいる事を思い出した。今の私の興味は義腕の制作よりも目の前の人の話に注がれていたし、学校の門限はまだ先なのだが…
流石に遅刻する程話が長くなっては敵わない。今は登校を優先した方がいいだろう。
「すみません、私...もう行かないといけないんです!
...そうだ!もし良かったら、午後の五時頃にここを左に出た辺りにある噴水で待ち合わせできますか?
話はその時に聞かせてもらいたいんです!」
彼は遥か遠い場所から来ただろうと言っていた。
仮に彼が連絡手段を持っていたとして、相互に理解の及ばないものである可能性が高い。口頭で簡潔な待ち合わせ場所を決めるのがよい。
「承知したよ、心配かけたな!
...まだ名乗ってなかったな、俺はマックスって言う。覚えといてくれ!」
「マックスさん、ありがとうございました!
私は百木ハヅキです、また会いましょう!」
そう言って、私はそそくさと路地を跡にした。
誤植・世界観の誤り等あれば、報告して頂けると幸いです。