犬のうんこを踏まなかった +オモコロ展感想note
ペンギンです。
家を出てすぐの道に1週間くらい、犬のうんこが落ちています。
いつもその存在を忘れて、通り過ぎた瞬間に気づいて、たまたまうんこの横を通り過ぎていたので毎回助かっています。
次は絶対意識して避けようと心に決めても、次の日はまた通り過ぎる瞬間までうんこを忘れています。
毎日、毎日、うんこを目撃した時にはもう遅くて、それでも踏まなかったことに驚く。
僕が今日までうんこを踏まずに済んでいるのは、たまたま。偶然。奇跡。
幸運で生きているだけ。
さっき通りかかったら、うんこが誰かの靴裏の形につぶれていました。
幸運で生きているだけ。
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喉痛で、病院でもらったうがい薬でしばらくうがいをしていました。
コップにどす青黒い液体を3滴垂らして、水で薄めてうがいをする。
うがい薬の色って邪悪だ。それがなぜか「効きそう」という無根拠な期待につながる。
薄める水についても規定量があるようですが、毎回測るのはダルすぎますので、色の薄まり具合で「加減」を見計らう習慣がついてきます。
まだちょっと濃そうだな、あっしまった水を入れすぎて薄まったな、という、加減。
濃いなら、水を足せば良いので造作もありません。
問題は薄い時です。
原液を1滴足すことをひとたび許容してしまえば、それが三度でうがい1回分の喪失。積もり積もって2回分3回分4回分5回分のうがいが失われるかもしれません。
僕はケチというわけではないと思いますが、規定量よりも薄いという理由で原液をまた足して、それで今度はまた濃いからって水を足して、その水がまた多すぎて薄まって、また原液を足して、ってならない保証がどこにあるんですか。まるでばかじゃないですか。薬がもっだいだい。
こういうのは1回でも許したら全て決壊するんです。
そもそも、原液が「薄い」からってうがいの効果も薄まったりするのだろうか。
仮に原液1ml:水8億kl(濃度0.000000000000125%)のうがい液でうがいをしたとすると、全量を口に含んだとしても原液が炎症部に接触することは到底あり得ません。
うがい薬が患部への直接接触を要する外用薬であろうことを考えると、十分に薄いうがい液を作ってしまった場合はうがい薬としての用を為さないと思われます。
つまり薄すぎるのは良くない。
じゃあ「薄すぎる」とはどのラインからなのだろうか?
消毒の成分が水中に均一に広がっているとして、喉の面積は一定で、成分が喉の面積に触れる割合がどうのこうので、ええっとあとは。どうやって計算するんだろう。
ちょっとくらい薄まっても良いや、大丈夫だろう、という感じで気持ちの折り合いがつけば良いのに、なぜかそうはいかないのでいつも困ってしまいます。
洗面台の前で、薄まった(と思われる)うがい液の入ったコップを手に立ちすくんで、しばらく考えて、脳のエネルギーが切れて、観念してうがいをしています。
薄いうがい。
喉は多分治った。
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オモコロ20周年展!!!!!!!!!!!!!に行ってきました。
前回は展に託けて勝手にやりたいことをやっただけのnoteなので、ここでは普通の感想を書きます。
「!」は13個らしい。毎回「5678」と数えながら打っています。
こういう時、僕は「4」刻みで数えるのですが皆さんはどうですか?
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