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J/53  作者: 池金啓太
十七話「追い追われる先に」
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一日の終わりとはじまり

「とりあえず警察官のことは置いておいて今日はもう休みなさい、くたくたでしょ?寝床は用意してあるから」


「そうですね・・・すいません、お世話になってしまって・・・」


いいのよとウインクしながらカエデは住居へと戻っていく


カウンターに残された静希は椅子の背に体を預け、全身の力を抜いていく


長い一日だった、今までいろいろと長時間行動することはあったが、ここまで動き続けてなおかつ濃密な時間を感じたのは静希の経験の中でも数えるほどしかない


とりあえず今は休むことが先決だろう、明日以降、さらに移動し危険を冒さなくてはならなくなるだろう、特に次に話を聞く相手は警察官だ


緊張の糸が切れたのか、どっと疲労感が襲い掛かり椅子にもたれかかったまま眠ってしまいそうだが、瞼が落ちそうになるのを必死にこらえながらゆっくりと体を起こす


「マスター、大丈夫ですか?」


いつの間にか出てきたオルビアに肩を借りながら静希は何とか立ち上がることができた、なにせ途中からずっと歩き続け、周囲を警戒し続け肉体的にも精神的にもかなり疲弊している、今まで行動できただけでも十分だろう


「あらあら、本当にくたくたみたいね、お風呂は明日はいりなさい、ほらほらさっさと寝る」


「す・・・すいません・・・」


いつの間にかあらわれたオルビアの存在を気に掛けることもなくカエデは二人を居住スペースに招き入れる


用意されていたのは敷布団だ、恐らくはリビングと思われる場所に敷かれており、静希は沈み込むように布団に体を預けた


「オルビア・・・七時になったら起こしてくれ・・・頼むぞ・・・」


「・・・かしこまりました、どうぞごゆっくりお休みください」


布団をかぶって目をつむると静希はすぐに眠りの世界へと誘われた、泥のように眠るというのはこういう事を言うのだろうか、布団に体を預け、瞼を落とした瞬間に静希は意識を喪失した


オルビアがその様子を眺め僅かに安堵した瞳を浮かべ、静希が再び目を覚ますまでずっとその傍らに居続けた


「あら、もう寝ちゃったのね」


カエデも寝る準備ができたのか、化粧をすべて落し、ただの男性の顔と恰好に戻ってからリビングにやってきた、一瞬誰かわからなかったが、その声で判別してからオルビアは姿勢を正してからカエデの方を向く


「カエデ様・・・この度は本当に我が主にご助力いただき感謝いたします」


オルビアが深々と頭を下げるのを見てカエデはやめてよもうと少しだけ照れながら眠っている静希の近くに歩み寄る


「本当にもう、こうしてるとただの男の子ね」


「・・・はい、まだ十六の少年です」


オルビアから見ても静希は年下であるため、その姿に微笑ましいものを感じなくもない、だが同時にこのような若さでこうも面倒事に巻き込まれる体質になってしまっていることを少しだけ心苦しく思っているのだ


その一端が自分のせいであるということも少しは自覚しているが故である


「この子っていつもこんなことに巻き込まれてるの?なんだか慣れてる感じだったけど」


「・・・まぁ、同世代の方々に比べれば、かなりの経験を積まれているとは思います・・・それなりに苦労もなさっています・・・」


今までその経緯を見てきたオルビアからすれば静希の積んできた経験はかなりのものだ


昔自分が体験した戦乱などとはまた違い、少しずつ大きく、そして重くなっていく問題と面倒、それを静希は抱え続けてきた


今その荷は静希の抱えきれないところまで来てしまっているのかもしれない

オルビアはそう思いながら主である静希の髪をなで、これから静希を待ち構えているであろう苦難を思って瞼を落とす


「そう・・・まぁ、あなたたちが支えてあげなさい、気負いすぎるとろくなことはないわよ」


あなたたち、それがいったい誰のことを表すのか、オルビアは聞くことができなかった


カエデは手を振りながら自らの寝室へと戻っていき、残された二人の間には静寂が流れる


時計の秒針の刻まれる音だけが部屋の中に響き、オルビアはゆっくりと瞼を落とす


彼女は眠ることはできないが、こうして夜には祈る時間を設けていた


邪薙という神に出会ってから、祈る相手は生前とは違い、自らの主の無事を祈るものとなっていた


祈ることで何かが変わるとは思っていない、だがこうせずにはいられなかったのだ


自らを救いだし、そして外の世界へと出してくれた年下の主、自らを一人前の人として扱い、信頼してくれる若き主


忠誠を誓った身として、オルビアは静希を守ることを決めた、静希の剣となることを決めた


自分を抱えたことできっと主はまた苦難に巻き込まれてしまう、だが主は自分を手放そうとはしないだろう、手放さないと信じられる


静希がオルビアを自らの剣として信頼しているように、オルビアもまた静希を自らの主として全幅の信頼を寄せていた


その身が朽ちるまで、その魂が滅びるまで、その刃が錆びるまで


「マスター・・・どうか、良い夢を」


オルビアの澄んだ声は静かな部屋に染み渡り、静希は深い眠りに落ちていく

眠れない彼女の代わりに、静希は眠る、その日の疲れをすべて融かすように






静希が行動を開始し、カエデと接触したその翌日、鏡花たちは動き出していた


先日静希が起こしたと思われる事故を発端とし、警察の方から鏡花たちへと正式に依頼があったのだ、事情はあれど、依頼として五十嵐静希の捕獲を命じられては鏡花たちとしても断ることはできない


なにせ相手は身内、手の内がほとんどわかっている相手の方がやりやすい、その理屈は十分理解できるが、未だ納得できていないところは多い


事情をほとんど理解していない鏡花たちでどのように行動すればいいのか見当もつかないのだ


「君たちが五十嵐静希と同じ班だった生徒だね?よろしく頼むよ」


「えぇ、全力で捜査に協力させていただきます」


「頼むよ、何か困ったことがあったらすぐ呼んでくれ」


昼過ぎ、議員殺人事件の捜査本部の設置されている、本庁にほど近い警察署に鏡花たちはやってきていた


陽太と明利はその表情から乗り気ではないということがありありとわかるが、鏡花はそんな表情はおくびにも出さずに笑顔を浮かべている


引率教師である城島はどこか別の場所へと行ってしまっておりこの場にはいない、代理として鏡花が対応するしかないのだ


「おい鏡花、マジで静希捕まえるのかよ・・・?」


「こういう場合はあぁ言ったほうがいいのよ・・・それに見なさいよあれ」


先程鏡花たちに挨拶してきた職員を背に話しながら鏡花は先程の笑顔とは全く違ううんざりした表情を見せる


先程の好意的な表情とセリフとは打って変わり、その視線の節々に疑いにも近い物が込められているというのが陽太でもすぐに分かった


「要するに信用されてないってことか?」


「そういう事よ、少なくともあんな露骨な見張りがついてる間は動けないわね・・・何か手を考えなきゃ・・・」


鏡花は口元に手を当てて思考を始める


まず自分たちが何をするべきか、そして静希は何をしようとしているのか


今年に入って静希に振り回されてきたのだ、自分にだって彼の思考を真似るくらいのことはできると思い込み、鏡花は頭の中で思考を広げていく


「・・・すいません、見てみたいところがあるんですけど」


「・・・わかった、車を回すよ」


警察へのあいさつもそこそこに、鏡花たちは早速調査を開始した


静希の現在位置がわからない以上、手がかりを探すしかない


鏡花は一度明利への協力も検討したのだが、口に出す前にその提案を否定した


静希が左腕を失ったあの事件から、恐らく明利はずっと静希に対してマーキングをしてあるだろう、十中八九間違いなく


明利のマーキングは基本時間や意識などで切断されるタイプではない、彼女の意志でのみ外すことができ、必要とあらば繋ぎなおすこともできるだろう


だが、自分たちが静希を捕獲しようとしているということを考えれば素直に場所を言うとも思えない


それに見張りとして近くにいる警官に余計な情報を与える必要もない


「ここがその現場だ」


鏡花たちがやってきたのは、静希を乗せた護送車が事故を起こしたという高速道路の一角だった


先日の事故の傷跡は少しだけ残っているものの、死傷者はなく、火災なども発生しなかったために道路にあるのは車体を引きずった時の傷だけだ


「あそこら辺で事故って、静希はどっちに吹っ飛んだんですか?」


「職員の話だからあまり正確ではないかもしれないが、あっちだな」


警察官が資料を見ながら指さすのは壁の向こう、運よく飛んだにしては随分と都合のよい方向へと運ばれたものだ


事故を起こしたということに、ほんのわずかではあるが偶然起きたものではないかとも思っていたのだが、その可能性は今完全に消え失せた


計画していたのか突発的に行ったのかはわからないものの、静希は逃げる意思を見せ、そして行動している


一体どこに行こうとして、何をしようとしているのか、鏡花は思考を進めながら壁に穴をあけてその向こう側を覗き見る


高速道路の下には普通の町や道路が広がっている、何も不審なところはない


「静希の奴何処にいるんだろうな・・・どっかに隠れてんのかな」


「少なくともこの近くにはもういないでしょうね・・・」


「・・・どうしてそう思うの?」


壁を閉じて鏡花は車に戻ると周囲をもう一度確認してから小さくため息をつく


「事故のあった近くにわざわざいるバカはいないわ・・・少なくとも私があいつなら逃げられたのならすぐにでもその場から離れるわね」


鏡花の予想通り、静希は事件当時すぐにその場から離れている、自分の足だけではなくフィアの協力まで得て高速で


「離れるったって・・・どこに行くんだよ、そんな逃げられるところなんてあるか?」


「指名手配されてるし・・・検問とかもされてるっていうよ?もしかしたら・・・」


明利の言葉を鋭い視線で遮って、それ以上余計なことを言わせないようにする、明利が近くにいるかもしれないと言ったら、この近くにはいないという事でもあると警官に悟られないようにするためだ


明利は静希をかばっている、それも絶大に


それを警察に勘付かれてはいけない、余計なことは言わないに限るのだ


「じゃあ考え方を変えましょう、静希はなぜ解放された途端に逃げ出したのか」


「・・・そりゃこのままいけば無実なのに監獄行かもしれないからだろ?」


その通りよと告げて鏡花は一息つく


「あいつは今、自分の無実を証明するために動いてるのよ」


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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