カエデの理屈
ケーキを食べ終え、小休憩も終えた静希はとりあえず目撃者であり被害者の秘書だった赤城元也と接触するためにカエデから借りた携帯端末から彼の住所と職場の地図を表示していた
これから行動するにあたってどのように動けばいいかを本格的に考え始めているのだ
先の資料の中の目撃者の項目の中に、現在は警察官による護衛が行われているということがわかっていて、事件発生から丸一日、つまり昨日までは警察の方で拘束されていたようだが、事務所の整理などをするために拘束からは解放され、警察の護衛の下、家に帰ることもできているようである
大事な目撃者としてしっかりと警察の護衛という名の監視がつけられているあたり、今回苦労しているのは静希とこの赤城元也であることはまず間違いないだろう、とはいえ変に同情するわけにはいかない
何が理由かはわからないが証言で静希の名を残しているのだ、話を聞かないというわけにはいかない
だがどうしたものかと静希はため息をついてしまう、四六時中とは言わないまでも警察の護衛がついているというのは非常に面倒だ
恐らく通勤時、および職務中には確実に近くに警官がいると思っていい、もしかしたら家の中にも私服警官などを待機させている可能性だってある、そうなるとゆっくり話せるだけの時間を確保できる場所というのはかなり少ないように思える
ではどのタイミングで接触するか、さすがに入浴やトイレの時などは一人になるだろう、睡眠時にも寝室で一人になる可能性が高い
赤城元也の住んでいるのは事件が起きた事務所から二駅隣の駅の近くの住宅街、高級住宅というほどではないにせよ、それなりに高所得者の住民の多い地区であることがわかる、そんな中に建っているマンションの四階にある一室だ、4LDKの比較的広い部屋を借りているらしく、妻が一人、子はいないとなっている
見取り図から見るに玄関から伸びる廊下、その先にあるリビングを中心としていくつかの部屋に分岐するようで、恐らく寝室と思われる窓際に面した少し広めの部屋も発見できた
静希が警官を配置するならば玄関を直接見ることのできるリビングに待機させる、交代や移動も速やかに行えるし、有事の際もすぐに行動できる
ここで無理に接触するなら、まず侵入しやすい寝室にするべきだろう、浴場やトイレなどは少し入り組んだ先にあるうえに、そこまで内部の構造を知る術がない
窓の向こう側程度であればトランプを飛ばしてメフィ達に内部を覗いてもらうことで把握できるだろうが、そんな先にまでトランプを飛ばしたら見張りなどにばれてしまう可能性もある
となれば侵入は深夜過ぎ、マンションの屋上付近で待機し帰宅したのを確認してからメフィ達に手伝ってもらって内部を確認、寝静まったら行動開始というのが妥当だろう
もし寝室にも警官を配置していた場合、あるいは寝室以外で目撃者である赤城元也が眠っていた場合などは随時行動の変更が必要となるだろう
最近不法侵入をすることが多い気がするなと静希は内心ため息をつく、隠密行動が得意だからと言って好きで法を犯すようなことをしているわけではない、もう少し穏便に、そして平和的に事を成したいものである、まぁ悠長にそんなことを言っていられる状況でないことも十分理解はしている故に特に不満を漏らすような真似はしないが
「今日はひょっとしたら徹夜になるかもな・・・」
「今のうちに仮眠をとっておくのもよいかと思われますが・・・」
「最近は漫喫とかネカフェに行くのも身分証明が必要だからな、そういうところじゃ寝られなさそうだし・・・」
静希が今逃走中の身でなければ、近場の漫喫やネットカフェで仮眠をとりながら時間を潰せるのだが、事情が事情だけにそういうわけにもいかない
偽装した身分証明書など作っているわけもなく、そう言ったところに向かうのは無理そうだ、事前にいろいろと偽装した身分証明書くらい鏡花に作ってもらうべきだっただろうかと少しだけ後悔する
「あら、仮眠したいならうちのベッド使っていってもいいわよ?」
「え・・・?い、いえ、そこまでお世話になるわけには・・・」
「構いやしないわよ、実月ちゃんの幼馴染だっていうならいくらだって泊めちゃうわ、素顔が見てみたいっていうのが本音だけどね」
カエデの言葉に笑顔をひきつらせながら静希は少しだけ申し訳なさを抱え、同時に非常にありがたく思っていた
なにせ半ば野宿を覚悟していたのだ、ベッドで寝られるだけでどれだけ待遇が変わるか、それに今は十一月半ばを過ぎ、もう数週間もすれば十二月になろうという頃、気温は下がり続け場所によってはすでに気温が零度を下回るところも出てくるだろう、そんな中夜野宿するというのは相当辛い
野宿の経験がないわけではないが、少なくとも冬場での野宿というのは数えられる程度しかない、それもきちんとテントなどを張っていたし、防寒着にもかなり気を使った状態だった
静希は途中で購入した防寒着を持っているが、夜中の寒さに耐えられるかと聞かれると恐らく無理だろう、ダウンというよりジャケットに近いものだ、季節が季節なだけにこういった冬というより秋物に近い物しか売っていなかったのが原因でもある
「マスター、ここはカエデ様の好意に甘えるべきでは・・・」
「構わないわよ、いろいろ昔話もしたいしね、泊まっていきなさいよ」
「そう・・・ですね、じゃあ、お願いします」
二人にそう言われ、静希は渋々ながら頭を下げる、可能なら一つの場所にあまり長く留まっていたくはなかった、その分カエデに迷惑もかかるし、何より警察に発見されるリスクも上がる、犯罪者一歩手前という立場である以上可能なら単独行動をとっておくべきなのだ
「それでねぇ・・・あの時のあの子ったら本当に可愛かったわぁ」
「へぇ・・・想像できないです・・・俺らの知ってる実月さんってもっと凛々しい感じですから・・・」
店の裏に通された静希は店を閉めてしまったカエデと紅茶を飲みながら談笑していた
この店は店の裏と二階から三階部分がカエデの自宅となっているようで、まだ仮眠をとるにしても少し早いと感じた静希は少しだけカエデの昔話に花を咲かせることにしたのだ
まだ日も高いうちから店を閉めてしまうなんてこの店はやっている意味があるのかと思いたくなるが、本人がそれでよいというのだから、それでよいのだろう
こんなことをしているなら少しでもほかのことに目を向けるべきではないかとも思ったが実際、実月の昔話にも興味があった
陽太と一緒にいたとはいえ、やはりそこは少し歳の離れた姉弟だ、自分たちが思っていた以上に実月は普通の女の子であったということを実感することが多い
変装を一時的に解いたことで、素顔を晒した静希にカエデは予想以上に喜んでいた
その時の言葉を借りるなら『隠しているなんてもったいないくらいね』という事らしい
自分の顔を評価するなどしたことが無いために、少しくすぐったかった
「わがままを言う実月さんっていうのは、ちょっと意外でした、あの人は何時も冷静で子供っぽいところがないと思ってましたから」
「ふふふ、あなたたちの前だったから大人ぶってたんでしょう?今度話すことがあればちょっと言ってあげなさい、きっと恥ずかしがるわ」
そう言って紅茶を傾けるカエデは、本当にいい笑みを浮かべる
目の前にいるのは仮にも犯罪者扱いされている能力者だというのに、その笑みには一切の邪推がないことが静希にも見て取れた
静希が敵意などを向けていないというのもあるのだろうが、それにしてもこのカエデという人物は大した人だ、今日初めて会ったはずなのに不思議と初めてあった気がしない
記憶の中を探してみてもそれらしい人物は浮かんでこないし、実月の師匠がいたことすら驚きだったのだ、これは偏にカエデという人物の持つ特性のようなものだろう
話し方、仕草、そして無駄に強烈な外見とそれに反して繊細さを備えた技術、それら一つ一つが相手から警戒心を解き、自分のペースにさせているのだと静希は理解した
会話術の中にペーシングという相手に合わせて口調や仕草を変えるという技法があるが、カエデの場合はそれを意識せずにあくまで自然体で言葉の節々や態度、目線から指先に至る細心の部分までで行っているのだろう
最初あった時は静希のことを深く観察しているような瞳とその動作が静希に見て取れたが、今はそのようなものは一切ない
自分はこんなに簡単に人を信頼できるだろうかと、静希は疑問に思った、だから聞いてみたくなったのだ
「あの・・・何で俺にこんなに良くしてくれるんですか?」
「ん?どういうこと?」
カエデは本気で質問の意図がわかっていないようで不思議そうにこちらを眺めている
「俺がカエデさんの立場なら、犯罪者扱いされてる人間なんて家の中に入れません、こんな風に話したりも、ましてやさっきみたいに笑う事なんて絶対ありえない、どうしてこんな風によくしてくれるんです?実月さんの幼馴染だからですか?」
静希は善人ではない、他人を簡単に信用するほどお人よしでもない
今回は情報が欲しいという事と、カエデが実月の紹介であり、彼女の師匠であることが分かり、そして他ならぬ実月がいい人などと言う風に称したのだ、だからこそカエデを信じることに決めたのだ
だがカエデにとって静希は、自分の弟子の幼馴染というだけでしかない、いくら合言葉のようなもので本人であるとわかっても、ここまでしてくれるというのは、少しだけ疑問だった
これがただのお人よしで、カエデが無能力者だというのであれば、それはそれで納得できるかもしれないが、カエデは能力者で、少なくともシズキよりもずっと経験を積んだ人物だ、そうやすやすと人にやさしくするとは思えない
「んん、そうねぇ・・・理由はいくつかあるけど、まぁ貴方のいう事が当たらずとも遠からずってところね、実月ちゃんの幼馴染だから助けてあげようって思ったのが一つ」
そしてもう一つはと区切ってカエデは指先を静希に向けた
伸びた指先は静希の顔から胸へ、ゆっくりと置かれ、軽く静希の胸を叩いた
「私の直感が言ってるの、この子はいい男になるって・・・あ、いや、もういい男なのかもね・・・だから個人的に助けたくなった、それが理由よ」
「・・・そんな理由ですか・・・」
「そんなって何よ、これでも人を見る目はあるのよ?今まで私が惚れ込んだ人はみんないい男かいい女だったんだから」
それは自慢なのか、ある種の確信にも似た何かなのか
陽太のような完全直感で動く人間とは、静希や鏡花のように理屈で動く人間ともまた違う
自分の、自分なりの法則をもって、自分の好きなように動き、自分だけの世界をもって周りを押しのけながらも許容していく、不思議な存在
「今まで私が力になりたいと思った連中はね、無鉄砲だったり優しかったり、胡散臭かったりバカだったりいろいろいたけど、みんないい奴だったわ、だから貴方も絶対にいい子よ」
「・・・それ、理由になってないですよ・・・」
経験からくるものか、それともカエデ本人が生来持ち合わせた感性なのか、静希には到底理解できない精神構造をしているという事だけは理解できた
この人には自分の理屈は通用しない、そう感じた相手は久しぶりだった
だが、いい男だと、いい子だと言われて、まぁ悪い気はしなかった
累計pv数が9,000,000突破したのでお祝いで2回分投稿
連載始めて大体1年半、ここまで増えるとうれしい物です
これからもお楽しみいただければ幸いです