手に入る情報
衝撃的な存在を見てしまったことで少し正気を失いかけながらも、静希は何とかカウンター席までたどり着き、ゆっくりと座って目の前にいる男性(?)に目を向ける
見れば見るほどにおぞましい外見をしている、女装をするのであればもう少し身だしなみに気を使ったほうが良いのではないかと思えるが、なるほど、ただの喫茶店ではなくスナックも一緒になっているから外見がきついのかと静希は自分に言い聞かせることにする
「ご注文何にする?ホットケーキとサンドイッチがおすすめよ?」
精一杯真剣な表情を作ろうとするのだが、目の前の人物がしゃべるだけでどうしても顔が歪んでしまう
トランプの中にいるメフィに至っては大爆笑してしまっている始末だ、ここは笑うわけにも嫌な顔をするわけにもいかない
「えっと・・・カエデさんっていますか?」
「あら、私のこと知ってるの?嬉しいわね、私がこの店の店長のカエデよ、よろしくね坊や」
軽くウインクしたその表情に多少気圧されながらも静希は平静を保とうと僅かに目を閉じて深呼吸する
「じゃあ、『実月さんからの言伝』をお願いします」
静希がそういうと、先程まで外見はともかく気の良さそうだったその人物の視線が急に鋭くなる
その瞬間静希は理解した、確かにこの人は実月の師匠で間違いない、視線に含まれるわずかな警戒心と、静希を観察するその瞳、さらに言えばカウンターを挟んでいるとはいえこの近距離にもかかわらずいつでも攻撃に対して対処できるだけの準備をしている
「・・・じゃあこちらの質問に答えてくれるかしら?彼女から暗号もどきを聞いてるはずよね?教えてくれるかしら?」
「・・・こはいかに、かかるやうやはある・・・ですか?」
「そう、ちゃんとお勉強したのねあの子も」
そういうとカウンターの向こうから手を差し出して静希の手を握る
「改めて初めまして、この店の店長で実月ちゃんのお師匠様のカエデよ、あなたのことは実月ちゃんから聞いてる・・・えっと、名前は呼ばないほうがいいかしら?幼馴染君?」
「そうですね、そうしてくれるとありがたいです、一応身分証明しますか?」
「別にかまわないわ、顔変えちゃってるみたいだしね」
カエデと名乗った店主の言葉に、静希はわずかに眉をひそめた
静希の変装の完成度はそこまで低くない、少なくとも一見しただけではばれない程度の精度はあるつもりだ、だが初見で見破られるとは思っていなかっただけにその衝撃は大きい
流石実月の師匠だというべきか
「せっかく来たんだから普通の注文もしていきなさい、お店に来て何も注文しないっていうのは失礼よ?」
「・・・じゃあホットケーキと紅茶を」
「そっちの女の子は?」
「わ、私は・・・その・・・物を食すことができないので・・・」
オルビアの言葉にあらそうなの?とカエデは残念そうにつぶやいて厨房へと向かっていく
残された静希とオルビアは強烈なキャラクターをしているカエデとの遭遇に別の意味で精神をすり減らしてしまっていた
実月ももう少し情報を出してくれていればよかったのに、まったくの初見であの外見を見るのは少し辛い、前もって聞いていれば少しは気構えと言うものができたのにこの体たらくである
「マスター、あのカエデという人物・・・かなりの実力者のようですね」
「そうみたいだな・・・少なくとも今のところ敵じゃないのは確実だろ」
座ってゆっくりしていると、焼きたてのホットケーキと紅茶の入ったティーカップをもってカエデが戻ってきた
ホットケーキからは食指を刺激する良い香りがしており、紅茶もなかなか良い葉を使っているのか、普段静希が飲むそれとは段違いの深みを持った香りを漂わせていた
「おぉ、美味そう、いただきます」
ホットケーキを切り分けて口に運ぶと、口内にほんのりとした甘みと温かさが広がる
ホットケーキなど久しぶりに食べたなと実感しながら、一つ二つと口の中に放り込んでいくと、その様子をカエデが見つめているのに気が付いた
「・・・なんです?」
「いえいえ、あの子から聞いてた通り、ただの男の子に見えるなと思ってね」
「・・・あの、実月さんからなんて聞いてたんですか?」
実月が自分のことをどのように評価しているのか気にもなるし、ここで聞いておいた方が後々のためになるかと思い、尋ねると、カエデは何が面白いのかくすくすと笑って見せた
「普段はただの男の子、でもやる気を出すとかっこいい男に変わるって言ってたわ、彼女の言う通りなのかもね」
「・・・褒められてると思いたいですね」
実月が自分のことをそのように認識しているというのには驚いたが、その認識はあながち間違いではない
静希は時折ネジのはずれた思考をするが、普段はただの男子高校生だ、いつでもどこでもところ構わず突拍子の無い行動をしているわけではない
「・・・カエデさんは、実月さんの師匠なんですよね?」
「えぇそうよ、能力の使い方だとか、情報収集の仕方だとか、いろいろ教えてあげたわ」
その笑みの中にどれほどの過去が秘められているのか、恐らく実月の師匠であるカエデは、どちらかというと軍人のそれに近い立ち振る舞いをしている
肉体もそうだが、動き一つ一つに静希が教わった軍での移動法だったり、隠れ方だったりの片鱗が見て取れたのだ
そんな人が何でこんな場所でこんな恰好をしているのかと聞きたくなったが、今は情報の方が最優先だと自分に言い聞かせ、ホットケーキを口の中に運んでいく
ホットケーキは甘く、紅茶の苦さが際立つような、そんな味だった
「・・・それじゃ、実月ちゃんからの伝言・・・というより情報の受け渡しをするけど、なんだか妙なことになってるのね」
「えぇ、正直こっちも困ってます」
カエデから携帯端末を受け取って、そこに入っているデータを見ると、そこには静希が知りたいだけの情報がほとんど載っていた
事件が起きたのは二日前の十四時前後、場所は被害者の勤めている事務所、被害者は国会議員の金子大輔、五十七歳、死因は胸部への銃による射撃、心臓を貫通しておりほぼ即死だったと思われる
現場には被害者の死体、書類がいくつか、そして被害者や職員以外のものである毛髪が三種類とS&WのM39、残されていた状態と装弾数から考えてこの銃が犯行に用いられたと断定
毛髪のうちの一つは目撃者である被害者の秘書、赤城元也の証言にある『五十嵐静希』の物であることが判明、他二つについても調査中である
ここまでの話は竹中に教えてもらった情報の中にほとんどあったが、被害者や目撃者の名前、そして事件現場の詳細な位置がわかったのはありがたい
探りを入れるにしろ、場所と名前がわかれば随分と楽になる、しかも実月の情報の中にはそれぞれの住所まで記されていた、ここまでの個人情報を調べるのはさすがに苦労したのではないかと、実月に感謝するばかりである
今後の目標としては、その赤城元也という人物と接触し、何故自分がいるという証言をしたのか、それを聞きださなくてはならない
ここから先は竹中の情報にもなかった内容だった
第一発見者は先にもあげた被害者の秘書赤城元也、書類の受け渡しと今後の予定を確認するために部屋に入ると、そこには血を流して倒れた被害者金子大輔がいた、そして部屋の中にもう一人の人物、五十嵐静希がいたと証言している
どのような顔、服装、背丈であったか、どこに逃げたかなどの証言は一切なく、ただ五十嵐静希がそこにいたとだけという粗末な証言だ
現場にたどり着いた時の状況などもまともに書かれていない、銃声や物音の有無、最近の議員の様子など書くべき情報がまったく記されていない
よくもこんな無茶苦茶な証言を重要意見として取り入れたものだと呆れてしまう、だが同時に今この事件を捜査している警察の人間が明らかにおかしいということが理解できる、それは竹中の反応でも見て取れた
これがまともな警察だったら日本の未来が危ぶまれてしまうところである
そしてここからはさらに酷な内容が記されていた、五十嵐静希を今回の殺人事件の犯人として断定、本庁に連行し事情聴取を行うとしている
何の根拠があって断定したのかはわからないが、彼らは彼らなりに理由をでっち上げているのだろう、その先を読み進めると移送中に高速道路で事故が発生しその隙に乗じて五十嵐静希が逃走したとされている
意図的に起こした事故であるとは記されておらず、その件に関しては問題なかった、死者はなく、軽症者数名という情報に静希は安堵する
次に静希が見た情報は、現場に残されていた凶器の拳銃の情報だった、拳銃を所有するために必要な知識は保持しているために、この場合何が重要かを静希は理解していた
それは銃の登録番号である
銃は製作され、売買されると同時に各機関にその銃の番号と所属が登録され、問題が発生したときの原因を究明しやすいようにされている
今回使用された銃の情報を見れば、この銃がいったいどこから出た物かがわかるかとも思ったのだ
だが、記されている情報は、銃の種類と、一発だけ使用されている状態であることと、指紋が検出されなかったことと、硝煙反応は出たという点くらいである
その銃の登録番号については記されていない、いやより正確に言うならば、登録番号不明という情報が載っていた
先にもあげた通り、銃は製作され、売買される店や所属に送られる時にはもうすでに番号を登録し記録することが義務になっている
なのにその登録番号がないということは、この銃はどこかからか横流しされた、所持すること自体が法に触れるものであるということだ
どこの誰がこんなものを持ち出したのか、考えるのも嫌になってくる
番号をたどることができればこの銃がどこからやってきてどこの人間が手を引いているかなどがわかったのだろうが、さすがにそこまで都合はよくないようだ、よくよく考えればほとんど証拠を残さずに殺人を犯した人物だ、そんなへまをするとも思えない、根本までたどっていかなくては解決は難しそうだった
最後に静希は被害者の情報の項を目に入れる
被害者金子大輔、当政党に所属する議員で、政治的信条はポピュリズムに近く、現在の能力に対する法案のいくつかを立案した人物でもある、規律を重んじる姿勢と能力者への理解度が他議員よりも高いことから幅広い年代から指支持を受けており、内外問わず敵は多いという
ここ数年は特にこれと言って大きな動きなどをすることはなく、平均的な議員としての業務に従事していたということまでは記されているが、さすがに詳細な人間関係までは存在しなかった
家族構成が載っていることから、実月の情報収集能力が少し恐ろしくなるが、それすらも今はありがたい
使える情報かどうかはさておいて、今はとにかく何でもいいから情報が欲しいのだ
これだけの情報を集めてくれたのだ、これからできる行動もずいぶんと進むと言うものである
資料を読みながら今後の予定を頭の中で構築し、紅茶を飲もうとカップを傾けると、集中して資料を読んでいたせいか少し冷めてしまっていた
温かいうちに飲み切れなかったことにわずかな後悔を覚えながら静希はカップの中身をすべて口の中へと移していく
「ずいぶんといい顔をするわね」
「あ・・・どうも」
カップの中身が無くなったのを確認してか、紅茶の入ったポットから暖かい紅茶が注がれる、濃い茶葉の匂いを含んだ湯気をあたりに霧散させながら、色鮮やかな紅茶がカップの中に満ちていく
「弟君にしか興味ない子だと思ってたんだけど・・・実月ちゃんのいう事も、なかなかどうしてバカにできないものね」
「確かに、実月さんは陽太にべったりでしたからね、さっきの実月さんからの評価も少し驚いたくらいですよ」
静希の覚えている実月は、常に陽太のことを気にかけ、陽太のことを第一に考えて行動する自他ともに認める重度のブラコンであるというイメージがあった
明利に同調のいろはを教えている時も、そして一緒に遊んでいる時も、そこまで静希のことを気にかけたり観察しているようなそぶりは見せていなかったと記憶している
だがそこはやはり静希達とは格が違うのか、観察する能力や、それを隠したりする能力に長けていたのか、静希が思っている以上に実月は自分たちのことをよく把握している
性格とかそういう事ではなく、もっと別なところを
「どうやらそれには欲しい情報が載ってたみたいね」
「わかりますか?」
「わかるわよ、気づかなかったかもしれないけど、さっき貴方、男の顔になったもの」
変装をしているのに男の顔などと言うものがわかるのだろうかと思えたが、カエデが見ていたのは静希の顔ではなく、その眼だった
変装を用いている以上、顔の形などはいくらでも変えられる、訓練すればどのような状態でも表情を崩さないようなことだってできる
だが、目の奥にあるものは、そう易々とは変えられない、カエデは先程資料を見ていた静希の目を観察していたのだ
それを聞いて、この人は何でこんなところで店を開いているのだろうかと本当に疑問に思ってしまう
カエデの体は静希から見ても鍛え抜かれているものだとわかる、筋肉だけではなく、その指先まで、銃やナイフと言った武器や道具を使いこなせていたことがわかる、武骨な男の手だ
下手な化粧をしなければ、きっと年齢通りの渋さを持ち合わせた男性になるだろうに、何故厚化粧とチャイナドレスを着ているのかが皆目見当もつかない
人に歴史ありというが、これほどまでに興味を持ち、同時に聞きたくないと思える昔話もなさそうだと、静希は注いでもらった紅茶を口に含みながらいったん小休憩をとることにした
「オルビア、なんか食いたいものあるか?」
「え?わ、私は別に」
「ちょっと疲れたから甘いもの食いたい気分でな、なんかよさそうなもの選んでくれ」
静希はメニューをオルビアに渡して選ばせることにした、せっかく外に出しているのだ、少し位、こういった行動をとっても何の問題もないだろう
「・・・でしたら、このシフォンケーキと言うものを・・・」
「あらシフォンケーキね、わかったわちょっと待っててね」
追加で注文をしてくれたのが嬉しいのか、カエデは笑みを浮かべながら厨房の方へと戻っていった
『シズキ?オルビアばっかり優遇するのはずるいんじゃないの?』
『まったくだ、一仕事した我々にも何か報酬があってしかるべきではないのか?』
トランプの中にいる人外たちはこの対応に不満があるのか、しきりにブーイングを飛ばしている、まぁこうなることは半ば予想済みではあったが、こうも声高に主張されると少し気が引けてしまう
『仕方ないだろ、だいたいメフィは後払いでいいんじゃなかったのかよ』
『それはそれ、これはこれよ、他の子を贔屓してるのを見て嫉妬しないとでも思ったの?』
お前がそんなに繊細な奴だとは思わなかったよと頭の中でつぶやいて静希はため息をつく
結局後払いの量が増えただけだが、人外たちにとってもこの状況はフラストレーションがたまるらしい
普段ならそろそろ家に戻って各自自由に動いている時間帯だっただろうに、今は外に出ることもかなわず、特に何が起こるわけでもなくただトランプの中から外の様子を眺めているだけなのだ
実習のように常に静希達が行動をしているのであればまだ見るものもあっただろうが、今は移動して資料に目を通しただけ、彼らにとってはこの上なく退屈な時間だろう
「はいお待たせシフォンケーキよ、味わって食べてね」
「お、来たな、いただきます」
オルビアではなく静希が食べるということに少し疑問を持ちながらも、カエデは美味しそうに食べてくれることに喜びを感じているようだった
そして彼の味覚を感じ取るオルビアもまた、口の中に広がる甘露を味わい幸せを感じているようで頬に手を当てて口元を緩めていた
小休憩が終わったら、後々の行動を細かく決めなくてはならない、これからが正念場だ
静希はそう思いながら口の中に甘いケーキを放り込んでいく
誤字報告が十件たまったので三回分投稿
今回はいいところで切ることができて満足満足
これからもお楽しみいただければ幸いです