鏡花の弁当
「というわけで、明日からあんたの弁当を作るから」
学食から帰ってきて鏡花の第一声がそれだった
すでに食事を終えた静希は唐突な鏡花の発言に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた
静希は一体どういうことだと聞き返したくなっていたが、陽太は何の疑問も持っていないようだった
「お、マジか、じゃあ肉入れてくれ肉」
「はいはい、ハンバーグとかから揚げとかでいいわね?」
「おぉ、頼むわ」
まるですでに弁当を作ることが当たり前になっているかのような会話に静希は耳と目を疑っていた
もしかしたら二人はテレパシーでも使えるのではないかと思ってしまうほどに会話の流れがスムーズなのだ
もはや鏡花の言葉に対して疑問を持つことさえも面倒になったのか、陽太は何の抵抗感もなく朗らかに笑っている
これほどまでに思考を放棄できるというのも本当に才能だ
「えっと・・・とりあえず何で弁当?」
「こいつの栄養管理よ、まともな食事とってなさそうだし、ついでに料理の練習」
陽太の姿勢はさておき、とりあえずなぜかくらいは聞いておこうという静希の質問に鏡花はあっけらかんと答えて見せる
一見まともな理由だ、後ろで明利が苦笑しているところを見るとこれも作戦の一つなのだろうと静希は納得する
「いったいどういう話の流れでこうなったんだ?恐ろしいほど話が早く進んでるんだけど」
「えっと、男を捕まえるにはまず胃袋から作戦だって、結構ノリノリだよ?」
「あいつが料理してるところって一度くらいしか見たことないけど・・・平気なのか・・・?」
静希も明利同様の懸念を抱いているが、大抵のことはそつなくこなす鏡花のことだ、問題なく弁当用の料理もこなせるだろう
問題は陽太の方だ
あの顔はただ単に鏡花がただ飯を用意してくれるとしか認識していないであろう
胃袋を掴むというか、餌付けをしているような感じになるのではないだろうか
むしろ陽太相手だったらそれが正しいのかもしれないと思いながら、静希と明利はとりあえず二人を静観することにした
翌日鏡花が作ってきたのはそれなり以上に立派な弁当だった
二段に重なった弁当箱の下に白米、上には肉メインでありながら野菜などもしっかりと入ったかなり手間のかかった内容である
「どうよ、私だって弁当の一つや二つできるのよ」
「おぉ、こりゃちょっと見くびってたかもな、俺が作るよりずっと綺麗だ」
「うん、色合いもいいしバランスもいい、すごいね鏡花ちゃん」
二人が絶賛するよりも早く陽太は手を合わせていただきますと同時にその弁当に大喜びで食らいついた
いろいろとアクセントがつけられた料理だろうとあっという間になくなっていく様子を見て鏡花は満足そうな顔をしている
とりあえず美味しく頂いてくれていることが嬉しいのだろう、無くなっていくおかずと米を眺めつづけていた
「ぷはー!美味かった!ごっそさん!」
「本当にあっという間に食い終ったな・・・感想は?」
横で少し呆れながら見ていた静希に聞かれると、茶を飲みながら陽太は考えるように視線を上に逸らす
「んー・・・うまかったけど、明利のが上だな、まだまだ精進が足りんぞ鏡花よ」
気を利かせるなどと言う単語は陽太の辞書にはないらしい、だがなんというか陽太らしい
その言葉を聞いてショックを受けるわけでもなくまぁそうでしょうねと鏡花はつぶやく
「私自身結構久しぶりに料理したしね、そこはまぁ仕方ないけど・・・そうね、もう一つ目標ができたわ」
「目標?」
明利の言葉に鏡花はにやりと笑う
そしてからの弁当箱を陽太から返してもらい、明利の肩を掴んで自分の方に引き寄せる
「絶対あんたに明利の料理より美味しいって言わせてあげる、それまで付き合いなさいよね」
いつの間にか越えられる対象となってしまっていることに明利はわずかにはにかむが、陽太は全く気にした様子はなかった
「おぉいいぞ、美味いもん食えるなら文句はない、いつでも来るがいい」
「よし、言質とったわよ?それじゃ今回の弁当の好みだった味付けと、逆に苦手だった味付けをまとめてもらいましょうか」
鏡花が取り出したのは一枚のプリントだ
その中には今回の弁当の中身がすべて記入されており陽太にもわかりやすいように弁当の絵と一緒に載せられていた
こんなものまで作ってきたのかと静希と明利が驚く中、陽太は自分が食べたものを思い出しながらプリントに記入していた
一昔前の陽太なら『こんなめんどいのやりたくねえよ』と言ったかもしれないが、もはや鏡花に逆らうという考え自体が無くなりつつある状態だ、何の抵抗もなく紙に記入していく
鏡花は理詰めで行動するタイプだ、本気になるととことん突き詰める性格でもある
これはもしかしたら本当に明利よりも料理上手になるかもしれない
恋する乙女は恐ろしいものだと思いながら静希と明利は二人をほほえましく眺めていた