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J/53  作者: 池金啓太
十六話「示した道と差し出された手」
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依頼と旅の終わり

イギリスにやってきて三日目、ホテル最上階のスイートで静希は眼前にいるテオドールと視線を交わしていた


普段と同じ時間に起き、すでに準備を終わらせた状態で静希は向かいに座っているテオドールに視線を向けている


互いにソファに座り、テオドールの後ろには護衛が二人、静希の後ろには大野と小岩がそれぞれ立っている


互いの護衛対象が何かしないように、また互いに護衛対象を守るために緊張を強いられていた


殺気さえ含めた瞳を交差させるさなか、この場の空気は冷え切っている


かたや非合法組織の幹部、かたや悪魔の契約者


肩書きだけならここに二人がそろっているだけで危険だと認識されてもおかしくない


一触即発


そんな言葉が似合う状況に、向かい合っている二人の護衛合計四人はわずかに冷や汗を流していた


「さて・・・俺を呼んだ訳を教えてもらおうか?よもや茶をごちそうにするために呼んだわけでもないだろう?」


「もちろんだ、なんだったらまた奢ってくれてもいいけどな、本題はこっちにある」


静希が取り出したのは人相書き、いや仮面の描かれた一枚の紙だ


そこには人物名と思われる情報も載っている


「これは・・・『リチャード・ロウ』・・・?」


その紙には身体的特徴も記されており、その時点でテオドールは静希が何を言おうとしているのかを理解した


「こいつを探せというのか?」


「そうだ、一応聞いておくが、こいつのことを知っているか?」


「いや知らないな、こいつは一体なんだ?」


どうやら情報までは回っていないのか、それともとぼけているのか、どちらにしろ鎌をかけてみるしかなさそうだ


もし情報を知っているなら引き出すまで、知らないのなら調べさせるだけだ


「例の事件の首謀者・・・いや裏で糸を引いていた奴の名前と、使っていた仮面の写しだ・・・名前の方は偽名だろうけどな」


「・・・例の事件・・・?」


そこまで言ってもテオドールの声音が変わることはない、本当に知らないのかそれとも演技か、静希では判断できない


もう少し踏み込む必要がありそうだ


「八月・・・悪魔の召喚実験の事件だ、エドモンドが悪魔の契約者となった、あの事件の引き金を引いたやつだ」


そういった瞬間、サングラス越しにテオドールの目が見開かれ、仮面の絵の描かれた写真に注がれるのを静希は見逃さなかった


どうやらテオドールはこの事件に関して詳しいことまでは知らされていないようだ


「・・・お前が知らなかったとはな・・・少し意外だった」


「・・・知るべきことではないことは知らされない、そういう意味ではこの情報は貴重だな・・・だがなぜおまえがこいつを?」


テオドールの組織は政府とのつながりがある、とはいえ政府の不利益ともなる悪魔の召喚実験の事件に関して深く知る必要はない


必要のないことは知らされない、自分たちに都合の良いように動いてくれる駒、もしかしたら政府からはテオドールの組織はその程度の認識しかないのかもしれない


詳しい事情を知らないテオドールからしたら、静希がリチャードを追うことが不思議だったのだろう


あの事件の被害者でもあるエドモンドが捜索を依頼するというのならまだ話は通っている


だが静希は何のかかわりもなかったただの協力員、それがなぜこの男を追うのかがわからなかったのだ


「俺にも少なからず因縁があってな、できる限り早く片付けたいんだ・・・もとより、悪魔の召喚法なんてものを誰かに教えて実験させてる時点で、ろくなことは企んでないだろうさ」


「・・・こいつの行動パターンはわかるのか?」


「さっぱり、少なくとも何回かに分けて各国の人間に接触してるくらいか・・・どれもこれも厄介な場所だけどな」


そういってもう一枚の紙を出す


そこには今までリチャードが接触したと思われる場所が記されている


一つは石動や東雲の住んでいたエルフの村、静希にとって最初に接触した人外が召喚された場所である


そして一つは日本に存在する人権団体、これは静希が悪魔の契約者であるとリークした男だが、恐らくエルフに召喚法を教えた人物と同一人物、あるいはその共犯者


そして最後にイギリスの大学、エドモンドの関わった事件


「・・・これだけか?」


「今のところはな・・・だけどこれだけのはずがない・・・」


現在わかっているのはこの三か所、二か所は日本で一か所はイギリス


恐らく他にもあるだろうと静希は睨んでいた


「もう少し情報があればいいんだがな・・・これじゃあ探すのにも苦労する・・・こいつはエルフなのか?」


「さぁな、でもエルフだったらわざわざ召喚陣を他人に任せたりしないで自分で召喚できるんじゃないか?」


召喚の方法を知っておきながら、その実行を他人に任せるという時点で何かおかしい


召喚陣を作れるのは長年にわたりその術を伝承してきたエルフか、そのことに対して研究している研究者くらいのものだ


自分でそれをやらないことに意味があるのか、それともできないから他の人間に任せているのか


「・・・こいつは一体何がしたいんだ?悪魔の召喚なんて、それこそ頭がいかれたようなことをする?」


テオドールの問いに、静希は少し口元を隠して思考する


なぜこのようなことをするか


人間何かしらの利益が無くては動けない、だが今までの行動に関して何か利益が生まれたような様子はない


何故なら召喚がされた後、まともにこの仮面の男は接触してきていないのだ


エルフの村では少しの間留まっていたようだが、その後のエドモンドの事件などでは周囲に存在すらしていなかったように思える


「・・・これは推測だけど・・・たぶんこいつは実験をしてるんだと思う」


「・・・実験?」


「あぁ、まだ準備段階にあるんじゃないかと思う、何かを企んで・・・何かをやろうとしている」


静希の関わった召喚、エドの関わった召喚


静希の時は悪魔と神格、そして今回は悪魔のみ


さらに言うなら、エドモンドの召喚の時には特定の悪魔を召喚しているような節もあった


悪魔の心臓への細工


少なくとも特定の悪魔を呼び出すようなことができない限り、特定のことに対してトラウマを持っている悪魔に対して決定打となる行動はとれない


召喚の精度が上がっているような気がするのだ


無論、これはただの推論だ、だが事実エドモンドの関わった召喚時にはまるで狙いすましたようにトラウマの再現ができていた、あれが偶然とは思えない


何故召喚を繰り返すのか、何故召喚の技術を他人に教えるのか


意味がないはずがない、だがそこまでは考えが及ばない


「こいつは放っておくには少し危険すぎる、また悪魔の召喚なんてものをされたら俺への面倒事が増えるからな、とっとと終わらせたいんだよ」


「なるほどな・・・とはいってもな・・・いったいどこをどう探せばいいのやら」


テオドールの言葉に、静希は軽く笑って見せる


少なくとも、探す当てはある、むしろありすぎて困るほどだ


「こいつが今まで接触してきた人間は、少なくとも召喚を行えるだけの人種だ、エルフに研究者、研究者に関しては能力学に精通している人間に絞れば、少しはましになるだろう?」


「・・・世界中にいったい何人研究者やエルフがいると思っている?それをすべて見張れとでも?」


「一度来た国、そしてもうイギリス近辺には来ないかもな、他の国に目を向けるべきだろう、本人を見つけるんじゃない、国によっての金の動き、研究者の動き、軍の動きを見て普段と違う動きをしているところを重点的に探してみればいい、悪魔の召喚実験に関わるためにはそれなりに準備がいるだろう?」


それでも膨大だぞとテオドールは呆れ果ててしまっていたが、少なくとも最初よりは随分と範囲が狭まった


悪魔の召喚などと言うことを触れ回っていることもあり、すでにこのリチャードという人物は多くの国からの関心を引いているかもしれない


それが公的にではないことは確かだが、少なくとも奇妙な動き程度であればテオドールでも察知することはできる


当然のことながら召喚には時間がかかる、それは召喚陣の作成という意味でも、それを政府が認めるか否かという意味でもそうだ


悪魔を召喚するなどと言う行為を非公式で行えばどのようなことが起こるかもわからない


万全を期すならばイギリスでの実験のようにあらかじめ軍を動かしておくのが一番だ


もっとも、軍を動かしても事件が起こることはあるのが世の常でもあるが


「『リチャード・ロウ』もしくは『悪魔』この二つのことで少しでも気がかりなことがあればすぐ俺に連絡を入れろ、いいな」


「了解だ・・・あまり期待はするなよ・・・?・・・これで少しは借りが返せるか?」


結果次第だと静希が返すとテオドールはため息をつきながら立ち上がる

少なくとも情報は集めて困るものではない


特に自分が、ひいてはエドもかかわった事件だ、情報はいくらあっても足りないくらいだ


「それじゃあ吉報を待て、こっちはこっちで仕事もあるんだ・・・それじゃあ良い一日を」


そういって部屋から出て行くテオドールを目に収め、扉が閉まるのを確認すると静希の後ろにいた大野と小岩が緊張の糸が途切れたのか大きく息を吐いて全身の力を抜いていた


「うえぇ・・・緊張した・・・二人とも雰囲気ありすぎだよ、お偉いさんの対談より緊張した」


「言いすぎですよ、一介の高校生にそんな風格はありません」


静希の言葉を内心で否定しながら、二人はソファに座ったままの高校生に目を向ける


少なくとも自分が高校生の時、ここまで大人相手に堂々とできた記憶はない

しかも相手は非合法組織の幹部、一度は自分の命さえ狙って見せた敵、そんな相手になぜあぁも堂々としていられるのか


時折、自分の近くにいるこの少年のことがわからなくなる


友人と一緒に居た時の静希は、ただの高校生そのものだった


その姿は確かにただの高校生と言われてもすぐに納得できるだけの様相をしていた


だが先ほどの姿を見て、ただの高校生と言われても、すぐには納得できない

風格などと静希はいったが、まさに何か自分たちとは違うのではないかと思える威圧感があった


自分たちに笑顔を向ける時と、テオドールに冷酷かつ辛辣な表情と言葉を向ける時と、どちらが本当の静希なのだろう


大野と小岩は末恐ろしくなりながら息を大きく吸って今までの緊張を取り除こうと紅茶を口に含んで大きく息を吐いた







その後、一日ゆっくりと買い物や観光を楽しんだ後、静希達は日本に帰国した


帰国後すぐに学校や職場に向かうということで三人はかなり体力的につらかったが、事情を知っている人間のおかげで何とかなった


収穫としては、静希の口座に正式な外交任務報酬として七桁ほどの収入があったことと、オルビアの部下の武器が一つ手に入ったことだった


帰国後すぐの学校を終え、自分の家に帰ると、静希はとにかく片づけを優先し、まともな状況になり次第、オルビアとその武器を対面させることにした


「・・・んじゃいくぞ?」


「はい・・・お願いします」


箱の中に入れられた剣とナイフが一体になっている武器を取り出すと、オルビアは不思議な表情をしていた


懐かしむような、悲しむような、そんな顔


オルビアが近くによると、以前孤島であったように、僅かな光が剣から漏れ出し、人の形を作っていく


形になったのは、黒く短い髪に鋭い目つきをした勝気そうな女性だった


「・・・ジェシカ・・・」


オルビアのつぶやきの先にいる女性は、何を見ているのか、目の前にいるオルビアに向けて視線が注がれ続けている


『・・・隊長、あんたと過ごせて楽しかったよ、借りばっか作ってたけど、少しは返せたかな?』


「・・・私は・・・十分助けられた・・・十分すぎるほど・・・」


見た目通りの勝気な口調に、オルビアは首を垂れる様に視線を落としてしまっていた


自分の決断に部隊を巻き込んだ


もしかしたら、そのことを今でも悔いているのかもしれない


『あんたのことだから、変に気負ったり責任感じたりしてるかもな、あたしはあんただからついていったんだ、あんただから従ったんだ、後悔なんてさせねえぞ、あたしはあんたと一緒に居れて楽しかったんだから』


満面の笑みを浮かべるジェシカを前に、オルビアは顔を上げて今にも泣きそうな顔をする


何百年も前に見たものと同じ笑顔、自分たちに向けられていたこの笑顔


他人の後悔など関係ない、自分が楽しかったのだから


恐らくこのジェシカという女性は、この性格からオルビアの部隊の中でもムードメーカー的な存在だったのかもしれない


自分ならではの考え方と、その性格と、その笑顔で部隊の空気を一新していたことだろう


『・・・まぁ・・・なんだ、上手く言えないけどさ、あたしはあんたが、あんたたちが大好きだった、それだけ!・・・じゃあな』


最後気恥ずかしくなったのか、僅かに苦笑しながら、それでも朗らかにそういってジェシカの思念は消えていった


あの孤島の時と同じように、霧散した思念の光を見ながら、オルビアは嬉しさと懐かしさと悲しさを混ぜた表情をしていた


「・・・あなたは何時もそうでしたね・・・真面目な話をしていてもいつでも・・・あぁ・・・あなたは最後まで何も変わらなかったのですね」


変わらなかったことが嬉しいのか、変わらないでいてくれたことが嬉しいのか、オルビアが意志の残されていた刃に触れようとすると、オルビアのかけていた保存の力が失われたのか、突然刃に亀裂が入った


そして止められていた時間が一気に経過したかのように、急速に刀身が錆び、結ばれていた紐は朽ちていく


この刃もオルビアの能力の副作用で一時的に形を留めていただけのようだ


オルビアの能力は保存


特定の物を保存する代わりに、どのような形で保存されるかはわからない


死の淵の意志をオルビアが武器を見つけるまで保存する、それはその人物が持っている物品に封じ込められ、意志と一緒に物品の状態をも保存してしまった


故に、保存が解けた今、武器が一気に劣化していったのだ


「・・・この剣は・・・昔私が使っていたものなんです・・・」


朽ち果てていった剣を見ながら、オルビアはぽつぽつと昔話を始めた


自分が、生身の肉体で生きていた時のことを


「ジェシカは・・・出会ったときはただの野盗でした・・・騎士として働き始め、初めて戦ったのが彼女で・・・その時に、この剣が折れてしまったのです・・・いえ、彼女に折られたと言ったほうが正しいでしょうか」


男として訓練し、剣の鍛錬をしてきたオルビアにとっての最初の敵、それがジェシカだったのだという


剣を折られ、絶体絶命かと思われたが、それでもオルビアは彼女に勝った


「彼女も、そこで諦めてくれればいいのに、何度も私に挑むんです、でも剣が折れたから無理だと、そう言ったら、こんな形にして返してきました・・・まったく、何を考えているのかわかりませんでしたよ」


剣が折れたからもう戦えないと、そういう方便で戦闘を回避しようとしたオルビアの考えをまともに受け取ったのか、それとも独自の解釈をしたのか、ジェシカは折れた剣を鍛えなおして短い剣に、折れた先はナイフにして突き返してきたのだという


それでも結局、ジェシカがオルビアに勝つことはなかった


そして最後の戦いの後、オルビアは彼女を自分の部隊に誘った


それが、二人の始まり


「何年たっても・・・いつまでたっても・・・あなたは私を困らせますね・・・ジェシカ」


そういってオルビアは朽ちた剣を抱きしめて僅かに震えていた


もしオルビアが泣けたのなら、その瞳から涙をこぼしていたところだろう


だが彼女は泣けない、生身の人間ではなくなった彼女に、泣くことはかなわない


強く強く、朽ちた剣を抱きしめることしか、オルビアはできなかった


日曜日で二回、誤字報告が五件たまってプラス一回で合計三回分投稿


昔の誤字の報告が未だに上がるのがちょっとあれなので自分なりに見直すことに、ここの話は区切っておきたかったのでちょっと思うところがありました



これからもお楽しみいただければ幸いです

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