⭐︎
8月になりました。
甲子園出場校の
甲子園練習が始まりました
地方から
甲子園へ向けて
続々と出場校が集結してきた
当然、あの高校も。
抽選日まで
あと1日!
どうにかしたい。
高野連本部から
なかなか連絡が来ないので、待ちきれず
再度連絡したところ、
県高野連同様、
高校から提出された内容からしか判断できないので
調査もできません。
との回答。
それなら即時回答できたはず
期間を延ばそうとしてるのかと
疑ってしまう
どうしたら世間の多くの人に知ってもらい、
この不条理な世界を崩せるのだろうか。
あの学校は
警察からの連絡があったにも関わらず、
事情聴取を延ばしてもらい、
何もなかったかのように、
呑気に今日も差入れのインスタをあげている
ゆっくりしている時間はない
週刊誌の担当者を紹介してもらい連絡をした
SNS拡散に向けて動きだした。
励ましのコメントやメッセージも沢山頂いて
許してはいけない事なのだと、
再認識させられました
メッセージありがとうございました
届け!野球の神様✨
⭐︎
地方大会も大詰めで
次々と甲子園出場校が決まっていく中
息子が辞めた高校も
ついに優勝してしまった。
準決勝あたりから、
threadsの投稿の反響や、
高校野球関係者の紹介と、
慌しく
私達の周りの環境が変わりだしてきた
これは何かの導きなのか
日常の夏休みのはずが
心だけが
ソワソワと動きだしている。
まず高野連の本部に連絡を入れた。
返事をもらう事になった。
この返事次第では
次の手を打つ事になっている。
抽選日は8月3日
あと6日である
監督さん、
あなたが積み上げて来た功績は
とても素晴らしいものかもしれない。
しかし
いつしか歪んでしまった
イビツでこっけいなその組織は
取り返しのつかない所まで進んでいます。
あなたが本当の高校教師であるならば、
あなたの独裁社会になっている事に早く気づいてください。
もし、
あの時
普通の学校のように
すぐに対処してくれていたなら。
転校してからでも
学校や親御さんの謝罪があったなら。
担任の先生が心配して声をかけてくれていたなら。
カップラーメンを食べていなかったなら、、、
後悔しても仕方ない
私達は
今を受け止めて突き進むだけ
✴︎
地方大会が、各地で始まった。
6月初旬から警察に相談し、
被害届も受理された。
そろそろ警察が動き出すかと思った矢先、
高校側は
最後の大切な大会だからと
大会後にして欲しいと要請されてなのか
被害届は加害者の調書も任意のため、
警察もまだ動けていないと連絡があった。
とても残念でした
次に
私たちは高野連に連絡をした。
内容は教えてくれなかったが、
高野連に提出してる報告書と、
私達に提出してくれた報告書には
人数など含め、内容が異なっているとの事。
そして対外試合、活動停止などの処罰はなく、
保護者会などでの報告義務のみの指導であったと教えてくれた。
(ちなみに、保護者会を開いての報告は未だ行われてはいない)
(5月の全体の保護者会では、勝手な詮索で口外しないようにとだけ警告があったそう)
やはり高校側も
罰を逃れようと嘘の報告書を書いたのと同時に、
広島高野連も
こんな集団暴行があったにも関わらず、
何の処罰もしない事に正直驚いている。
やはり、
自県を守るため?忖度があるのかとさえ思えた
誰も守ってくれないのか
その怒りはどこへぶつければいいのだろう
しかも
暴行に関わった半数以上が
ベンチ入りメンバーで
春大も出場、
そして
今も予選に出場している
それを見るたびに腹立たしいし、悲しくなる
最後の大会だから?
死ぬほどの大怪我ではなかったから?
我慢しないといけないのでしょうか?
息子は学校にさえ行けなくなり
転校を余儀なくされました。
皆んなが守っていないルールとはいえ、
ルールを破ったのは駄目な事だと
百も承知ですし
本人も反省し後悔もしています。
しかし、
集団暴行は、それとは別の話です。
私達は怒ってはいけないのでしょうか
今更掘り返すのは
大人気無いのでしょうか。
転校してから1ヶ月、
学校にも馴染み、
やっと落ち着いた
が、
一向に
転出した高校からの連絡はなし、
学校側からも親御さんからも
謝罪の話は一切ない
私たちは、
色んな想定に向けて
法律相談などへも足を運び、動き始めた。
内容証明を送って戦うのか、
被害届を出すのか
世の中に出してでも腐った学校の内情をあばくのか。
家族会議をした。
色んな感情もある中、
息子は、
やられた奴に対して被害届を出す選択をした。
もし道端で殴られたら、
被害届を出すのは普通だと。
家族の方向性が決まり、
警察への相談をした。
わざわざ家に来てもらい、事情聴取してもらった
後日、私達が警察に出向き現場検証もした。
県を代表とする強豪校での出来事は、
社会的にも大きな事件の扱いになると思うので、
所轄の警察署から、
本部を巻き込んで捜査しますのでと言ってくれ、
少し安心した。
やられた事は、
ただ、少しドツカレタような内容ではない。
10人以上に囲まれ、
手を後ろにしろと言われ、
何回も何十回も
合計100発をも超える集団暴行であった。
念の為に、何枚も何枚も厚着をして行った。
殴られた瞬間がわかったので、
その瞬間瞬間、腹筋に力を入れて耐えていた。
それが1発でも不意に蹴られていたら、
見えない角度から蹴られていたら、
救急搬送され
死に至っていたかもしれない。
それを警察から聞かされた時、
ゾッとした。
高校に戻そうとした自分が恥ずかしく思うとともに、深く深く猛省した。
⭐︎
4/1 入寮
時間の止まった2か月間
何にも身が入らず
とても長かった
息子が1番しんどかったとは思うが、
親も色んな角度から、
考え、悩み、疲弊した。
次は安心して行けるよう、
私たちは
祈るだけ
⭐︎
名門といわれた強豪校での
集団暴行
逃亡
転校
どの選択が正しかったのかはわからない。
3年間最後まで続けられず
逃げて帰って来た
意気地なしだっかのか
自分に甘かったのか
忍耐が足りなかったのか
私達はそうは思わない
失敗はしたけれど
すこぶる人間らしいと思う
耐え続けて
人間不信になり
次は人を傷つける立場になって
心が腐ってしまうより、よっぽどいい
本当によく逃げてきたと、今は思う
思考の古臭い学校、寮。
勘違いしてる監督と
それの機嫌をとるコーチ達、
これまた
それに怒られないように
殴られないように
嘘で固めていい子ぶり
その捌け口に下級生を殴る蹴る上級生、
発言できるのは監督のみ
そんな
昭和で腐りきった世界でいる事自体が
息子自身、
耐えがたく
許せなかったのだと思う
狭い狭い世界の中で、
古臭い考えしか持てない、
絶対王政なんて消えて無くなればいい
井の中の蛙大海を知らず
世間では
伝統ある名門校が
蓋を開けてみれば
ただの
田舎で世間知らずの
まるで
戦後から時が止まってしまったかの様
自らも暴力当たり前の指導をしていたからか?
それを正義思っているのか
勝つためなら、暴行犯までも守るのか
3年が2年を殴り
3年が引退すれば
2年が1年を殴る
これが美しい伝統とでも言うのか
頭が麻痺している
ここは昭和初期でも刑務所でもない
令和のこの時代に
まだこんな教育をしてる高校があるなら、
高校野球は本当に終わりだと思う
息子の一件で、
高校球児を見る目が、
一気に変わった、、、
この子達もこんな思いをしているのかと。
親にもSOSも出せなくて
なんて気の毒で可哀想な子達であろう
この子達は、
きっと
自分達を正当化し
また下級生に暴行を働き
大人になると
我が子にも同じような教育をしてしまう
悪しき伝統を断たない限り
暴力の連鎖はきっと止まらない
⭐︎
何も進展のないまま、
3月に入った
最後に監督と話をさせてもらおう
それで動かないなら、きっぱり編入先を探そう。
コーチに
無理を言って、
監督に時間を作ってもらい、
電話で話をしてもらう事にした
息子も緊張した面持ちで電話をかわった
いつもはすごい剣幕で怒るイメージの監督だか、
落ち着いて話をしてくれたそう。
そして、ごもっともな話を頂いた。
しかし、話が2月と全く変わっていない。
きっと
監督は本当の話も何も知らされていないのか
それとも、、、
学校としてのストーリーを貫くという事だったのだろうか
息子が残した手紙もきっと読んでいないだろう
そんな話ぶりだった。
息子の心は動くはずがなかった。
寮、学校のスタンスはこの先もきっと変わらない、
もう
編入に切り替えよう。
実は、
新学期まで、時間の限りもあり
2月末くらいから
編入先を探していた
家から通学できそうな所
安全そうな環境
学校側が全面的にサポートしてくれると言って頂いたので、
色々色々提案してくれるのかと思ったら
口だけで、
結局学校探しから手続きなど、
行きたい所を決めてご自身で電話してくださいと
言うことであった。
またもやガックリ。
幸い
息子が帰って来てるのを聞きつけて、
ウチにおいでよと言ってくれる友達も数人いて、
他の高校の状況なども聞けた。
何校か問合せをし、
その中から1校だけ話を聞いてくれる事になった
状況などを説明し、
1年生の取ったカリキュラムなども見てもらい、
2年生から入れるのか
野球部にも入れるのか
トントン拍子に
編入試験をし
合格の連絡が来た。
やっと。
やっと
暗い暗い暗闇から、
光がさして来た瞬間であった
✴︎
再び、脱走、、、
1月29日未明
3時半頃に不在着信。
もしまた殴られたら帰っておいでと、
御守りに1万円を入れておいた。
きっとまた帰ってくる
と
信じながらも
やはり内心はとても心配だった。
朝の7時半頃
寮からの電話、
1週間前と同じやりとり。
捜査願、
警察とのやりとり
朝9時過ぎ 自宅に無事帰宅
13駅ほど歩いたそう。
途中、
川に飛び込んでみようかな
と考えたらしい。
電車に揺られながら、
何をしてるんだろうと
自分の無力さに涙が溢れたと。
寮内では、
手紙を読んだコーチと
連絡を取り、前日の状況も話していたので、
高校側は死も覚悟し、必死に探してくれたであろう。
▲コーチは
「生きていてくれて本当に良かったです」
と言ってくれた。
父
「息子ともしばらく話をしてみます」
ここからが長かった。。。
帰ってきた息子は、
戻った3日間の事、
色んなことを喋り始めた。
監督の事、
コーチや先輩の事、寮の事。
耳を疑う内容をポロポロと吐き出した。
昼は穏やかに話せたが、
夜はやはり不安定な精神状態が続いた。
中学校のシニアの監督にも相談した。
中学校の先生にも相談した
小学校チームのコーチにも相談した
しかし
説得の甲斐もなく、
ただただ、月日だけが過ぎて行った。
頑として首を縦に振ろうとしない
彼にとって
この1週間の出来事は
はかりきれないほどの受け入れ難い屈辱だったに違いない。
主人は、
もう無理だろうと諦めかけていたが
私は
まだ諦めきれなかった。
愚かにも
普通の高校、もしくは通信制高校を出るより、
名門校を出た方が
はるかに将来的に有利だと考えてしまっていたのだ。
1週間が過ぎた頃、
▲コーチから週末に会いたいと連絡が来た。
週末、
他県から、
わざわざ▲コーチが来て頂き、
2時間ほど息子に話をしてくれた。
少し動いたのか?
どちらに傾いたのか?
答えの出ないまま
また月日が経っていった
さらに
2週間が過ぎる頃、
どうするのか決めきれないのが
焦れったく思い、
寮に行き、直接話をしに行こうと思いたった。
嫌がる息子を乗せ、すぐに出発した。
到着すると、
▲コーチが出迎えてくれ、
同級生が待っていた。
「また一緒にやろうや」
同級生たちは、
何度も泣いて説得してくれた
しかし、息子の決心は堅かった。
「自分はもう皆んなと同じようには頑張れないです」
「地元の高校で頑張ります」
とキッパリと言い、
コーチ達も止めようがなかった。
それから、
寮の荷物を車に移動してる最中も
「このまま泊まるか?」
とまた皆が引き止めてくれるも、
その決意は揺らぐ事なく
サッと車に乗り込み、
寮を後にした。
✴︎
寮に戻ると、
コーチ3人が待ち構えていた。
会議室の方へ案内され
息子とはすぐに引き離された
別部屋でそれぞれ話をした。
「ご迷惑をおかけしました」
「こちらこそご心配をおかけする事になり、大変申し訳ございませんでした。
息子さんには安全な寮生活が送れますよう、
寮にはコーチが毎日しばらくは宿泊する予定をしています。」
その中で、一部加害者の話にもなり
「1人、息子の事が嫌いなのか、執拗に蹴って来た子がいたみたいで。」
「そうなんですね。その子の言動がわからない所がございまして。気をつけて見させて頂きます。」
続いて
「それから、他の子も多数やられてる子はいます。できれば聞き取りしてあげてほしいです。」
と伝えたところ、
「わかりました、また聞き取りして行こうと思っています」
「それから、今回の聞き取りの報告書ですが、相違点などはございませんか?」
今思えば、
私の言葉の後の3人の顔に違和感があった。
そういう事だったのかと、
今なら納得が出来る。。。
それから、少しお話をし、
「息子をよろしくお願いします」
「はい、監督が1番心配しておられると思うので、まずは監督に会ってから、寮に戻ります」
息子を預け
学校を後にした。
うまくやれるかなぁ…
帰路の道中
何故か涙が止まらなかった。。。
やはり不安は的中した。。
約束など、そこには存在しなかったのだ
息子は、まず監督に会いにいった。
カップラーメンについて叱責された。
そして、
監督「お前、嘘はつくなよ、
お前の両親もどうかしてるな
俺なら帰って来ても家に入れんがの〜」
監督「高野連に報告した方がいいんか?」
息子「はい」
監督「2年生の対外試合なくなってもいいんか?」
息子「、、、ダメだと思います」
監督「じゃあどうすんや」
息子「、、、出さない方がいいと思います」
監督「他人事みたいに言うんじゃの〜
じゃあなんて言うんじゃ」
息子が言葉に詰まったら、、、
監督「出されては困りますやろ」
息子「、、、はい」
恫喝である。
監督はこの件をなかった事にしようとしている
しかもコーチ3人も同席
息子は衝撃を受けた
そして、
寮に戻ると、
隔離はおろか、食事時間も同じ、
なんなら、
1番の暴行加害者が隣の部屋に移動して来ていた。
携帯の時間も息子だけ没収された。
連絡手段が断たれた
練習中、
2年生が次々に謝ってくる。
話を合わせておけと言ってきた奴がいた。
睨んでくる奴もいた。
「素振りしとけよ〜鈍ってもらっちゃー困るからの」
「お前らどんな雰囲気やったんじゃ?
ワシらの時代は地獄やったがの〜」
と。
息子が逃げ帰って倶楽部が数日止まっていた間、
監督は加害者と楽しそうに談笑していたという。
「あいつらを許してくれるか?」
「、、、はい」
「じゃあこれで終わりや」
と言ってきたコーチもいた。
ハイしか言える訳がなかった。
ここでは絶対王政、1年生が1番弱い立場で
刃向かう態度なんて死んでもできない
寮に一歩踏み入れると、
令和では想像もできない世界がそこにはあったのだ。
食堂では
ふざけて2年生が押してくる。
風呂では
通りざまに「クソが!」と罵倒してくる。
試練は続いた
次の日の朝
また監督に呼ばれ、
叱責は続いた。
「○と□達は優等生じゃ、
お前は優等生じゃない。」
この言葉が耳から離れず、
事実ではない事が、
そこでは事実になろうとしている現実に
息子の我慢の気持ちがガタガタと音を立てて崩れていった。