『三文オペラ』公演終了後の個人的回顧録 ―演出家による不当な扱いに関して―
これは、私自身が公演『三文オペラ』の制作期間中に体験した出来事を、記録として残したものです。公演を終えた今、あくまで回顧録という形を取りました。
ここには私が実際に受けた対応、感じた事をできる限り明確に記しています。公演終了後から時間も経ち、当事者として完全に感情を排することは難しいものの、誇張や脚色のない形で、出来事と私自身の意見をそのままお伝えいたします。
1.経緯と概要
私は2024年に行われたシアターX(カイ)プロデュース公演『三文オペラ』の演出家井田邦明氏のワークショップ・オーディション(以降WS・ADと略します。)に続き、2025年7月開催の同企画に再び参加しました。
しかし、本年企画に参加した段階から公演終了に至るまで、演出家 井田邦明氏の言動には、私に対する不当な扱いや言動が見られました。
この判断に至るまで時間を要した理由は、以下の3点です。
1.私は井田邦明氏の演出作品への参加もが今回初めてでした。同時に「過去に関わりのあった、企画責任者の立場にある人物から制作期間内に不当な扱いを受ける」という状況が初めてであり、当初は状況を正確に判断できなかったこと。
2.井田邦明氏は12年前に留学先で演技を学んだ恩師です。「恩師と生徒」という一般的な関係性であり、過去に直接的な問題はなく、友好的な関係性が続いていたと認識していた為、この様な事態に至る原因が見当たらず判断のし辛さに繋がった。
3.そして最も大きな理由は、「なぜそのような扱いを受けたのか」という明確な理由が、最後まで判らなかった為です。因みに私は昨年2024年のWS・ADから受講をしており、参加する意思や出演希望に何ら変わりはありませんでした。井田邦明氏も開始当初は私が継続しての受講、出演希望を認識していた様子で、その際は何ら問題なく挨拶を交わしておりました。
これらの理由もあり、私は長い間「何か誤解があるのでは」と自らを納得させようとしました。しかし、公演を終えた今、改めて慎重に事実を整理し、記録として残す必要があると判断しました。
2.具体的な行為と状況
(1)無視・排除的態度(ネグレクト)
2024年7月のワークショップでは、参加者が3人と少人数だったため、アドバイスや指導の機会も均等にあり、穏やかに会話ができる間柄でした。徐々に参加者が増えた際にもそれは変わりなく、挨拶も演目に関する質問にも快く熱心に応じてくれていました。しかし、2025年7月14日~18日のWSにおいては、中日頃から違和感を覚えました。例えば会場に入ると、いつもの椅子に座り話をしている井田邦明氏都参加者に挨拶をすると、返事はなくそのまま会話を続けていました。私も「気付かれなかったかな」「声が小さすぎたかな」とその時は思い、深く受け止めずにいました。ですが、WSから稽古期間に入り、挨拶の度に、井田邦明氏の会話相手の方だけが気付いて挨拶や会釈を返して下さるといった事が続くようになりました。
8月25日から始まった稽古では、私に対する関心が明らかに欠如し、明確に私だけを避けるような行動が見られ他の出演者と差をつける態度が顕著になりました。
他の出演者へは声をかけ、助言を与える一方で、私には目を合わせず、話しかけても返答がない、無視や手で払う仕草など、指示が飛ばないなどの状態が続きました。
(2)肩書、SNS投稿内容を用いた揶揄・誹謗・不審な発言
・井田邦明氏は度々「SNSはやらない、見ていない」と公言していました。が、私がX(旧Twitter)やFacebookに投稿した演技や台詞に関するメソッド用語を、翌日に突然使用し、それを揶揄するような発言を行いました。 その用語は、イギリス演劇を専門とされる他の演出家から私が学んだ手法であり、投稿に記した関連用語もその方が創作されたオリジナルです。特定の演技教育法に基づく専門的な表現であり、私が見聞きする限りでは井田邦明氏の指導の中でそれまで用いられた事は一度もありませんでした。投稿翌日の稽古中に揶揄した点からも、意図的な引用と感じざるを得ませんでした。
・井田邦明氏はそれらを用いた後に、私への指摘の際に、「お前イギリス演劇だかシェイクスピアとかなんとか言ってるけどな、そんなんじゃねえよ。俺は見て来てるから知ってるけど、シェイクスピア全然違うだろ。解ってるのかよ。何にも知らねえじゃねえかよ。」と全員の前で中傷を繰り返しました。
・私は演劇の台詞表現に特化したボイストレーニング指導を長年受けております。メソッド名や内容もプロフィールに記載しております。9月中頃の稽古にて井田邦明氏は私を対象として事ある毎に、合唱やガヤや台詞の指摘の中で「ボイトレなんちゃらとか言ってるけどな、聞こえねえし意味ねぇよ。」と発言しました。これらの発言は私を見て直接言うのでなく、その場にいた他の共演者を見ながら同意を求める形で放つ形でした。
その時々の私の歌唱、発声、台詞、演技表現そのものに問題があれば、それ自体を指摘すれば済むことです。しかしその口調には明らかにイラだった感情や侮蔑が含まれていたのを感じました。また私から改善点や質問をしようと対話を試みましたが、 (1)に記載したように避けられてしまう為、なかなか改善へと進みにくい状態が続きました。その上、SNSをしていないと発言しながら、投稿を観察している事を不気味に感じ、不安を感じざる負えませんでした。
(3)他キャストを巻き込んだ叱責と暴言
井田邦明氏の不可思議な言動で最も顕著だったのが、「私への強めの指摘、叱責を全て他の共演者に向ける」といったものでした。稽古開始当初はまだ口調も抑えたまま、共演者にも共通の注意点として語っているのだと思っていました。そういった口調でもあり、気に留めないようにしていました。ですが、(1)の視界に入れようとしない行為と相まって日を追う毎に過激になっていきました。
・その例として、9月25日15時ころの事です。 この日、私と相手役の方が担当するダンスの振り付けを稽古の前半で集中的に行う形で始まりました。ダンスの振り付けを井田邦明氏に見て貰い、その後に部分的に別の振り付けを付け加えられる流れでした。この時井田邦明氏からくわえられた振り付けを試していました。私も相手役の方も所謂社交ダンス経験は無いに等しく、井田邦明氏も把握済みでした。この時直ぐにやれと指示が飛び、ダンスを始めました。その時私は部屋の中央にある支柱にぶつかりそうな相手役を守ろうと引っ張った際にダンスの流れが崩れてしまいました。それを見た井田邦明氏から「何やってるんだよ!なんで後藤、合わせられないんだよ!」と激しい叱責を受けました。
この時、井田邦明氏は部屋の壁際中央で椅子に座りながらダンスを見ていました。目の前には部屋の中央にある大きな支柱があり、そのまま踊っていれば明らかに相手役の方は頭部を殴打することは目に見えてました。ですが此方に考える時間や立て直す余裕も与えない勢いで、直ぐやれと指示を出してきたのです。
私が「すみません。柱にぶつかりそうになったので無理やり避けました。」と説明しましたが聞き入れられず、「だったら最初の位置くらい決めろよ。口ばっかりじゃねぇか、何も出来ねえくせに。」と返されました。この間にも井田邦明氏はドンドンと音を立てながら荒々しく床を踏み、まるで威嚇するようなそぶりを続けました。
その後も井田邦明氏の叱責は続きました。動く隙すら与えない勢いで「下手くそ」「役者でもねえよ」「音楽も聞けねえのかよ」「ダサいんだよ」「なんかつまんねえ」といった言葉が飛びました。指摘の最中にも頻りに私へ指を差しながら「後藤みてぇな下手くそなー」「後藤の『私上手く踊ってます』みたいなー」「そんなもん誰も見たくねえよ。」と続けました。(私は芸名を加賀弥と名乗ってますが井田邦明氏は本名(後藤)で記憶しているようで終始私を後藤と呼び続けてました。この事は全員が認識しており、問題とは思っておりません。)
発言の最中、井田邦明氏は一切私に目を合わせません。叱責の対象は私であるにも関わらず、全て相手役の方へ向けていました。井田邦明氏の発言を受けられて相手役の方は唯々うなずくしか出来ない状態でした。
ペアで組んで振り付けの一部を行う際にも相手役の方のみと行い、私が組んで貰おうと進み出ても「どいてろ」という風に手で払い除ける仕草をするのみでした。
・台詞について、私へのダメ出し(指摘)は他の共演者に向けて行うという手法がとられました。私の台詞に関する指摘を、共演者に向けて怒鳴る形で行いました。当人経ちも困惑され、その中の御一方は「それは私の台詞ではないですよね?」と何度も確認していたほどです。ですがそれも聞き入れられず「そうだけどー!他の人もね、」と指摘は全てその方に向けられました。幾ら全員の台詞表現に対する注意喚起であったとしても、明らかに異常な状態であった事は確かです。
(4)共演者の引き離し行為
9月29日の稽古休憩中、共演者にシーンの確認をした際、井田邦明氏が近づき「あー君も変な影響を受けないで、あのダンスねー」と発言し、共演者を私から引き離しました。この時私は一切共演者へ助言や指導をしておらず、この発言の意図は不明です。
それ以前にも、度々私が他の共演者と会話している際には割って入り、共演者に演出の指示や指導をするといった形で引き離していきました。
私は一貫して他の共演者へ演技や台詞、キャラクター分析に関して、私から意見を押し付ける様な事はしませんでした。共演者からアドバイスを求められたり、私から台詞の解釈などを提案する際にも、「これはあくまで一つの意見にすぎません。演出にそぐわない場合は、無理に採用せず手放してください。その方が演技もスムーズに進みます。もし判断に迷ったら演出家に指示を仰いで下さい。」と必ず最後に伝えていました。
もし私を「共演者に悪影響を及ぼす存在」と見なされていたのだとしたら、疑問が残ります。人間性を見定められる機会は幾らでもあり、井田邦明氏の立場からでしたら、出演者に問題行動があった場合、正面から注意喚起する方法も取れた筈です。ですが全体を通してそのような形での接触はありませんでした。
異なる専門ジャンルや演技スタイルの人々が集う場で、特定の人物だけを意図的に共演者から引き離す行為は、明らかに差別的な扱いといえます。
(5)暴言
稽古中の指示指摘に熱が帯びるようになると、井田邦明氏の口調はますます暴力的になっていきました。これに関しては私だけに留まらず、ほぼその場の全員が浴びせられていると言っても良い程に容赦のないモノでした。指示指摘に対しての返事、返答に対して暴力的な言葉を使う事も増えました。
私が実際に受けたモノの一つは、9月27日㈮ 稽古での私の台詞について井田邦明氏が実際にやって見せながら「違うだろう、そんな風に言わねぇだろ。俺だったらこう言うけどな。『(私が担当する台詞)』」「面白くねえな。」「何で出来ねぇかなー。」と叱責を受けました。
私はひたすら指摘を受け取ろうと「はい、すみません。」「解りました。」と返答しました。それに対し井田邦明氏は「お前ハイとか言うけどな、てめぇ、このぉ。」と返答されました。
こういった対応が続き、演出や指導の時間だったとしても冷静な状態で会話することは難しいと判断せざる負えませんでした。
この他にも激昂した状態で「やれ!」「考えるな!」「違うだろう!」と檄を飛ばし、返事する隙間も与えない程の勢いでした。場は混乱し、理解も追い付かないまま戸惑いながら行動せざる負えない状態で、稽古は著しく停滞していました。
3.心理的影響と対応
このような行為が続き、共演者の方々が私に対して気を遣うような空気が生まれ、稽古場全体の関係性にも影響を与えました。共演者にまで心理的負担を与えてしまったことに、私は深い罪悪感を覚えました。これらの私が個別で受けた扱いは、他の出演者には見られませんでした。故に私は徐々に心理的に孤立し、降板も真剣に考えました。
4.共演者との関係
私が巻き添えにしてしまったことに対し、共演者の方々から直接的な非難や苦情はありませんでした。直接謝罪をした方々からは、寧ろ自身の体験に置き換えられ、私への配慮を示してくださいました。
5.公演期間中について
10月に入り、劇場で本番に向けての作業も佳境に入りました。この時期に至っては本番終了後まで、おざなりの挨拶を交わす程度で、ひたすら接触を避けるという形で終りました。
6.総括と考察
これら一連の言動は、創作活動や演出上の指導とは無関係な領域で行われていたように思われます。
もし井田邦明氏の言動の原因が私の態度や、技量不足や表現方法の違いであったなら、2年続けて参加したWSやWS最終日に設けられた歌唱オーディションの段階で選考から外すことも可能であったはずです。それをせず、稽古開始直後から排除や中傷が行われた点に、私は深い疑問を抱きました。その理由は不明のままです。
井田邦明氏は時折「今時セクハラ、パワハラだって直ぐ騒ぐけど、あれこそ異常だよな。」
「あれこそ被害者意識だと思うよ。直ぐネットでもSNSでも騒ぐだろう。ちょっと異常だと思うよ。」
「された方は被害者だっていうけど、被害者が実は加害者なんだよ。な?」
「皆スマホをずーっと観てクレイジーだよな。」
「老害なんて酷い言葉だと思うよ。」
「俺たちも経験したけど、それだけの熱量が必要なんだよ。」
といった発言を繰り返していました。その時は演出や作品にちなんだ社会性の話しだからかと思いつつ、なぜ急にこんなテーマが出てくるのか不思議にも感じました。
また稽古初期はこう口にしていました。「時々熱くなってつい激しく言ってしまう時もあるけど、それが無きゃ芸術って出来ないだろう。」と。これらの発言から高圧的な言動に対する自覚があったにも関わらず、改善する意思がないと感じています。井田邦明氏の姿勢から、このような状況が“日常的な創作スタイル”として繰り返されてきたのではないかと考えるに至りました。
故に私自身は稽古期間中から公演終了まで、身に覚えの無い扱いを受け、理由も判らない不安と疑問を抱えた状態にありました。
私は本番当日まで降板するか否か考えました。悩み苦しんでいたことは、幾度も相談をさせて頂いた現恩師御二方が御存じです。その恩師御二方から学んだ事や授かった肩書きすら不必要な抽象揶揄の対象にされ、出演する義理も義務も無いとまで考えました。
ですがこれまで稽古を共にした共演者皆様との時間、作品への意欲、自身が担う役への責任感、そして恩師方々の引き留めもあり、最終的に出演することに決めました。こうして公演を終え、改めて私は自身が経験した出来事を振り返り、思います。
「クリエイティブな現場に、クリエイティブと関係のない横暴さ、誹謗中傷、虐め、差別」は不必要であると。
7.舞台芸術の世界の在り方に望むこと
確かに芸術現場では「情熱的な指導」と「暴力的支配」が混同されることがあります。
しかし、私たち表現者は自由に動かせる身体、感性、思考が不可欠な存在です。外から正負の影響を受け易い人間に「罵声」「人格否定」「嘲笑」「第三者を介した叱責」「他者との引き離し」などを与える事は、創作行為とは無関係な支配的言動と言えるでしょう。それらは「表現の熱量」ではなく、差別と暴力による精神的支配にほかなりません。
演技教育も演出も、「真っ当な情熱」の伴った言葉と思考があれば出来ないことは無いと私は考えております。
最後に。
私が今回『三文オペラ』に参加を希望した理由は、井田邦明氏の演技教育を尊敬していたからです。私は12年以上前に単身井田邦明氏のミラノの演劇学校でお世話になった生徒の一人でした。学校を途中までしか通えず、未完了な部分が自身にはあると感じて来ました。なので昨年の企画発足時には直ぐに参加応募し、留学時に学び切れなかった技法を吸収しようと努めました。ですので今回のWSおよび公演で経験した出来事は非常に残念であり、悲しいものでした。信頼を裏切られるような体験を経た今、私は同じ過ちを未来の誰かに繰り返してほしくないと強く思っています。
私自身の表現のクオリティ、公演そのものでの在り方についての批評につきましては、実際に足をお運び下さいました観客の皆様へお任せ致します。もし私に問題点や上手い下手の御感想を頂く様であれば、それは私の責任です。ご意見ご感想は真摯に受け止め、今後の糧とさせて頂く所存です。
私にとっての救いは、素晴らしい共演者の方々と出逢い、大きなテーマ性を持つ作品作りの時間を共に出来たこと。そして満員御礼のお客様に迎えて頂き、好評を得たことです。
近年実演芸術の世界はますます多様化し、マナーや社会的な倫理観において判断が難しい場面も増えています。現場によって行われているハラスメントの種類も問題の深さも様々です。しかし実際に自身が経験しないとその実態は捉え切れないのだなと改めて痛感しました。残してはいけない因習だと私は主張致します。
今回の経験をただ悔やむだけで終わらせず、俳優人生の糧にしてゆく所存です。
私自身は知名度も、煌びやかな肩書も、大きな功績も力も無い、在野の一表現者に過ぎません。故に微力では御座いますが、尊敬する諸先輩方、時代を背負っていく同世代、これから更に活躍されてゆくお若い方々が、負う必要のない精神的な傷や辛い経験をせずに済むように、明確な主張をもって世に問うていきたいと思っております。
最後にお願いが御座います。
ここに記しました内容は全て、私『加賀弥祥子一個人の体験談』です。事が事だけにどうしても関係者の方々の存在を記さない訳にもいきませんでした。ですがあくまでこの体験は、私一個人としての事柄に限られます。他の関係者、共演者の方々、諸組織とは最後まで誠実な関係を保ち、相互に敬意をもって舞台を終えることができました。共演者や関係者や諸組織に対する批判では決して御座いません。
どうか、他の関係者への誤解や問い合わせ、詮索、迷惑行動などはお控えいただきたく、切にお願い申し上げます。
最後までお読みくださった皆様に、深く感謝申し上げます。
作成日:2025年10月17日(金)
作成者:加賀弥祥子(俳優)
シアターXプロデュース公演
『三文オペラ』を終えて。
追記:( 当該発言は録音として手元にあります。此方での公開は控えます。)



ネグレクトや暴言などとても大変な思いをされたかと思います。 心をどうか休めてください。 私もお世話になった方に暴言を吐かれたことがあります。 私も同じレベルでその場で暴言を吐き返しました。 手でどっかいけ!とされた時は私もそれをやってやりました。 そうすると少し、相手は同様する…