BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
あの家はホンマ……。自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪ヤンケ……。
彼岸邸の名の通り、ここはそれなりに広い邸宅。
キキョウからの提案により、2組で手分けをすることになった。
母屋がナグサと先生。離れをキキョウとレンゲ。書斎と人質の引き渡しを、俺とユカリが担当する。
一見不思議な分担だが、戦力の平均化から考えれば、有効な采配だろう。
離れに向かう2人を見送り、俺達はアザミとシュロを先頭に、彼岸邸に足を踏み入れた。
玄関を土足で上がってすぐ、ナグサ達は左に、俺達は右へ向かう。
ブツブツと捨てられたくない、見捨てないでと繰り返すシュロの背を、リボルバーの銃口で押す。
それと比べれば、アザミは随分大人しい。切り取られた髪が痛むのか、時折断面を撫でながら歩いている。
「とても廃墟とは思えませんわ。それどころか、ついさっきまで使われていたように、とても綺麗に整えられています。」
「居ると見て良いだろうな。慎重に進むぞ。」
ハーネスで繋がれた捕虜2人を引きつれる俺に、3歩下がってついていくユカリ。
入る前のスキャンで分かっているが、書斎には人影が1つある。
動く気は無いらしく、入り口での騒動の時も、外に顔を出すことはしなかった。
よほど薄情なのか、それとも警戒しているのか、直接聞くとしよう。
廊下の真ん中あたりで、キョロキョロと見まわしていたユカリが、柱に何かが刻まれている事に気づいた。
柱を撫でるユカリが集中できるように、捕虜の首根っこを引っ張り足を止めさせる。
「待ってください!これは、まさか……!」
「フフッ……!あの女中、さては何も教えて――」
したり顔のアザミの口を、軽い裏拳で黙らせる。
それでもこいつには強すぎたか、両手に繋がったロープがピンと張られる程吹き飛ばされ、ギィと音を鳴らす廊下に座り込んだ。
それを見たユカリは調査を中断し、俺の肩に手を添え、必死に説得を試みる。
「あのっ、れいぶんさん!先生も仰っていましたし、もっと優しく――!」
全く、2人ともお優しい事だ。
ユカリへのレクチャーも兼ねて、立場が分かっていない2人に、灸を据えるとしよう。
立ち上がろうとしていたアザミの髪を乱暴に掴み、涙を浮かべていたシュロの小さな頭を握って、2人の距離を近づける。
俺は両膝を突く2人の間に顔を入れ、声にドスを利かせて、これまで渡り歩いてきた戦場のルールを語った。
「良いか。俺は戦場の中で生きてきた。だがどの戦場も、捕虜の扱いは共通してる。奴隷以下、人間以下、動物以下のクソだ!」
「お前達2人も、人間扱いされているだけありがたく思え!」
頭を地面すれすれまで押し下げ、言外に抵抗はするなと警告する。
そう、これでも十分人間扱いしている。
ルビコンでは人権などという言葉は、完全に意味を失っていた。
あの惑星での所業に比べれば、この程度など泣く子をあやしているようなものだ。
ただ、ユカリは納得いっていないのか、口元を押さえ、2人に憐れみの目を向ける。
「それで、何が書いてあった。」
「……勘解由小路の家紋です。この彼岸邸は、勘解由小路家の、かつての本邸なのでしょう。」
「そうか。先を急ぐぞ。ほら立て!」
ユカリは思う所があるようだが、勘解由小路家、ひいてはユカリの事情は、今考えても仕方のないこと。
頭と髪を掴んだまま引きあげ、両足が着いたら背中を突き飛ばす。
アザミもシュロも、恨めし気な目線を向けてくるが、左手をナイフにかければ、どちらも顔が一気に青ざめた。
中庭越しに、花鳥風月部を呼ぶレンゲの声が響く。
先生とナグサは部屋の中を漁っているが、成果は芳しくなさそうだ。
廊下を行き止まりまで歩き、人影が待っている部屋の前に立つ。
この部屋の障子だけが、ボロボロのまま補修されていない。
「ここに、こくりこが……。」
「交渉は俺がやる。お前は中を調べろ。」
指先で障子を開けるよう指示。荒れ放題の部屋の中央に、捕虜2人を座らせる。
すかさずナイフをアザミの首筋に当て、リボルバーをシュロの頭に押し付ける。
部屋の隅にある物陰で様子をうかがう人影に向けて、最後通告を突きつける。
「コクリコォ!!居るんだろう!!アザミとシュロを連れて来たぞ!!」
「この2人がどうなるかはお前次第だ!!少しでも妙な真似をしてみろ!!こいつらも怪談の仲間入りだ!!」
「2人を助けたいなら、大人しく出てこい!!俺としては、出てこなくても構わんがな!!こいつらを殺す名分が出来る!!」
「どうするコクリコォ!!!仲間を助けたいか!!!それとも、手駒の事などどうでもいいか!!!」
震えるシュロと歯ぎしりするアザミを押さえながら叫ぶ。
その間、部屋に置いてあった真新しい本を手に取り、それを読み込むユカリ。
俺がひとしきり叫び終わると、陰に隠れていた人影は肩を小さく上下させた後、俺達の前に姿を現した。
「よしておくれ。我を慕い付いてきた者をどうでもいいなどと、思う訳もないだろう。」
現れたのは、やけに長い袖を地面に垂らす着物を着た、ヘイローを携えるキヴォトス人。
死人のような白い肌の中に、血の色の瞳が浮かんでいる。
「初見だな、花鳥風月部部長、コクリコ。」
駆け出そうとしたシュロの耳元にシリンダーを近づけ射撃。
アザミがもがきだす前に、頸動脈にナイフの鋸刃を当てる。
倒れたシュロをすかさずロープで引っ張り上げ、元の場所に跪かせた。
一連の流れを、コクリコは動かず、眉間にしわを寄せ、ただ見ていた。
「……そやね。直接会うのは初めてさ。茶の1杯でも出してやりたい所だが、そんな余裕も無さそうだねぇ。」
「何が望みなんだい?何をすれば、我に2人を返すのかね?」
「怪書を渡せ。2度と百鬼夜行を攻撃するな。これが条件だ。」
話している間、ユカリは時折俺とコクリコを見ながら、本に目を落としている。
日が暮れ始め、冷たくなった風が、部屋の中に吹き込んでくる。
「もし破れば?」
「コクリコ様、この者の戯言に付き合う必要など――!」
「アザミ、およし。彼奴を怒らせるんじゃないよ。」
コクリコへのアンサーも兼ねて、無駄口を開いたアザミに、ナイフを噛ませる。
鋸刃を頬に食い込ませれば、嫌でも俺の意図が伝わったらしく、無駄口はピタリと止まった。
コクリコは冷静に振舞っているように見えるが、奴の首筋には1滴の汗が這っている。
「分かった。だが何故、百鬼夜行に入れ込むんだい?お前さんの故郷でもないだろうに。」
「仕事はやり遂げる。どんな手を使っても。それがポリシーでな。」
「その手を、血で染めてもかい?手が血に塗れ、乾き、こびりつこうとも?」
「俺からすれば、いつもの事だ。」
コクリコの眉間のしわがさらに深くなり、首を伝う汗がもう1つ。
だがコクリコは顔を伏せ、右手を袖の中にしまう。
その瞬間、ごくわずかだが、怪異と同じ反応がコクリコに現れた。
「……これはこれは、真の修羅とはこのことか。」
「どう呼んでも構わんが、この提案は時間制限付きだ。早く決めろよ。俺達も暇じゃない。」
「嗚呼、くわばらくわばら。そんな目で睨まれては、話も――」
コクリコが右手を引き抜いた瞬間、視界が暗闇に包まれる。
コクリコも、アザミとシュロも、ユカリもおらず、両手に握っていた武器もない。
エアとの交信も途絶え、スキャンも使えない。
やられた。手を動かした時に殺すべきだった。
そう考えた瞬間、目の前に1人の黒い人影が現れる。
そいつは誰でもない。だが、確かに俺を知っている。
俺は、そいつらを知っている。
杖を突き、銃を持ち、拳を握るそいつは、俺にゆっくりと振り返り、俺の事を一斉にこう呼んだ。
621。ビジター。野良犬。悪夢。戦友。駄犬。企業の狗。偽物。アンティーク。イレギュラー。
即座に距離を詰め、膝を突かせ、首を180度反転させる。
俺をそう呼ぶ者は、全員死んだ。もういない。
誰も、俺をそう呼ぶ権利は、ない。
暗闇の中で、誰のものか分からない、しかし、俺が殺してきた奴らの声が響く。
それが、あなた。
あなたはただ、殺すだけ。
それの、何が悪い。
地面を渾身の力で殴りつけた瞬間、赤い雷が暗闇を薙ぎ払う。
いつの間にか閉じていた瞼を開けると、景色は書庫に戻っていた。
「――出来ないじゃ――」
アザミの口からナイフを引き抜き、畳を全身で蹴飛ばして加速。
捕虜2人を強引に引きずりながら、コクリコの喉笛にナイフの切っ先を寸止め。
コクリコは右の掌を俺に向けたまま、驚きと恐怖に目を大きく見開く。
コクリコの目に映る俺の瞳は、どこまでも昏く、だが奥で炎がごうごうと揺らめいていた。
「お前、死にたいのか?もしそうなら、3人まとめて黄泉の国とやらに送ってやるぞ。」
「……やはり、修羅に猫だましは通じんか。くわばらくわばら……。」
コクリコは左の袖から本を1冊取り出し、俺に手渡そうとする。
ナイフを引き、2歩下がって眉間に銃口を突き付けてから、本を読み終えていたユカリに受け取るよう指示を出す。
怪書を手渡されたユカリは、両腕の中にそれを収め、コクリコを見つめながら後ずさり。
「怪書は渡した。2人を返しておくれ。」
まずはアザミのロープを引っ張り、手首を握って両手の拘束を切る。
解放したアザミをコクリコに押し付けた後、シュロを引き寄せ腰の輪を切って突き飛ばす。
垂れ下がるロープをハーネスから外し、リボルバーを抜いてコクリコ達から3歩後退。
ユカリは怪書を抱き留めたまま、俺を不安げに見つめていた。
「良いのですか、れいぶんさん……。」
「ああ。怪書が無ければ、何も出来んだろう。」
隙間風は一層冷たく、より強くなる。
それから守るように、頭を下げるアザミと泣きじゃくるシュロを、コクリコはそっと抱きしめた。
「コクリコ様ぁ~!手前、どんなにいじめられても、コクリコ様の事は教えませんでしたぁ!」
「申し開きもできません、コクリコ様……。恩義に報いると、誓ったのに……!」
「ええよ。もうええんよ。お前さんたちが無事なら、それでええんよ。」
慰め合っている間も、俺はコクリコから銃口を逸らさず、ユカリはただじっと見ている。
コクリコは2人を自身の後ろに下がらせた後、背筋を伸ばし、俺達にこう言い放った。
「我ら花鳥風月部、今後百鬼夜行には決して立ち入らず、火をかけることも無い。それを誓おう。」
「よろしい。その誓い、忘れるなよ。」
俺の問いかけに、コクリコは静かに頷いた。
後ろの2人はあまり納得していないようだが、既に交渉は済んでいる。
リボルバーを腰にしまい立ち去ろうとする。
ユカリがコクリコに口を開いたのは、その時だった。
「もう1つ、お聞きしても?」
「我の事かい?それとも、勘解由小路家の恥ずべき過去かい?」
「復讐の理由です、勘解由小路コクリコ様。」
「ようやく気付いたか。存外鈍い子やねぇ。」
勘解由小路、つまりコクリコはユカリの親戚か。
読んでいた本に何か書いてあったのか、ユカリはそう断定している。
俺には関係の無い話だが、また家の問題なのかと、ため息をつきたくなる。
だが念のため部屋に残り、リボルバーに手をかけながら、話を聞くことにした。
「そうさ。これは復讐よ。潰えぬ友情、変わらぬ居場所、手を差し伸べる希望、全て
「世が全て幻想なれば、我が風流で書き換えてやろう。怪芸とは、聞き手が恐れおののいてこそ。」
「されど、聞き手が選ぶは修羅の伝承。都に残るは灰と炭、そして焼かれた風流のみ。我らは
「既に復讐など、どこへやら……。我はもう、疲れてしまったよ……。」
コクリコが語ったのは、くだらない身の上話。
ユカリを1人残す方がマズいのでここに立っているが、正直頭を撃ち抜いて黙らせたい。
語りの後半から、顔に影を落としたコクリコ。
ユカリは何を思っているのか、真剣な表情でコクリコに向かい合っている。
「……その復讐、身共が継ぎましょう。」
「……はて、何を言うと思えば。」
本当に何を言っているんだこいつは?
全く持って事情は掴めないが、2人には好きなだけ話させるとしよう。
好きなように生きればいい。その果てにどう死のうが、俺には関係ない。
「その復讐の根源は、我が家、勘解由小路の歪み。身共も、それから逃げ出した身です……。」
「しかし、もう逃げる事は致しません!燈籠祭の火の海が、その火種を当家が生んだと言うのなら、それこそ恥ではありませんか!」
「我ら勘解由小路家の歪み、身共の代で、正して見せましょう!コクリコ様の復讐、身共に預けてくださいまし!」
「……本当に、本当に、真っ直ぐな子やねぇ。在りし日の我を見ているようよ……。」
「されど、この復讐は我の物。如何なる者にも渡しはせぬ。しかし、お前さんが本当に、その歪みを正すと言うのなら……。」
「好きにすればいいさ。我は、見届けさせてもらおうかね。」
コクリコの後ろの2人も、ユカリの隣にいる俺も、何が起きているのかサッパリだ。
だが、当人たちは互いの心に響いたようで、2人の間に流れる風は清々しさを纏う。
リボルバーから手を離し、ユカリの肩を引く。これ以上の長居は無用だ。
「話は済んだな。行くぞ。」
「ああ、餞別に1つ教えておこう。」
「1つとなりの物置に、一振りの刀が置いてある。哀れな小娘が手をかけて、されど抜けずにそのままさ。」
「好きに持っていくがいい。我らには、無用の長物さね。」
ユカリは怪書を抱えたままコクリコに頭を下げ、俺はため息を置き去りに部屋を出る。
全く、妙な事に付き合わせてくれたものだ。
書斎を出てすぐ右の扉に手をかけた瞬間、後ろからドタドタと2つの足音。
何かを察知したのか、キキョウとレンゲが俺達に駆け寄ってきた。
「大丈夫か、ユカリ!」
「ユカリ、ここは――!」
「かつての勘解由小路家の本邸です。先代巫女ともお話しできました。」
そう言いながら、レンゲに怪書を手渡したユカリ。
先代巫女の単語に2人は顔を見合わせるが、ほぼ同時に答えにたどり着いた。
「先代巫女……。まさか、アザミか!?」
「どう考えてもコクリコでしょ……。その感じ、取引は出来たみたいだね。」
「はい!あのお2人と引き換えに、怪書を渡してもらい、2度と百鬼夜行に手を出さないと誓っていただきました。」
「報告が面倒だけど……。怪書を回収できたなら、御の字か。」
キキョウはちらりと俺を見てから、額に手を当て頭を抱える。
文句なら、引き渡しを条件にしてきたコクリコに言ってもらいたい。
横を向けば、先生とナグサの捜索もほぼ終わり。
中庭に差す光は、もうオレンジ色に変わっていた。
そろそろ退散しないと、帰る頃には極寒の夜が来る。
「なあ、ユカリ。何か、目つきが変わったな。」
「ええ。身共が行くべき道が、見えたのです。」
不思議そうなレンゲの問いかけに、背筋を伸ばし、決意に満ちた顔で答えたユカリ。
当然、その言葉が何を意味するかなんて、キキョウとレンゲには分からない。
一拍置いて、無事に済んで良かったとレンゲは笑い、キキョウも笑顔こそ見せないものの、安堵の一息を吐いた。
「先輩方!あの物置に、刀が一振りあると言うのです。一緒に調べましょう!」
いつもの眩しい笑顔に戻ったユカリは、物置を指差し、俺達を連れて行く。
物置の障子を開ければ、やはりある程度片づけられた空間。
多少埃が積もっているが、生活感の範囲内。
その中で、1つだけ異様な箱が転がっていた。
「これがそうか。」
何やら模様が描かれた紙を大量に貼られた箱と、そこから落ちたであろう刀が1本、無造作に転がっていた。
張られた紙が破れていたり、箱やその蓋に剥がされた跡が残っている事から、誰かがこれを空けたのだろう。
コクリコの話を信じるのなら、「哀れな小娘」本人が。
「これは、屍山血河……!?当家が保存していたなんて……!」
ユカリはそう慄きながら、黒い鞘に収まった刀を両手で持ち上げる。
俺とレンゲはサッパリだが、キキョウだけはユカリと考えを共有できている。
その証拠に、キキョウの顔はみるみるうちに歪んでいった。
「しざん、なに?」
「……“最初の修羅”の獲物か。本物の呪物だよ。何でこんな所に残ってるの?」
「ここを離れる時に、置き去りにしたのかもしれません。キキョウ先輩の言う通り、これは危険な呪物ですから。」
ユカリ曰く、この刀の持ち主こそ、大預言者クズノハが百花繚乱を立ち上げた理由であるそうな。
かつて戦争に参加したある傭兵は、その実力でどんどん成り上がっていったが、同時に様子がおかしくなっていった。
最終的には、敵味方問わず、目についたもの全てを斬り捨てる怪物『修羅』になり果て、誰も手が付けられなくなった。
その修羅こそが、この刀の持ち主であり、修羅を討ったのが、何を隠そうクズノハなのだという。
「オイオイ!!そんなヤバいの抜こうとすんなって!!」
百鬼夜行の歴史を嚙み砕いていると、いつの間にかユカリが刀に手を掛け、引き抜こうとしていた。
だが、どれほど力を込めても刀は抜けず、諦めて柄から手を離す。
キキョウとレンゲは、ユカリがそれを引き抜けなかった事実に安堵していた。
「やはりダメですか……。刀身が中で錆びているのでしょう。」
「かもね。修羅じゃなきゃ抜けない、なんて伝承だけど……。」
そう言いながら、今度はキキョウが刀に手を掛けた。
残りの2人はそれを心配そうに見つめ、だが抜けなかったことに安堵する。
レンゲも渾身の力で引っ張るが、その刀はビクともしない。
「ダメだ、抜けない……。いや、抜けない方が良いんだろうけどさ。」
そして刀は、ついに俺に回ってきた。
左手で柄を握り、ユカリが教えるように、右手の親指で鍔を押す。
親指と左腕に軽く力を籠めるが、当然抜けない、はずだった。
カチンと、中で刃が揺れる感触が、手に伝わった。
抜ける。
何の確証も無いはずなのに、そう感じる。
親指の力を強め、鞘から鍔を引き離し、その身を半分引き抜く。
中から現れたのは錆1つない、薄っすらと赤い刀身。
少し傾けると、炎を湛える俺の目が、その刃にハッキリと映った。
「随分と綺麗じゃないか。奴らが手入れしていたのか?」
刀を鞘に戻し顔を上げると、何故か絶句したまま固まっている3人。
全員が、俺と刀を交互に見やり、銃に手を掛けるべきか迷っている。
「それが抜けるって事は、やっぱりあんた……。」
「……ただの、伝承だろ?なっ!?」
顔を引きつらせながら笑うレンゲだったが、誰も納得などしていない。
修羅とやらが握っただけのこの刀が、なんだと言うのか。
また隙間風が部屋に入ると、ユカリが剣呑な空気を風に乗せて追い出す。
「とにかく!ナグサ先輩の元に参りましょう!アヤメ先輩が――」
瞬間、向かいの部屋から聞こえてくる、争うような物音。
スキャンで捉えた人影は3つ。
2つは地面に倒れ、もう1人はここから外に走って逃げている。
まずレンゲが部屋から飛び出し、その後を俺達が追う。
乱暴に開けられた障子の奥で、ナグサと先生が畳の上に倒れていた。
「師匠!ナグサ先輩!」
「お2人とも!何が起きたのですか!?」
2人の救護は百花繚乱に任せ、外に開かれた引き戸へ向かう。
雪原を見渡せど人影は見えないが、明らかに走っている足跡が残されていた。
その足跡は、真っ直ぐ南に向かっている。
そして、ここから山を越えて南にあるのは、百鬼夜行だ。
「ナグサ先輩、答えて。何があったの。」
「……アヤメが、アヤメがいた……!アヤメは、花鳥風月部に……!どうして……!」
「……裏切ったんだ。予想が当たるなんてね。」
百花繚乱の元に戻れば、またボロボロと泣きじゃくっているナグサの背中を、先生とユカリがさすっている。
ナグサの台詞からして、足跡の主はアヤメと見ていいだろう。
銃を両手で握っているレンゲとキキョウが、眉間にしわを寄せながら俺に近づいた。
「何か見つかった?」
「足跡が1つあった。真っ直ぐ南に向かってる。」
「マズいね……。そっちは百鬼夜行だよ……!」
『急ぎましょう。ストーカーなら先回りできます。』
「全員ヘリに乗れ!奴が何か始める前に叩くぞ!」
直後、頭上からバラバラと響く破裂音。
彼岸邸のすぐ近くに降りてきたストーカーを指差し、百花繚乱を先導する。
ナグサは先生に支えられながら立ち上がり、俺達の最後尾についていく。
6人全員がキャビンに乗ると、エアはハッチも閉めずに急上昇。
キャビンの中で先生はニヤに連絡を取り、アヤメが向かっている事を伝達した。
俺の目の前には、1人たたずむナイトフォール。
右手にあるのは、握ったままの呪いの刀。
今回は、これの方が役に立つだろう。
俺を写す赤黒い刃は、微かに熱を発している気がした。
実はアザミの見せ場として、修羅の伝承を語らせるシーンがあったんですよ。
でも、話の流れで差し込むスペースがないなりました。
アザミよ、許しは請わん。恨めよ。
次回
妖喰らい
浪人と武者、そして妖。
次回も気長にお待ちくださいませ……。