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星新一の『処刑』が好き

 小学5年生の時に星新一にはまった。小学校高学年~中学生くらいの間に星新一に夢中だったという友達は何人もいる。多くの人の人生における通過点の一つとなっているんだろう。
 彼の作品では、『ようこそ地球さん』に収録されている「処刑」という話が一番好きだ。読んだのは中一の頃だと記憶している。話自体がとても好きなのだが、対象年齢にぴったりのタイミングで出会ったという点で、深く印象に残っている。(以下がっつりネタバレ)


 機械が世の中を支配する未来。社会の歯車として生き続けるしかない人生に耐えかねた主人公は、衝動的に殺人を犯してしまう。裁判も機械によって行われるこの世界では、過失や正当防衛を除いた殺人は全て死刑になる。
 処刑方法は、絞首刑や銃殺刑、あるいは薬物投与といったものではない。
 死刑囚は宇宙艇に乗せられ、地球から遠く離れた一つの惑星へと連行される。灼熱の砂漠が広がる星に死刑囚を降ろした宇宙艇は、直径約30㎝の銀の玉、一袋の乾燥食を残して地球へと戻っていってしまう。酸素はあるが、それだけだ。

 最初に、この星の説明をしておく。かつて人類はさかんに宇宙へと飛び出し、様々な惑星から資源を採掘していた。しかし、やがて資源が取りつくされ、学術調査も済んでしまった惑星は用済みとなる。そして人類は、果てのない宇宙に挑み続けるのではなく、地球を楽園とする方が良いことに気がついた。話の舞台であるこの惑星は、このような経緯で用済みとなり、やがて同じく社会の中で不要とされた犯罪者の処刑地として使用されるようになったのである。
 あたりには崩れかけた建造物や砂に埋もれた道路など、かつての開発の名残が多く残っている。そして、この物語の主人公である男以外にも、大勢の死刑囚が銀の玉を抱えて彷徨っている。

 銀の玉。それは、赤く乾ききったこの星で唯一水を得ることを可能にする装置であり、同時に処刑器具でもあった。
 表面についたボタンを押すと、装置は周囲の水蒸気を急速に凝結させ、下部に取りつけられたコップに水を貯める。死刑囚は喉が渇いたら、ただこのボタンを押しさえすればよいのだ。多くの水を貯めれば口をゆすいだり、顔や体を洗ったりすることもできる。一見すると小さな粒でしかない乾燥食は、水に溶かせば一食分の食糧となる。始めに渡されるのは100食分だが、星の至るところ(廃墟の中の戸棚など)に同じものが大量に置かれており、入手はそう困難ではない。
 それならば、彼らは決して快適とはいえなくとも、どうにかこの星で生きていくことができるのだろうか。
 答えはNO。銀の玉は、一定の回数ボタンが押されると、瞬時に爆発して周囲30mのものを吹き飛ばす。そして、その時がいつ訪れるのか、つまりボタンを何度押すと玉が爆発するのかは、誰にもわからない。

 

 こんな世界で一人の男がヒイヒイ言いながら生きていく話である。ギリギリまで喉の渇きに耐えて、比喩でなく文字通り死ぬ気でボタンを押し、コップ一杯の水を得る。やけになって玉を壊そうとしたり、別の死刑囚を脅してボタンを押させようとしてみたりもするが、全て失敗に終わる。

 時間が経っても、ボタンを押す時の恐怖が和らぐことはない。普通の死刑であれば一度経験するだけで済む死の恐怖を、何度も何度も、生きるために自らボタンを押すことによって味わわなければならないのだ。体は汗と砂埃にまみれ、目からは生気が失われていった。
 恐怖と絶望が頂点に達した男は、ある日とうとう絶叫する。
 そして、はたと気がつく。
 生きるために銀の玉のボタンを押す。その行為は、普段我々が日常生活の中で何気なくしている小さな選択と、なんら変わることはないものなのだ。
 収入を得るために出勤する。その道中で交通事故に遭って死ぬかもしれない。交通量の多い道を避けるルートを通った先で崖崩れに巻き込まれるかもしれない。かといって家に閉じこもっていては収入が途絶えてしまうし、地震が起きれば、箪笥が倒れて押しつぶされ死んでしまうかもしれない。何も食べなければ餓死してしまうが、食中毒を起こして死ぬこともある。結局のところ人生とは小さな選択の積み重ねで、その一つ一つには死の可能性が潜んでいるのだ。銀の玉はこの選択と結果をごくごく単純化したものだから恐ろしく思われるだけなのである。

 ある程度の年数生きていれば、この意外なようで当たり前の事実を感覚的に理解できるようになる。高校生あたりで初めて読んだとしたら、ですよね~というくらいにしか思わなかったかもしれない。しかし中学1年生だった当時の自分にとって、これは大変な衝撃だった。7年経った今でもわざわざ文章に書き起こしてしまうほどには。『処刑』の内容とその主題についてばかり書いてしまったが、むしろここで言いたかったのは、はじめにも少し書いたように、その年齢にドンピシャの物語に出会えると嬉しいよねという話。逆に、「この本はたしかに面白いけど、どうにもいいタイミングを逃しちゃったらしいな」と残念に思うこともよくある。語彙や知識、人生経験が十分でなくて難しいならまたそのうち読めばいいが、いい年齢を過ぎてしまった時はどうにもならない。その寂しさもまた一興ではあるけれど。

 最後にもう一度『処刑』の内容に戻る。この小説は最後の一文がまた堪らないのだ。もしまだ小説自体を読んでいない人がこの文章を先に読んでしまっていたら申し訳ないが(要点をほぼ全部書いてしまったので)、それでもぜひ本を入手して、最後の一文まで読んでもらいたい。
 既に読んだことがあるという人。あの終わり方、いいですよね。

コメント

1
らんむろ
らんむろ

はじめまして。コメント失礼致します。
「処刑」、星新一の作品で最も好きであり続けるだろう思われる作品です。おそらく、たぬやま様の言う最後の一文について、わたしも同じ気持ちを抱いていると思います。胸がいっぱいになりました。実に素敵な終わり方ですよね。ありがとうございました。とても素晴らしい記事でした。

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星新一の『処刑』が好き|たぬやま
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