法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『バトルシップ・アイランド』

 第二次世界大戦の末期、日本の孤島につくられた炭鉱では無茶な増産がおこなわれていた。人命が失われるほどの危険な事故がつづき、当然のように脱走があいついだが、すぐに拘束されていく。
 そして朝鮮半島で楽団をひきいて成功した朝鮮人の父娘が、賄賂をつかって日本で安全な事務職になろうとしたところ、孤島の炭鉱に送りこまれる。その端島という名の孤島は、またの名を軍艦島といった……


 史実にインスパイアされた2017年の韓国映画。『ベルリンファイル』*1や『モガディシュ 脱出までの14日間』*2のリュ・スンワン監督が、同じように過酷な史実をモチーフにしつつ娯楽色たっぷりのアクションを展開する。

軍艦島』というタイトルで呼ばれていたころ日本の政治家がおおやけに批判したためか、日本史にかかわるヒット作でありながらミニシアターですら劇場公開されなかった*3
地獄島?韓国映画「軍艦島」で広がる波紋 どこまでが事実なのか | 概要 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)

 長崎市の田上富久市長は市議会で映画について、「島は決して地獄島と表現されるような状況ではなかった」と苦言、日本国内でも波紋が広がっている。

 映像ソフトも日本版は販売されなかったが、最近になって日本のAmazonプライムビデオで配信がはじまり、現在はプライム会員であれば見放題になっている。


 全体の感想としては、良くも悪くも公開当時の公開情報から想像したとおりの内容だった。
韓国映画『軍艦島』を利用した歴史の否定がおこなわれつつある - 法華狼の日記

反乱的な情景の規模を見ても、娯楽活劇性を重視している印象を受ける*1。
とはいえ予告を見るだけでも、少なくとも映像はさすがに現代の韓国映画らしい力を感じた。春川市に約6000平方mという広大なセットを作った情景のスケール感もなかなかだし*2、薄汚れた炭坑内の圧迫感をきちんと表現した撮影技術もすばらしい。

映画『軍艦島』の韓国公開における初日評価が賛否で二分されているらしい - 法華狼の日記

予告で想像したように、やはり過去の日本を批判する物語に仮託して、現代の韓国への批評をおりこんだ作品ということのようだ。

 軍艦島のスケール感や石炭掘削のディテール、薄汚れた炭鉱夫の苦しい生活、荒波を泳いでわたろうとする脱出者など、序盤は史実再現として見ごたえがある。荒波をわたる艦船もVFXで再現され、現代映画として充分なクオリティがある。ただ金をかけただけでなく、軍艦島の巨大セットは壁の向こうから荒波がぶつかった水飛沫をあげ、島や港の空には小さく鳥を飛ばして、セットや3DCGに細やかに実感を足している。
 群像劇としてはドラマチックな個人をピックアップ。利己的な父と状況に虐げられる娘のささやかな幸福に、ヤクザ*4と娼婦の対立しつつプラトニックな関係、米軍の訓練*5を受けて潜入してきた若き特殊工作員による脱走のための計画……それらの並行するドラマが過酷な状況からの脱出に向かってつながっていく。
 最終的には軍艦島という一地域の史実からは離れて、植民地としての朝鮮半島軍艦島に象徴させたような寓話的な苦難が描かれ、理想をたくすような反抗を娯楽的に描いていく。『ベルリンファイル』の住宅街で見せた立体的でゲームのような脱出アクションが、空間も人数もスケールアップして複雑に展開される。


 つまり朝鮮半島の戦中から戦後の歴史を、他地域の強制労働だけでなく独立運動などまで軍艦島に凝縮したようなつくりなので、当事者から反発が出てくることは避けられないだろう、とは思った。
 しかし日韓の対立という枠組みで考えれば、日本は映画で描かれたようなことを軍艦島とは別の地域でおこなっていたわけであり、描かれた加害の多くは実際に日本がおこなっていたことも事実だ。
 逆に史実を軽視した作品と思って視聴すると、細かく資料を参考にしていることがうかがえる。海中炭鉱ゆえ掘れる深さに限界があることや*6朝鮮人強制連行の多くは騙されて集められていたこと*7。嗜好品が少ないなかで甘いからとニトログリセリンを吸う炭鉱夫……そうした細かく証言や資料にもとづいた描写が、ただの再現で終わらず、物語のなかで意味をなしていく。結末で人々が目撃する光景も、実際にそれを見たという軍艦島関係者の証言を読んだ記憶がある。
 その結末の光景は、日本人が無差別に傷ついていく場面なのだが、朝鮮人は喜ばず仲間も同じ場所で傷ついていることに思いをはせる。この映画は国家という枠組みでの勝敗ではなく、巨大な権力によって左右される庶民の苦難と抵抗を何よりも大切に描いている。


 また、視聴後にふいに連想したのが『進撃の巨人』だった。波風から守るための防壁でとりこかこまれた情景も似ているし、そもそも実写映画版*8でロケ地として廃墟化した現実の軍艦島がつかわれていた。
 しかし何よりも、外に出たいと苦しみつつ外の敵を恐れる人々が、実は何よりも内にいる敵に注意しなければならなかった構図が似ている。結末のやるせなさにいたっては、TVアニメ版の最終回を先取りした感覚すらあった。

*1:『ベルリンファイル』 - 法華狼の日記

*2:『モガディシュ 脱出までの14日間』 - 法華狼の日記

*3:なお、韓国の批判に反発するようになるまでは、日本側の記述でも軍艦島を「地獄」と呼ぶことは度々あった。軍艦島の過酷さを否認する報道からも近隣の高島がそう呼ばれていたことを認める例がある。軍艦島が「地獄」と呼ばれたのはいつから? - 法華狼の日記

*4:牢名主のように朝鮮人労働者を管理する別の朝鮮人と、浴場で決闘する描写が地味に凄い。クッションを配置できないような空間で、服で衝撃をやわらげることもできない半裸で、はげしい殴りあいを演じて、浴槽に叩きつけられたりタイルの床を滑っていったりする。いったいどのように安全を確保しながら撮影しているのだろうか。

*5:非差別階級の日本人の教育を受けて軍艦島からの脱出を助けようとした朝鮮人も実在する。その意味では同じように差別されていた朝鮮人と日本人が協力する要素を見たかった気持ちもある。ただし映画では、新型爆弾など米軍の情報をもっていることに物語において意味がある。 首相をやめた安倍晋三氏が、産業遺産情報センターの用意したブーメランを脳天に刺していた件 - 法華狼の日記

*6:「海中炭鉱ゆえ安全な採掘深度に限界があり、結果として労働者が別炭鉱に再就職できる余裕がある時代に閉鎖された」軍艦島にかぎらず、さまざまな意味で「遺産」には負の側面がある - 法華狼の日記

*7:インタビューからは「募集過程において重要なのは意に反したり騙したりしたことであり、官憲の直接的な暴力が必要条件ではないことを監督はしっかり把握しているようだ」という印象を受けたが、そもそも映画で軍艦島朝鮮人を送りこんだ多くは、それで私益をえようとする朝鮮人だった。映画『軍艦島』の最新予告を見ると、反乱映画としての出来は良さそう - 法華狼の日記

*8:『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』/『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』 - 法華狼の日記