ごろごろ…
梅雨どきの雨が、雷を伴って一際強く続いていたその日、さくらんぼ幼稚園もも組のユキは、同じ組の皆にこう言って、かくれんぼに誘った。退屈していた子たちはすぐ、その誘いに乗った。ユキはとびきりのかわいい笑顔で言った。
「ユキね、かくれんぼでね、だれよりもはやく、か~んたんにみんなをみつけられる“ひっさつわざ”かんがえたの!」
「ほんとー?」「ほんとかよー」
「ほんとだよ~!ためしてみる?」
「いいよー」「やろうやろう」「ばしょは?」
「たてもののなか、せんせいのへやはなし。おっけ~?」
「おっけー!」
こうして、幼稚園じゅうを巻き込むかくれんぼのはじまりだった。
玄関の吹き抜けにある柱の1本に顔をつけ、この後起こる事態を想像して笑み崩れる顔を隠しながら、数をかぞえるユキ。ほっぺが赤く上気している。もし先生がその場を通ったら、よほどそのかくれんぼが楽しいのか、それとも熱でもあるのかと思っただろう。どちらも、ある意味間違いではない。
「、、、は~ち、く~ぅ、じゅう!も~いぃかい?」
「まーだだよ」
「、、、は~ち、く~ぅ、じゅう!も~いぃかい?」
…
「、、、よぉ~し。んっ」
ユキは、ぱんぱんに張ったおなかをさすると、まってましたとばかり、一週間も前からチャージしていた“ひっさつわざ”を放った。
ばふっっっっっ!!!!!
瞬間、建物が振動した。戸棚や部屋を仕切る引き戸、雨で閉じていた窓たちが一斉に音を立てた。突風が吹きつけたような音。紙風船をふくらましたように、パン、と建物が張り詰めたためだった。
幼稚園生の小さいからだのどこにどうチャージしていたのかという風量のおなら。それがユキのとっておきの“ひっさつわざ”だった。その衝撃音だけで、窓際の押入れに隠れていた一人の女の子が驚いて飛び出したほどだった。
しかし、ユキの“ひっさつわざ”の効果は、そんなものではなかった。
「…ギャーーーーーーッ!!」
普通、大きなおならはそれほどニオイが強くないといわれる。普通の人がそんなに大きなおならをするのは、空気が多く含まれているからだ。しかし、ユキのおならはそうではなかった。ただでさえ人並みはずれて毎日たくさん出るおならを、一週間溜め込んで熟成させたものだ。濃度は、普通の人のおならの何重も濃いだろう。しかも…
「、、、ユキのおなら、めっちゃく~っちゃ、くさいんだから。えへ」
それぞれの組の部屋にいた、他の組の子たちが悲鳴をあげる。彼らは運がよかった。彼らが悲鳴をあげられるのは、ユキの起こした爆風と、扉一枚へだてられていたからだった。たまたま広間や廊下で遊んでいた子たちは、衝撃波に乗るようにして常識を覆す速さで届いた、ユキのおならの第一波を直にくらっていた。
ダンボールでつくった空気砲を見たことがあるだろうか。急に押し出された空気が輪っかになって、ろうそくを消すほどの速さで遠くまで届くのだ。普通、おならのニオイが空気に混ざってじわじわ届くのと違い、噴出したおならそのものが波に乗って、ほぼ空気と混じることなく遠くまで飛んでいく。それを直にくらったのだ。間近で浴びたのと変わらない。
ひとりの例外もなく、全員がのびていた。もし大人がいても、結果は変わらなかっただろう。
ユキは、じぶんの“ひっさつわざ”のいりょくをみてまんぞくした。もう誰に恥ずかしがる必要もなくなった笑顔、普段のあどけない彼女からは想像もできないような、妖艶さすら感じさせる笑みをたたえて、もも組のみんなを探しに向かった。
参加者は、何人かを除いてすぐに見つかった。みんな、隠れた場所から飛び出した状態で悶えていたからだ。
狭くて身動きのとれない空間で酷い臭気に晒された人は、必ず広い空間に飛び出してくる。その方が、臭いが薄い可能性、臭気の薄いところを見つけて逃げられる可能性が高いと考えるからだ。じっさいには、飛び出した外の方が臭気が強い場合もあるが。今回のように。
「見~つけた♪」
かくれんぼの作法通りそう言うと、ユキは、
ぶっ!
「ウギャアッッッ!?!?」
これもまるでかくれんぼの作法であるかのように、しゃがんで、床を転げまわるクラスメイトに一発ずつガスをあびせかけて回った。一発いっぱつが大砲のような爆音、爆風だった。もしおならに色がついていたら、砲炎のように見えたかもしれない。
ぼっ!
「キャーーーーッ!!」
ぷしゅっ!!
「ウギェッ………」
ぶぷぅっ!!!
「ギャヒィィーーーー!!!!」
ばっふぉぉぉ!!!!!
「ゲ…ッェ……」
「えへへへへへへ、、、、」
ユキはますます嬉しそうだった。ガスはとどまるところを知らない。
何人か体の弱い子が、隠れていても、強すぎる臭気のために参ってしまっていた。これを探すのに苦労した。
「もう!ちゃんとでてきてよね!」
ばすんっ!!!
意識が無いのもおかまいなしに、思い切り爆風をお見舞いして、そのまま扉を閉めてしまった。中は悪臭地獄だろう。
そして、意識があるにもかかわらず、隠れたままでいる子が、一人だけいた。ユキのおさななじみの、コウだ。
じつは、コウだけは、ユキのおならのことを知っていた。ユキの実験台にされ、“ひっさつわざ”の威力を確信させたのが、コウだったのだ。はじめて実験台にされた翌日、口止めされたにもかかわらず他の子に言いふらそうとして、見張っていたユキの泣きそうな顔に負けて女子トイレに連れ込まれ、帰りの時間まで尻に敷かれていたのも、コウだった。“とっくん”と称してただおならを嗅がされまくる日々をすごしていたのも、ユキが幼稚園でおならを(うっかり、ほんのほんのちょっとだけ!)してしまってニオイをごまかせなかったとき、自分がおならしたことにされたのも、コウだった。
先週、日に日に強くなる臭気と爆風にたまりかねて、「なんでオレにばっかりかがせるんだよ!」と怒ってしまい、キツ~イおしおきを覚悟していたところ、意外にもユキは黙って頬を赤らめただけで、その後一週間、一発の音沙汰もなかったのだった。
コウは、拷問のようなユキのおなら責めは終わったのではないかと希望を持ちつつ、一抹の不安を拭いきれずにいた。今日、彼女が意味ありげにかくれんぼを提案したとき、“ひっさつわざ”という言葉もさることながら、彼女の笑顔を見て何かを感じたコウは、かくれんぼに参加したわけではないが、玄関から一番遠い2階の端にあり、防音のために扉が密閉できるおんがく・おゆうぎ室に勝手に入り、空の小さなロッカーに体育座りで隠れた。ここなら、どんなおならをされても漏れてこない。
あの笑顔には見覚えがあった。コウの顔にまたがって“とっくん”をはじめるときに見せる、あの顔だった。まさか。しかし、現実にそうなったらしいことは、建物のわずかな振動を通して理解していた。おんがく・おゆうぎ室は、先生と一緒でなくては立ち入り禁止だ。いわば「せんせいのへや」と同じく、かくれんぼの範囲外のはず。探しに来ませんように、コウはそう願った。
ガ、、、ッチャ
おんがく・おゆうぎ室の重いドアを開ける音がした。続いて、軽やかな足音が響く。今、この建物内を軽やかに歩き回れる人間は一人しかいないだろう。聞きなれた、ユキの足音だった。コウは、思わず震えてしまった。ロッカーがガタンと音を立てる。足音が止まった。
「コ~~~ウ~~~ちゃん!」
やはりユキだった。ロッカーの外に立ってコウを呼ぶ。
「コウちゃんだけどこにもいないからさがしたよ~。こんなところにかくれてるなんて~。せんせいといっしょじゃないのにおゆうぎしつにはいるなんて、コウちゃんいけないんだ~~♪いけないこにはオシオキがひつようだね!」
「…」
「あっ!いいもんでてこないなら。そ~ゆ~ひとのための“ひっさつわざ”だもん。いやでもでてこさせてあげる」
ぎし、とロッカーがきしんだ。目の前の空気穴に、ユキのいちごパンツが押し付けられるのが見えた。次に起きる事態を想像して、コウは慌てて出ようとするが、ユキが体重をかけて押さえつけている扉は開かない。
「わーまってまってユキ!いまでるから!」
「いまさらしゃべったっておそいよ~!さっさとでてきてこうさんしなかったことを、こうかいさせてあげる。えへ」
ぶぶぶぶぶぅ~~~~~~!!!
「ぐっ、くっさーーーーーーーー!!!!!」
最初に大きく一発、さらにもも組のみんなに一発ずつくらわせて、おまけに無関係なとこでも気まぐれに何発かしてきた後だというのに、ユキのおならは尽きる様子もない。他の子にお見舞いしたのとは全然違う、今までにない長めのおなら。幼稚園児一人がやっと入れるくらいの小さなロッカーは、あっという間にユキのおならで満たされてしまった。今までに“とっくん”などを受けていたコウでなければ、この一発で確実に悶絶していただろう。他の子たちがそれを証明している。
ぼふすっ!!!
ばっっっっふ!!!!
ぼばぼばぼぼぼぼぼぼぼっ!!!!!
ロッカーどころか、おんがく・おゆうぎ室の空気を全部おならにできるくらいのとんでもない量を吹き付けるユキ。コウは、小さなロッカーに無理やり入ったのがアダになって、抵抗する・逃げるどころか、ろくに暴れることもできない。唯一の出口である扉から離れるように体を壁に押し付けて、この暴風に耐えている。少しして、ユキがロッカーを開ける。
ガチャ
「でてくるきになった?」
「ハ…ハフハ……クッ、クサ………」
笑顔で話しかけるが、返事もできないままひきつっているコウに露骨に不機嫌になるユキ。ひとつには、密閉空間でおならをされたら必ず飛び出してくる、というユキの大発見を、他ならぬ実験台のコウが崩そうとしていることへのいらだちがあった。しかし、臭いへの慣れもさることながら、飛び出してもその後さらに厳しい続きが待っていることをカラダで覚えさせられたコウが、本能のまま飛び出すことにも抵抗を覚えるのは当然であった。もうひとつは、屈折した乙女心だったが、この場にそれに気づける者はいなかった。
この笑顔と、扉を閉められて再びガス室にされるのを何度か繰り返した後、コウは飛び出すというより力尽きるようにしてロッカーから転がり出た。すでに、ロッカーの外にも濃度100%のガスが充満している。ここはおんがく・おゆうぎ室。外のおならが漏れてこないということは、中のおならも漏れ出ていかないということだ。良い逃げ場を見つけたつもりが、ユキに見つかった今では、完全に裏目に出ていた。
「ゲホッ、ゲホッゴホッ」
「はい、コウちゃんみ~っけ♪やっとでてきた~!わるいこなんだから。それじゃあおしおきね♪」
「うえ、うう、まってユキちゃん。そもそもオレかくれんぼしてな、むぐっ」
「じゃあなんでかくれてたの!さがしたんだから!コウちゃんだけいなくなっちゃったかとおもったんだから、、、」
「むぅ…」
嬉しそうにコウの顔にまたがって、怒ったかと思うと、突然悲しそうな顔をするユキ。
コウは、こんな体勢にもかかわらず、ユキの本当に悲しそうな様子にどきりとした。口を塞がれていたので何も言えなかったが、もし塞がれていなくても、だってユキちゃんおならしそうだったから、とは言えなかっただろう。抵抗もやめた。ユキにかかると、いつもこうなってしまう。調子が狂う、と思いながらも、コウは逆らえずにいた。
ユキには、演技をしているつもりはない。本心なのか、天性の才能なのか。それは本人にも分からない。ひとつだけハッキリしているのは、ユキのもうひとつの(こちらはまぎれもない)天性の才能は、こんな千載一遇のチャンスを逃したりしない、ということだった。
ぷっすすぅ~~~~~~!!!
おとなしくなったコウの鼻先にぴったり据えられた噴射口から、スカシ気味のガスが発射される。
「うげぇーーーーーーーーーっ!!!!」
爆風のような勢いこそないが、量も、そして臭いも、なんら劣るものではない。むしろ、勢いが無い分、その場に滞留していっそう密度を増し、感覚器官に執拗かつ強烈なダメージを与える。何の心の準備もない状態でこれを嗅がされたら、大人でも気が狂ってしまうかもしれない。
「えっへへへ、おしおきだよ♪ホントは~、いっちばんさいしょにコウちゃんにかがせたげよ!っておもってたんだけど、み~んなすぐおひるねしちゃったから、あんまかわんなかったよ。ぜ~んぶコウちゃんにあげる。コウちゃん、みんなのぶんまでがんばってね♪」
ふしゅしゅ~~~~~~っ!!!!!
「んん゛ぅーーーーーーーーーっっ!!!!!!」
またしてもスカシ。ユキが、意図的におならに強弱をつけたり、爆音のおならとすかしを使い分けたりしているのは明白だった。そんなこと、誰に教わったのか。誰でもない。ユキがコウを実験台にしているうちに、自分で考案し、体得したのだった。まさに天性の才能といえた。
ぷぅ~~~~ぃ!!!ぷぅ~~ぃぷぷぷぷぷぅ!!!!!
「んぎぃーーーーーーっっっ!!!ゲホッゲホゴホッ」
かと思えば、かわいらしい高音のおなら。しかし、その強烈な刺激臭はとてもかわいらしいなどと言えるものではなかった。目には涙があふれ、手足までしびれるような神経ガス。
「くさぁいでしょ~。コウちゃんちにいかなくしてからね、ずうっとちゃーじしてたの。おなら。そしたらね、どんどんくっっさくなるの!おならだよ?だから、きょうのはとくべつだよ♪」
むしゅう、、、、、、
「うぎぃ!!!!!!!」
そのくっっさいガスのすかしっぺを、ユキはなんどもなんどもコウの鼻に直であびせかけた。とびっきりとくべつのえがおで。
何発、おならをされただろうか。コウが息もたえだえになったころ、ユキは腰を上げてコウの胸に座りなおすと、コウの顔を覗き込んで言った。
「あのね、コウちゃん。」
「…?」
改まった感じを悟って、コウも、涙でぐしゃぐしゃになった目をこすって、ユキを見つめた。
「こないだコウちゃんにきかれてからね、ユキ、かんがえてたの。なんでコウちゃんにばっかりおならしたのって。そしたらね、おねえちゃんがいうの。べつにだれのまえでしてもいいんだよ、はずかしくないんだよ~、がまんするのはカラダにわるいんだよって。だからね、もうコウちゃんだけじゃないよ!、、、、、、でも、ね?やっぱり、コウちゃんといっしょがいちばんたのしい!きっと、だから、コウちゃんのまえでおならしたんだ。そうおもうの。ね?だからだから、これからも、コウちゃんのまえで、しても、いい?」
コウは、ユキのおねえちゃんの言うことももっともだと思ったし、ユキに、コウちゃんといっしょがいちばんたのしい!と言われて悪い気はしなかった。目を回されて混乱した幼稚園児の頭では、なんとなく話がズレているような気はしても、おならを我慢しないのと人の顔にまたがってするのは全然別の話だ、とまでは頭を整理できなかったし、仮にそこまで考えられても、お互いの気持ちを壊さない形で適切に伝えることはできず、かえって良くない結果を招いたに違いない。コウはただ、
「……、うん。」
とだけ答えた。ユキにとっては最高の答えだった。
「わ~い!ありがとうコウちゃん!!」
むぎゅっ!
「う゛ぶっ!!?!!?」
当然と言うように、再びコウの顔に腰を落とすユキ。そのまま腰をふりふりして、お尻の穴をコウの鼻にぐりぐりと押し付ける、めりこませる。
「それじゃあ、おはなししてたらすんごくしたくなっちゃったし、さっそくするね!がまんしてたから、すんごいのでそうかも!!いくよ~♪えへ」
ぷしゅしゅ~~~ふしゅう~~~~~むっっっっっすぅ~~~~~~~~
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、今日一番のスカシが放出された。長さ、量、濃度、そして、ニオイ。どれを取っても圧倒的な、本物の毒ガス。
んむっしゅうぅぅぅぅ、、、、すぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、、、、、、、、、、
「はぁ、、、、♪」
自分でほれぼれするような、会心の一発だった。漏れてくるニオイも、当然、尋常ではない。ガスが止まるころには、コウは、ぴくりとも動かなくなっていた。
りんごのようにほおを染め、うっとりと微笑むユキ。コウちゃんに、おならしてる。ほかのこにするのとは、ぜんっぜん、ちがう。コウちゃんに、すっごいの、かがせてる。すっっごいのかがせて、めちゃくちゃにしちゃう。コウちゃんがなくのもだまるのも、みんなわたしのおならしだい。たのしい!うれしい!
「コウちゃん、だいすき、、、♡」
あいしてる♡
ユキが、じぶんだけのしあわせをみつけたしゅんかんだった。
―――――――――
あとがき
はじめまして。またはお久しぶりです。@gakiです。読んでくださってありがとうございました。
炉っぽいの第二弾です。なんか世間が騒がしいの見てたら逆に書きたくなりました。リハビリ代わりにざかざか書いて読み返してない落書き稿ですが、少しでも楽しくお読みいただければ幸いです。
リンク貼りはご自由にどぞ。転載・再配布はご遠慮下さい。
初出:オナラする女の子 26発目
@gaki
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2018年01月04日
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