ようマジ始めたらまた書きたくなったの。
ふと窓の外を眺めれば、春風に拐われた桜の花弁が宙に舞い散り、儚くも幻想的な風景が広がっている。
開花の時期が比較的短い事で有名な桜ではあるが、遠く映る景色では未だ咲き誇っている。
それもその筈。何故ならまだ四月も序盤。
何と入学してから三日しか経っていないのだから。
……そう。三日しか経っていないのだ。
「ねえねえ! 今日もケヤキモール行かない? 昨日見ていたアクセでどーしても気になるのがあってさー」
「カラオケ行きたーい。昨日のメンバーでまた行こうよ」
「つい買っちまったぜこのゲーム! いやー高かったけど毎月10万貰えるなら。って決断しちまったよ」
「あ、お前も買ったんだ。後でクエスト行こうぜ」
「Aクラスにめっちゃイケメンいるらしいよ?」
「知ってるー里中君でしょ? 彼女いるのかなー?」
「うーん。私はどっちかと言ったら平田君の方が好みかな?」
「Bクラスにめっちゃ巨乳の娘がいるらしいぜ」
あえて言おう。まだ入学してから三日しか経っていない。
そして現在は二限目の英語の授業中だ。
もう一度言おう。
入学してから三日目。現在は授業中である。
(いや、普通にうるせーわ。民度低いにも程があるだろうDクラス)
窓際とは言え、最前列に座っている俺ですら英文法について解説している『真嶋』先生の声がまともに聴こえないと言えば、どれだけ教室内の空気が乱れているか分かるだろうか。
原作でもDクラスの授業風景が酷い物だと描写されていたので知識としては知っていたつもりではあるが……。
クドいようではあるがまだ入学してから三日しか経っていない。
にも関わらず既に学級崩壊の兆しが見えていると言うのは、アレだ。
想像以上に想像以下だった。
「ねえねえ平田君。今日も一緒にお昼行かない?」
「あっ。抜け駆けしないでよ軽井沢さーん。私も平田君と一緒にお昼行きたーい」
「アハハ。お誘いは有り難いんだけど、ほら。今は授業だから」
「櫛田ちゃーん。放課後遊びに行こうぜ! ボーリング行こうよボーリング。俺、結構上手いんだぜ?」
「あ、俺も俺も! 行こうぜ櫛田ちゃん!」
「うん! いいよー! でも今は授業中だし、詳しい話は後で……」
「おい! 櫛田ちゃんオッケーだってよ!」
「っしゃぁ!! 俺の黄金の右手が火を吹くせ!」
「なあなあ、菊池ー。放課後ボーリング行かね?」
Dクラスの良心である『平田』や『櫛田』ですら話し掛けてくる生徒に注意出来ずに、結局雑談に加わってしまっている。
最前列に座っている俺の席からは見えようも無いが、きっと今頃、『堀北』や『幸村』といった真面目に授業を受けている秀才組は非常に苛立っていることだろう。
原作同様に教師陣は皆、手にノートやバインダーを持ち、私語や携帯端末を弄っている生徒をチラリと視線で確認すると、何やらメモを取っていた。
恐らく、クラスポイントのマイナス査定として上に報告する為だろう。
まあ、とは言えだ。他のクラスがどうだか知らないが、Dクラスはこの有り様。
むしろ授業を真面目に聴いている人間の方が稀な比率で、心なしか教壇に立つ真嶋先生の目も白くなっている気がする。
俗に言う、養豚場のブタでも見るかのように冷たい目。という奴だろう。
一週間も経たない内にこのザマだ。きっと来週になる頃には授業そっちのけで広がっていく私語の雑音は騒音に。そして月末になる頃には騒音が爆音となり、あっという間に学級崩壊を引き起こすのだろう。
「……がぁ……ぐぅおー……」
その証拠に問題児筆頭である須藤はイビキをかきながら爆睡しているし。ちなみに彼は一限を遅刻している。
あまりの大物っぷりにいっその事、感心してしまう。もちろん皮肉であるが。
憑依という形ではあるが、実質は唐突な転生と殆ど変わらない摩訶不思議ファンタジーな現象に巻きこまれた混乱。
中身は四十過ぎのくたびれたオッサンだと言うのに前触れもなく、若々しい溌溂としたエネルギーに満ちているティーンエイジャーの群れに強制的に囲まれるハメになった現実。
そして何より。国が運営する学校側から『不良品』の烙印を押された、モラルや品性の欠片も無い劣等生達に囲まれている余りにも悲しい現状。
(ただ教室で授業を受けるだけだっつーのに、こりゃ想像以上にストレスが溜まるな。早いとこガス抜きの『材料』を用意しとかないとな)
放課後のちょっとした『小遣い稼ぎ』が終わったら真っ先にスーパーに向かって買い出しに行こう。
俺は内心でそんな決断をしつつ、騒がしい教室の中、取り敢えずノートに黙々と板書を書き写す作業に集中する事にした。
「Aクラスの授業風景はどのような様子ですか? 神室さん」
「別に普通だけど」
時は放課後。窓から差し込む西陽は橙色に煌めいている。
二年生の教室が設置してあるフロアには人気が皆無だった。今頃は遊びに行ったり、部活動に励んでいる事だろう。未だ会った事の無い生徒会副会長の『南雲』何かは『私物』と化した女子生徒と一発お楽しみとシャレ混んでるのかも知れない。
そんな下らない事を考えながら、俺はこうして神室を連れて校内を見回りながらAクラスの内情を聞いていた。
ちなみに、辺りに人影が無いとは言え、念の為ハリソン少年の人格を演じながら会話をしているのだが、神室からはすこぶる不評だった。
一人称をボクに変え、丁寧な敬語がデフォルトのハリソン少年モードでにこやかに神室に挨拶した時のお言葉はシンプルに「キモイ」の一言。
危うくオッサンの硝子のハートがアウトブレイクするところだった。
「遅刻欠席。私語や内職、携帯端末を弄ったりといった人は居ませんでしたか?」
「まだ入学直後よ? 居るわけ無いでしょ、そんな馬鹿」
「……ですよね。それが普通なんですよね」
「何よ。急に遠くを見つめるような目をして」
「いえ、現実の厳しさに少々目眩がしただけです」
誘った当初は面倒臭いだの興味無いだのぶつくさと不満を垂れ流していたが、何だかんだと文句を言いながらもこうして付き合ってくれるのだから彼女は存外に人が出来ている。
俗に言うツンデレ。とかいう奴だろうか。
そんな下らない事を考えながら無人と化した二年生の教室を覗きこんで行く。想像通り、クラスのランクが下がる度に、机と椅子の数が少なくなっていた。
つまり無くなった席の数と同じだけ、生徒が退学したということだろう。
「話半分に聞いてたけど、マジみたいね」
一目で分かる程。異様に席の数が少ない二年Dクラスの教室を見たとき、恐ろしいものを見たとでも言いたげな声色で神室が呟いた。
「おや、やはり御疑いになっていたので?」
「あんたみたいにぶっ飛んでるヤツの言う事なんて簡単に信じられるわけ無いでしよ?」
「失礼な。ボクは何処にでもいるごく普通の男子高校生ですよ」
「……普通の男子高校生は酒なんか飲まないから」
「おっと、誰が聞いてるか分からないんですから、そのお話は御内密に。それから神室さん、世の中には『バレなきゃ犯罪じゃない』という素敵な名言もあります」
「ヤバいことやってる自覚はあるんじゃないの」
神室は俺の言葉に呆れたような溜息を吐いた。彼女に今度、埼玉愛犬家連続殺人事件について教えてあげよう。と、下らない事を考えながら、調査を続けた。
結論から言ってしまうと昨日、俺は酌をしてくれた神室にこの学校の異常性の根幹とも言えるSシステムの詳細を余すこと無く暴露した。
クラス分けの真意や、携帯端末に所持ポイントが『ppt』と、すなわちプライベートポイントの意味で表示されている事。
クラス単位で実力を評価されていることや、プライベートポイントがあるのだからクラスポイントもある筈だという予想。
毎月貰えるポイントの減少の可能性や無料商品の真意など。
現時点で言ってしまっても問題無いであろう情報、全てをだ。
とは言え、その時点では俺の推論という名のネタバレ知識を証明する為の証拠など持ち合わせているわけも無く。
現に俺の話をそれなりに真剣に聴いてくれた神室も、どこか胡散臭げではあった。
だが原作知識をそのまま引用した俺の説明は当然ながらそれなりにスジが通っている。
加えて神室自身も無条件に毎月10万円に値する大金が振り込まれる事に不信感を抱いていたようで、俺の説明を頭から否定するような事はしなかった。
「後は三年生の教室だけですが、この光景だけで各クラスが実力によってランク付けされていると言う仮説については、ほぼほぼ確定でしょう」
「赤点取ったら退学って話だったけど。それにしてはいくら何でも退学者の数が多すぎない? まだ入学直後とは言っても、どの授業も簡単過ぎて拍子抜けレベルなのに」
「学力だけで実力を判断しているわけでは無いのでしょう。つまり、学力以外を問う何かしらの試験……仮に特別試験とでも呼ぶべきものが控えているのは確定でしょうね」
「学力以外って?」
「パッと思い当たるのは知性や判断力。身体能力や運動神経。あとは、いわゆるコミュ力に値する社交性等でしょうか。恐らくはクラス分けの基準もこれらの能力で篩分けられているのでは無いか。と」
原作知識様々だ。内心でそんな事を考えつつも目的地に到着。三年生の教室があるフロアにも、やはり殆ど人の気配は無かった。
「あんたが頭良いのは何となく分かるんだけど。それでもDクラスに配属された理由は運動神経が悪いから?」
Dクラスの教室を覗いていた時、ふいに神室がこんな事を言い出した。
どうやら小賢しくも原作知識をバラ撒いた影響か、知恵者だと勘違いされてしまったらしい。
とは言え、純粋な学力のみで頭の出来を問うているのならハリソン少年は確かに頭が良いと言えよう。少なくとも前世のオッサンボディよりとは比較にならない程に高スペックだ。
「どうでしょうかね? こんなナリですがそれなりに走るのも速いですし、長年踊っていた事もあって平均以上には動けるつもりなのですが」
「踊り?」
「母が元バレエダンサーで今はスクールの先生をやっています。その影響もあって三歳頃から十年近くレッスンをしていましたよ」
生まれが全てを決める。とまで極端な事を言うつもりはないが、やはり育つ環境は重要だと思う。
富裕層の生まれであるハリソン少年の家庭事情を回想する度に強くそう思う。前世の実家は割と貧乏だったし。
とは言え、食うに困る事は無かったのだから恵まれている方だとは思うが。
「ならコミュ障が理由? そんな不気味な見た目だし」
「中学二年で不登校になるまではキチンと身なりは整えていましたよ。もちろん、髪も染めずに顔も隠さずにね。それから親しい友人もそれなりの数は居ましたし」
「……不登校」
「ええ。事情があって一年以上登校拒否をしていました。恐らくですがボクがDクラスに配属された最大の理由が長期欠席でしょう。内申点はボロボロでしたでしょうし、むしろ最底辺のクラスとは言え国立の学校に入れたのが奇跡みたいなものかと」
まあハリソン少年がこの学校に進学する事を決断した時は、それなりに家族と大揉めしたのだが。
理由が理由とは言え、義務教育を終えた後にいつまでも引きこもりを続ける事を選択するのは善良なるハリソン少年には出来なかった。
要するに学校にも行かない無駄飯食らいの自分を無償で世話してくれている家族への罪悪感に耐えきれなかったのだ。
ただ彼の場合は自宅に籠もりつつもしっかり勉学に励んでいたし、家事の手伝いも率先して行っていたのだが。何だったら料理と紅茶を入れる腕に関しては成人している姉より遥かに上のレベルまで達していた。
「もしかして飲酒がバレて停学にでもなったの? その後、学校に行くのが気不味くなって不登校とか」
「流石に中学時代にビールを飲んだりはしていませんよ。精々がサイダーぐらいです」
「ふぅん」
まあ、ここで言うサイダー(Cider)とはシードルの事なのだが。
ちなみにシードルとは主に林檎などから作られる果実酒である。一般的には発泡性のものが多く作られるのでイギリスではサイダーと呼ばれている。
尤もオッサンが憑依する前のハリソン少年はクリスマスなどの祝い事の際に、姉や母が飲んでいる酒を一口舐める程度だったが。
ちなみにイギリスの飲酒に関する法律は日本より緩く、家庭内に限定するなら五歳以上が合法である。
とは言え佐城家は日本にあるので思いっきり法律違反ではあるのだが……。
まあ、興味本位で親や親戚が飲んでいるお酒を一口だけ試し、アルコールの味わいに顔を顰めた経験がある人間はそこそこの数がいるだろう。
閑話休題。
意外な事に神室はハリソン少年の過去に興味があるようで次々と話を振って来る。余り他人には興味を持たないタイプに見えたので、俺は内心でそのギャップに少々驚いた。
とは言え、ズカズカと心の内に踏み込むような図々しさは無い。
恐らくは不登校という単語からイジメやら何やら悪い予想をしたのだろう。此方の地雷を避けるように、慎重にハリソン少年のプロフィールを聞き取っているように感じる。
「不登校の理由、気になりますか?」
「別に」
「そうですか。まあ余り面白くない話ですからね」
「……あんたが聞かせても良いって思ったら、聞いてあげなくもない」
そんな可愛いらしいセリフを吐き捨てながらプイッと横を向いた神室の反応に思わず笑ってしまう。
強気を通り越して、傲慢。そんな態度が常である彼女が時おり見せる年相応の幼い仕草に胸が暖かくなっていく。
その時だった。
「お前たち。ここで何をしている」
決して大きな声では無い。
だが確かな重圧を纏う、年若い男の声である。
俺と神室が振り向いたタイミングは殆ど同時だった。
そこには親子のような身長差がある、一組の男女がこちらを見やって立っている。
「貴女達は一年生ですよね? ここは三年生の教室ですよ? 誰か先輩を探しているんですか?」
「用も無く他学年のフロアを彷徨いているならば防犯上の都合もある。少し話を聞かせて貰おうか」
同学年どころか歳下にすら見える小柄な少女。
そしてスラリとした体躯の眼鏡をかけた知的な青年。
原作知識を持つ俺はもちろん彼等の名前を知っている。
三年Aクラス所属。
生徒会役員『橘 茜』と、拗らせシスコン生徒会長『堀北 学』。
偶然にもビッグネームに遭遇した驚きで、俺は咄嗟に神室の背後に隠れるのだった。
ちなみに後でジト目の神室に「ヘタレ」と罵られる事となるのだが、それはまた別の話。
感想、高評価ありがとうございます。
励みになります。旧作を楽しみにしている方、あのような形で終わってしまい申し訳ございません。
取り敢えず此方は先ず完結を目標に書いて行きます。
ちなみに一年生編で終了予定です。
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