飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:ケツマン

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一巻分書き終わったら匿名解除しようと思うので初投稿です。


風呂上がりにはビール。異論は認めない。

 

 トクトクと静かな音を立てながら注がれる黄金の液体。

 炭酸飲料特有の細かな泡が登り立つ度にホップのアロマが香り、喉の渇きが激しくなる。

 ゴクリ。はしたなくも音を立てて唾を飲む俺を誰が責められるだろうか。

 

 

「ほら」

 

 

 処女雪よりも白く美しい泡がふんわりとグラスに蓋をすると、目の前に座る彼女がぶっきらぼうな手付きで俺の手にグラスを手渡す。

 予めグラスを冷凍庫に保管していたおかげか、キンキンに冷えてやがるっ……!!

 もはや我慢ならない。

 

 この一瞬の為だけに放課後以降は一切水分を摂らずにおいたし、先程まで一時間以上は湯船に浸かって大量の汗を流していたのだから。

 

 

「酒! 飲まずにはいられないッ!!」

 

「うっさ」

 

 

 グラスに齧り付くような勢いでゴクゴクとビールを流し込む。

 洗練された透明感のある辛口に、ダイナミックかつキレのある味わい。

 ドライビール独特の圧倒的な喉越しが、身体全体に電流のような爽快感を迸らせる。

 

 

「犯罪的だ……美味すぎる!! 染み込んで来やがる……体に……!」

 

 

 この一杯の為なら犯罪すらやりかねない。

 いや、実際にこの一杯を手に入れる為に目の前の彼女は犯罪を犯しているんだったか。

 

 

「そんなものの何が美味しいんだか」

 

 

 不機嫌そうにそう呟いた彼女。『神室 真澄』は空いたグラスに残ったビールを態々注いでくれる。

 何故、明らかに気が強そうでお高く止まった様子の彼女が俺何かに甲斐甲斐しくお酌をしてくれるのか。

 

 それは入学初日のとある一件。

 つまり昨日のコンビニで行われた神室による万引き事件がきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学校に通報するなら、さっさとすれば良いじゃない」

 

 

 万引きの現行犯を俺に見られた。そう気付いた神室の行動は早かった。

 思わぬ瞬間を目撃してしまい唖然と固まる俺の手を咄嗟に掴んだ彼女は、そのまま俺を引き擦るようにして足早にコンビニを脱出。

 人気も監視カメラも無い薄暗い路地裏に連れて来られたかと思うと、こちらを睨みつけるような鋭い視線と共に、この一言である。

 

 言い訳一つ漏らさない所は潔いが、居直るような態度を見るにどうやら自棄になっているようだ。

 とは言え、彼女の言葉に俺が従う理由も無いのだが。

 

 

「いえ、別に。ボクには通報する気なんてありませんが」

 

「は? 何で?」

 

「え? いや、何でと言われましても」

 

 

 さて困った。割と純粋に困った。

 何故か俺を責めるように問い詰める目の前の少女の扱いに俺は本当に困り果てていた。

 

 

『神室 真澄』

 

 Aクラス所属で文武両道で特に運動神経に優れている。

 艷やかなヴァイオレットの長髪をサイドに流した特徴的な髪型が目を引く美少女で、スタイルも抜群。

 原作では同じくAクラスに所属している『橋本』というチャラ男がアプローチをかけていたがスルーしている。

 菫色の瞳はやや吊り目がちで、何処となく強気な顔立ち通りに気が強く。

 愛想にかけるぶっきらぼうな口調から想像できる通りに、そこまで社交性は高くない。

 にも関わらず彼女は将来のAクラスのリーダー『坂柳 有栖』の側近として傅いていた。

 

 その理由が、手癖の悪さ。

 つまり、万引きの現行犯を坂柳に押さえられて弱みを握られた為に配下として半強制的に仕えさせられるハメとなったのだ。

 

 だがこうして俺が偶然にも彼女の犯行現場を見つけてしまったせいで、原作における坂柳のポジションを奪ったような形となってしまった。

 とは言え、俺は坂柳と違って自らの手足となって動いてくれる忠実な配下なんて要らない。と言うか普通の高校生はそんなもの求めない。

 

 そもそも他クラスな上に異性である彼女の弱味を握った所で、何と言うか扱いに困る。

 「バラされたくなかったら一発ヤらせろ」だ何て三流エロ漫画のようなアホ丸だしの脅迫をする程に猿でも無いし。

 と言うか、そもそも冷静になって考え直してみれば、この状況では別に神室の弱味を握った。とまでは言い切れないのでは無いだろうか。

 

 

「万引きって、確か現行犯じゃないと警察関係者以外は捕まえる事とか出来ない筈ですし。例えばボクが犯行の証拠を動画で録画している。とかなら話は別ですけど……咄嗟にそんな事も出来ませんし、通報しようにも出来ない、と言いますか」

 

「……何それ。そんな理由で犯罪者を見逃すっていうの?」

 

「いや、まあ。特にボクに実害があったわけでもありませんし」

 

 

 例えば俺の親族や友人があのコンビニに勤めていて、万引き被害に悩んでいたならば義憤に駆られた俺が目の前の少女に天誅を下してやろう。だなんて分不相応な企みをするかも知れなかったが、入学直後のボッチ状態な上に、この陸の孤島に都合良く知り合いが勤めているなんてシチュエーションは有り得ない。

 

 もしも目の前の少女が俺の親友や恋人ならば、真っ当な人生を歩んで欲しい。という、押し付けがましい責任感を発揮して説教をしたり場合によっては怒鳴りつけていたかも知れない。

 

 

「バスの中で面識があったとは言え、ほぼほぼ初対面に近い女性に対して、あーだこーだと説教するのも変な話ですし。これが暴行や殺人だったら警察に通報するのも已む無しですが、そういうケースでもありませんし」

 

 

 

 だが俺の目の前にいる神室という人間は赤の他人だ。

 何で知らない人間に対して、しかも犯罪行為を好き好んで行っている人間にわざわざ積極的に絡まなければならないのか、という話である。

 そもそも中学生や高校生辺りからいわゆる『ヤンチャ』を覚える人間が多いのは前世の経験から考えて、割と良くある話だと思う。

 地味だけど素直で可愛かった従姉妹のヨシちゃんだって、高校辺りから急に髪を染めてケバケバしい化粧をし始めたあげく、誰が父親か分からない子供を孕んで中退していたし。

 

 

「個人的な意見としてはこうして一回はバレてしまったわけですし、暫くは控えた方が良いのではないかと思いますが……だからと言ってボクに貴女の行動を強制する権利があるわけでも無いですし」

 

「言ってる意味が分からないんだけど」

 

「ええと、そこまで深く考えずに、見逃してくれるならラッキー程度に気楽に考えて頂ければ、と」

 

 

 言い方は悪いが万引き程度ならまだマシな部類だろう。

 パパ活と言う名の売春で危険人物に当たってしまって過剰な暴行を加えられたり、怪しい薬を飲まされたり。

 誰彼構わず殴り合いの喧嘩を吹っ掛けた挙げ句に、他人に一生残る後遺症を負わせたりするのと比べて、という意味での話ではあるが。

 

 なので俺としてはとっととハンカチと眼鏡の件の話をつけておさらばしたかったのだが、目の前の彼女はそれでは納得してくれないようだ。

 

 

「信用できない」

 

「いや、そんな事を言われましても」

 

「あんな現場見られて通報もしないし、おまけに私に対して何の要求もしない。そんなの怪しむに決まってるじゃない」

 

「そう仰りましても……うーん」

 

 

 面倒臭い。どうしよう、すこぶる面倒臭い。

 何かここで放って置いたら自分で学校に通報しそうな気配がする。

 

 神室ってこんな強情で面倒臭いキャラだったのか?

 前世で推していたヒロインは『一之瀬』一択だったので、その他の女性キャラはそこまで性格を把握しているわけではないのだ。

 ましてや神室は初登場も割と遅めだったし、そもそもの登場回数だって少ないキャラだ。

 確か8巻だか9巻だかで綾小路の部屋に乗り込んで自身が万引き犯であることを告白する話までは、まともな登場シーンは殆ど無かった筈だ。

 

 

「つまり、えーと……申し訳ありませんがお名前を御伺いしても?」

 

「神室。神室真澄。あんたは?」

 

「佐城ハリソンと申します」

 

「ハリソン? ハーフなの?」

 

「ええ。母がイギリス人でして」

 

「ふぅん……」

 

 

 原作知識で既に神室の名前を知っているとは言え、いきなり名前を呼んでしまったら何故まともに話をした事が無いのに名前を知られているのか? と問いただされても困る為に始めた自己紹介。

 とは言え一体全体、どうしてこんな変なタイミングでやらなきゃいけないんだか。

 内心で辟易としながら神室の質問に答えていると彼女はおもむろ俺の顔に手を伸ばすと、もっさりと生茂った黒く染まった前髪のカーテンをヒョイとめくった。

 

 

「確かに改めて見ると外人っぽい顔付きね。肌も白いし。うん、染み一つ無い本当に真っ白……」

 

 

 どうやら、まじまじと俺の顔を観察しているようだった。確かに整ってはいるとは言え、一体こんな女のような顔を眺めて何が楽しいのやら。

 

 

「ねえ? バスでも気になってたんだけど、あんた何でわざわざ顔を隠したりしてるのよ?」

 

「嗚呼、そこら辺を触れるのは御勘弁下さい。ボクにも多少、込み入った事情というものが御座いまして」

 

「ふぅん……勿体ない」

 

 

 いや、勿体ないとか言われても。

 これで俺の性別が女ならまだしも。男なのに一見すると美少女にしか見えない傍迷惑な顔面をアピールしたところで、一部の特殊性癖の人しか得をしない気がするのだが。具体的には同性愛者の男か一部のショタコン。

 と言うか話がすっかり明後日の方向にズレている。

 

 

「えと、話を戻しますが神室さんとしてはボクが万引きを見逃す見返りとして、貴女に何かを要求しないと信頼出来ない、という事ですか?」

 

「……」

 

「神室さん?」

 

「……ああ、うん。それで、何よ?」

 

「いや、ですからね? ボクが貴女に犯罪を見逃す対価として何かを要求しないと、神室さんはボクを信頼出来ない。そう、仰りたいんですよね?」

 

「だから、そう言ってるじゃない」

 

「うーん……」

 

 何故かバスで出会った時のようにすっかり反応が鈍くなってしまった彼女に繰り返し言い聞かせると、渋々ながらようやく頷いた。

 

 さて、ここで困ったのが俺である。

 取り敢えず特に要求が思い浮かばなかった俺は、当初の目的である伊達眼鏡を返して欲しいことと、ハンカチの弁償の件をチャラにして欲しいという非常に無難な頼み事をした。

 

 

「は? そんなの全然釣り合ってない。っていうかハンカチなんて百均の安物だから気にしないで良いし、眼鏡だって今返すわよ。ほら」

 

「あ、はい。ありがとうございます。では、ボクはこれで……」

 

「逃げんな」

 

「ア、ハイ」

 

 

 駄目だった。サラッと逃げようと思ったらガシッと腕を掴まれて先程よりも距離を詰められた。主張の激しい神室の胸が制服越しに当たって幸せやら困るやらといった感想を抱きつつも、俺は考える。

 と、ここで思い出したのは神室が万引きした商品だ。そう言えば彼女が盗んだ物は缶ビールである。

 

 ビール。それは酒カスのオッサンが数あるアルコール飲料の中でも最も愛飲していた大好物。

 ビール……ビールかぁ。何か飲みたくなって来たなぁ。

 原作知識から想像するにDクラスでの生活ってストレスたまりそうだしなぁ……。

 そう考えたら息抜きも必要だよなぁー。

 

 つーか純粋に酒が飲みたいわ。

 

 

「でしたら神室さん。改めて要求させて頂きましょう。ボクの頼みは……」

 

 

 

 

 

 

 

 ……で、現在に至る。というわけだ。

 本来なら缶ビールさえ貰えればそれだけで良かったので、盗んだビールを下さい、とだけ要求したのだが。

 

 

「は? それって結果的に私の犯罪の証拠品を処分して貰うだけじゃない。ますます信用出来ないんだけど」

 

 

 と、ムッとした表情のまま更に面倒臭い文句を言って来たので、俺も半ばやけっぱちで。

 

 

「そこまで言うなら、神室さん。貴女はボクの部屋に上がって、お酌でもして下さいよ」

 

 

 と、冗談半分で破廉恥なお願いをしてみると、何とアッサリ了承されてしまったのだ。

 とは言え、入学初日で部屋の整理すら落ち着いていないのはお互い様なので連絡先を交換して約束はまた後日、という形へ。

 何故かその後は割と仲良く雑談しながら帰路につき、日にちを跨いだ後も何だかんだで携帯端末のメッセージで互いの仲を深めつつ、約束の日付の今に至る、と言うわけだ。

 

 

「あーやっぱビールは美味ぇなあー。風呂上がりだとマジで最高」

 

「苦くて辛いだけじゃない。こんなの」

 

「ハッハッハッ。お子様には分からんよ、この美味さはね」

 

「あんたも同い年でしょうが」

 

「いや、まあほら。俺はアレよ。中身はオッサン的な?」

 

「それは見れば分かるけど」

 

 

 すっかり神室と打ち解けた俺は彼女の希望で堅苦しい敬語も、ハリソン少年の人格を演じるのも止めていた。

 一人称くらいは統一しておくつもりだったが、酒が入ると面倒になったのだ。

 無料食品コーナーに置いてあったチキンラーメンを雑に砕いた出来損ないのスナック菓子を肴にしつつ、ビールの味わいと極上の喉越しに舌鼓を打つ。

 

 チラと隣を見れば、紫檀の髪からは華のような香りが立ち昇る。

 抜けるように白い肌。柳の眉を添えた菫の瞳はどんな紫水晶よりも美しく。

 筋の通った細い鼻。ふわりと柔らかな桜色の唇。ツンと尖った可愛い顎。

 

 

「美人だよなぁ」

 

 

 前世の世界のトップアイドルにも負けない、特上の美貌を持った現役女子高校生(しかも制服姿)に酌をして貰うだなんて。

 果たして『そういうお店』でこんなオプションを注文したら幾らかかる事やら。

 最も平成後期辺りから水商売関係は規制が厳しくなったので、堂々と未成年が働く店などもはや絶滅危惧種だろうが。

 

 

「は? 何、急に。イヤミ?」

 

「いや、普通に本心だけども。って言うか何でイヤミに聞こえたのよ?」

 

「……はぁ。もう良い」

 

 

 何故か不機嫌になってしまった神室は缶に残った僅かな飲み残しのビールを口に含んでは、「不味い」と顔を顰めている。

 やはり口に合わないのだろう。

 

 

「初心者は飲みやすい白ビールやオリオンビール、バドワイザーなんかから試してみるとイイぞー。それかリキュール混ぜてビアカクテルにするとか」

 

「別に飲みたくて盗ったわけじゃないし。ってか、あんたやけに詳しいわね」

 

「ほら、オッサンだから飲み慣れてるわけさ」

 

「突っ込まないからね」

 

 

 

 アルコールが僅かに効いてきたのだろう。ほんわかした心地で神室とそんな下らない会話をしながら、俺は今後の学生生活について考えていた。

 

 言うまでも無いが、いたいけな男の娘に憑依してしまったオッサンの意見としては理想の進路を得る為のクラス間闘争なんて興味が無い。

 ハリソン少年も学力は秀でているので、仮にDクラスで卒業したとしても自力で受験すれば良いだけの話だ。

 だがしかし……

 

 

「別に退学しても困るわけじゃないんだよなぁ」

 

「は? 今度は何よ」

 

「あー。こっちの話よ」

 

 

 怪訝な顔で訝しむ神室を流しつつ、俺はチキンラーメンを口に放り込みボリボリと噛み砕く。

 仮に自主退学しようが特別試験のペナルティで退学になろうが、事情をしっかり説明すればハリソン少年の両親は許してくれるだろう。

 むしろ安定した将来の為にはこんな一昔前のバラエティ番組みたいなイベントだらけの珍妙な学校からはとっとと退散した方が良いのかも知れない。

 

 

「でもせっかくの機会でもあるんだよなあ」

 

 

 電子書籍が幅を利かせていた令和の前世。それでも新刊が出る度にわざわざ書店に寄っては、紙の書籍を買っていた程には気に入っていた『ようこそ実力至上主義の教室へ』という作品。

 神の奇跡か何だか知らんが、こうして原作の晴れ舞台に立てたのだから、この世界を楽しみたいという無謀な好奇心もある。

 

 

 

 ああだこうだと思考に耽って思う存分にウダウダと考えた俺は、天井を仰ぐようにグラスに残ったビールを思いっきり飲み干した。

 

 ヨシ。決めた。

 

 ほんのりと顔を赤くした少女は、やはり未成年だから酒に弱いのだろうか。

 ぼんやりとした表情で俺の横顔を眺めていた神室に視線を向けた俺はとびっきりの笑顔で彼女に提案をした。

 

 

 

「なあ、神室くん。俺と一緒に一儲けしないか?」

 

 

 俺のそんな誘い文句に、不思議そうに小首をかしげる神室の様子は年相応で可愛らしいものだった。

 




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