ようこそ(強制)。
ガツン。そんな鈍い音を立てて俺の頭に衝撃が走った。
人でも飛び出したのか、それとも単にバスの運転手が馬鹿なのか。理由はともかく、俺はバスが急停止した衝撃で額を窓ガラスに激しく打ち付けるハメとなった。
「痛っ……!! う……うぅ……!!」
そしてその瞬間、視界に、脳内に、全身にスパークが走り回る。同時に激しい頭痛に襲われ、俺は情けない呻き声をあげながら窓ガラスに凭れ掛かるようにして蹲っていた。
(……はあああああああぁぁ⁉ 転生⁉ い、いやこの場合は憑依か!? 何で⁉ いきなり⁉ つーかここ『よう実』かよ⁉)
頭蓋が割れるような頭痛と共に俺の脳内に決河の如く流れ込んで来たのは一人の男の半生の記憶。つまり、俺は今この瞬間に、自分自身の前世の記憶を思い出したのだ。
このバスの目的地であり、これから俺が入学する事となる学舎の名前が『東京都高度育成高等学校』であること。
そしてこの世界が『ようこそ実力至上主義の教室へ』というライトノベルの世界であること。
前世では四十過ぎで一般リーマンをやっていた俺が、何故か誰とも知らぬモブキャラ。 もしくは本来なら物語に存在しないであろう、俗に言うオリ主に、こうして憑依してしまったことを。
(どっちにしろ何でこのタイミングなんだよ糞がっ!)
よりによって、今。入学が決定し、今さら後戻りできない最悪のタイミングで。
全てを思い出してしまったのだ。
『東京都高度育成高等学校』
進学率、就職率共に100%。そんな夢のような謳い文句で生徒を集めるこの学校には当然裏がある。
優秀な者から順にA〜Dの4つのクラスに分類された生徒の内、その恩恵を享受できるのは卒業時に最も優秀だと認められた、エリートの集まり、Aクラスに在籍している者達だけだ。
勿論それだけならば他の進学校や名門予備校などのシステムと大きくは変わらないのだが、残念ながらこの世界はフィクション。つまり、ライトノベルの世界なのだ。第四の壁の向こう側にいる読者を楽しませる為なのだろう。所々にツッコミどころが存在している。
(こんな犯罪者養成施設みたいな学校……前世の知識がもっと早く生えていたら絶対に入学しなかったのに!)
苛めは決して認めないと謳いながらもガバガバなセキュリティに、悪事し放題の頭ユルユルな穴だらけのルールは序の口。
物語を盛り上げる為だろう特別試験とやらは騙し討ちで何の説明も無しに無人島に放り込んでは半強制的にサバイバル生活を一週間やらせたかと思えば、気に食わない生徒を道連れで退学させる理不尽極まり無い合宿試験もあったり。挙句の果てには学校側の都合(笑)でクラス内にて最も嫌われている人間を一人選択して自分達の手でもって退学させるという、トラウマ必須の鬼畜イベントまで控えておりもはや何でもありだ。
現に作品内では登場人物の何名かが碌でも無い目にあっている。一方的な集団リンチを受けたり、偏執的なストーカーから強姦未遂が発生したりだとか。
クラス闘争で勝利する為という非常に下らない理由のせいで本人に罪は無いというのに名誉毀損を主としたイジメのターゲットにされた生徒までいる始末。
更に言えばこの物語の主人公である『綾小路清隆』に至っては、担任教師の茶柱佐枝から非常に馬鹿馬鹿しい上に自分勝手な私情のせいで退学を盾に脅迫されてしまう。人権? 何それ美味しいの? とばかりに本人の意思や学校の規則すらガン無視してまで行動を強制される始末なのだから質が悪い。
まあ、綾小路に関しては公式チートのサイコパスなので別にどうなろうと放って置いても構わないのだろうが。ラノベ主人公なんだから最終的には無双するだろうし。いや、まあ俺の原作知識って一年生編までしか無いから二年以降の事は知らないんだけど。
「ねえ、アンタ。ちょっと大丈夫?」
「え?」
未だ鳴り止まぬ頭痛と止め処なく流れ込む記憶の濁流に意識を朦朧とさせつつも、俺は隣からかけられた声に反応して振り向いた。
するとそこには紫檀のロングヘアーをサイドテールに結んでいるという、これまたフィクションの世界かコスプレイヤーでも無ければ有り得ない髪色をした吊り目がちな美少女が、怪訝な顔で俺の様子を覗っているではないか。
……ええと。誰だっけこいつ? イラストで見たこと有る気がするから多分原作キャラクターなんだろうが、どうしても名前がパッと出て来ない。って事はそこまで登場回数が多いキャラじゃ無いってことか? 俗に言うネームドモブってやつだろうか。
「ねえ、ちょっと⁉ 頭、血出てるってば⁉ 生きてる? ねえっ……⁉」
小声で叫ぶという奇妙な特技を見せる美少女ちゃん。その髪色から取って仮称『紫ちゃん』と勝手に名付けた彼女の言葉に俺は首を傾げながら窓ガラスに打ち付けた額を右手で触ってみた。すると、ヌルリと滑るような感触。
どうやら打ち付けた拍子に皮膚が裂けて出血したらしい。気がつけば鼻根をなぞる様にして真っ赤な雫が唇の辺りまで垂れていた。顔面の皮膚。特に額の部分は特に脆くて裂けやすいだなんて前世で視たテレビ番組で言っていた事をふと思い出した。
「え……どうしよう、バス停めて貰った方が良いの…? もう、何で入学初日から私がこんな面倒事に巻き込まれなきゃならないわけ……」
眉間に皺を寄せながら小声でぶつぶつと悪態をつきながらも、何だかんだでポケットからハンカチを差し出す紫ちゃんは悪い娘では無いのだろう。取り敢えずバスを緊急停車されても困るので、俺は内心で慌てながら彼女に声をかけることにした。
「いえ、あの。大丈夫です。ちょっと切れただけですから……ほら。見た目通り大した傷じゃありませんし、意識もハッキリしています。目の焦点がボヤけるなんて事もありませんので、お気遣いなく」
前世の社会人スキル。とまで大袈裟な話では無いが、相手を安心させる為にゆっくりと、それでいて伝わりやすい様な抑揚を込めて語りかけた後に姿勢を正しながら丁寧に頭を下げた。だと言うのに、目の前の少女はますます不機嫌な顔付きになり、俺の胸元にハンカチを押し付けてくるのだから俺は少々戸惑った。だが続いた彼女の言葉に納得する。
「アンタ、それ、からかってるつもり? 見た目通りって言われても、そんな変な髪型してたら表情なんて判るわけ無いし」
「あ……申し訳御座いません」
ジト目で突っ込みを入れる紫ちゃんに俺は思わず素で謝った。と言うのも彼女が言っている事は極普通の正論だったからである。これは俺では無く憑依先の少年である俺が……ややこしいな。前世の記憶を持った俺が憑依した少年である『ボク』の見た目が非常に怪しい事が原因なのだ。
簡単に言ってしまえば今のボクは、一昔前のエロゲーの主人公のように前髪を鼻先まで伸ばすことで敢えて顔を隠していた。おまけに滅多に手入れもしない癖に態々黒染めまでしたボクの髪は、ナチュラルパーマも相まってモジャモジャの鳥の巣か、育ちすぎた上に腐って黒くなったブロッコリーのような有様である。
こんな見るからにThe・不審者である見知らぬ男に半強制的に関わらざるを得なくなってしまった紫ちゃんの心境は御察しである。そもそも見た目通り。何て言った所で顔なんて見えないものね。そりゃ彼女がジト目になるのもワケが無い。
頭痛もすっかり収まって来た俺は視界を隠している真っ黒いカーテンを片手で掻き揚げ、目の前の紫ちゃんにしっかりと視線を合わせた。
「は……?」
「ええと……こんな感じで。多分、傷自体は直ぐに治るとは思いますので学校に着いたら、保健室にでもお世話になれば十分かと思います」
「……」
「それにもうすぐ目的地に到着するようですしね。ボク一人の我儘で多くの新入生の晴れ舞台である入学式に遅刻させるような真似など出来ませんし……あ、遅くなりましたがハンカチありがとう御座いました。後日、新品の物を弁償させて頂く形を取らせて頂きたいのですが、どうかご寛恕頂けないでしょうか?」
「……」
「?? あのー?」
どうしよう。目の前の紫ちゃんが無言だ。
って言うか、何か停止しちゃったんだけど。
「えーと、あの。もしもーし?」
「……」
ここでふと気付いたのだが、石化している紫ちゃんの左手には黒縁の眼鏡がある。間違いない、ボクのものだ。前世では視力が良かったから眼鏡なんて縁の無いものだったし、そもそもボクだって目が悪いわけでは無いので気づくのが遅れてしまった。
あれは、あくまで顔を隠す為の伊達眼鏡である。故に無くても生活に困る物では無いにしろ、出来れば返して欲しいのだが相変わらず紫ちゃんは停止したままである。
バスにグラグラと揺られているのに一人だけ石像の如く固まっている姿は何だか滑稽だった。
「あの……目的地に着いたみたいなんですけど」
「……」
そんな事を考えていると間もなくバスが停止した。『東京都高度育成高等学校』前に到着したとアナウンスが流れると共に、多くの新入生がバスから降りて行く。
「ええと、取り敢えず着きましたから降りましょう? ほら、初日に遅刻は不味いですから」
「……え? あ、うん……」
紫ちゃんにそう声を掛けつつやんわりと下車を促すも反応が悪い。最後部窓際に座っている俺としては彼女が動いてくれないと動けないというのに。
ええい、ままよ。俺はなけなしの勇気を振り絞って目の前の少女の肩に触れた。
「取り敢えず降りましょう。さあ、ゆっくりと立ち上がって下さい……あの、頼むから後でセクハラで訴えるとかは勘弁して下さいね? 本当に、そこだけはお願いしますよっ」
「……っ⁉ わ、分かってる。一人で立てるわよっ」
どうにか席から立たせた後になって、漸く紫ちゃんは再起動したらしく顔を真っ赤に染め、こちらに鋭い視線を向けた。
「ええと、その。勝手に身体に触れてしまい申し訳御座いませんでした」
「べ、別にっ。怒ってるわけじゃないから!」
眼光の鋭さに恐れ慄きながら頭を下げる俺に吠えるように、そう言った紫ちゃんは風を切るように振り向き、その後ズカズカと速歩きで下車して行った。どうしよう、何か怒ってる。怒ってないって絶対に嘘だわ。
いや、でも普通に考えてみればらそりゃそうだよな。初対面の陰キャに軽々しく身体に触られたら気色悪いに決まっている。というか振り向いた勢いが強すぎて彼女のサイドテールが耳にぶち当たって地味に痛い。いや、いい匂いしたけども。
(気が強そうだし、プライドも高そうな女だったし……後になってセクハラだ何だって騒ぎ立てなきゃいいんだけど……)
溜息を一つ。俺は重たい足取りのまま。
こうして俺はバスを降りた。
四月。桜舞い散る希望の月に。
東京都高度育成高等学校の門を潜る俺……否、ボク『佐城 ハリソン』は。
輝かしい学校生活に胸をときめかせ。
夢と希望に満ち溢れた素晴らしい未来に笑顔を浮かべ。
明日への一歩を今、踏み出した。
……なんて事があるわけも無く。
(退学してえ……っていうか退学しちゃおっかなあ)
腐った魚よりも生気の篭もってないであろう濁り腐った眼で、眼前の監獄をボンヤリと眺めていた。
「ようこそ実力至上主義の教室へ」ってか? 巫山戯んなボケ。ようこそしたくなかったわ、こんな教室。
こうして俺は暗雲立ち込める己が未来に呆然と立ち尽くし、巡回に来た生徒会役員に声をかけられるまでゾンビの如く暫く停止していた。
完結させる事を目標にします。
創作者さんへ。書く時は……
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